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ポルタトーリ  作者: Vapor cone
36/46

35.開戦

 その道路は比較的広いが、どん詰まりは枯草が残る空き地になっていた。その手前に停まる二台の車。カバンサイトブルーのⅤ-クラスは道路の中央。黒のレガシーは、その少し前。左斜め前方30メートルに位置している。

 所々で街灯がぼんやりと明かりを放っている。他に人の気配はない。

 左手に見える静まり返った大きな工場。フェンスに囲まれた敷地の中には四角い建物が並んでいる。道路を挟んだ工場の反対側。右手には道路に沿って私鉄の高架が走っていた。高架下の一部はフェンスで囲われ鉄道会社の資材置き場となっているが、殆どは砂利が敷かれただけのがらんとした空間。今は電車の運行も無く、コンクリートの構造物は闇に埋もれている。

 レガシーの後部座席から降りた二人の男は、HK416Cを手に散開していた。それぞれ、高架の柱と工場側のフェンスの陰に身を潜める。熊田自身もそうだが、彼らは特殊作戦グループ(SOG)あるいは特殊活動部隊(SAD)と呼ばれるCIA実働部隊の経歴を持つ。それは身のこなしからも、かなりの手練れであることが判断できた。

 レガシーの運転手はハンドルを握ったまま。エンジンをアイドリング状態にして待機している。

 熊田はというと、レガシーの助手席側に立っていた。ドラムマガジンを装備したSCAR-Hを手に道路の先を見据える。この道路に入って来るルートは限られている。熊田率いるCIAチームは狙いを前方に定めた。

 リサはV-クラスの横でイヤホンヘッドセットに耳を傾けていた。小さく頷いている。傍らで不安そうに佇む友子。

「――空の眼に障害が発生したわ」リサが言う。「予想通りだけど、復旧に少し時間が掛かりそう……相手の展開はそれぞれ予測して」

『分かった』

 短い熊田からの返信。SIMS(シムス)の通信が断絶された今、個々の判断が重要ということだ。もちろん、それができるメンツということでもある。

 鷹野はV-クラスのスライドドアを開け外に出た。リサに向かって頷く。手には自動小銃とタクティカルベスト。

 それらを渡されたリサ。タクティカルベストに袖を通し、続いて自動小銃を傾けチャージングハンドルを引いた。初弾が薬室に送り込まれる。AK101。5.56ミリのNATO弾仕様だが、タクティカルハンドガードとピストルグリップ、それにM4タイプのストックという具合に換装されていた。

 装着されたフラッシュライトを軽く点灯させた後、ピカニティレールに載った小型の光像式照準器(ドットサイト)のスイッチを入れる。

「クレア、後ろをお願い」

「了解」

 答えた鷹野。既にスーツのジャケットを脱ぎタクティカルベストを着ていた。HKMG4LMG(ライトマシンガン)をキャリングハンドルで持ち上げる。

 加えて背中には、自動小銃をもう一丁スリングでぶら下げていた。ARクローンのSIG516。鷹野的にはARならガス・ピストン方式がお気に入りとなっている。もちろん、フラッシュライトと光像式照準器はお約束の装備。

 不意に鷹野が振り向く。そこにはV-クラスに向かって来る人影があった。友子が驚いて身を引く。リサに動揺はない。

「……あら、少し遅かったんじゃない?」

 横目で視線を流しながらリサが言う。

「いいや。定刻通りだがな」

 暗闇から現れた短髪の男。キャップは被っていなかったが、鋭い眼光はあの時と同じだった。日に焼けた顔。緩んだ口元からは、やけに白い歯が覗いていた。耳には皆と同じイヤホンヘッドセット。

