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ポルタトーリ  作者: Vapor cone
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33.友情

 長いまつ毛の奥。虚ろな瞳で、ぼんやりと窓の外を見ている。闇に浮かび上がる街の明かり。

 三つ並んだソファーのひとつに、ぽつんと座る友子。ここは病院の控え室。治療中の患者の家族などが一時的に使用する部屋だ。傍らにテレビ。ソファーの一つには畳まれた毛布が置いてある。

 搬送された直哉の容態は安定していた。出血は多かったが命に別状はなく、後は感染症を心配するくらい。今は集中治療室(ICU)に入っている。付き添いにあたって、友子は直哉と自分の衣服などの荷物をまとめた。暫くは、ここに居ることになりそうだからだ。

 家の周辺は大変な騒ぎとなっていた。暫く、帰ることはできないだろう。部屋が酷い有様というだけではない。前代未聞の襲撃事件は深夜にもかかわらずトップニュースとなっていた。閑静な住宅街で起こった戦闘行為。マスコミが暴力団の抗争だの、テロだのと騒ぎ出していた。

 越谷も事態を掌握すべく奔走していた。現場で状況を確認した後、ここに顔を出している。友子と熊田は警察に加えて、越谷にも詳しく事情を訊かれた。しかし、二人には何ら説明なく、越谷は別件が入ったとかで早々に引き上げてしまった。事件の真相は見えないままだ。

 部屋の扉がノックされる。振り向いた友子。返事をすると、買い物袋を下げた熊田が入って来た。

「そこら中、警官だらけだ……安心できるけど、俺はこんななりだからさ。度々職質されて面倒だよ」大きな躰を丸めて、冷蔵庫に飲み物やらを詰め込む。「適当に買って来た。ここに入れとくからね」

 黙ってそれを見ている友子。何か言いたげな様子に熊田が気付く。

「……なんだい?」

 友子は吐息を漏らして目を伏せた。胸の前で組んだ手を顎に当てて囁く。

「ありがとう……クマちゃんが居てくれて、本当によかった」

 それは、心からの言葉だった。族の撃退は熊田あっての結果に間違いない。

「礼なんていらないさ」少し照れ顔で頭を掻く。「……そうだな……俺がヤバい時は助けてくれよ」

 ベタな台詞だが、友子は満面の笑みを浮かべてみせた。

「うん」

 いつもの友子が戻っていた。

 熊田が隣のソファーに座る。友子が思い付いたように言った。

「……でも。ずっと、うちに来てるけど。クマちゃん、自分の仕事はいいの?」

「あん、俺?」

 友子が頸を傾げるも、熊田は意気揚々として答えた。

「あ。いいの、いいの。そこがフリーランスの強みよ。何とでもなるから……それに、自由に生きるのが俺のモットーだしね」

 口角を上げて歯を見せる熊田。格好良く決めたつもりのようだが、何処か滑稽に見える。強面の顔に刻まれる皺は、人を和ませる力があるのだろうか。友子がくすっと笑った。

「――あ」

 声を上げた友子。スウェットのポケットをまさぐる。携帯電話を取り出した。顔がほころぶ。

「香奈からのメールだ……やっと、来たなー」

 目尻を下げ携帯電話に目を落とす。

 会話が途切れた熊田は、テレビのリモコンに手を伸ばした。やはり、深夜のニュースは昨夜の件で持ち切りだった。放送時間外の局も特別枠で報道している。見慣れた風景が照明に照らされ、中継の記者がその前でレポートしていた。

