人気者
女子「俺君、チケットってまだある?」
俺「もう完売しちゃった。来月またあるんで、その時に声かけて」
友達「お前、本当に変わったよな?」
俺「今のは業務だからな。やっぱり女子との話すのは苦手なままだよ」
友達「業務なのか?」
俺「…業務だよ。」
最近、麻里さんの言葉が普通に使える。
これはいい傾向なのか? 微妙だけど…
友達「業務だろうが知らんけど、オーラが違うぞ。」
俺「オーラ?」
友達「話しかけるなオーラが出てない」
俺「……そんなの出してたのか?」
友達「ひどい時は俺さえ話しかけれなかったぞ」
………俺ってそんなに尖ってたの?
俺「……なんか嫌な事でもあったのかな?」
友達「……知らんけど、とりあえず今は丸くなってるよ」
俺「……自覚は無かったけどな」
友達「……ほら」
友達が顔を向けると、女子が何人か見てる。
………手とか振られても困る
………これはマズイ傾向だ
〜〜〜〜〜
麻里「だから!俺君が人気があるのは当たり前なんだよ!」
土曜日に麻里さんは言った。
今後、バンドで人気が出るのは嬉しい、そんな会話の流れで…
俺「さすがにいきなり人気にはならないでしょ?」
そうしたら、麻里さんのスイッチが入ったらしい。
麻里「俺君は隠れファンが多いでしょ?」
………変に謙遜すると、多分、怒られる。
俺「……意外とピアニストは人気みたいですね。」
そんな感じに誤魔化したんだけど、
俺の言葉や表情を読むのが格段に上手くなっている、麻里さんには当然お見通し………
麻里「……やっぱり、まだ納得してない!」
そして、俺の良いところを色々並べてくれた。
ルックス、歌声、ピアノ、性格…………
嘘のつけないとことか、表情がわかりやすいとかが長所なのか疑問だけど、
麻里さん曰く、誠実で純粋な性格の中身に、女の子顔で長身のルックスとピアノの腕まである、
そんな俺君が人気あるのは当たり前!!
俺「……えっとー、麻里さん、流石に恥ずかしいです」
麻里「私は恥ずかしくないっ!!!!」
暴走だ……でも、俺も麻里さんを抑えるコツを習得しつつある。
俺「正直、俺、麻里さん以外の女性から、どう思われたって興味ないんですよ」
麻里さん、固まる。そしてニコーっと
麻里「んw それなら仕方ないw」
麻里さんには本心を正直に伝えないと。
そして、俺は麻里さんに本心を理解してもらいたい。
麻里「じゃ、じゃあ特訓しよ!」
今日の特訓はラストのソロパート。
まずは俺のピアノソロ、
そして麻里さんのギターソロ、
そして二人のユニゾン、
そして、ピアノとギターが交差しあう。
かなり合わせにくい組み合わせだと思う。
リズムマシンの電子音に合わせて、何度も練習するけど、なかなか満足する出来にはならない。
それどころか、麻里さんの指の動きが悪くなってきた。
これはマズいんじゃないかな?
俺「少し休憩しませんか?」
麻里「私は大丈夫!」
俺「いや、休憩しましょう。…ちょっと左手出してください。」
麻里「……ん。」
麻里さんの左手をマッサージする。
昔、よく父にしてもらったマッサージ。
俺「かなり張ってますよ。少しは休ませないと…」
麻里「……ん。」
俺「腱鞘炎になってしまったら、ライブどころじゃなくなります。」
麻里「……わかってる。」
俺「……痛くないですか?」
麻里「……痛いけど、気持ちいい。」
……多分、これは良くない傾向。
俺「麻里さん、今日はこれから薬局に行って湿布と包帯を買います。」
麻里「ん?なんで?」
俺「左手の炎症を止めて休ませる為です。」
麻里「……特訓は?」
俺「明日からです。」
麻里「……まだ痛くないよ?」
俺「痛くなってからだと遅いんです。」
麻里さん、俯いたまま、話さない……
気持ちはわかる。
ただ、これは納得させないといけない。
俺「今日一日休ませるだけでだいぶ変わりますよ」
俺「左手を固定したら、二人で気分転換に出かけましょうよ」
少しして、麻里さんが笑顔で顔を上げる。
麻里「うん! やっぱり短期集中だよね!」
……目が赤かった。
……涙が溜まってた。
……悔しかったんだろうな。
〜〜〜〜〜〜
麻里「俺君は凄いね!医者にもなれる!」
俺「包帯巻きに慣れてるだけですよw」
麻里「ん?なんで? なんで慣れてるの?」
俺「腱鞘炎を何回もやってるからですw」
二人で近くのショッピングセンターに出かけた。
実は俺はほとんど来たことがない。
そもそも外出しないんだから、当たり前だけど。
麻里「……だから、私の左手がおかしいってわかったんだ?」
俺「……そうですね。自分でもよくやるんで、限界がある程度わかるんですよ」
麻里「今日、このままにしてたら、明日は大丈夫?」
俺「あまり付けっぱなしだと被れたりするんで、後、何時間かで一旦外します。その後にまた固定して湿布したら、明日は大丈夫だと思いますよ」
麻里「ヘヘw ありがとねw」
夢中になって練習し過ぎて腱鞘炎って昔はよくやってた。
麻里さんもそうなんだろう。
特に今はソロの練習ばかりやっていたんだろうから。
フードコートのそばに来た時に麻里さんが言った。
麻里「アイス食べよう!!」
俺「アイス?」
麻里「あそこ!」
某有名アイス店…
初体験です。
俺「麻里さん、俺、初めてなんですよ?」
麻里「ん? そうだと思ったw」
メニューを見た……
いや、わかりやすいのはわかるんだけど、ここに来て無難なのはもったいない気がする。
麻里「ダブルにしようw」
んーと、ダブル?二段重ね?
