釣りに出かけて
気がつけば、大学3年。
学業もプライベートもそれなりに充実した日々を送っている。
5月上旬のゴールデンウイーク、この日は祥吾と遊びに行く。
あれからも何度か2人で食事をして、釣りに行こうという話になったので、
愛花と祥吾は、早朝から釣りに来ていた。
場所は2年前に莉奈たちと行った海、つまり親戚の田中に会ったところだ。
祥吾との釣りも楽しみだが、田中に会えるかもしれないという楽しみもあった。
ところが田中の姿はない。
今日は来ていないんだ…そんな都合よく会えるはずもないか。
「きょろきょろしてどうしたの?」
「ううん、なんでもない!祥吾よりも多く釣るからね!」
「ははは、負けないよ」
釣りを始めて1時間ほどが過ぎたころ、「ひょっとして愛花ちゃん?」と話しかけられた。
「田中さん!」
「やっぱり愛花ちゃんか、久しぶりだね」
祥吾はキョトンとしている。
「あ、前にここで釣りをしたときに知り合いになったの」
本当は親戚と言いたかった。
言えば祥吾は安心するだろう。
しかし、それは絶対に言えない。
「今日は恋人と一緒なんだね」
田中はニコニコしていた。
恋人ではない…だが、否定する気にもなれなかった。
「そうなんです」
愛花がそう答えると、祥吾が「え?」と驚いていた。
愛花は話題を変え、田中と釣りの話をした。
最初は大人しかった祥吾も、同じ釣り好きの会話だったので、
いつの間にか田中とも仲良くなっていて、3人で釣りを楽しんだ。
「愛花ちゃん、それに祥吾くんも、またね」
愛花と祥吾は笑顔で手を振って田中と別れ、祥吾の車に乗り込んだ。
「田中さん、いい人なんだね」
「うん、だから会えてよかった」
だが、愛花は別のことを考えていた。
それは実の父と母のことだ。
やはり、両親に何があったのか気になるのだ。
しかし、今の愛花に調べる術はない。
方法はただ一つ、田中に聞くことだ。
田中は、自分が修の子供の陸だと言ったら、どんな反応をするだろう?
信じてくれるのだろうか?
そもそも、本当のことを言っていいのだろうか?
それに…もし修と紀美子のことを考えているのを知ったら、
彰と美智子がショックを受けるかもしれない。
あの2人は自分を本当の子供のように育てくれた。
もう陸の過去を振り返らないのも知っている。
それがわかっているのに…
そのとき、ふと頭の中に思い浮かんだことがあった。
彰や美智子は、ひょっとしたら何か知っているのかもしれない。
でも、それを聞いていいのだろうか…
「愛花?」
「え?あ、なに?」
愛花は考え事をしていたので、祥吾が話しかけていることに気づいていなかったので、
慌てて返事をしていた。
「その、さっきの話…恋人って」
「あ、ああ…その話ね…」
祥吾のことは嫌いではない。
一緒にいて楽しいし、付き合ってもいいかなと思い始めていた。
しかし、今まで4人の男すべてが失敗しているので、踏ん切りがつかないのだ。
それに対し、祥吾は今なら大丈夫なのでは?と考えていた。
少なからず、愛花は自分のことを恋人と聞かれ、否定しなかった。
祥吾は何度か食事をして、2人で釣りに来て、
やはり自分は愛花が好きだとハッキリわかったので、
想いを伝えることにした。
「俺、愛花のこと好きだ!」
「祥吾…ありがとう」
突然だったが、告白をしてくれたことは素直に嬉しい。
「でも…もう少し待ってほしいの。気持ちの整理が付かなくて…」
「そ、そうだよな…突然ゴメン…」
やはり早かったか…それとも俺の勘違いか…
告白してしまったことに、後悔していた。
ところが…
「ううん、好きって言ってくれたのはすごく嬉しかった」
この言葉に、祥吾は少し照れたような顔をしていた。
それがちょっとかわいく見えて、愛花はクスッと笑ってしまった。
そんな祥吾がとんでもない提案をしてきた。
「次にさ、釣りに行ったときに…俺が大物を釣ったら…返事を聞かせてくれよ」
そんなことを言われるとは思わなかったので、愛花は一瞬キョトンとしてしまったが、
すぐに笑いがこみ上げてきた。
「笑うなよ、真剣に言ったんだからさ」
「ゴメンゴメン、なんか祥吾っぽいなって思ってさ。わかった、必ず大物釣ってよ」
「任せとけ!」
きっと次の釣りで祥吾と付き合うんだろうな、そんな気がしていた。




