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その他短編(一話で完結)

情熱エクストリーム XX(ダブルエックス)

作者: gojo

※この作品はフィクションです。ただし、作中に登場する「エクストリームアイロン掛け」というスポーツは実在します。



「お婆ちゃん、どうして月が赤いの?」


 就学未満と思われる少女が言う。

 その指先は、東に浮かんだ満月を示していた。山影の起伏を前景とし、赤い光を放つ円。幼い子供にしてみれば不可思議に思えることだろう。

 お婆ちゃんと呼ばれた老齢の女性、塔子は、庭に置かれたロッキングチェアの上で、しばし返答を考えた。

 科学的には、夕焼けやプリズムと同様に光の散乱が生じ、赤い光線のみが目に届いたと言える。ただし、その様な説明を少女が理解できるとは思えない。


「ねえねえお婆ちゃん、どうして?」


 お構いなしに、なおも少女が答えをねだる。

 塔子は赤い月を見つめ、思った。ずっと昔にもこんな月を見たことがある。

 そして、おもむろに呟いた。


「月が赤い理由、それはね…………」


 それは、塔子の初恋の物語。




 ✝  ✝  ✝  ✝  ✝




 20XX年



「そこのJK。茶でもしばこうぜ。しばこうぜコラー!」


「え、いきなりコラーと言われましても……」


 学校からの帰宅途中、十六歳の塔子は悪漢達に絡まれた。

 一人はモヒカンヘア、一人はホッケーマスク、一人は素肌にノースリーブジャケットという風貌だ。一見して関わってはいけない輩と分かる。

 しかしながら邪険にすることは躊躇われた。すぐさま職務質問の対象者に選ばれるであろう服装を堂々としているのだ。開き直り、あるいは何らかの確信があって悪漢を務めているに違いない。その様な相手に対して下手な行動を取れば最悪の事態に巻き込まれる可能性も考えられる。

 ひょっとすれば、あらかじめそういった事態を想起させることを目的として不埒な格好をしているのかも知れない。つまりは威嚇。もっと言えば、知能犯。

 それを踏まえた上で改めて悪漢達のことを見てみると、その立ち位置は絶妙に思えた。モヒカンを中心とし、向かって左にホッケー、右にノースリーブ。モヒカンという頂点を鈍角とした綺麗な二等辺三角形を描いている。これでは左右どちらに逃げようと、すぐに捕獲されてしまう。

 当然、『しばこうぜ』という粗暴な誘い文句も計算のうちであろう。『一緒に飲食店に行きませんか』という意味の『茶をしばく』というスラングと、『叩く』という意味の関西弁『しばく』、この二つを合わせた、つまりはダブルミーニング。短いフレーズの中にさりげなく脅迫の意図を組み込んでいるに違いない。

