おわり
マーとルゥ、がんばって冬の女王様のもとへ歩きます。
けれどもルゥが雪に足を取られてなかなか進めません。しかたのないことでしょう。ルゥはもう10歳、かなりなお年の犬ですから。
ルゥはぽしゃんとすわりこみ、「クゥゥ……」と見上げてきます。
先に行って、といわんばかりです。
「だいじょうぶ、ルゥは軽いから! いっしょに行こう」
マーはルゥをだっこし(友達ですから)、歩き出しました。
軽いといっても、マーはまだ10歳。雪の地面で、ルゥをだっこして歩くのはとてもつかれます。ふぅふぅ、はぁはぁ、息をぜぇぜぇさせながら、ようやくお城の前まで着きました。
「お願い、通して、通してください! 冬の女王様に伝えなくちゃならないの!」
お城の広場は人、人、人の人だかり!
あっちにはメガネの青年と東の発射場の人たち、そっちにはリンゴほっぺの少年と西の川の人たち、こっちにはお医者さんと南の病院の人たち(どうやら追いつかれたようです)。
みな、王様の周りで相談しています。
マーはルゥをつぶさないように気をつけながら、なんとかかんとか人だかりを――えりの羽根を見つけた鳥の人が「ヒトの子が通るぞー! 道を空けるんだ!」と手伝ってくれました――くぐり、お城の中に入りました。
「お帰りなさい、人よ。春や夏や秋は、見つかりましたか?」
冬の女王様は、広場がよく見えるまどのそばにいました。やさしいお声で、マーとルゥを出むかえてくれました。
マーはルゥをゆかに置き、しゃん!、と立ちます。ルゥもしゃん!、と4本の足で立ちました。
「冬の女王様、春も、夏も、秋も、女王様たちは、お仕事がなくなった、と思ったからいなくなっちゃったみたいです。女王様がいなくなるのはみんなこまるので、話し合って、どうするかを王様からお伝えします」
ルゥも「ワォン!」とほえました。
「だからみなが集まっているのですね。おや、王が出てきた。人よ、こちらへおいで。どうすることにしたのか、聞きましょう」
お城の広場の人だかりから、ばっ、と出てきたのは王様です。しん……と広場が静かになりました。
王様、南を向いて、大きな声で堂々と言います。
「秋の女王様に申し上げる! 姿が全く違う者同士でも、好きに子どもを作るのは、しばらくやめておきます。ですので、どうぞお戻りください、秋とともにいらしてください。……ただし! ただし、姿の近い者からじゅんじゅんに、混ざって子どもを作ることはお認めください。新しい生きものを産むには、それがなくてはならないため!」
王様、今度は西を向いて、大きな声で堂々と言います。
「夏の女王様に申し上げる! 成長するもしないも、好きに時間を止めるのは、しばらくやめておきます。ですので、どうぞお戻りください、夏とともにいらしてください。……ただし! ただし、病を治す方法を見つけるため、期限を決めて止めることはお認めください! 大事な命を守るには、それがなくてはならないため!」
王様、今度は東を向いて、大きな声で堂々と言います。
「春の女王様に申し上げる! 自由に形を変えるのは、命の形を全て変えるのは、しばらくやめておきます。ですので、どうぞお戻りください、春とともにいらしてください。……ただし! ただし、少しずつ形を変えることはお認めください! 新しい場所で命をつなぐには、それがなくてはならないため!」
王様は、そうして、頭をふかぶかと下げられました。
どうでしょう?
春や夏や冬の女王様は、もどってきてくれるのでしょうか?
広場はまたも、しん……としています。東も西も南の人も、みな、ぎゅう、と両手を組んで、ドキドキしている様子です。人ができることは多くなりましたが、それでもできないことはあるのです。まだまだたくさん、あるのです。
しばらく、しん……、とした、あとのことです。
「あっ!」
マーには見えました。
高いお城の大きなまどから見ていたマーには、よくわかりました。
遠く遠く、東の果てに、ぽん、と出たのが。白い雪をとかし、茶色い土をのぞかせ、そしてそこをゆっくりとおおう、みどりが、めぶきが、出たのが!
