迷った挙句
あれから一か月が過ぎた。
それでも愛花の頭の中は修と紀美子のことばかりだ。
部屋がノックされ、そこには彰がいた。
彰が部屋にくることは、とても珍しいので驚いてしまった。
「どうしたの?」
「最近な、愛花の様子がおかしいから気になったんだ。入ってもいいか?」
「う、うん…」
最近の愛花は彰たちによそよそしかった。
修と紀美子のことを考えている自分が嫌で、無意識にそういう態度になっていたのだ。
こういうのに気づくのは、大抵が彰だ。
彰が腰をおろしたので、愛花は向かい合うように座った。
「何かあったのか?彼氏か?友達か?」
「ううん、違うよ…」
「だろうな、愛花はそういうのを家に持ち込まないからな。
愛花がそういうときは、決まって陸くんのことだ」
「お父さん…」
彰はちゃんと見ていた。
おそらく美智子もそうだろう。
こんな2人は愛花にとって大事な親だった。
今考えていることは、やはり2人の気持ちを裏切ることになる。
「愛花、俺たちは何も気にしないよ。だから話してみなさい」
なんでもお見通しだった。
愛花は恐る恐る聞いてみることにした。
「前に、莉奈たちと海に行ったときに、ひとりで釣りをしたの。
昔、父さんがよく連れて行ってくれたから懐かしくて」
「修さんが…そっか。それで両親のことを思い出していたのか」
「ううん、違う…それはもう過去で、わたしの両親は今のお父さんとお母さんだから」
それは愛花にとって紛れもない事実だ。
素直にいうと、彰は「ありがとう」と答えてくれた。
「そこでね、田中さんっていう60歳半ばくらいの人に会ったの」
「田中さんって…」
「直接は聞いてないけど、多分父さんの従兄。田中さん、わたしが陸って知らないで過去にことを話してくれたの、父さんたちが亡くなってその息子も亡くなったことを…」
「それで愛花は、親戚として何かしてあげたい、そう思ったんだね?」
「それも違う…それはもうやったの。
陸って打ち明けていないけど、愛花として一緒に釣りをしたから」
彰はわからなかった。
それなら、何を悩むことがあるんだ?
陸としてできなかったことを、愛花としてしてあげた。
それで十分じゃないか。
「わたし…陸の頃の親戚を知らないの。
田中さんのことも知らなかった、考えてみれば祖父や祖母のことも知らない。
田中さんも父さんと会ったのは35年前が最後だって言ってた。
それ以来、一度も会わずに亡くなったって…父さんたちは何で親戚と疎遠になったの?
それがわからなくて、気になって仕方ないの!」
本編には触れていないが、愛花は彰や美智子の親戚には何度か会っている。
それが当たり前のことかもしれなかったが、陸のころは、そういう記憶がなかった。
一度、小さい頃に紀美子に聞いたことがあったが、
「うちは親戚がいないの」という一言で終わってしまった。
そのあとすぐに紀美子が抱きしめてくれたのをうっすらと覚えている。
「親戚はいないけど、親子3人で仲良く暮らそうね」
あのときの紀美子の温もりは、とても愛情がこもっていた。
「親戚はいない、そう言っていたのにいたんだよ!
本来親戚がいるなら、わたしを引き取るのって親戚じゃない?
お父さんたちに引き取られたくなかったって言っているわけじゃないよ!
わたしお父さんとお母さんの子供でよかったと思ってる、感謝もしている。
でもね、それとは別で気になるの…」
彰は修と紀美子が過去に言っていたことを思い出していた。
正確には、彰は直接聞いていない。
美智子から聞いた話だ。
まだ希美が生まれたばかりで、陸も小さかった頃の記憶。
そのことを話そうとしたとき、部屋に美智子がやってきた。
「わたしが話すわ。直接聞いたのはわたしだし」
「お母さん…聞いてたの?」
「うん、愛花、わたしだって母親よ。娘の様子がおかしいことくらい気づいてるんだから」
「お母さん…ごめん」
「別に愛花が謝ることはないわ。単純に疑問に思っただけでしょ。
それは身内なら当然のことよ」
美智子は紀美子から聞いた話を淡々と説明しだした。
「まだ陸君が小さかった頃、修さんのお父さん、
つまり陸くんのおじいさんが亡くなったの。それがショックで、
おばあさんが一気に老け込んだらしくて…」
美智子は話ながら、紀美子のことを思い出していた。