「やっぱりというか。当分、家には帰れそうもないね」

「……」

「……ね」

 友子の反応が無い。背中をこちらに向けていた。メールを見ているようだが、動きがない。固まっているみたいだった。

「……友ちゃん?」

「……」

「友ちゃん!」

 熊田が声のボリュームを上げた。

「えっ!?」飛び上がった友子。驚いた顔で振り向く。「な、何?」

 頸を傾げる熊田。訝しむ。

「どうかした?」

「何が?」

「いや、様子が……だったから」

「私?」

「ああ」

 苦笑する友子。

「何でもないよ……メール見てたら、ぼーっとしただけ」額を押さえてみせる。「疲れたの……かな」

 何処かぎこちなかったが、熊田は肩をすぼめ同感したように微笑む。

「そう、だよね……少し横になったら?」

 頷いた友子。携帯電話の液晶画面をソファーに伏せると、着ているスウェットを引っ張った。

「これ、汚れちゃってるから、着替えるわ」

「ああ……了解」熊田は立ち上がる。「それ、倒したらベッドになるからね」

 ソファーを指差して踵を返した。

 部屋を出ると、扉の外に制服警官が立っていた。熊田は軽く会釈してから通路を歩き出す。



「直接会って話したい要件とはなんでしょうか? 私は今、多忙を極めておりまして……ご存知でしょう?」

「分かっている」

 越谷が早々に病院を後にした別件とはこれだった。

 高速道路のパーキングエリアのひとつ。アンバーカラーのエルグランドと黒のセンチュリー。照明から外れた駐車場の陰に並んで停まっていた。センチュリーの後部座。越谷分析官と大神官房副長官の姿があった。

 大神は重い口調だった。

「こんな所に呼び出したのは、表立って頼めないことだからだよ」

「頼み? ……どういった内容でしょうか?」

 越谷の視線は疑念を含んでいた。

「端的に話そう」大神が眉間に皺を寄せる。「……身内の者が誘拐された」

 瞠目する越谷。一拍置いた。

「……誘拐ですか?」

「ああ」

「身内の方といいますと?」

姪孫(てっそん)にあたる女の子だ……妹の娘の子になる」

 少し考えてから頷く越谷。神妙な面持ちの大神。めったに見せない表情だった。黒のブロウフレーム眼鏡。奥の眼差しが、いつもと違い濁っている。

「私には孫がいない。ひとり息子は結婚しているが、子供を授かれなった。それもあって、孫のように可愛がっているのだよ、その子をな……もう、高校生になるが、未だによく家に遊びに来てくれてね……私のことを慕ってくれている。祖父ではないが、お爺ちゃんと呼んでくれたりしてな」

 垂れる大神だったが、自分の言葉にですら目尻を落としていた。鬼の目にも涙といえばよいのか。そんな一面に驚いた越谷。

「なるほど……心中お察しします」だが、事の流れを感じとり半眼になる。「……それで、誘拐事件を捜査一課ではなく、私に相談する理由はなんです」

 大神は頷くも、それには答えず話を進めた。

「刑事部長に内々に頼み、初動捜査は既に終えている。事件の発生時刻は昨日の午後7時頃。君を多忙にさせている襲撃が起こる3時間程前だ。クラブ活動帰りの下校中、車に連れ込まれた。親から行方が分からないとの連絡が入ってから、帰路沿いにある防犯カメラを全て確認させて見付けた。ナンバーは不明だが、類似車両の手配は既に掛けてある。携帯電話での追跡は無理だった」

 手際の良さは、元警察官ならではといえよう。実際に事件であった訳だが、殺人事件並の緊急手配はさすがに職権乱用だ。その娘への溺愛ぶりを示している。しかしながら、越谷は頸を傾げた。