 全ては狡猾に仕組まれた罠。さながら悪漢達は狩猟に長けたハイエナ。一介の女子高生が敵う相手ではなさそうだ。


「ほら、行こうぜコラー!」


 モヒカンの声。

 塔子が考えを巡らしていると、痺れを切らしたであろう彼は手を伸ばしてきた。


 刹那、閃光が走った。

 塔子と悪漢達の僅かな隙間を、街灯の明かりを反射させながら金属の塊が駆け抜けたのである。視界に一文字の白い残像がのこる。

 突然のことに塔子も悪漢達もしばし動きを止め、それから光の通り過ぎた先に目をやった。

 するとそこには、アイロンが、否、アイロンを手にした青年が立っていた。


 悪漢達が叫ぶ。


「てめえ! 何者だ!」


 だがアイロンの青年はその言葉を聞き流し、背中から折り畳み式のテーブルを取り出すと、それを広げ、ワイシャツのアイロン掛けを始めた。


「てめ! ふざけてんのか? 何してんだよ!」


 妥当な問い掛けだ。この殺伐とした状況にアイロン掛けは似つかわしくない。

 悪漢達は更に声を荒げた。


 そこでようやく青年は口を開いた。


「何してるか? 見りゃ分かるだろ、アイロン掛けさ。シワを見たら伸ばす。それがアイロニストの嗜みだろ? 今日は特別に髪型もセットしてやったぜ」


 見ると、先程までは若い稲穂のように空を威嚇していたモヒカンのモヒカンヘアが、綺麗に平たくなされていた。


「い、いつの間に!」


 そのモヒカンの言葉を聞いた青年は、余裕の笑みを浮かべた。


「さあ、ここからが本番だ。お前達のシワだらけの根性も平らにしてやるぜ」


「んだと! てめえら、やっちまえ!」


 悪漢達が青年に襲い掛かる。

 塔子は思った。青年は『アイロニスト』を自称していた。アイロニストとはアイロン掛けを芸術の域まで高めた者の称号。この危機的状況をどうやってアイロン掛けで切り抜けるのだろう。


 直後、青年はアイロンで悪漢達を殴り倒した。


「あ、そういう使い方なんだ……」


 思わず零す。


 青年はヤクザを思わせる蹴りも披露し、悪漢達を退けた。


「ありがとうございます」


 青年のもとに駆け寄って頭を下げると、彼ははにかむように笑った。その表情は幼い。アイロンを振り回していた時には気が付かなかったが、どうやら青年は塔子と同年代のようである。


「俺、ヘイタ。ヘイタの『平』に、ヘイタの『太』で、『平太』って言うんだ。そしてこいつが俺の相棒、充電式携帯アイロン『シャイニング』!」


 聞いてもいないのに奇妙な自己紹介を始める青年。助けて貰ったことは有り難いと思うが、どうやらこの人も関わらないほうが良い人種のようだ。

 呆気に取られていると、平太と名乗る青年は額の前で二本の指を小さく振り、颯爽と走り去っていった。


 その後ろ姿を見ながら塔子は思った。

 自分はつくづく『アイロン掛け』と縁がある、と……





 道すがら塔子は溜め息を零した。視線の先には、ガラス張りの壁を正面に配した施設がある。その入口の上に設けられた巨大な看板には、こう書かれていた。


 ――エクストリームアイロン掛け道場


 エクストリームアイロン掛けとは、極限状態の場所で平然とアイロン台を出し、涼しい顔でアイロン掛けを行なうエクストリームスポーツである。

 1990年代にイギリスで生まれ、過去にはクライミングを伴う山の頂上、サーフィン中のボードの上、某国の戦場、深海といった場所で競技が行われたという記録が残されている。 (※出典:) (Wikipedia)

