成長期
「旅行?」
「そうだ、家族4人で温泉にでも行こうと思ってな。
希美の就職も決まったし」
就活中だった希美は、就職が決まったのだ。
競争率が高い一流企業だったが、T大というだけあって見事に受かったのだ。
1泊2日の温泉旅行、温泉に入るのなんて陸としての小学生以来だったので
楽しみだった。
ところが、旅館についてから大問題に気づいた。
「女湯…だよね?」
「なに言ってるの?当たり前じゃん」
「ほら、愛花行くよ」
美智子と希美は浴衣を持って浴場へ向かう。
少し複雑そうな顔をしていたのが彰だった。
「まあ、あれだな。愛花はもう女の子なんだから気にしないで入っておいで」
「いや、そうだけど…」
かと言って彰と男湯に行くわけにもいかない。
仕方なく子供用の浴衣を持って希美たちの後を追い、女湯ののれんをくぐった。
冬休みの年末ということもあり、複数の客がいた。
年配の人もいれば、若い子、陸より小さい子もいる。
もちろん、みんな女性だ。
「愛花、早く脱いで入ろう」
希美はもうほとんど裸だった。
思わず顔を伏せてしまうと、後ろから肩に手を添えられたので振り向くと
美智子だった。
美智子はもうすでに裸だ。
「恥ずかしがらなくていいの、愛花もいずれはああいう身体になるんだから」
そうだ、もう希美も美智子もここにいる人たちも、同じ女性なんだ。
恥ずかしくなんてない、自分に言い聞かせて服を脱ぎ裸になった。
「さ、行こう」
3人で仲良く中へ入り、温泉を楽しんだ。
恥ずかしいと思ったのは最初だけで、慣れてしまえばどうということはない。
体育の着替えのときもそうだった。
最初は恥ずかしかったが、今はなんとも思わない。
思うとすれば、もうブラしてる子もいるんだなと思ったくらいだ。
露天風呂に浸かっていると、美智子が言ってきた。
「愛花もそろそろしていいかもしれないわね」
「そうだねー」
なんの話かさっぱりわからない。
「ブラだよ、膨らんできたでしょ」
言われてみれば以前より膨らんできた気もする。
「希美もこれくらいにしたのよね、だから愛花も希美くらいになるんじゃない?」
希美の胸は大きかった。
何カップか知らないけれど、俗にいう美巨乳というやつだ。
スタイルもかなりよく、女性からすれば羨ましいと思うだろう。
自分もこんなふうになるのだろうか…。
「じゃあ帰ったら一緒に買いに行こう」
ニコニコしながら希美が言う。
陸は複雑な気分だった。
親子水入らずの温泉旅行から帰った翌日、陸は希美と下着売り場に来ていた。
服は学校では絶対に着ないミニスカートにニーソックス、
髪は美容院以来のツインテール、全部希美にされたことだ。
久々に恥ずかしさに加え、下着売り場というな状態で恥ずかしさはMAXだ。
真っ赤な顔で俯いていたら30歳くらいのキレイな店員が話しかけてきた。
「よろしければサイズをお出ししますので」
どうやら希美が買うと思ってるらしい。
「いえ、今日は妹のを買いに来たんです」
「あら、そうだったんですね」
店員は陸を見て微笑んでいた。
すぐに目を逸らし、下を向いてしまった。
「その様子だと初めてですね、サイズを測りましょう」
「いや、そこまでしなくても…適当に」
「ダメよ、そんな考えじゃ!」
いきなり店員に怒鳴られてしまい、
なぜこっちが客なのに怒られなければいけないんだとムッとした。
店員は中腰になって陸と同じ目線になって説明した。
「恥ずかしい気持ちはわかるけど、この時期ってとっても大事なの。
これから成長するためにも、自分にちゃんと合ったものを
付けていかなきゃいけないのよ。
大人の女性になる第一歩なんだから」
そんなに大事なことなのか陸にはわからない。
わからないけど店員は陸を試着室まで連れていき、メジャーを取り出した。
「服を捲ってね」
仕方なく服を捲り胸を出すと、店員は2回メジャーを使ってサイズを測った。
「胸にはトップとアンダーっていうのがあるの。そこの差でサイズが決まるのよ」
つまり2回は、トップとアンダーをそれぞれ測ったのだ。
「はい、下ろしていいよ」
服を下ろすと店員は希美を呼んだ。
「トップとアンダーの差は3cmです。合いそうなのをいくつか持ってきますね」
そういって店員はジュニア用のコーナーへ向かっていった。
「恥ずかしい?」
「そりゃ恥ずかしいよ!こんな体験…」
「私も最初は恥ずかしかったなぁ」
「お姉ちゃんも恥ずかしかったの?」
「うん、でも恥ずかしいのと同じくらい嬉しい気持ちもあったよ。
あ、これで私も大人の仲間入りなんだってね」
そんな感じなんだろうか、陸には後者の気持ちは理解できなかった。
そんな話をしていたら店員が何着か持ってきたが、
どれもハーフカップのタイプだったので幾分ホッとした。
ホックで止めるようなのは抵抗がある。
といっても気持ち膨らんだ程度なので、
そんなちゃんとしたのを付けるはずもない、と自問自答した。
「まずこれを試着してみて」
「え?この中から選ぶんじゃなくて??」
