戸惑い
年が明け、新学期の日になった。
毎日ブラをしていることで、
陸は今まで以上に自分が女だということを意識するようになっていた。
鏡を見ながら、いつも以上にしっかり髪をとかしてる。
無意識の行動だが、心のどこかに女なんだから身だしなみをしっかりしなきゃ、
という気持ちがあったのだ。
一瞬、スカートを履くか迷ったが、
さすがにそこまでの気持ちにはなれなかったので、
いつも通りジーンズを履き、上はトレーナーを着た。
ブラが透けてないか確認すると、まったく問題ないので安心し学校へ行った。
まわりも気づいた様子がなく、いつも通りの学校生活が始まった。
そして一週間ほど経ってから席替えとなった。
今度は真逆の廊下側の真ん中、前後は特に仲良くない須田麻衣と加藤裕美という
女の子たち、隣の男子も特に仲がよくない藤原淳史という男の子だった。
莉奈はなんと隣が小沢祐樹の隣で、とても嬉しそうだ。
美咲と綾は同じ列で比較的近い距離にいる。
憎まれ口ばかりの隼人も陸からは離れた席になった。
なんとなく陸だけが離れてしまった感じで少し寂しかったが、
元々一人で構わないと思っていたので問題なかった。
「マイマイが前だったらよかったなぁ」
「ホントだよね」
麻衣と裕美の会話が聞こえてきた。
麻衣はマイマイというあだ名らしい。
この会話は陸に聞こえるように言っていた。
嫌味か…、くだらない。
陸は相手にしないことにした。
休み時間になったので、陸は莉奈のところに行って小声で
「よかったね」というと「えへへ」と言って顔が赤くなっていた。
子供らしい素直な反応が可愛らしく思えた。
美咲と綾も加わって話をしていると、
麻衣と裕美が大きな声で話をしているのが聴こえてきた。
「せっかく席近いのに余計なのが間にいるよね」
「最悪って感じだよ」
2人は陸のことが嫌いだということを悟った。
それでワザと本人に聞こえるように言っているのだ。
「愛花、気にしない方がいいよ」
「大丈夫だよ」
子供の嫌味など、まったく気にならない。
かなり小学生に馴染んでいたが、こういう精神的な部分は18歳のままだった。
それよりももっと大事なことが陸にはある。
この日は新学期になって初めての体育があった。
つまりブラをしているのが知られてしまうということだ。
緊張しながら着替えていると最初に気づいたのは美咲だった。
「あれ、愛花ブラしてる!大人ぁ」
「違うよ、お母さんとかがしろって言うから…」
「いいなぁ、どんな感じ?」
綾や莉奈も会話に加わってきた。
「どんな感じって…」
陸が恥ずかしそうにしていると、遠くから会話が聞こえてきた。
「なんかさ、勘違いしてるのがいるよね。胸ないくせにブラしちゃったりとかさ」
「バカみたいだよねぇ」
麻衣と裕美だった。
あきらかに陸のことを言っている。
陸はさっさと着替えて「行こう」と言って教室を出て体育館に行った。
体育の授業をしているとき、ふと視界に入ったものがあった。
それは陸より前からブラをしている女の子の姿だ。
体育着からブラが透けて見えている、
ということは陸も同じように透けて見えているということだ。
それを知り、急に恥ずかしくなってきて、
体育はほとんど動かずに大人しくしていた。
授業が終わり、着替えていると莉奈が心配そうに「大丈夫?」と聞いてきた。
莉奈はおそらく麻衣たちに嫌味を言われて体育の間大人しかったので
へこんでいたと思ったのだろう。
しかし理由が違うので「全然、大丈夫だから」と笑顔で返しておいた。
数日は2人が嫌味を言ってくるだけだったが、ある日事件が起こった。
帰ろうとしたら靴がないのだ。
「これって須田さんたちじゃない?」
「ひどい!」
などと莉奈たちが言っている。
陸はひどいというより「くだらないな」と思った。
「どうする?先生に言う?」
「いいよ、上履きで帰るから」
陸は何事もなかったかのように上履きで帰りだした。
それを陰で見ていた麻衣と裕美は、陸が落ち込んだりする姿を期待していたのに
違っていたので腹が立っていた。
「あのスカした態度本当にムカつく」
「こうなったら徹底してやろうよ!」
2人は次の作戦を練ることにした。
家に帰ると美智子が「靴は?」と心配そうに聞いてきた。
「ん、ちょっとね」
「まさかいじめられてるの?」
いじめとまではいかないが、それの前兆のようなものだろう。
あまりにも美智子が心配そうなので陸は本心を素直に言った。
「多分ね。でもお母さん心配しないで。
だって中身は18歳なんだよ、
小学生のいじめなんかで落ち込んだり悲しんだりしないから。
ハッキリ言えばくだらない、としか思ってないし」
美智子は少し考えてから「そうね」と言って言葉を続けた。
「最近の愛花は普通に小学生の女の子っぽかったけど、
そういう部分は18歳のままなのね」
普通に小学生の女の子という言葉が引っかかった。
言われてみれば、最近は学校が終わったり休みの日にも
莉奈たちと遊んだりしているし、少女漫画をよく読むようにもなっていた。
今の生活に違和感がなくなっていたのだ。
部屋に戻り、呟いた。
「俺は…」
俺という言葉に違和感を覚えた。
佐久間家に住むようになってから「俺」という言葉を意識的に使っていなかった。
かといって「私」というのもあまり使っていないが、
そっちのほうがしっくりくる。
「私…中身も小学生の女の子になっている…?」