表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポルタトーリ  作者: Vapor cone
13/46

12.星は知っている

 静寂が訪れた住宅街。友子は屋上に出ていた。

 三階建てのモダンなコンクリート住宅。一階はシャッター付きの大きなガレージで、一部は危機管理コンサルタント会社の事務所。二階はリビングなどの生活スペースと直哉の部屋兼書斎。三階には一部屋しかなく、というか広い屋上に一部屋乗っかっているといった造り。そこが友子の部屋だった。

 部屋の掃き出し窓が開き、中から香奈のまったりした声が届く。

「友子~、何してるの~? メール着てるよ~」

 具だくさんの煮込み料理でお腹を満たした香奈は、自分の家のように寛ぎモードに入っていた。

「いつものやつだよ~」

 同じようにまったりした声音で返す友子。

「……友子~?」

 返事を聞きそびれた香奈は、掃き出し窓から四つん這いで顔を出した。ひんやりとした夜の空気が肌に触れる。

「寒っ」

 身を震わせた香奈。

 屋上を囲っている胸丈ほどの塀。それにもたれ掛かり、仰ぎ見ている友子。頭上には星空が広がっていた。

 都心から離れているとはいえ、等級の低い星は街の明かりに消されてしまう。それでも天体観測が目的ではない友子にとって、十分な数の星達が夜空に散らばっていた。今夜は空気も澄んでいる。

「友子、好きよね~」

 ジャケットを羽織った香奈が部屋から出て来た。友子の隣に肩を寄せる。

「もしかして、毎晩こうしてるの?」

「うん、天気のいい日はね」友子は見上げたまま答える。「何だか、こうしてると心地いいのよね~」

 自分の世界に浸る友子。

「へぇ~、そんなもんかな?」

 同じように夜空を仰ぎ見た香奈だったが、言いたいことは別にあるようだ。友子に顔を近づけると、その耳の元で囁いた。

「……で、そうやって誰のこと考えてたりするの?」

 その言葉に目を丸くする友子。香奈を見据えたまま、おでこにおでこを突き合わせた。そして、ぐりぐりと押す。

「それって、何?」

 香奈は鼻息を荒くして、おでこを押し返す。

「決まってんじゃん。男子よ、男子。イケメン、カッコいい男!」

 呆れ顔の友子。香奈の恋愛ダメージに対する回復力には敬服する。元気に復活してくれた事はうれしい。ただ、早すぎる感は否めない。いつも通り、といえばそうなのだが。

「カッコいい男って、抽象的過ぎでしょ」

「ふーん。なら具体的にどうぞ」

「ないわよ!」

 即答し強くおでこを押した友子。香奈はたまらず「痛てて」と身を引く。

「相変わらずの石頭。中身もだけど……」そう言った香奈だが、視線は懐疑的なままだ。「でも、誰かいるでしょ? いいなって思う人」

「いない」

「そんな訳ないでしょ……女子高生が? ……ありえないし」

 鼻を鳴らし失笑する香奈。恋愛ネタに関して、底なし沼のような絡みっぷりはいつものことだ。確かにカワイイ女子を目指してはいるが、恋愛は次のスッテップである。出遅れた分、失敗しないように慎重に行きたい友子である。

「いや、まずは香奈みたいに、女子力上げてからだね」

 素っ気無く答えると、香奈が語気を強めた。

「何、言ってんの、そんなこと言ってる暇ないよ! 私達の高校生活は3年間しかないの。それがどうだったかってことは、後の人生においてとっても大事なことなのよ。そして、既に三分の一は終わってる」

「なるほど」と呟いた友子。だからといってどうしろというんだろう。人はそんなに簡単に変われるものでもない。

 すると腕を組んだ香奈。ゆっくりと視線を友子のつま先から頭のてっぺんへと走らせた。続けて、ため息。「もったいない……」

 幾分筋肉質ではあるが、スタイルは良い。胸もまあまあある。顔はかわいいというよりは美人系。香奈も羨む鼻筋とくっきり二重。ここは日本人離れしている……ハーフだから、まあそうなる……そして、艶々の黒髪。やっぱり、外見は問題なし。