「……私に何をしろと?」

「協力してくれ……」大神は鋭い眼差しを向ける。「今のところ、犯人からの連絡はない……多分、この先も無いだろう」

「どういうことでしょうか?」

 怪訝な表情で返した越谷。

「目的が身代金などではないからだよ……あの子の身辺調査を進めていたら、興味深いことが判明した」

 硬い表情のまま、含んだような言い回し。

「どのような?」

「驚いたよ。そんなところで繋がるのかとね。君との因縁も感じざるを得ない」

「……」

 大神の眼光が色濃くなった。戸惑う越谷。

「君が揉み消した件だよ。私立高校での拉致未遂事件……その時、ひとりの高校生が絡んでいたろう? 篠崎友子という娘だ。もちろん、知っているよな」

「……はい」

 越谷は息を飲んだ。先の展開が読めなくなっていた。大神は越谷の反応を確かめるように淡々と続けた。

「実はな。さらわれた子も、その高校に通っている。名を里見香奈(さとみかな)という」

 同じ高校という部分の合点はいったが、それは聞き覚えの無い名前。越谷は困惑の表情を浮かべる。しかし、次の言葉が決定付けた。

「二人は親友なのだよ」

「……」

 瞠目する越谷。一連の案件が繋がった。モラレス一味が頭に浮かぶ。

「これは偶然ではないだろう?」

 見透かされていることを実感した。言葉に詰まる越谷。大神は畳み掛ける。

「手を貸してくれ。この事件の裏には何かある。お前はそれを知っているのだろう? 無論、現時点でお前を責めるつもりはない」

 現時点でとはよく言ったものだが、敵意は無いと感じ取れた。大神は更に声のトーンを落とす。

「あの子を取り戻せるなら、不都合なところには目をつむってもいい……この件は警察では手に負えないような気がするのだよ……そうだろう?」

 言葉はやんわりとしているが、的確な読みはさすがと思えた。本当の意図は掴みきれないところがあるが、取引としては成立する。越谷はこれを好機と捉えた。自分の計画に利益となりえる事態であると。

「……分かりました。協力しましょう」

 大神は吐息を漏らす。

「そうか……良かったよ、その言葉が聞けて……サポートはする。相手としても、よもや警察がここまで早く動いているとは思うまい。なんなら、私の息のかかった部隊を動かしてもいい」

 越谷は片眉を上げた。その話には納得できるところがあった。

「……なるほど。噂は本当でしたね」

 苦笑しながらも、その眼光が増した大神。越谷は彼の真の姿を垣間見た気がした。



 そこに友子の姿は無かった。熊田は扉を閉めると、ゆっくり窓に寄る。鍵が開いていた。

 通常、病室の窓は転落防止の為、少ししか開かないようになっている。しかし、ここは控え室であることや、窓の外が一階の屋上であることから普通の窓が付けられていた。

 熊田に驚いた様子は無い。窓を開けて外を見渡す。人の気配はない。一階の屋上といっても人が立ち入ることのない、空調の室外機が並べて置いてあるだけの狭い場所。

 屋上の土間から窓までは2メート程の高さがあるが、窓枠にぶら下がって飛べば容易に降りることができる。案の定、窓枠の外側に汚れが擦り取れた跡があった。それに、目を落とした熊田。窓を閉めて踵を返した。

 控え室の電気を消し退出する。通路に立つ警官と目が合う。

「……少し眠らせます」

 熊田は部屋の方に目配せをした後、通路を去って行った。


 建物から抜け出すまでは良かったが、病院の敷地内は至る所で制服警官が警邏していた。その目を盗みながら、建物の陰からかげへと走る友子。広い敷地だったが、夜間閉鎖されている裏手は手薄だった。暗がりの駐車場に出る。身を低くしながら、所々に駐車してある車を縫って進んだ。

 病院の裏通りが見えた。生垣を押し退けて歩道に出ると、何食わぬ顔で歩き出す。

 友子は薄手のダウンパーカーとデニムのスキニーパンツに着替えていた。動きやすさを考えて足元はスニーカー。少し歩いてから振り向く。病院の建物を見遣る。悔恨の念。辛い表情で呟いた。

「お父さん、ゴメンね」

 急がねばならなかった。携帯電話を取り出し、先ほど来た香奈からのメールを確認する。この時間帯に移動できる足といえばタクシーしかない。程なくして、通りの向こうに煌々とした明かりを見付けた。コンビニエンスストア。そこを目印にタクシーを呼ぼうと考えた。車道に足を踏み出す。