「船長。あなたの仕事はこの子を守り、必要なら逃がすことよ」

 リサが隣にいる友子を一瞥する。

「船長か……まあ、それもいいだろう」男は鼻で笑った。「どれ……今夜の荷物は、この可愛い子ちゃんかい」

 得体のしれない中年男性の眼差しにたじろぐ友子。どう見ても堅気じゃない匂を感じるのは当然だ。その反応にリサが冷たく答える。

「友子ちゃん、大丈夫よ。こう見えてもヤクザじゃないから」

「おい、おい。ヤクザかもしれない前提で話をするなよ」

「……それは、失礼」

 すまし顔のリサ。船長は苦笑する。

「相変わらず辛いな……でも、今夜も綺麗だよ、あんた。どうだい、一度でいいから、お相手してくれないか?」

 状況と場所を選ばない歯の浮くような台詞。友子は口をぽかりと開け半眼になった。リサは冷淡に口角を上げた。

「そうね、友子ちゃん。女好きなところには注意が必要だったわ」

「……あ、はい」

「いやいや、お嬢ちゃん。冗談を真に受けちゃいけないぜ。俺はいたって紳士なんだからな」

 船長は白い歯を見せた。リサは無表情に顎をしゃくった。

「さあ、時間が無いのよ。さっさと行動に移して」

「……分かったよ」

 船長は渋々了解し、友子を手招きすると二人で後方の闇に消えていった。鷹野もその後を追う。

 時を同じにして、熊田達が現れた脇道から車のヘッドライトの明かりが漏れる。曲がり角からは、かなりの距離がある。直線道路をゆっくりと現れた黒のランドクルーザー。しかし、一台だけ。最初に新垣から連絡があったのは三台の車両だった。他の二台は見えない。

 リサ達から100メートル程手前。私鉄の高架側に寄せて止まったランドクルーザー。緊張が高まった。



「もう駄目だ。ズラかろう」

 車体側面に電気工事会社の社名がプリントされた白いハイエース。その中から金髪男が叫んだ。通信の妨害工作も限界を迎えていた。新垣の放ったインターセプタ―、邀撃型AIプログラムに金髪のシステムが掌握された瞬間だった。パワーと技術の違いを見せ付けられ舌打ちする。

 しかし、外では違う事態が始まっていた。見張りをしていたショートボブが異変に気付く。辺りが静か過ぎる。

「くそっ!」

 雑居ビルの谷間。細い通りの奥。暗がりに車両が確認できた。ヘッドライトを消した黒のセレナ。ショートボブは躊躇わなかった。ハイエースの中から自動小銃を取り出し、横に居た坊主頭の男に叫ぶ。

「運転を!」

 運転席に走る坊主頭。ショートボブはHKG36Cのストックを広げ構える。彼女はスイッチシューターだ。右腕に問題があっても左腕でことは足りる。

 セレクターはフルオート。100メートルはあったが、セレナに向かってバースト連射した。フロントガラスに5.56ミリ弾が着弾する。精確な射撃に足止めを食らったセレナだが、同時にスライドドアが開き黒ずくめの男達が散開した。完全武装の集団だった。

 ショートボブは振り返る。通りの反対側も同じだった。ライトを消した同じくセレナがゆっくりと近付いて来る。反射的に発砲する。

 この不利な状況にして、ショートボブは赤い唇の端を上げていた。水を得た魚。鬱憤を晴らすかのように、悦に入った表情で引き金を引く。弾切れになると素早くリロードして弾倉を交換。なおも前後に向かって交互に乱射した。

 直ぐに反撃は無かったが、逃げ場のない道で挟まれていた。

「早く乗れ!」

 金髪が声を張り上げた。後部座席に飛び乗るショートボブ。スライドドアを開けっぱなしで急発進するハイエース。狭い路地を猛スピードで疾走する。

 散らばった完全武装の男達が、迫るハイエースに向かって発砲した。タクティカルヘルメットにHKMP5SMG(サブマシンガン)。テクティカルベストの背には“POLICE”の文字。

 SATと呼ばれる警察の特殊部隊。その中でも、大神官房副長官の息のかかった公式には存在しない部隊。通称UNIT9(ユニットナイン)。対テロだけに特化した特別チーム。他にUNITの名の付いた部隊があるわけではなく、8都道府県に設置されているSATとは別部隊という意味で(ナイン)と付けられている。

 その部隊が越谷分析官の指揮を受け、妨害工作の排除に動いたのだ。

 9ミリパラが雨のように降り注ぐ中。ショートボブはハイエースから身を乗り出し、左手片方でHKG36Cを構え手当たり次第に発砲する。凄い形相で狂気の雄叫びを上げる。完全にスイッチが入っていた。何処かの戦場と勘違いしているかのようだ。

 暴走するハイエース。歩道にあった飲食店の看板とゴミ箱をなぎ倒しながら、UNIT9のセレナの横をすり抜けた。



『障害、クリアしました』

「お、やるじゃん。了解ちゃん」

『……』

 新垣からの連絡が入った。後方の空き地で待機していた鷹野が、小型のタブレットを覗きながら呟いた。キャラはズレというレベルを超え崩れまくっていたが、新垣は敢えて触れなかった。

