前進
待ち合わせ場所に行くと、祥吾はすでに待っていた。
時間は5分前、ジーンズにコートというカジュアルな格好だったが、
よく見るとコートはブランド物で、おそらく5万くらいするものだ。
しかも、すごくキレイだったので祥吾にとってはデートなどの日だけ
着るようにしているものなのかもしれない。
「小林くん、お待たせ」
「全然、それより髪型いいね」
前髪を少し斜めにして、全体を少しだけ外ハネにしただけだったが、
こんな風に褒めてくれる男性は、過去に隼人くらいしかいなかったので
少し嬉しかった。
「ありがと!それよりお腹空いちゃった。早く行こうよ」
少しずつだが、愛花の中で祥吾に対する好感度が上がっていた。
お店は、少し和風の居酒屋だった。
ちょっと大人向けな感じだったので、大丈夫かな?と少し不安になった。
「予約していた小林です」
「はい、お待ちしてました。こちらへどうぞ」
個室に通され、席に座ってから祥吾に聞いてみた。
「高そうだけど大丈夫?」
「そんなでもないよ。それにさ、ここすごく料理がおいしいんだ!」
祥吾が笑顔で言っている。
なんとなくメニューを見てみると、確かに多少高いだけで
そこまでの値段ではなかったのでホッとした。
それにしても…魚系が多い。
魚に詳しく、魚好きな愛花にとっては嬉しいことだ。
ページをめくると、ある魚に目が止まった。
のどぐろがある!
「その魚知ってる?すごくおいしいんだよ」
「うん、身がフワフワしてておいしいよね」
「食べたことあるの?」
「一度だけね」
それは愛花ではなく、陸の頃だ。
一度だけ父の修が買ってきて、食べたことがあった。
とてもおいしかったので、あの味は鮮明に覚えている。
「なんだ、それを食べさせたくてここに来たのに…」
祥吾は少しガッカリしていた。
のどぐろは高級魚だ。
学生でこれを食べたことがある人は少ないと思う。
祥吾って魚好きなのかな?
愛花の期待が少し高まっていた。
祥吾が店員を呼び、注文を頼み始める。
「ビールとレモンサワー、それにブリの刺身、金目の刺身、ヒラメの刺身、
のどぐろの塩焼き…」
魚を中心に、次々と注文していた。
どれも愛花の好きな魚ばかりだったが、ひとつ抜けていたものがあったので
愛花はそれを注文した。
「あとシマアジの刺身も」
「あれ、シマアジなんてあった?」
「うん、本日のおススメに」
「ホントだ、見落としていた。じゃあ以上で」
店員がいなくなってから、祥吾が愛花に聞いてきた。
「シマアジなんてよく知ってたね。のどぐろもそうだし、佐久間って魚好きなの?」
「うん。小林くんもそうじゃない?」
「ああ!マジか、こんな共通の話題があると思わなかった。釣りとかする?」
「するよ、釣り好きだもん」
「俺もだよ、こないだなんてさ…」
意外だった。
祥吾にこんな趣味があると思わなかったので、2人は魚の話で盛り上がっていた。
この話題でここまで盛り上がったのは、愛花になってからは初めてのことだ。
小林くん…なんかいいじゃん!
「やべ、もう10時半だ。そろそろ今日は帰ろうか」
「だね。でもすごく楽しかったよ」
祥吾はこの言葉を聞いて笑顔になっていた。
「また…会ってくれるか?」
「もちろん!」
少なくとも、愛花は祥吾に対して友達以上の感情を持ち始めていた。
きっかけは魚だが、それ以外に祥吾の人柄なども好感触だったのだ。
メールなどだけではなく、やはり人は実際に会って会話をしないとわからないことを
改めて悟った。
「あ、そうだ!これ一日早いけど」
愛花はバレンタインのチョコを手渡した。
途中から愛花は渡すことを決めていたのだ。
「俺にくれるの?」
「義理だよ。今はね…」
最後の一言に祥吾が反応した。
「今はね…って、ひょっとして」
「さあ、どうだか」
愛花は笑いながらはぐらかした。
しかし、心の中ではこのまま続けば付き合うかもしれないという予感がしていた。
「今は…義理でも十分嬉しいよ!」
祥吾はこれ以上焦るつもりがなかった。
じっくり、お互いが仲良くなって、そこから恋愛に発展したら最高だ。
そう考えている。
意外と祥吾も慎重だった。
お互いが慎重になれば、結果はいい方向に繋がる。
恋の予感をしながら、愛花は祥吾と別れた。
そして3回目の食事の帰りのことだった。
「佐久間…」
祥吾はいつになく真剣な顔をしていた。
告白?
愛花は身構えた。
しかし、今告白されてもOKをする自信がなかった。
まだ早いよ、もう少し待ってくれれば…
ドキドキしながらも複雑な心境だった。
「愛花って…呼んでもいい?」
「へ?」
予想していたのと違う話だったので、拍子抜けしてしまった。
告白じゃないのか…よかった。
祥吾とは、もう少し時間をかけて仲良くなりたいから…
ところが、愛花が答えないので祥吾はしまったという顔をしていた。
「ゴメン佐久間!馴れ馴れしかった!聞かなかったことにしてくれ!!」
祥吾が必死に弁明するのがかわいい。
愛花はクスッと笑ってから答えた。
「しょうがないなぁ…いいよ!祥吾」
そう言ってから、笑顔で祥吾の顔を見た。
祥吾は嬉しさ半分、照れ臭さ半分といった表情をしている。
このように2人の関係は、少しずつ前進していった。




