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second life  作者:
87/112

田中という姓の男

翌日早朝、愛花は一人で堤防にいた。

海に向かって竿を振っている。

「うーん、なかなか釣れないな」

愛花は陸の頃に何度も父親に釣りに連れていかれた。

陸を思い出すということではなく、単純に釣りを久しぶりにやりたくなったので

朝早く起きて竿をレンタルして、堤防の釣り場で釣りをしていた。

莉奈と麻理恵も誘ったが、2人はまったく興味がないので断られ、

朝の10時、チェックアウトの時間まで別行動を取っている。

とはいえ、なかなか釣れず、乱暴にリールを巻いたら不覚にも絡まってしまった。

「あー、どうしよう…」

愛花が必死に糸を解いていたら、

それを見ていた60歳半ばくらいの男性の釣り人がやってきた。

「絡まったのか、かしてごらん」

男性は手際よく糸を解いてくれた。

「ほら、これで大丈夫だ。それより若い女の子が一人で釣りをするなんて珍しいね。

釣り好きなの?」

「いえ、父に昔連れていかれたので懐かしくなって」

「そうか、女の子を連れて行くなんて、よっぽど釣りが好きなお父さんなんだね」

男性はそう言って笑っていた。

錯覚だろうか、男性が愛花の本当の父、

つまり陸の父親の修にどことなく似ているように見えた。

修が生きていれば同じくらいの年齢になるので、そう感じてしまっただけだと思い直した。

「それよりもありがとうございました。えっと…お名前は?」

「田中だよ」

田中…田中修、同じ姓だ。

しかし田中という苗字はたくさんいる。

今までも何十人といた。

それなのになんだろう…他人とは思えない気がする。

愛花は一年以上も陸の頃のことは考えていなかったが、

この田中という男性だけは気になって仕方なかった。

かといって、ストレートに聞く訳にはいかない。

遠回しにうまく聞き出してみることにした。

「田中さんはずっと釣りをしているんですか?」

「そうだなぁ、子供のころからよくしていたな。地元は静岡だから静岡の海でね」

静岡、そこは修の故郷だ。

次になんて質問しようか考えていたら、田中が勝手に話を続けた。

「いとこが近所に住んでてね、いつも一緒に釣りをしていたよ。

懐かしいな、もう一度あいつと釣りをしたかったよ」

田中はそう言いながら遠くの海を見つめていた。

「もう一度釣りをしたかったって…」

「亡くなったんだ、交通事故で夫婦そろって…もう20年近く経つ」

愛花はドキッとした。

まさか…本当にそんな偶然があるはずない。

ところが、田中は次に確信させる発言をした。

「あいつもかわいそうな奴だよ、息子も交通事故で亡くして

今度は本人が奥さんと揃ってだもんな…」

間違いない、この人は親戚だ。

けじめをつけ、もう陸のことは思い出さないと決めていたのに

父の修と母、紀美子との暮らしが走馬灯のように蘇ってくる。

そこで思い出したのが、陸は親戚を一人も知らなかったということだ。

聞いても教えてくれず、本当に家族3人だけだった。

一体何があったんだ??

「お嬢さん?」

「あ、はい!」

「急にボーっとしてどうした?」

「い、いえ…その、田中さんのいとこの人がかわいそうだなって…」

「優しいんだね、そういえばお嬢さん…いとこの奥さんに似てるな。

あいつきれいな奥さんもらったからな」

そう言って田中は笑っていたが、実の子だから紀美子に似ていて当然だった。

そっか…わたし、母さんに似ているんだ…

「あの…田中さんがいとこの人と最後に釣りをしたのは、いつなんですか?」

「いつだったか、30年…いや、35年近く前かな。

確かあいつが小さい息子を連れてきてな」

「息子を!?」

「ああ、それがどうかしたか?」

「い、いえ…」

会っていた…記憶にないけど小さい頃にこの人と会っていたんだ…

「最後に釣りしたのが35年前で、亡くなったのが20年前だと…

15年間はなんで一緒に釣りをしなかったんですか?」

ここで田中が怪訝な顔をした。

つい気になって、根掘り葉掘り聞きすぎたかもしれないと後悔した。

「す、すいません…そんなことどうでもいいですよね」

「疎遠になったんだよ、複雑な事情でね…

だからあいつに…修に会ったのはそれが最後だった」

田中の目は寂しそうにも見え、後悔しているような目にも見えた。

なにがあったか気になるが、これ以上は本当に聞けない雰囲気が漂っている。

それに不審がられる可能性もある。

愛花はここまで聞けただけでも十分と思うことにした。

それよりも誰もいないと思っていた親戚に出会えただけでも嬉しかった。

きっと…父さんもこの人と釣りをしたかっただろうな。

そこで愛花は考えた。

今、自分が田中と修のためにできることがある。

「田中さん、わたしと一緒に釣りをしてください」

「お嬢さんと?」

「いとこの人の代わりってわけじゃないけど…田中さんと釣りがしたいんです。

友達が迎えに来る10時までですけど…」

田中はややあってから口を開いた。

「お嬢さん、名前は?」

「愛花です…佐久間愛花」

このときだけは田中陸と答えたかった。

愛花になって初めて、田中陸と名乗りたかった。

「愛花ちゃんか…よし、一緒に釣ろう!」

田中が笑顔になっていた。

「ありがとうございます!」

愛花は父が果たせなかったことを息子…いや、娘としてしっかりと果たした。

最初はたどたどしかったが、徐々に会話が弾むようになり、

愛花にとってはすごく貴重で大事な時間になった。

田中と一緒に何時間か釣りをしていたら、莉奈と麻理恵が迎えに来た。

「釣れた?」

「うん、何匹かね」

莉奈たちとやり取りをしていたら田中が話しかけてきた。

「もうそんな時間か」

「はい…残念ですけど」

田中と話していたら、莉奈と麻理恵が不思議そうな顔をしていた。

「あ、この人は田中さん。ここで知り合って一緒に釣りをしていたの」

「あ、そうなんだ…」と呟くように言って2人は田中に会釈していた。

「ありがとうね、愛花ちゃん。

修と釣りをしているというより、修の子供と一緒に釣りをしたような気分だったよ」

「そういってもらえると嬉しいです、こちらこそありがとうございました」

言わなくても、名乗らなくても2人は通じ合っていた。

親戚というのは、そういうものなのかもしれない。

「あの…またよかったら今度一緒に釣りをしてください」

「もちろんだ、おじさんはほぼ毎日ここで釣りをしているから

いつでも待ってるよ」

「はい、必ず来ます!」

愛花は田中にお辞儀をして莉奈たちと車に乗ると、

運転しながら麻理恵が言ってきた。

「愛花っておじさんがタイプだっけ?」

「違うよ、田中さんはそういう人じゃないの」

「じゃあなんでおじさんなんかと仲良くなったの?また約束までして」

「楽しかったから」

その会話を聞いていた莉奈がつぶやいた。

「田中さんか…」

「え、何?莉奈」

麻理恵が聞いてきたので「何でもない」と答え、莉奈は愛花を見た。

「ね、愛花」

陸のことを知っている唯一の友達の莉奈は、田中が親戚か何かと気づいたのだろう。

「うん」

愛花は窓の外を見て、ずっと海を眺めた。

父さんのいとこは優しくていい人だったよ。

これからも父さんの代わりにできることは、なんでもやるからね。

愛花になっても父さんと母さんは大事な親だから。

今のお父さんとお母さんと同じくらい大事な親なんだからね。

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