 鷹野の持つタブレット。衛星からの画像は鮮明そのもの。この場の状況が手に取る様に分かった。

『映像、取れますか?』

「OK。問題なし。奴らの状況は?」

『工場側の曲がり角の陰、二台隠れています』

「ええ。それは、こっちでも確認できるけど、部隊が展開した様子は?」

『いえ。人は車に留まったままのようです。二台とも。近くに人体の感知もありません』

「そう……てっきり、スナイパー出してくると思ったけど」

 鷹野の持つタブレットの画像も同じ状況を映し出していた。表情が曇る。一拍置いて、新垣が訊いた。

『そちらの状況は?』

「まさに、佳境ね」

 鷹野の言う通りだった。現れた黒のランドクルーザーの前に引き出された少女。香奈だった。後ろ手に縛られヘッドライトの脇に立たされている。隣で190センチを優に超える大男が香奈の腕を取っていた。反対の手にしているS&WM&P自動拳銃が小さく見えた。

 髪が乱れた香奈。猿轡はされていなかったが、恐怖に怯えた虚ろな瞳でうろたえていた。精神的なストレスからか、立っているのがやっとのように膝に力が無い。

「香奈っ!?」

 鷹野の更に後方。草むらの中で声を上げた友子。船長に頭を押さえ込まれる。

「こらこら、お嬢ちゃん。見つかっちまうだろ。静かにしな」

「でも、香奈が……」

「おう、心配なのは分かるが、今はあの女を信じて任せておきなって」

 友子は悲痛な顔で見返す。船長は顔を顰めた。

「そんな顔をするなよ。俺が言うのもなんだが、この状況であの子を助ける為には、あの女のやり方に従うしかない。大丈夫だよ……お嬢ちゃんも分かるだろ?」

 そう言われると返す言葉が無かった。込み上げていたものが少し治まった。友子は決心したように頷く。この状況だからこそ、冷静に判断しなければならないのは確かだ。

 他力本願的に言った船長だったが、決して何もしていない訳ではない。友子と一緒に身を伏せながらも銃を構えていた。リサから借り受けた減音器(サプレッサー)付きのMK13Mod5ボルトアクションライフル。バイポットを立て、載せられた第三世代の高倍率暗視スコープを覗く。

 ストックに頬を当て、引き金を撫でながら呟く。

「スゲーな。やっぱ、アメちゃんの道具は一流だね」

 血が騒いでいるというのか、高揚しているのが分かった。

 にやける船長。今は実家の稼業である漁師を継いでいるが、元は陸上自衛隊の隊員だった。防衛大臣直轄の中央即応集団に属し、ゴラン高原での国連兵力引(UN)き離し監視隊(DOF)にも参加している。しかし、馴染めなかったのか退官し、その後は世界中の危険地帯を転々とした経歴を待つ。越谷と知り合ったのも海外だ。意気投合したのをきっかけに今に至っている。越谷が信頼しているのは間違いないが、彼が海外で何をしてきたのかについては越谷自身半分も知らない。


 微妙な膠着状態が続いていた。おかしな事に、香奈を捕まえている大男に変化が無い。リサの出方を待っているのか、それとも何かあるのか。

 鷹野は嫌な予感がしていた。怪訝な表情でタブレットを覗いていると、曲がり角に隠れていた車両の一台が動き出していた。

「船長!」

 鷹野が声を上げた。船長が暗視スコープを覗く。顔を出した車両。それもランドクルーザーだった。ルーフに人影が確認できた。

「何か持っているぞ」

 直線距離にして600メートル余り。暗視スコープを以ってしても、それはおぼろげにしか見えなかった。

 慌ててタブレットの画像をズームする鷹野。くっきりと映し出されたランドクルーザー。そして、ムーンルーフから車外へ上半身を乗り出した人の姿。肩に何か担いでいた。鷹野の頬が引き攣る。形状からそれが何であるかは容易に判断できた。狙いが誰であるかも分かった。

「ジャベリン!」

 鷹野が叫ぶより早く、遠くで閃光が走っていた。圧縮ガスで携帯ランチャーから放たれた対戦車ミサイルFGM-148の弾頭は、トップアタックモードの上昇を開始していた。轟音が辺りに轟く。

