明日へ…
「一週間ぶりだな、隼人」
「ああ…」
隼人は春樹を呼び出した。
あれから一週間、隼人は春樹にも愛花にも連絡を取らなかった。
しっかりと気持ちの整理をしていたのだ。
そして、やっと考えがまとまったので、愛花の前に春樹に話すことにした。
まだうっすらと痣が残った顔で春樹をしっかりと見た。
「俺が納得する答えなんだよな?」
「俺は…愛花と別れる」
「テメー!」
春樹が隼人の胸ぐらを掴み、殴ろうとしていた。
「最後まで聞けよ!」
「くっ…」
春樹は拳を引っ込め、掴んでいた胸ぐらを離した。
「俺は愛花にふさわしい男じゃないんだ、
愛花を支えてやれるほど強い男じゃないんだ。
今回の件、愛花が悪くないのはわかってる、こないだ春樹に言われた通りだよ。
負けたことを愛花のせいにして自暴自棄になっていた最低な男だったよ」
「そこまでわかっていて何で別れるんだよ」
「言ったろ、俺は愛花にふさわしくない…
俺は気づいたんだ…どんな理由があっても俺のことを最優先に考えてくれないと嫌だって」
「は?お前ガキかよ」
「ああ、ガキだと思う…一番側にいてほしかったとき、支えてほしかったとき、
そこに愛花はいなかったんだ」
「それは試合のことと負けたことか?」
「そうだよ」
「負けたあとはいただろ、それを追い返したのはお前じゃねーか」
「そう…だったな。試合にいなかった愛花に俺の心を埋めることはできなかったんだ」
「で、あの子を選んだわけか?」
「沙織なら…どんなことがあっても俺の側にいてくれる、支えてくれる…
こんな弱い俺を一番に考えてくれる…」
「わかった、約束通りお前との友情はここまでだ。
あの子と付き合うなり勝手にしろ」
春樹の顔を見たが、春樹が何を考えているのか読めなかった。
怒っているようにも見えるし、失望しているようにも見える。
ただ言えることは、愛花を失い、春樹という親友を失ったということだ。
春樹は去り際に言った。
「愛花ちゃんにはまだ言ってないんだろ?」
「これから言うつもりだ」
「それならあの子の話はするな、これ以上愛花ちゃんを傷つけるな。
付き合えばいずればれるけど、今は何も言うな」
「わかった…」
「それともう一つ、お前は最大の過ちを犯した。
愛花ちゃんはお前を成長させてくれるけど、あの子はお前をダメにする」
「どういう意味だよ?」
「それくらいテメーで考えろ」
そう言うと、もう春樹は振り向かなかった。
本当に春樹との友情は終わったと思った。
それでも構わない、俺には支えてくれる沙織がいるから…
隼人はスマホを取り出し、愛花に連絡をした。
待ちに待った隼人から連絡が来た。
待ち合わせ場所は隼人が初めてホワイトデーをくれた思い出の公園だ。
隼人に早く会いたい、その一心で愛花は公園へ向かった。
するとそこにはすでに隼人が待っていた。
「隼人!」
愛花は隼人の前まで走っていた。
「隼人…まだ怒ってる?」
「怒ってないよ、そもそも悪かったのは俺だった、ごめん」
「ううん、わたしも悪かったから…もう謝るのはやめよう」
「そうだな…」
いつもの隼人と雰囲気が違う。
言葉に感情がないのだ。
こんな隼人は初めてだったので嫌な予感がした。
「愛花…別れよう」
愛花の頭の中が真っ白になった。
死んでも聞きたくなかった言葉が愛花の全身を駆け巡る。
「なんで…嫌!絶対に嫌!!」
愛花の顔はグシャグシャになっていた。
こんなとき、今までの隼人ならそっと抱きしめてくれた。
しかし今の隼人は抱きしめてこなかった。
「俺は愛花にふさわしくないって気づいたんだよ」
「そんなことない…隼人はわたしにとって最高の彼氏なんだよ!