 視界の右片隅に入った閃光。つんのめる友子。目の前で急停車したのは、カバンサイトブルーのV-クラスだった。歩道側の後部スライドドアが開く。

 瞠目する友子に、声が掛かる。

「乗って」

 声の主が後部座席から姿を現す。その顔が街灯で浮かび上がる。

 友子は口が開いたまま立ち尽くした。状況は飲み込めなかったが、その人が誰だかすぐに分かった。学校の裏門で助けてくれた美人さんに間違いなかった。意表を突く登場は、あの時と同じ。

 何故、こうも都合よく現れるのだろうかと思った。まるで、自分の心情を常に読まれているのではないかと感じるほどに。

 淡いブラウンの瞳が、戸惑う友子を見据えていた。穏やかな笑みを浮かべるリサ。

「いいから、乗って」

 その眼差しに吸い込まれるように、差し伸べられた手を取った友子。訳も分からないままだったが、それが正しいと直感していた。それは、理屈では言い表せないものだった。

 発進するV-クラス。

 後部座席のセパレートシートにリサと並んだ友子。否応なく顔が付き合う。ふと冷静になる。勢いに任せてしまった自分の行動と、その場の雰囲気にオロオロする。

「私はリサ・パーカーよ」

「あっ……はい」

 はっとして答えた友子。やはりこの人は日本人ではないのだと納得した。しかし、発する日本語に違和感がないのは変な感覚だった。

「驚かせてしまったわね……篠崎さん……友子ちゃんでいいかしら」

「は、はい」

 名前を呼ばれ、何故かドキドキした友子。相手が自分の名前を知っていることは不思議と気にならなかった。今度は自分が復唱気味に返す。

「リサ……パーカー……さん」

「リサでいいわ」

 友子を一瞥して微笑む。またまた、ドキッとする友子。

「リサさん」

 照れ笑いしながら、その容姿に目を走らす友子。艶のある紅褐色の髪。シャープな顎のラインと鼻筋が通った顔立ち。やはり、とても綺麗だと感じた。タイトなパンツに黒のジャケット。スタイルも良い。まさに、理想の美人。

 鼓動が高鳴った。目が合わせられない。その衝動を押さえ込み、訊いてみる。

「……あなたは……誰ですか?」

 自分でも変な質問をしたと思った。でも、友子としてはそう訊きたかった。何者なのかと。そして、それ以上に自分と何か関係があるのかと。感じたままの正直な想いだった。

 はにかんだリサは、眉間に皺を寄せた。人差し指を唇に当てる。

「誰か、ね……確かに、そうね……取り敢えず、越谷分析官の部下だと言えば納得できるかしら?」

「……ああ」

 妙に拍子抜けした感じだったが、確かにそうであれば納得がいく。取り敢えずではあるが。疑念の半分は持ち越しということなのだろうか。神妙な表情になった友子。

 リサが顔を覗き込む。

「それで……怪我しているお父さんを病院に置き去りにしなければならない理由とは何?」

 もっと訊きたいことがあったが、先に言葉を取られてしまった。でも、確かに今はそれが最も優先すべきことだった。この人なら頼ってもいいと思った。

 友子は携帯電話をポケットから取り出して液晶画面を見せる。香奈から来たメールだ。添付ファイルを開く。制服姿の香奈が映っていた。

 大きな車の中で撮られた写真。両手足を結束バンドで縛られ、ベンチシートに寝かされている。猿轡をかまされ、乱れた栗色の髪が顔に掛かっていた。片方だけ覗かせた大きな瞳が見開いている。恐怖に怯え、泣くことを忘れてしまったかのような絶望的な表情。