 衛星からの画像は伝搬遅延で数秒遅れる。その隙をついた手際の良い攻撃だった。

 狙いは、やはりリサがいるV-クラス。降下しながら高速で飛来したジャベリンの成形炸薬弾頭が車体を貫いた。凄まじい爆発とけたたましい爆音。風船が破裂したように、鋼板が紙切れのごとく飛び散った。燃え上がるV-クラス。

 衝撃は離れていたレガシーにも及んだ。V-クラスの破片と爆風で窓ガラスが割れる。熊田は車両が盾になり直撃を免れたが、それでも腕で顔を覆って耐えるのがやっとだった。よろめいて膝を付く。

『そんな……』

 新垣の心もとない声がイヤホンヘッドセット越しに伝わった。そして、凍り付いたみたいに口籠る。

「くっ……」

 鷹野が唸った声を漏らす。リサの姿が確認できなかった。その光景に呆気に取られる友子。声を失っていた。横では船長が舌打ちする。

 閃光と熱風に目を閉じた香奈。反射的にその場に伏せていた。目の前の光景に方針状態になる。突然、戦場に引きずり込まれたのだ。誰でもそうなる。

 間髪入れず、ランドクルーザーの後部座席からM4カービン自動小銃で武装した男達が飛び降りる。熊田のレガシーに向けて銃撃を開始した。容赦ない発砲。

 爆発の衝撃でクラクラしていた熊田。正気を取り戻すべく、頭を振りながらレガシーの陰に隠れた。その間にも、あっという間に蜂の巣になるレガシー。運転手も降車してHK416C自動小銃を構える。

 散開していた熊田の仲間が見兼ねて応戦に転じた。知らない人質の女の子より仲間を優先するのは当然だった。高架の柱と工場のフェンスの陰からHK416Cを構える。銃撃戦が始まった。だが、半端な攻撃で怯む相手でもない。

「香奈!」

 絶望的な状況。友子が悲痛な叫び声を上げた。しかし、船長は冷静だった。大男が再び香奈の腕を掴んで立ち上がる。覗く暗視スコープの十字レクティルがそれを捉えた。引き金に指が掛かる。

「やるぞ」

 軽い呟きと共に静かな銃撃音。200メートル程度の距離で外したりはしない。ヘッドショット。暗視スコープの中、崩れ落ちる大男。香奈も大男に引き摺られるようにしてアスファルトに倒れ込んだ。彼女自身、何が起こったか分かっていない。

 そのタイミングを待っていた鷹野。構えるHKMG4LMGが火を噴いた。5.56ミリFMJ(フルメタルジャケット)弾の連続掃射。リズミカルに弾き出される薬莢とリンクが草むらに積もっていく。倒れた香奈の頭上を狙うかたちで、ランドクルーザーと周りの男達を一気に撫で斬りした。

「頭上げないでね」

 それは倒れている香奈に向けた鷹野の願い。

 ライトマシンガンの掃射は凄まじかった。ランドクルーザーに着弾し、ほとばしる火花。粉塵が朦々と舞った。銃撃になぎ倒される男達。鷹野の非情な攻撃が辺りを一掃する。ボックスマガジンの200発が、あっという間に撃ち尽くされていた。

 しかし、まだ終わりは見えていなかった。新垣が息を荒げて伝える。

『奥の二台が、そちらに向かって来ます!』 

 当然の展開だった。ジャベリンを撃ったランドクルーザーが、もう一台のランドクルーザーを従えて滑り込んできた。香奈が倒れているランドクルーザーの後方に止まると、男達が次々と降車した。自分達の車両を盾に発砲を始める。

 男達は黒づくめの戦闘服にタクティカルベスト、ヘルメットいう重武装。ブルパップの自動小銃FN2000を構え撃ちまくる。特徴であるハンドガード先端のエジェクションポートから、ポロポロと排出された薬莢がアスファルトに落ちて跳ねる。

 レガシーに残る熊田と運転手。その場から動けないまま。再び銃撃戦が始まった。相手は十人近い。その動きも早かった。

 SIG516を抱ている鷹野。飛び出すタイミング窺う。しかし、重武装の部隊相手では、分が悪いのは明白だった。判断に迷い、もどかしく舌打ちする。

 弾が飛び交う中、レガシーの運転手が銃弾に倒れた。熊田も応戦するが数で押されている。船長も加勢に加わりたいところだが、残骸となり燃え盛るV-クラスと香奈のいるランドクルーザーに視界を遮られていた。下手に動くとこちらが見付かる可能性がある。預かった少女を守るという意味で危険を犯せない。