 改めて友子を値踏みして一言。

「友子はさ、素材を生かしきれてないよね。十分魅力あるんだからさ。自分を変える必要なんてないよ、もっと積極的にいけばいいだけ」

 妙に説得力のある言葉。さすが恋愛マスターである。感心する友子。

「けど、“なんちゃらスマイル?” とかゆうネタ。面白い冗談だけど、あれはダメね。イタイよ」

「はあ……」

 確かに、バスの一件はやり過ぎたかもしれない。反省はしているつもりだ。だけど、“女子高生誘惑スマイル”は大真面目に練習したこともあるので、決して全てが冗談ではない。自分の女子センスの低さに落ち込む友子。

「で、実際のとこ、どう考えてんの?」

 真剣な眼差しで、にじり寄る香奈。今宵の恋愛講座は、いつになく熱を帯びていた。学校では恋愛中毒娘とよばれているが、経験値でいえば友子は足元にも及ばない。というか、足元のありんこである。

「どうって、言われても……」

 真面目に訊かれると言葉に詰まる。たたみかける香奈。大きな瞳から浴びせられる眼光。友子は眉をひそめる。

「……じゃ、取り敢えず友子の恋愛観みたいなの、なんでも言ってみてよ」

 今宵の追い込みは厳しく、逃れられそうにはなかった。それに、茶化し続ける自分も嫌だった。照れながら答える友子。

「……いやぁ、その、ね。ともかく……男の人とそういう関係……いや、感じになるイメージが湧かないというか……恋愛観以前の問題なわけで」

「それで」

 友子が腹を据えたのが分かったのか、少し満足そうな表情の香奈。小気味良い合いの手が入り出す。

「男の人見て、カッコいいなって思うことはあるけど、女の子っぽく接することは苦手だし……」

「なるほど」

 自分の言葉に鳥肌が立つのをこらえながら続ける友子。小恥ずかしさに俯いた。

「タイプとしては、自分の考えを持った人が好きかな……俺様みたいなのは苦手だけど……」

「私は好き」

「え?」

「あ、気にしないで、続けて」

「……あと、なんか、強引過ぎるのもちょっと無理。ドラマなんかでよくある、突然、手を引っ張られて来い、みたいなの。きっと、そんなことされたら手が出ちゃうかな」

「出しちゃダメ」

 当たり前です。とばかりに半眼になる香奈。苦笑して、こくりと頷く友子。

「でも、凄く一途に思われたら、きっとうれしいなー、なんて……てへへ……」

「……」

「いやぁ、でも、こういうの自分で言うと照れますな。なんか、私っぽくないっていうか……ん?」

「……」

 羞恥心を曝け出して、真っ赤な顔になっていた友子だったが、合いの手が無いことに気付く。横目で窺うと、いつの間にか恋愛講師の視線はあらぬ方向を向いていた。 

 たまらず、二度見してしまう友子。

「――って、こら! 聞いてないじゃん!」

 ツッコミを入れてみたが、香奈の反応が無い。視線は星空に向けられていた。

「あーっ!!」

 突然、絶叫した香奈。その声に慄き仰け反った友子。

「な、何なの!?」

 香奈は両手両足をバタつかせて騒ぎ出す。

「見て! 見て! あそこ! 動いてる!」

 宝物でも見つけたように、驚愕しながらもはしゃぐ香奈。

「UFOよ! UFO! すっごーい!」

「……U・F・O?」

 友子は香奈の指差す方向を確認した。半眼で夜空に目を凝らす。共通点の少ない二人だが、視力が抜群に良いところはお互い自慢にしている。

「ああ……」

 力なく呟いた友子。確かに夜空の低い位置に一つだけ、ゆっくりと一方向に向かって移動する光源体があった。他の星たちと比較すれば、異様な動きであることに間違いはない。しかし、それはUFO(未確認飛行物体)ではなかった。

 続いて、唸りとも、ため息ともつかないものが友子の口から漏れる。いつものことだが、恋愛講座からのこの展開。自分も変わっていると思うが、香奈も相当個性的だと思う。「私の赤裸々な告白は何だったのか……」友子はそう心で嘆きつつ、咳払いを一つした。

「香奈。あれは人工衛星だよ」

「……じんこうえいせい?」

 はしゃいでいた香奈は、ぽかんとした顔で目をパチクリさせる。屈託のない表情で頸を傾げた。その表情に苦笑する友子。「可愛いい……」こういうの男子は好きなんだろうな、と思った。だが、これはマネをしようとしても無理だろう。