 友子の顔が曇る。辛そうに唇を噛んだ。

 本文には、住所だけが書かれていた。つまり、助けたければそこに来いということだろう。要件は簡単だ。メールを送ってきた相手も予想できた。

「なるほど……それで、助けに行こうと?」

 全てを計り知ったような物言いだった。友子は頷く。

「一人で?」

 再び頷く。

「無茶するわね……」

 友子は歯を食いしばって、顔を歪ませた。

「だって、お父さんだけじゃなく、香奈にまで酷いことするなんて……許せない!」

 感情の昂ぶりに身を震わせる友子。状況に全く臆していない。強い女の姿があった。リサが不意に呟く。

「似てるわね……」

 不可解な言葉を耳にして、友子は顔を上げる。しかし、リサは語尾を濁した。

 似てるって、何のことだろう? 引っ掛かりを覚えた友子だったが、追って尋ねることはしなかった。今はやるべきことがある。

「助けて下さい……香奈を」

 懇願する友子。見詰めらたリサはゆっくり頷いた。

「いいわ。でも、その前にひとつやっておかなければならないことがあるの」リサは運転席に向かって目配せした。「始めるわよ」

「了解」

 運転手が答えた。女の声。この時初めてハンドルを握っている人物を意識した友子。リサの出現に動揺しすぎて気が回っていなかったことに気づく。

「あっ」

 個性的なスクエアフレームの眼鏡にワンレンショートヘア。その人を知っていた。父の視線を奪った幼顔の美人。越谷分析官と一緒にいた女の人。

 チラッと顔を見せた。

「こんばんは」

 この二人が一緒に居ることに違和感は無かった。共に越谷分析官の部下なのだから。だけど、友子はまごついた。この人は、リサとは違うところで意識する人だからだ。

「えっと……」

「鷹野クレアよ」

「あ、はい」

「額の怪我はもういいみたいね」

「……はい、お陰様で」

「昨夜も大変だったみたいね」

「はい……」

 苦笑して見せる友子。やっぱりそうだ。表情とは裏腹に女の感が働く。漂わせる雰囲気は同性として警戒を抱くものだ。醸し出す色気に危険な香りがする。パンツスーツを着こなした彼女の姿。胸の膨らみと腰のくびれに目が行く。

 乙女センサーが危機を察知していた。自然というか当然のように、新垣洋一のことが頭に浮かんだ。何気に訊いてみる。

「あの……鷹野さん」

「何?」

「新垣……さんは、どうしているんですか?」

 鷹野はハンドルを握ったまま背中で答えた。

「気になるの?」

 はにかんで目を伏せた友子。

「ええ……まあ」

「彼なら、大丈夫よ。私がお世話しているから」

 その言葉にモヤっとする友子。半眼になった。「彼」と「お世話」を筆頭に文章を構成している大部分がしゃくに障った。頬がピクリとする。でも、平静を装う。

「あ、ああ……そうですか、でも何だか心配な気がします。酷いことする人達に狙われているのだから……」

「心配はいらないわ。今夜は違うけど、ほとんど私が24時間一緒にいて、守ってあげてるから」

 軽く否定された。しかも、語尾に微妙な含み笑いが付いていた。

 カチンときた。顔が熱くなる友子。彼との間に何か関係がある訳ではない。新垣洋一はストーカーで、元は単なる顔見知りに過ぎない。でも、無性に苛立った。少なくとも、自分の為に真剣になってくれた人なのだから。

「クレア。あんまり、からかわないの」

 口を一文字にした友子を見兼ねて、リサが割って入る。噴き出す鷹野。バックミラーをチラ見する。

「そうなんだ。あなたの方もまんざらじゃないのね」

 不意に核心を突かれる言葉。瞠目した友子。ぽっと頬が染まる。鷹野は口角を上げた。まるで策士の顔つき。

「彼、酷く落ち込んでいたわよ。あなたを巻き込んでしまったことを後悔して。それに、あの時、何もできなかったこともね」

「……そうなんですか?」

「ええ。あなたに嫌われてしまっただろうって。悲しんでいたわ」

「いえ! そんなことないです」

 反射的に答えた友子。鷹野はニヤッとする。

「そうなの?」

「はい……決して嫌いになった訳では……」

 恥じらい気味に答える。

「ふーん。じゃあ、その気持ち伝えてあげる」

「えっ!」

 顔が真っ赤になった友子。

「駄目なの?」

「いえ……駄目じゃないです……お、お願いします……」

 ブツブツと小さな声で答える。火照る顔を隠すように俯いた友子。隣でリサがくすっと笑った。

 澄まし顔の鷹野。ひと仕事終えたみたいに親指を立てる。


 ひたすら大通りを走っていたV-クラスが脇道に逸れる。辿り着いたのは大きな工場だった。夜間の操業はないのだろう、暗闇に包まれていた。その裏手に回る。私鉄の高架に沿って続く道に出た。所々に街灯はあるが、ひっそりとしていた。生活道路でもなく、昼間であっても誰も使わないような道だった。