じゃ、一つはわかりやすいのにして、もう一つを謎の冒険にするか?
しかし、味が被ったらどうする?
………………わからん
俺「麻里さん、俺、初めてなんですよ」
麻里「ん?さっきも聞いたよw」
俺「それで、味がさっぱりわからないんで、選んでもらえませんか?」
麻里さん、ちょっとドヤ顔
麻里「ふふーんwしょーがないなーw」
麻里さんがチョイスしたのは謎のアイスダブル。
白っぽい本体に色とりどりの何かが入っているのと
薄緑の本体に色とりどりの何かが入っているもの。
麻里「定番二つだよw」
食べてみる。
口の中でシュワシュワ言う感覚に
俺「おぉー。なんかシュワシュワいうんですけど?」
このリアクションが何かウケたらしい。
麻里「タイムスリップした侍かwwwww」
なんかそう言われたら、そんな感じがして、二人で笑った。
二人で小さなスプーンでお互いのアイスを食べあったりして、なんか凄い事してるような感覚になって………
たかだかアイスでこんなに楽しくなれるなんて、
今までの俺の世界が崩壊したような感覚。
まさにタイムスリップした侍だ。
その後、二人でCDショップや楽器コーナーを見て回った。
楽器コーナーで麻里さんがピックの説明をしてくれた。
麻里「私は硬めが好み。指も小さいから小さめじゃないと弾きづらいし」
俺「そうなんですか?…ピックにも色んな種類があるんですね」
麻里「やっぱり俺君って楽曲派だよねw」
俺「楽曲派ですか?」
麻里「そう。音楽好きにも色々いてね、そのバンドが好きな人、その楽曲が好きな人、その楽曲を演奏するのが好きな人とか、ね」
俺「それで俺は楽曲が好きな人と、」
麻里「そう!演奏するのが好きな人ってのも、俺君はエレクトーンで全部弾いちゃうから、ちょっと違うと思う」
俺「……それとピックの関係がわからないです」
そしたら麻里さん、ちょっと嫌な顔をして
麻里「たまに、楽曲のウンチクだけは大量に知ってる人っているんだよ。この曲はこの会社のこのギターで、エフェクターはこれ、ピックはこれみたいな…」
俺「あー、そういう事ですか。俺、そこら辺は全然わからないですね」
麻里「…けど、俺君、エフェクターの使い方は上手いよね?」
俺「ん?正直、名前とかはわからないですよ」
麻里「そっか、だからもっとエコーかけてとか、もっと歪ませてとか、そんなアドバイスなんだw」
俺「そうですねw実はギターそのものも、音楽の授業で少し使った程度ですし。」
それを聞いて麻里さん、
麻里「ふふーんw じゃ、これからスタジオに帰って、俺君のギター特訓をしようよw」
〜〜〜〜〜〜
スタジオに帰って麻里さんからギターを借りる。
麻里さんが大切にしているギター。
汚さないようにしなきゃ…
麻里「では、麻里のギター教室を始めます」
俺「よろしくお願いします」
麻里「では基本のCコードからやってみましょうw」
俺「こうですか?」ジャーン
麻里「正解! つーか、指、長い!」
先生、ギター教室は?
