決断 そして…
7月26日、準決勝が始まった。
頭のどこかで負けてほしい…そう思いながら陸はスタンドで応援した。
試合は大山学園がリードする展開で進んだ。
初回に2点を挙げると、3回、4回と小刻みに点を加え、6回終わって4-0。
北高の攻撃はあと3回しかなかった。
しかしここから反撃が始まる。
7回に2点を返し4-2のまま最終回、北高の攻撃を迎えた。
1点を返しなおもツーアウト2塁1塁と長打が出ればサヨナラの場面で
打席には隼人が立っている。
北高応援団みんなが「隼人」と叫んでいる。
陸も純粋に打って!と願っていた。
この状況なら誰でもそう思うだろう。
そして、もし隼人が打って勝った場合でも陸は応援には行かないと決めた。
やはり自身のけじめだけは、どんなことがあっても譲ることはできなかった。
ツーストライクと追い込まれた隼人は3球目の高めのボール球を思いっきり叩いた。
打球はセカンドの頭上を越え、右中間を真っ二つに破った。
2塁ランナーが返り同点、更に1塁ランナーも3塁ベースを蹴ってホームへ向かう。
ホームへ返球されるが、間一髪のタイミングでセーフとなり、
劇的な逆転サヨナラタイムリーで北高は初の決勝戦へ進んだ。
「よっしゃぁぁぁ!」
2塁ベース上で隼人が叫び、すぐさま輪ができていた。
スタンドも自分のことのように喜び、盛り上がっている。
「愛花!隼人くん打ったよ、やったよ」
「うん…うん!すごいよ隼人!!」
陸はこの勝利を喜んだ。
本当に心から喜んだ。
試合後、下に降りて野球部と合流した。
「愛花!」
「すごかった、本当に…やったね隼人」
「ああ!これであと一つだ、明日必ず勝つから、応援よろしくな!」
隼人の表情はとにかく嬉しそうだ。
これから陸はこの隼人に残酷なことを伝えなければいけない。
「明日なんだけど…ごめん、応援に行けないの…」
「は?なんの冗談だよ」
隼人はまだ笑っている。
本当に冗談だと思っているのだろう。
「冗談じゃない…明日は…27日だけはどうしてもダメなの」
隼人が真顔になった。
それを近くで聞いていた仁菜も同じだった。
「いや、意味わかんねーよ。こんな大事な日、他にないだろ」
「隼人にとってはすごく大事な日ってわかってる、
わたしもスタンドで応援したい、でもわたしにとってはそれ以上に大事な日なの…」
「ふざけんなよ…おい!約束しただろ、俺が出る試合は全部応援するって!
俺は愛花が応援してくれてるから頑張れたんだぞ」
「わたし以外のみんなも応援してるよ…」
「そんなのわかってる、でもどの応援よりも愛花の応援が俺にとっては大事なんだよ!」
「それでも…ごめん…」
「何があるんだよ、明日何があるんだよ、決勝より大事なのって何だよ」
「言えない…これだけは言えないの…」
「意味が…意味がわかんねーよ!」
隼人は声を荒げた。
そこへ仁菜が加わってくる。
「愛花、さすがにわたしも愛花がひどいと思う。
決勝戦が隼人くんにとってどれだけ大事な日か知ってるでしょ。
どんな事情があっても応援に来ないのは考えられない」
「仁菜…」
「見損なったよ、愛花」
小陽や理沙は何も言ってこなかったが、みんな仁菜と同じ顔をしていた。
吹奏楽部のみな実だけが複雑な表情をしている。
完全な敵になってしまった陸に居場所はなかった。
「ごめん…」
それだけ言って陸は一人で先に帰った。
わかってもらえない…そんなのわかっていた。
それでもこうするしかなかったんだ。
陸は部屋にこもり、一人で泣いた。
明日は大事な試合だっていうのに…くそ!
準決勝が終わった夜、隼人はイライラが収まらなかった。
愛花はどんなときでも隼人を一番に考え、側にいてほしいときは必ず側にいてくれた。
明日はいて当たり前だと思っていた。
決勝より大事ってなんだよ…これより大事なことなんてないだろう!
スマホを手に取り、愛花の名前を出した。
通話を押そうとしたが、やめてスマホを放り投げた。
こういうときは汗を流すのが一番だ。
試合で疲れているのに、隼人は着替えてランニングに出た。
走っていても愛花のことばかりが頭に浮かんでくる。
ちくしょう!何なんだよ、一体!!
公園で休憩し、水道の蛇口をひねって頭からかぶった。
そこへ突然話しかけてきた人物がいた。
「隼人先輩?」
「え?」
見てみると、そこには沙織がいた。
いくら断っても諦めず、愛花と言い合っていたのは今でも鮮明に覚えている。
面倒くさいなと思った。
「あの…今日のサヨナラ、素敵でした、感動しました!」
「見に来てたんだ…」
「当然です、全試合見に行ってます、明日も必ず行きます」
「ありがとう」
この言葉は隼人の素直な気持ちだった。
応援にきてくれているのなら感謝以外ない。
「あの…明日、あの女はこないって…」
「ああ…その話はやめてくれ」
「信じられない…先輩にとって一番大事な日にこないなんて信じられない!」
「やっぱり…そう思うか?」
「当然です、わたしなら絶対にどんなことがあっても行く!全力で先輩を応援します」
この言葉聞いて、隼人は沙織に対して好感を持ち始めていた。
愛花に対するイライラに沙織の一途な気持ちが心を揺らがせていたのだ。
「ありがとう、明日も応援よろしくな」
「はい、先輩を想う気持ちだけは誰にも負けませんから、ちゃんと応援します」
隼人を想う気持ち。
試合に来ない愛花より上回っている、そんな気がしていた。
沙織に別れを告げ、隼人は家に帰った。
そして隼人の心は沙織に傾きつつあった。
人は弱ったり、不信感を抱いているときに、
ふとしたキッカケで目移りしてしまうことがある。
今の隼人はまさにその状況だった。