「同じサイズでも微妙に違うから自分にフィットするのを
選ばなきゃいけないのよ」
店員は優しく説明して白いハーフトップブラを手渡してきたので、
陸は仕方なくそれを受け取り試着室に入った。
「はぁ…」
ため息をついてからセーターとキャミソールを脱いでブラを上から被った。
ゴムがアンダーを軽く締めつける、今までにない感覚だった。
初めてワンピースやスカートを履いたときよりも不思議な感覚で、
これをしているだけで女性というのを意識してしまう、そんな感じだった。
「付けてみた?」
試着室の外から店員の声がしたので「はい」と返事をすると少しだけ
試着室を開けて覗いてきた。
「付け心地はどう?」
「よく…わかんないです」
「じゃあ次にこっちを付けてみて」
こんな感じで何着か試着させられ、どれが一番よかったか聞かれた。
「えっと…2番目のかな」
どれも大差を感じなかったが、なんとなく付け心地がよかったのが
2番目のだったので素直に答えておいた。
「2番目のですね、では同じサイズのものをいくつか持ってきますから」
そういって再びジュニアのコーナーへ向かっていき、いろんなのを持ってきた。
「そういえば名前聞いてなかったね?お名前は?」
「愛花です…」
「愛花ちゃんはどれがいい?」
どれでもいい…とは言っちゃいけない空気が流れている。
できるだけシンプルなのを選ぶことした。
「この白いのを…」
ただの真っ白なものを選んだが、よく見るとフロント部分に
小さなリボンが付いている。
失敗したと思った。
陸は本当に無地で何もないものがよかったのだ。
「他は?」
「え、一つじゃないの?」
すると希美がため息をついた。
「あのね愛花、これから毎日するんだから一つのはずないでしょ。
これなんかいいんじゃない?」
希美が手に取ったのは白地に薄いピンクの水玉だった。
もちろん小さなリボンも付いている。
「あ、これもいいよ」
今度は同じタイプで花柄だった。
こんな感じで希美がどんどん選び、結局5着買うことになった。
「これ全部上下セットであります?」
「はい、セットになさいますか?」
「お願いします」
店員が上下セットを用意してレジに持っていくと希美が余計なことを言いだした。
「どうせなら今していく?」
「い、いいよ!しなくて…」
「いえ、していきましょう。するなら一日でも早い方がいいですよ。
どれにします?タグ外しますから」
希美と店員は陸の意見を聞かずに話を進めていた。
これなら聞く必要ないじゃん。
5着の中から最初に陸が選んだ物のタグを外し、また試着室へ入った。
再びブラを付け、その上にキャミソールとセーターを着た。
さっきは試着だけだったが、今度はこれを付けて帰らなければならない。
それがとても恥ずかしく感じた。
その上にコートを着て試着室を出た。
「じゃあ行こっか」
「うん…」
希美と店を出ると店員がニコニコしながら「ありがとうございました」と
お辞儀したので2人は軽く会釈した。
歩いていると、ブラをしている感覚がずっとある。
コートを着ているのに透けてないかな?なんて不安になったりもする。
大人の女性になったという気分ではないが、
ブラをしていることで自分は女ということを常に感じる。
今までは着替えのときやお風呂、トイレのとき以外は
そこまで意識することはなかったが、これからはずっと意識することになる。
もう…本当に女なんだね。
心の中で自分にそう言うと、正面から思いがけない人物が歩いていた。
「あれ…ひょっとして佐久間?」
それは隣の席の田辺隼人だった。
隼人は学校で事あるごとに陸を「ガリ勉女」冷かしていた。
もちろん相手にしていないが、基本的には学校以外で会いたくない人物だ。
「友達?」
「違う、同じクラスなだけ…」
よりによってブラを付けた日にコイツに会うとは…。
「こんにちは、愛花の姉です」
希美がニコニコ挨拶すると「あ、はい」と少し緊張したように
隼人が返事をしたあと、マジマジと陸を見てきた。
「な、なに?」
「いや、学校とずいぶん雰囲気違うなって思って」
隼人はミニスカートやツインテールのことを言っていた。
こんな格好は学校で絶対にしない。
プライベートでもほとんどしない。
ところが陸は、ブラをしていることを言っていると勘違いし、
恥ずかしくて顔が真っ赤になっていた。
「な、なんで顔赤くなってんだよ」
今度は隼人の顔が赤くなっていた。
「うるさい!じゃあね」
陸は希美の手を取って早歩きで隼人の前から立ち去った。
「へー、愛花の好きな子かぁ」
「はぁ?そんなはずないじゃん!」
「だってあんなに顔赤くして」
「違う!それはブラ…してるから」
「好きな子に知られたくないって?」
「だから違う!」
「冗談だって」
希美は笑っていた。
完全にからかわれていたのだ。
「お姉ちゃんのバカ!」
「あはは、でも愛花がそこまで意識してると思わなかった。いい傾向かな」
「何が?」
「そのうち自分でわかるよ」
それだけ言って希美は教えてくれなかった。