 塔子の自宅は、そのエクストリームアイロン掛けの養成ジムであった。門下生は数人。塔子の父が代表兼トレーナーを務めている。


 塔子にとってそれはコンプレックスであった。幼い頃にはアイロン娘と揶揄されたことさえある。出来るならばアイロンと縁を切りたい。

 そうは言っても変えることの出来ない現実。塔子は一人頷いて扉を開けた。


「ただいま」


「塔子、遅かったな!」


 いつも通りの無駄に大きな声。たくましい体に貧相な頭髪を備えた父のものだ。


「あ、うん、ちょっと変な人達に会っちゃって……」


 そう返事をしたが、父は興味がないらしく隣にいる人物を指して喋り出した。


「紹介する。うちの新しい住み込みの門下生だ!」


「え?」


 そこには、先程のアイロンの青年、平太が立っていた。


「俺、平太……って、君はさっきの!」


 これが二人の運命の始まりだった……


 と、場面転換を思わせる文言を思い浮かべた時、父が唐突に言った。


「それはそうと塔子、風呂が沸いてるから入ってこい!」


「はい? どうしてこのタイミングで?」


 反論を示したが、父は全く話を聞こうとしない。致し方なく塔子はその指示に従い、居住スペースに繋がる奥の扉を抜けてバスルームに向かった。


 父の言った通り風呂は沸いていた。脱衣所まで湯気が立ち込めている。


 そして、衣服を全て脱いだ時である。ガラリッと音が鳴って、入口の引き戸が開かれた。咄嗟にそちらを見やる。

 そこには、平太が立っていた。


「キャー! エッチー!」


「す、すまない。わざとじゃないんだ! 門下生用の浴室と間違ったんだ。それに湯気で肝心の部分は隠されていたぜ!」


 聞けば、本当に間違っただけらしい。塔子は再び衣服を纏うと、道場にある門下生用の浴室まで平太を案内することにした。


 そして、道場への扉を開いた時である。信じ難い光景が目に飛び込んできた。

 その場にいる全員が床の上に倒れていたのである。


 平太が叫ぶ。


「おやっさーん!」


 どうやら『おやっさん』とは、塔子の父のことのようだ。

 平太は目に涙を浮かべながら仰向けに倒れる父の体を抱き起こした。すると、父は薄く目を開けた。


「へ、平太か……道場破りが現れたんだ。ゴフッ」


「しっかりしてくれ、おやっさん!」


「アイツの、あまりに美しいアイロニングに驚いて尻もちをついた時、尾てい骨を痛めちまったようだ。俺はもうダメだ……あとは……任せたぞ……」


「おやっさーん!」


 そこで塔子は冷静に一言。


「なに、この茶番?」


 しかし平太は聞く耳を持たない。


「おやっさん、俺が仇を取ってやる!」


 そう言って彼は外に向かって走り出した。


「待って! 道場破りの居場所が分かってないでしょ!」


 塔子は平太の後を追った。


 そして、外に出た時である。何者かの声が聞こえてきた。


「ハッハッハッ、待ちくたびれたぞ。お前が次の挑戦者だな」


 道場の目の前には金色のアイロンを持ったタキシード姿の男がいた。


「お前が道場破りだな! 許さねえ!」


「威勢が良いな小僧。ならばエクストリームアイロン掛けで勝負だ」


「望むところだ! デュエル!」


 平太が叫ぶと同時に、どこからともなく十名の審査員が現れた。

 戸惑う塔子をよそに引き続き平太が声をあげる。


「俺からアイロニングさせて貰うぜ!」


 直後、平太は道場のガラスに飛び込んだ。甲高い音が響き、辺りに破片と血液が散る。それでも彼は倒れることなく、ワイシャツを床の上に広げ、正座の姿勢でアイロン掛けを始めた。


「なにしてんの! 足にガラスが刺さってるじゃない!」


「これがエクストリームアイロン掛けさ……ゴフッ」


 そんな瀕死状態の平太に対し、タキシード男が言う。


「なかなかやるな小僧。では次は私のターンだ!」


 血塗れのアイロン掛けに対抗しうるエクストリームな状況、すなわち極限の状況などあろうはずがない。塔子がそう考えた時、タキシード男は意外な行動に出た。

 彼は、折り畳み式の台をその場に広げ、ごく普通にアイロン掛けを始めたのである。その所作は美しい。しかしエクストリームからは程遠い。


「それ、ただ屋外でアイロン掛けをしてるだけじゃない!」


 アイロンと縁を切りたいと思いながらも、やはりアイロニストの娘。塔子はツッコミをせずにはいられなかった。

 するとその時、背後から声が聞こえてきた。


「お前は分かっちゃいねえな……」


 それは紛れもない、父の声。


「お父さん! 怪我は大丈夫なの!?」


「一時は尻が割れたと思って慌てたもんだが、よくよく考えてみれば、尻は最初から割れていた……それよりも塔子、あのタキシード男の視線の先を見てみろ」


 言われた通りそちらに目を向ける。タキシード男は、血に塗れて苦しそうにしている平太を、じっと見つめていた。

 塔子がその様子を認めたことを察したのか、父が語り始める。


「あのタキシード男は、今にも死にそうな男を目の前にして悠々とアイロン掛けをしているんだ。普通は救急車を呼びたくなるだろ! それをあえてしない。これほどエクストリームな状況があるか!?」