ルゥが、「ワオオォーーーン!」と高らかにほえました。ふく風に、風のにおいに、みずみずしい草、飛び出す新芽、開く花の香りが、春のにおいがするのです!
「春だ!」
「春が来た!」
「雪がとける!」
広場は大歓声でいっぱいです!
ゆっくりとではありますが、春は来ています。ということは、春の女王様、こちらに向かってきているはずです。きっと、夏の女王様も、秋の女王様も、ゆっくりとではありますが、また来てくれるでしょう。
マーは安心して、ふにゃふにゃとすわりこんでしまいました。ルゥもとなりで「ワゥン……」とふせてしまいました。大きなお役目を果たしましたので、どっとつかれが出たのです。
「ああ、戻るのですね、まだ。人は、まだできぬこともあるのだと、決めたのですね」
冬の女王様、広場をながめて、そうつぶやかれました。そしてかがんで、マーにおっしゃいました。
「人よ、春が来ます。ゆっくりではありますが、季節は戻ります。私は去りましょう。今は去りましょう。しかし人よ、あなたは決めなければなりません。私が、また、まだ、ここに来るかどうかを」
マーはあれ?、と思いました。女王様が来なくなるのは、お仕事がなくなってしまった、と女王様が感じた時です。冬の女王様、何が心配なのでしょう?
冬の女王様が、やさしくやさしく、ルゥの耳の後ろをなでます。ヘトヘトなのでしょう、ルゥは気持ち良さそうに、ウトウトしています。
「私は眠り。長い眠り。長く眠れば、古い命はなくなって、新しい命が起きあがる。人よ、あなたの友の眠りは近い」
マーは、え?、と息を飲みました。
びっくりしすぎて、意味がよくわかりません。
「え、あの、女王様、ルゥは起きないの? 起きるんでしょ?」
女王様は、首をゆっくり、ふりました。
横に。
「いいえ」
「え、あの、ずっと? ずっと起きないの?」
「そうですよ、人よ。次に私が来れば、あなたの友は長い眠りにつくでしょう」
「ずっと?」
「ずっと」
それは……こまります。とてもこまります。マーは、これまで一度も、そんなことを考えたことはないのです。あまりに心が苦しくって、いたくって(ないしょですが)泣きそうになってしまいました。
冬の女王様、にっこり笑ってルゥをひとなで、そしてヘビのウロコのお守りを手に取ります。
「この冬は、これを代わりにいたします。これで私は去りましょう。今は去りましょう。人よ、季節が進むあいだ、どうぞみなと相談なさい。どうありたいか、どうなりたいか」
そうおっしゃって、冬の女王様、せなかをぴん、とのばし、お城から出ていかれました。
「冬の女王様だ、冬が終わる!」
「さようなら!」
「春が来ます、さようなら!」
お城の広場は、またもや大さわぎ!
冬を送る声が、春をむかえる声といっしょになって、お城の中まで聞こえます。
喜びの声に満ちるお城で、マーはちょっぴりこぼれたなみだとはなみずをふき(ハンカチとちり紙で)、うつらうつらしているルゥをかかえます。
はなをかむと、マーも春のにおいを感じました。はながむずむず、体もむずむず、元気いっぱい、また遊びたくなるにおいです。春の女王様、どうやら近くまで来ているご様子。もうすぐお城に着きそうです。
「ちゃんとして、おでむかえしなくっちゃ」
ね、と笑いかけ(ルゥはマーをペロペロ)、しっかりと顔をあげ、ルゥをだきしめて、マーはお城の入り口へと向かいました。
◆◇◆
あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれを受け持つ女王様がおりました。その国では、それぞれの女王様がお城に住むと、その季節がやってくるのです。
その国はすこーし変わった国で、季節がいつも通りやってくる年もあれば、ゆっくりのんびり、たまに来ない年もあるそうです。来ない年は、どうすれば良いか、みなで相談するそうですよ。うまい考えを出した人や、季節のためにがまんをした人には、ほうびも出るのだとか。具合が悪いこともありますが、まあまあなんとかなるようです。
え、冬の女王様はちゃんとまた来たのか、ですって?
さあ、どうでしょう。
マーとルゥのその後のお話は、何も伝わっていないのです。
そうだ、あなただったら、どうしたいですか?