 そんな中、腰が抜けたように地面に這いつくばっていた香奈が、ふらふらしながら立ち上がった。パニックを起こしているのか、呆然とした表情で生気が無い。

「……まずいな」

 暗視スコープを覗きながら、船長が呟く。

 熊田の仲間も重武装の部隊に圧倒されていた。動きが速い。先陣を切った奴らとは別格だった。あっという間に展開し、工場のフェンスと高架にいた二人が囲まれる。数においても勝ち目が無かった。奮闘するも、成すすべなく撃ち倒されてしまう。

「くそっ!」

 SCAR-Hを撃ちながら唸る熊田。今更ながら後の祭りだった。ミサイルの先制攻撃で出端を挫かれた。残るは自分だけとなった。リサ・パーカーの姿は何処にもない。吹き飛ばされてしまったのだと思うしかなかった。

 重装備の部隊が円弧を小さくしながらレガシーを包囲し始める。その内の一人がランドクルーザーの脇で茫然と立ち尽くす香奈に目を留めた。緩慢な動作でFN2000の銃口を向ける。用済みとなった人質に価値は無いのだろう。まるで害獣でも駆除するかのように躊躇しなかった。

 その状況に、飛び出す覚悟を決めた鷹野。SIG516のグリップを握り、足を踏み出す。船長もMK13Mod5を構えた。引き金に指を掛ける。しかし、次に何かを見た二人はその動きを止めた。

「どうなってるの!?」

 遠くてはっきり見えず、様子が分からない友子。だが、状況が良くないことは雰囲気で分かる。最悪の事態を考えると、心臓が止まりそうになった。込み上げる感情。巻き込んでしまった事への後悔。思わず両手で顔を塞いだ。

 銃撃を受け、その体が崩れ落ちた。鷹野と船長は口角を上げる。それは香奈ではなかった。銃を向けた重武装の男から吹き上がる血。突如として現れ、香奈を巻き込むように抱いて、ランドクルーザーの陰に身を翻したのはリサだった。

 躰を押され、我に返った香奈。アスファルトにへたり込み、半開きの口でリサを見上げた。その唇は震えていた。

「……」

「ここを動かないで」

 そう言って優しく微笑んだリサだったが、振り返ると表情が一変していた。獲物を狙う猛禽類の如く鋭い眼差し。感情を排除した冷たさだった。

 香奈をその場に残し、AK101を構え飛び出した。レガシーの熊田に集中していた重装備の部隊は不意を突かれることとなった。

 前屈みで銃を突き出しながら突進するリサ。相変わらずの卓越した射撃。動きながらでも体の芯がブレない。セミオートの的確なバースト射撃。強烈なマズルフラッシュでリサの躰が闇に浮かび上がる度に、重武装の男がなぎ倒されていく。

 慌てた男達。リサに向けて反撃する。だが、今度は違う方向からの銃撃が彼らを襲う。鷹野だった。草むらから飛び出し、前屈みの低姿勢で銃撃を加える。伸ばした左手でハンドガードの上を持ち、SIG516の反動を押さえ込む構え。リサ同様、的確に相手に命中させていった。

 二人が現れたことで形勢が変わる。防戦一方だった熊田が反撃に出る。スコープで確実に捉え引き金を引いた。

 リサと鷹野の十字砲火は続く。二人の距離は離れていたが、コンビネーションは抜群だった。息を合わせたかのように、交互に弾倉のリロードを繰り返す。継ぎ目なく放たれる銃弾に重武装の部隊は一蹴される。

 その光景を目の当たりにした熊田は唖然とする。この二人にかかれば、それは戦いではなく狩りになる。そこに正義などいう建前は無く、まるで本能のままに行う行為。ボディアーマーに阻まれ倒れない相手には、立て続けにヘッドショット。まさに戦闘マシーン。いや、殺人マシーンかもしれない。決して敵にしてはいけない者達。

 凄まじかった銃撃が止む。

 終わってみれば、残された光景は戦場そのものだった。燃え盛る車の残骸。道路に横たわる黒ずくめの男達を含めたいくつもの屍。周囲を警戒しながら、残党を探すリサと鷹野。三台のランドクルーザー周りを丹念に探る。