「え、それ、なんかズルイ……」


 呟いた時、審査員による判定が下った。


 結果は、平太の大敗。


「ゴフッ……」


 平太は血を吐いて、その場にうずくまった。


「ハッハッハッ、えーっと、ハッハッハ……」


 タキシード男は高らかに笑いながら姿を消した。


 辺りが静けさに包まれると、父が平太に声を掛けた。


「どうしてお前が負けたか分かるか?」


 平太は何も言わず、ただ悔しそうな面持ちでうつむいた。


「いいか平太、エクストリームアイロン掛けの採点基準は三つ。まず、綺麗にアイロンを掛けたかという技術点。次に、速さ。最後に、どれだけの人を魅了したかという芸術点とされている」


「そんなことは全人類知ってますよ!」


「いや、お前は分かっちゃいねえよ。過去のエクストリームアイロン掛けの記録を調べてみろ。高度何メートルで行なったか、水深何メートルで行なったか、そういう記録しか残ってねえ。要するにだ、芸術点しか評価されてねえんだよ! そもそも水の中でアイロン掛けが出来る訳ねえだろ!」 (※出典:) (Wikipedia)


「な、なんだって……」


「仕上がりよりも、いかにエクストリームな状況で涼しい顔をしてアイロニングするか、そこが大事なんだ。お前は苦しそうだった。お前のアイロンには執念しか込められていない……込めるなら情熱だ! 込めるなら情熱だ!」


「なんで……なんで二回言ったんだ! なんで二回言ったんだぁ!」


「お前も二回言ってるだろぉぉぉ!」


 父の放った拳が平太の左頬にめり込む。塔子は慌てて仲裁に入った。


「やめて二人とも! そんなことで喧嘩しないで!」


 すると落ち着きを取り戻した父が、諭すような声色で語り出した。


「平太、お前には今まで隠していたが、もうすぐエクストリームアイロン掛け世界大会が開かれる。タキシード男に勝ちたいならチャンスはその時だ」


「もうすぐって、いつですか?」


「今夜だ!」


「今夜? おやっさん、俺、大会に参加します!」


 平太はそう言うと、立ち上がって走り出した。


「待って! そんな怪我だらけで無茶しないで! わたしには理解できない。なんでそこまでしてアイロン掛けをしようとするの?」


 塔子の言葉を聞いた平太は立ち止まり、背中を向けたまま問いに応じた。


「……そこにシワがあるから……そこにシワがあるからだ!」


「どうして……二回言ったの……」


 平太は何も答えず、再び走り出した。


 そして、彼の姿が見えなくなった時である。向かいにある電気屋から歓声が起こった。そこには街頭テレビが置いてあり、エクストリームアイロン掛け世界大会の様子が映し出されていた。