「そう、人工衛星」

「あ、ああ! お天気お姉さんの写真を撮ってるやつね?」

「ヤツ……?」

 その言葉に、困惑する友子。「お天気お姉さんの写真を撮ってる()って? 美人お天気お姉さんのスクープ狙いの週刊誌カメラマンが、どうしたというのだ?」心で呟く友子。彼女の発想は至極具体的であることが多い。

 憮然とした友子の顔を不思議そうに見た香奈は腰に手を当てた。

「だから、《今日は雨模様ですぅ。傘を持って出かけましょうねぇ。それでは、いってらっしゃ~い。》っての。朝、どの局でもやってるじゃん!」

 愛らしさ特盛りで、気象予報図を指し示すマネをする香奈。何処のテレビ局という訳ではないが、なかなかにして特徴を掴んでいた。

 友子が少しの間を置いて感嘆する。「おお!」言わんとしていることがようやく理解できた。分かりにくかったが、香奈らしいというべきだろう。もう一度、咳払い。

「……確かに、その通り。お天気お姉さんが天気予報の時に使う、雲の写真などを撮ってるヤツ(・・)です」

「うん、それそれ」

 嬉しそうに頷く香奈。このまま衛星についての詳しい説明をすることは、不毛な行為だと分かっているので深追いはしない。しかし、次にぶつけてきた質問はなかなか鋭かった。

「……でも、それって下から見えるものなの? ロケットでずいぶんと遠くに飛ばしてるんでしょ?」

「ふむ、確かにそうだけど……実際に見えてるじゃない」

「そうだけど……変な感じ」

「まぁ、夜じゃないと肉眼で見付けるのは難しいけど……でも、低いものだと高度200キロメートルを切ってるわよ」

「200キロ!? それって、十分遠いじゃん!」

「ま、そうか……」

 話の本筋が良く分からなくなったところで会話が止まる。香奈は取り敢えず感心した素振りで、友子の肩を軽く叩いた。

「よっ。さすが詳しいね、ミリオタちゃん」

「それ言わないで」

 友子が口を尖らす。

「あ、ゴメン。でも、そういう知識もあっていいんじゃないの? 将来の就職とかに役立つかも」

 聞いたことのある台詞。

「君は私の父親かー!?」

「は? ……あっ、それだ!」

「どれだ?」

 感嘆する香奈の叫びに頸を傾げた友子。

「だから、友子のお父さんって、ギョーカイの仕事もしてるんでしょ?」

「ああ、それ。たまにアクションシーンのある映画やドラマの脚色を手伝ったり、役者に演技指導したりしてるみたいよ」

「だからそれよ」

「どれよ?」

「お父さんに売り込んでもらうのよ」

「何を?」

「友子を」

「何処に?」

「芸能界に」

「はぁ?」

 ぽかんと口を開ける友子。

「いけると思うけどな~」

「……って、どこが」

「分かってないな、今はアイドルもタレントも、コアな分野ほど市場があるのよ」

「分からなくていいです」

 人差し指を振りながら、声を弾ませる香奈。数々のアイドルを育て上げた、何処かの名プロデューサーのように力説する。呆れ顔の友子には構いなしで。

「素質は十二分にあるわ! 幼いころからすり込まれたオタク知識。そして何よりその清楚なルックス。それでいて格闘技の使い手。しかもホントに強いときたら、完璧! ……後はもう少し色気を出して……」

「……付き合いきれない」

 頭を掻きながら部屋に戻ろうとする友子。すがるように追い駆ける香奈。

「ね。ちょっとぐらいなら、やってもいいと思うでしょ?」

「思わない」

「やったら、好きになるかもよ」

「ならない」

「芸能人に会えるかもよ」

「会いたくない」

「怒った?」

「怒ってない」

 友子の腕に抱き付き、愛想笑いで下から様子を窺う香奈。おねだりする子供のようだ。その滑稽な表情に思わず噴き出す友子。

 香奈は空を見上げた。

「……じゃあ、星を見るのも終わり?」

「終わり」

「そう、でもこっちから見えるってことは、向こうからも丸見えね?」

 その言葉に足を止めた友子。香奈の顔を見遣る。

「何が?」

「じんこうえいせいとやらのことよ」

 何気ない香奈の言葉に感心した友子。妙にいいとこ突いてくる。

「まあ、確かにそうなるわね……」

 再び夜空を仰ぎ見た二人。目が慣れたせいだろうか、さっきより星が増えたような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