 残念ながら熊田の仲間も全員息絶えていた。

「――クリア」

 リサが合図を送った。鷹野が答える。

「クリア……」イヤホンヘッドセッを軽く押さえながら訊く。「新垣君。そっちは、どう?」

 一拍置いて返信が来た。

『――こちらも、クリアです。周辺に反応はありません』

「了解。そのまま警戒して」

『分かりました……あの……』

「篠崎さんね?」

『ええ』

「無事よ。友達もかすり傷ってとこかな」

『良かった……』

 安堵する新垣の声が伝わった。

 リサが蹲る香奈に近付いていた。怯えている様子は変わらない。微笑むリサを疑心暗鬼の表情で見上げる。この状況を飲み込めというのは無理があるだろう。膝を付いたリサ。何も言わず、後ろ手になっていた香奈の拘束を解いた。

 すると、そこに飛び込んできたのは友子だった。

「香奈!」

 叫ぶと同時に、倒れ込みながら抱き付いた。

「ごめんね! ごめんね!」

 その声に、はっとする香奈。正気を取り戻す。

「……友子? ……どうして?」

 香奈は混乱し困惑している。それ以上の言葉は出てこなかった。

「ごめんね。ごめんね」

 友子はただただ繰り返す。安堵したのだろう、その瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。香奈は呆然と佇む。時が止まったかのように暫く抱き合ったままの二人。

 すると、香奈がおもむろに友子の頭を撫で始める。その顔には生気が戻っていた。落ち着きも取り戻していた。

「……変なの? ……どうして、友子が謝ってるの?」

 友子の顔を持ち上げて見詰める香奈。涙でぐしゃぐしゃの友子。

「だって、私のせいなの……こんなことになったのは」

「どういうこと? 教えて」

 意外と冷静に訊いてくる。周りの死体に目を伏せながらも、あさっりと現実を受け入れてしまったようだ。そこは大神の血筋と言ったところか。肝が据わっている。友子の方が拍子抜けするくらいだった。

「えっとね……」

 鼻をすすりながら、これまでの経緯を説明する友子。神妙な顔をして聞いていた香奈だったが、大まかに聞いたところで口を開く。

「分かった……でも、それ。友子、全然悪くないじゃん」

「え……でも……」

「悪くないよ。だから、泣かないで」

 香奈は友子の頬の涙を指で拭う。

「ごめん。泣きたいのは香奈の方だよね……」

 友子のしかめっ面を見て、香奈はくすっと笑った。

「……何故か分かんないけど、友子が助けてくれるんじゃないかと思ってた。あの時みたいに……実際そうなった」

 言葉に詰まる友子。おもむろにその頸にすがり付く香奈。耳元で囁く。

「ありがと……」

 友子の顔にもやっと微笑みが戻った。

 突如、爆音が上空に轟く。

 見上げるとサーチライトを放った機体が、旋回しながら降下を始めていた。警視庁カラーのヘリコプターが勢いよく舞い降りる。中型ヘリ、ユーロコプターEC135T2+。中から現れたのは、越谷分析官と大神官房副長官だった。

 リサのもとに駆け寄る越谷。周囲を見回す。

「……派手にやったな」

「そうかしら、こんなものよ」

 鼻で笑った越谷は横に居た熊田を見据える。

「君とは後で詳しく話をしなければならんな。だが、すぐにここも警察車両でいっぱいになる。現場処理と君の仲間の遺体は我々が面倒を見よう。無論、遺体の引き渡しにも便宜を払う。今はこの場を去ることだ。国家間の政治問題にはしたくない」

 要点を踏んだ説得だった。苦笑する熊田。

「分かった」

 踵を返す熊田。去り際に持っていたSCAR-Hを鷹野に渡した。その背中をじっと見詰める友子。言葉を掛けることはしなかった。この先も関係は変わらないと信じていたから。

「お爺ちゃん!」

 いつもの調子の声色だった。立ち上がった香奈が一目散に走って行く。老紳士に抱き付く香奈を見て驚く友子。訳が分からず呟く。

「……お爺ちゃん? ……って誰? ん?」

 気を利かした鷹野が耳元で教える。目を丸くした友子だが、なるほどと納得した。

「ワトソン君。謎がひとつ解明しましたよ」


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