 ちょうどタキシード男の出番のようだ。辺りにいる野次馬達の盛り上がりは絶頂を迎えている。

 塔子と父はその人混みを掻き分け、テレビの前に立った。


 テレビの中のタキシード男がアイロンを掲げる。と同時に彼は、炎に包まれた。

 父が感嘆の声をあげる。


「さすがは優勝候補の、えーっと、ほら、タキシードさんだ……」


 どうにも歯切れが悪い。塔子は問い詰めた。


「優勝候補なのに、お父さん、名前を知らないの!?」


 父が拳を握り締める。それを見て塔子は、これ以上質問をすれば殴られる可能性があると考え、話題を変えた。


「お父さん、本当にタキシード男は炎の中でアイロン掛けをしてるの? 信じられない。まさか特撮とか卑怯なことをしてるんじゃ」


「その可能性は低いだろうな。アイツのアイロン台の上を見てみろ。ワイシャツに引火し、既に灰しか残っていない」


「もう、なにがなんだか……」


 大歓声の中、タキシード男の演技は終わった。

 その後、何人もの参加者がアイロニングを行なったが、炎の中のアイロニングと比べてしまうと、いずれも霞んで見えた。


 そして、間もなく大会が終了しようとしていた時である。テレビに黒い空と砂漠のような真白な地面が映し出された。

 加えて、画面の左上には、こう表示された。


 ――月面、生中継


 改めて見てみると、中央に宇宙服を着た人物が立っていた。次第にカメラがその人物に近付き、ヘルメットのガラス越しに顔を確認できる。

 その人物は、間違いなく平太だった。


 2000年代初頭までの技術では月に辿り着くまで三日を要した。しかしこの時代においては、金さえ積めば近所のコンビニに行く感覚で月まで行ける。

 平太は、行ったのだ。月へ。


 マイクを装着しているのか、テレビから平太の声が流れる。


「塔子、聞いてるか? 面を向かっては言えなかったけど、俺、ずっとお前のことが、好きだったんだ……」


 その言葉を聞いた塔子は画面に向かって訴えた。


「え? そんなこと言われても、さっき知り合ったばかりじゃない!」


 だが彼は月の上。当然、声が届く訳がない。


「……塔子、色々な都合で、この宇宙服には空気がほとんど残っていない。おそらく、次が、俺のラストアイロニング。塔子、見ててくれ」


 話を終えた平太は涼しげな笑みを浮かべた。

 それを見た父が叫ぶ。


「平太のやつ、死にそうな状況で笑いやがった!」


 同時に平太のアイロンが陽の光を反射し、眩く輝いた。


「うおぉぉぉ! 俺のアイロンが真赤に燃える! 勝利を掴めと轟き叫ぶ! ぶぁぁぁくぬぇぇぇつ! シャーイニーン…………」


 ――CMのあとは、お笑いヒットカーペット


 突然映像が切り替わり、ほのぼのとしたCMが流れ始めた。どうやら大会の放送時間を過ぎたようだ。

 アイロン掛けに興味のない塔子も、さすがに怒りをあらわにした。


「ちょっと! 番組の延長ぐらいしなよ!」


 しかしながら無情にもCMは流れ続け、やがて、お笑いヒットカーペットが始まった。もはやエクストリームアイロン掛け世界大会の結果を知るすべはない。


 そして、平太の帰還を諦めかけた時である。野次馬達が口々に「あれはなんだ」と言い、空を指差した。


 そこには、真赤な満月が浮かんでいた。


「こんなに赤い月を見るのは初めて……」


 塔子が呟くと、父が尤もらしい口調で応じた。


「平太の情熱が、月を赤く染めたんだ」


「そんな訳……」


「あるんじゃねえか? 月の表面を良く見てみろ」


 言われた通りじっと月を見つめていると、異変に気が付いた。月にある兎のようなクレーターの影が、徐々に消えていたのである。


 そこにシワがあるから、平太は、月の表面にアイロンを掛けているに違いない。


 そこにシワがあったから、月は、情熱に燃え、赤く染まったに違いない……




 ✝  ✝  ✝  ✝  ✝




「ねえ、お婆ちゃん、それから? それから平太って人はどうなったの?」


 すがり付く少女の頭を慈しむように撫で、老齢の塔子は、優しく微笑んだ。


「さあ、どうなったんでしょうね」


 その様な返事では納得が出来なかったのか、少女は不貞腐れ気味に再び空に視線を向けた。そこには、相も変わらず真赤な満月が浮かんでいる。


 塔子は、感慨深くその月の表面を眺めた。

 その時である。背後から声がした。


「今日も月の表面はツルツルだな」


 少女が振り返って嬉しそうに言う。


「あ、お爺ちゃん!」


 お爺ちゃんと呼ばれた男性は、涼しげに笑いながら塔子に手を差し伸べた。


「さあ、二人とも、だいぶ冷えてきたから部屋の中に戻ろうか」


 塔子はその手を取って立ち上がると、男性の耳元で囁いた。


「ありがとう、平太さん……」


「どうしたんだい急に、名前で呼ぶなんて珍しいじゃないか」


「うん……月が赤かったからかしら……」


 シワを伸ばし続けたアイロニストは、今、シワとシワを重ねて……




※三題噺です。お題は「初恋」「赤い月」「エクストリームアイロン掛け」

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― 新着の感想 ―
[一言]  後付けの如く次々話が進むエキストリームwwwwww
[一言] やったー感想1ゲット! 短いながらも様々な知識(ネタ?)が詰め込まれた作品でしたね。 どことなく落ちとかが童話的(昔ばなし)に感じる部分もありましたので、冬童話に爆撃してみてはいかがでしょ…
2015/12/07 22:24 退会済み
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