 鷹野は車を道のど真ん中に停めた。

「携帯と財布だして」

 友子は言われるまま、ダウンパーカーのポケットをまさぐる。リサは渡された携帯の電源を落とし、財布を広げた。ルームランプを点灯し、財布から取り出したカードを見比べる。

「これね」

 一枚のカードをかざしたリサ。ビデオレンタルの会員証。躊躇なくへし折る。

「えっ!」

「位置情報を特定するオモチャよ」

 唖然とする友子にリサが言った。

「……何で、そんなモノが、私の財布に?」

「そのうち、分かるわ」

 少し沈黙したリサだったが、突然腰を上げる。

 車を降りると後ろに回った。V-クラスのリアゲートの前で仁王立ちする。友子は、その行動が理解できず。腰を浮かして様子を窺った。

 暫くして変化があった。自分達が曲がって来た脇道からライトが漏れる。現れたのはステーションワゴンだった。こちらに向かって来た黒のレガシー。数十メートル手前で止まった。

 ライトを点灯したまま、助手席のドアが開く。熊のように体躯の良い男が出てきた。

「えっ?」

 相手を見咎めた友子は慌てた。自らも車から飛び出す。鷹野がそれと同時に、運転席から後部座席に移動した。

「クマちゃん!」

 リサは振り向かず、前に出ようとする友子を制止した。友子はその腕を掴みながら説明する。

「あの人は、お父さんの知り合いの人。病院から抜け出した私を追って来たの……多分……そう」

 とは言ったものの、友子自身困惑していた。あれはクマちゃんの車ではないし、運転席にいるのは誰なのだろうと。

 助手席のドアを閉めた熊田。無言のままこちらを見ている。その表情は険しい。

「そう……じゃあ、確かめてみる?」

 リサは友子を背にしたまま、ジャケットをめくった。露わになった腰のCZP-07自動拳銃。グリップを握る。

 途端にレガシーの後部座席のドアが開いた。両側から跳び下りた男達。ドアを盾にして自動小銃を構え向ける。ストックを伸ばしたHK416C。載せた光像式照準器(ドットサイト)越しにこちらを狙う。その動きは修練されたものだ。素人の要素は無比といっていい。

「……何で?」

 友子が気の抜けた声を出した。

 V-クラスのリアガラスハッチが開く。中から突き出る銃身。HKMG4LMG(ライトマシンガン)。バイポットを立てストックを肩に当てた鷹野。リンクベルトに連なる5.56ミリFMJ(フルメタルジャケット)弾の弾帯。ボックスマガジン満タンの200発。

 火力で相手を圧倒するのが基本スタイル。安全装置を外した鷹野。舌なめずりする。

 リサは友子に一瞥をくれてから、相手に向かって声を張り上げた。

「どうなの? ここで、決着をつけるのかしら?」

 一気に緊張が高まる。焦る友子。訳が分からない。

「……」

 熊田が動いた。おもむろに手を上げる。後ろの二人が銃を下ろした。熊田は緩慢に歩き出す。

 リサは銃のグリップを握ったまま熊田を見据える。数メートル手前で立ち止まった熊田。手を胸の高さに上げている。

「クマちゃん……どういうこと?」

 狼狽する友子が訊いた。リサに変化はない。

「友ちゃん……」熊田が友子を見詰める。少し悲しそうな目をしていた。「言わなければならないことがある。篠崎さんにも、済まないと思う」

「……何なの?」

 友子は真剣な眼差して訊いた。熊田は重々しく口を開いた。

「ゴメンな……俺はCIAの人間だ」


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