麻里「手が大きいのは知ってたけど、指がすげー!」
先生、俺の指と自分の指を比べるのに夢中です。
麻里「すげー! 私の中指より長い小指!」
俺「多分、エレクトーンで自然に発達したんだと思います」
麻里「すげー!指だけ比べたら関節1つ分長い!」
先生?聞いてます?
麻里「ちょっともう一度Cコード押さえて、すげー!!」
麻里「ギター持つと、私の手と比べやすい。すげー!!」
先生が止まりません。
麻里「良いなぁ〜こんだけ長かったら、ギター弾くのもかなり変わるよね?」
麻里「でも、こんなに長いのを高速で動かすんだよね?やっぱり凄いなぁ〜」
麻里「ちょっと広げてみて?……親指も長い!」
麻里「凄いなぁ〜。ヘヘw」
先生、俺の手を頭に乗せて、笑顔。
麻里「ヘヘw 頭丸ごと掴めそうw」
ちょっと指に力を入れてみる…
麻里「うわー! 掴んでる!!w」
麻里「すげー!! wwwwww」?
……麻里さん楽しそうw
……良かった。
俺「麻里さん、そろそろ湿布を変えましょうね」
麻里「うん!」
包帯を外し、軽くマッサージして確認する。
俺「痛みはないですか?」
麻里「うん! 俺君凄い!」
俺「じゃあ少し肌を休ませましょうね。」
麻里「うん!ありがと!」
麻里さん、左手をグーパーしながら、
麻里「うん!なんか軽い!」
俺「無理しちゃダメっすよ」
麻里「うん!」
その後、麻里さんの二の腕をマッサージしながら少し話した。
麻里「俺君、優しいよねw」
俺「……そうですか?でもこんな事するのは麻里さんにだけですよw」
麻里「俺君はお父さんにマッサージしてもらったの?」
俺「そうですね。ただ最近は自分でマッサージしてます」
麻里「やっぱり今でも腱鞘炎になるの?」
俺「……たまにですね。ヤバくなる前に自分でケアします」
麻里さん、よし!とか言って
麻里「今度から私がマッサージする!」
俺「えっ?」
麻里「うん!ちゃんと覚える!」
俺「………まずはライブまで麻里さんのケアをしますよ。ライブまで頑張りましょうね」
麻里「うん!よろしくお願いします!」
俺「その後でマッサージが必要になったら言いますから、おねがいします」
麻里「おー! こうやってマッサージしてもらったら、私も覚えるよね?」
俺「俺もマッサージして貰って覚えたから、麻里さんも大丈夫ですよ」
麻里「おー! なんか早くマッサージしたい!」
俺「……まずは自分のケアを最優先ですよ」
麻里「……はーい!」
麻里さん、マッサージを受けながらニヤニヤしてる。
麻里「俺君、これで社交的だったらとんでもない事になってたよね?」
俺「……とんでもない事?」
麻里「ん。…ただでさえ隠れファンが多いんだもん…これで、俺君がこんなに優しいってバレたら…ね」
……麻里さんはやっぱり俺を過大評価していると思う。
俺「俺は普段、内向的で地味な性格ですよ。……しかも態度も悪いw」
麻里「……知ってるw だから少しは安心してるんだけどね…」
………心配しすぎだと思うけどなぁ
俺「…俺が気を使うのは、麻里さんにだけですよ。」
……うん、麻里さんは特別なんだ。
麻里さん、ちょっとため息をついて、
麻里「……私って性格悪いなって思う。」
……ん?
俺「性格悪くないですよ?」
麻里「俺君がもっと社交的に、もっと友達が出来るようになんて言ってるのに……」
麻里「………実は俺君が独りで居てくれる事を望んでると思う………」
……それは違うと思う
俺「俺は麻里さんが居なかったら、ずっと独りだったと思いますよ?…学校での話し相手も友達一人しか居ないし、家に帰れば防音室にこもる……」
俺「あの時、麻里さんが追いかけて、探し出してくれてくれたから、今の俺があるんだから……」
俺「それに…………俺も麻里さんが男嫌いって知って喜んでますよw」
………麻里さんは人気があるんだ。
………俺なんか比べ物にならないぐらい
麻里「………んー。お互い様でいいの?」
俺「そうですね。似た者同士って事にしませんか?」
麻里さん、ちょっと悩んでたけど、
麻里「わかったw でも出来るだけ怒らないようにするから、ちゃんと話してねw」
………この時はチケットも完売したし、
これ以上、女子から話しかけられる事も無いって思っていた。
…………しかし、情報の伝わり方にはムラがある。
チケットの問い合わせが、ライブ寸前まで続くなんて思いもしなかった。