隼人以外考えられないの…だからお願い、冗談だって言って…嘘だって言ってよ!」
「ごめん…本気なんだ」
「どうして…どうして…理由を言ってよ…わたしが決勝に行かなかったから?」
愛花は泣き崩れるように両膝をついていた。
地面には涙がボタボタと垂れている。
「俺は愛花が思うような男じゃなかったんだ、
どんな理由があっても…俺を最優先に考えてくれる子じゃないとダメだったんだ…
そんな自分勝手な考え間違っているのはわかっている…
それでも俺はそういう男だったんだよ…」
「わたしは…いつも隼人のことを一番に考えていたよ…」
「俺もきっとそう思う、愛花は俺を一番に考えていてくれた。
でも行動が伴わなかった」
「やっぱり決勝戦のことを…行けなくて本当にごめんなさい…
わたしだって行きたかったんだよ、隼人の側で応援したかったんだよ…」
「でもそこに愛花の姿はなかった…もうそれはいい、過ぎたことだから。
ただこれからのことを考えたとき、愛花は同じような状況になったとき、
俺を最優先に動いてくれるか?」
「うん…約束する…」
「そういうと思った、けど…それだと俺は愛花を縛り続けることになる。
愛花の意志や自由を奪うことになる。そんな権利、俺にはない。
何も考えずに、俺のことを一番に思ってくれないとダメなんだ」
「隼人のためなら何でもする…だから別れるなんて言わないでよ」
隼人は何も答えなかった。
愛花の泣き声だけが公園に響く。
「さようなら…愛花」
その一言だけいって、隼人は振り向かずに全力で走った。
「待って…待ってよ、隼人ぉぉぉ」
それでも隼人は振り向かない。
愛花の声だけが虚しく響いていた。
何も考えたくない。
電気も付けず、真っ暗な部屋で愛花はうずくまっていた。
いくら泣いても涙は枯れるこなく流れてくる。
仁菜たちからLINEがきていたが、読む気にもなれず放置している。
隼人との思い出だけがずっと頭の中に蘇っていた。
高校での再会、その後の告白、初めてのデート、花火大会でしてくれたキス、
部屋でしたセックス、2人で見たイルミネーション、サヨナラタイムリー、
どの場面も隼人は笑顔だった。
あの笑顔はわたしだけのものだった。
もう隼人は、わたしのために笑ってくれない。
いくら手を伸ばしても触れることはできない。
もうわたしは隼人の彼女じゃない。
「うううう…」
そのときスマホに電話がかかってきた。
相手は春樹だった。
出るのをやめようと思ったが、今回、一番愛花のために頑張ってくれたのは春樹だ。
ゆっくりスマホを取り、通話を押した。
「…もしもし」
「愛花ちゃん…その様子だと隼人と話したんだね」
「うん…」
「ごめん…力になれなかった、あいつの目を覚まさせてやることができなかった」
「ううん…春樹くんのせいじゃない、悪いのはわたし…」
「そんなことない、愛花ちゃんはまったく悪くない!」
「ありがとう…でももういい…終わったことだから」
「気持ちの整理、ついたの?」
「全然…何を考えても隼人のことばかり…
一つ聞いていい?隼人は…あの子と付き合っているの…?」
「隼人がそんなこと言ってたの?」
「隼人は一言も…ただ、そんな気がしたから」
「そっか…黙っていてもいずれわかることだから言う、直接は言ってないけど多分」
「そう…なんだ」
まさかとは思っていたが、やはり予想は的中してしまった。
隼人はわたしじゃなく、沙織を選んだ…。
悔しくて余計に涙が溢れてきた。
「あいつは間違った選択をしたんだ」
「無理に気を使わなくていいよ…きっと隼人はあの子と楽しく過ごすんだから…」
「そうじゃない、あいつは愛花ちゃんと付き合うことで自分が成長できたんだ。
隼人は常に自分のことを側にいて一番に考えてくれないとダメだとか言っていたけど、
そんなガキの理屈がいつまでも通用するはずがない。
側にいなくても一番に考えてくれていることをかわらないといけなかったんだ。
いてほしいときにいてくれないのは辛いかもしれない、
それでも相手を信じることで強くなって成長していくんだよ。
もし愛花ちゃんと今後も付き合っていれば、そういう場面は何度も出てきたと思う。
それを隼人が乗り越えなければいけなかったんだ。
ところが隼人は楽なあの子を選んだ、常に側にいてくれるあの子をね。
あの子と付き合えば隼人は成長しない、むしろダメになる」
春樹がそこまでちゃんと考えていたことに驚いた。
おそらく春樹は隼人と縁を切っただろう。
ここまで友達のことをわかっている人間はそういない。
隼人は愛花よりも春樹を失ったことのほうが痛手なのかもしれない。
「バカだね…隼人って」
「俺もそう思う。あいつは本物のバカだった。
あんなバカのために涙を流すのはやめよう、悲しむのはやめよう。
あいつは愛花ちゃんにふさわしい男なんかじゃなかったんだ」
同性にここまで言われるということは、隼人は本当にどうしようもないのかもしれない。
そう思うと少しだけ気が楽になった。
「ありがとう…でもわたしは大好きだったんだよ、隼人のこと」
「早く忘れたほうがいい、立ち止まっても仕方ないよ」
「うん、でも今日だけは…今日だけはひとりで泣かせて。
その涙と一緒に隼人との思い出も全部流すから…だから仁菜とかにも何も言わないでね」
「わかった、明日から愛花ちゃんが笑えるなら、俺は約束を守るよ」
「うん、明日は笑えるよ。
だって隼人はいなくても、春樹くんや仁菜、莉奈、みんながいるもん!
本当にありがとう」
春樹にお礼を言って電話を切った。
いつまでも悲しんでなんかいられない、悲しんだところで隼人は戻ってこない、
こうなったら…あいつが後悔するくらい素敵な女性になってやる!
そして、もっともっといい人を見つけるんだ!
愛花は春樹に言った通り、涙とともに隼人との思い出を全部流して
約2年続いた気持ちに終止符を打った。
翌日、愛花は仁菜に電話をした。
「何してる?」
「春樹と遊んでるよ」
「わたしも行っていい?」
「うん、待ってるよ」
愛花は仁菜たちがいる場所へ向かい、元気に声をかけた。
「仁菜、春樹くん」
「愛花、テンション高いね。さては隼人くんの仲直りしたな」
「ううん、隼人とは別れたよ」
「え…嘘でしょ?」
「本当、昨日別れた」
「だったら何でそんなに元気なの…?」
「そんな終わったことをいつまでも考えたって仕方ないじゃん。ね、春樹くん」
「ああ、愛花ちゃんは笑顔が一番だからね」
愛花と春樹は笑っていた。
それを見た仁菜が不審がる。
「何か隠してるでしょ、2人とも」
「隠してなんかないよ、ただもう隼人のことはいいの。
だからこの話はおしまい!遊ぼう!!」
愛花は約束通り笑った。
自分の力で乗り越えた。
もう振り返ることはないだろう。
今日からまた、明日だけを見て生きていく。
そう自分自身に誓った。




