莉奈という女の子
学校が終わったので帰ろうとしたら莉奈と他に2人の女の子が陸のところへ来た。
「愛花ちゃんって家どこ?」
「三丁目だけど」
「近所だ、途中まで一緒に帰ろう」
断るわけにもいかないので、一緒に帰ることになった。
赤いランドセルを背負って4人の女の子が歩いている。
傍から見えればごく普通の光景だった。
他の女の子は、加藤美咲、三上綾、という名前だった。
莉奈とこの2人は仲がいい友達で、そこに陸も引き込もうとしていたのだが、
さすがにまだ友達という感覚にはなれない。
いい子たちだな、と思う程度だ。
美咲も綾も陸のことを「愛花ちゃん」と呼んでいる。
だが、3人はお互いを「ちゃん」付けをせずに名前を呼び捨てで呼んでいる。
いずれ陸も「愛花」と呼び捨てになるんだろうな。
そんなことを思いながら適当に受け答えしていると最初に美咲と別れた。
ここからは別の道らしい。
「じゃあ明日ねー」
笑顔で手を振って美咲がいなくなり、しばらくすると綾も別れ、
莉奈と2人になった。
3分ほど歩くと今度は陸の家の前になった。
「あ、家ここなんだ」
「そうなの?うち5軒先だよ」
なんと莉奈はすごい近所だった。
あまりに近くて驚いていたら玄関から美智子が出てきた。
「あら、愛花おかえりなさい」
「ただいま」
「もうお友達できたの?」
「あ、まあ…」
曖昧な返事をしていると、莉奈が美智子に向かって元気に挨拶した。
「山崎莉奈です、私すぐ近所で」
「愛花の母です、すぐ近くって?」
「5軒先です」
「そうだったのね、最近越してきたばかりで、まだご近所のこと知らなくて。
そんなに近いなら遊びに来ない?愛花と仲良くしてあげてほしいの」
「ちょっと、お母さん!」
「いいんですか?じゃあ家に帰ってランドセル置いたら行きます」
「うん、待ってるわ」
莉奈は走って5軒先の家に帰った。
「なんで勝手なこと言うんだよ」
「いいじゃない、こんな近所で友達ができるなんて」
「友達なんか…」
「はいはい、愛花もランドセル置いてきたら?莉奈ちゃんすぐ来ちゃうよ」
本当に余計なことを!そう思いながら部屋に行きランドセルを置いて
玄関に戻るともう莉奈が来ていた。
「お邪魔しまーす」
仕方ないので莉奈を部屋まで案内した。
「へー、こんな部屋なんだ。なんか大人っぽいね」
確かに子供からすればそう思うかもしれない。
ぬいぐるみといった類やオモチャなど置いていない。
おそらく莉奈にとってはつまらない部屋だろう。
「あれ、漫画あるじゃん。本当は読むんだ」
「あ、それは…お姉ちゃんが買ってきたんだけど読んでないよ」
「お姉ちゃんいるんだ」
「うん、大学生だから年離れているけどね」
「へー」
そういいながら莉奈は漫画を手に取っていた。
「「素敵なパラダイス」だ、これ私も好きで読んでるよ」
希美が選んだ漫画を莉奈が読んでいるということはネットかなにかで
今小学生で人気のある少女漫画を調べたんだろう。
「えー、面白いから読みなよ」
「今度ね、今読んでる本が読み終わったら」
「何読んでるの?これ??」
カバーのかかった文庫を莉奈が手に取った。
「これ…なんて読むの?」
「蒼い月」
パラパラと捲ると、字がギッシリ。
しかも小学生では難しい漢字が多く使われている。
「こんなの読むんだ…どんな話?」
「銀行に勤める主人公が裏で行われている取引を知ってしまって
それを暴くか、それとも見過ごすかっていう話。
自分の正義を貫けば暴くけど、それをすれば銀行を辞めなければいけなくなる。
そういった葛藤がうまく書かれているんだ」
莉奈が難しそうな顔をしていて、しまったと気づいた。
こんな話を小学生にしても理解されるはずがない。
「なんか…やっぱり愛花ちゃんってすごいんだね。
まるで別の世界の人みたい」
少し落ち込んでいるように見える。
きっと莉奈は友達になろうと思っていたのに、
ついていけないと感じてしまったに違いない。
それはそれで構わないが、さすがに莉奈に申し訳ない気がしてしまう。
「あ、「蒼い月」を読み終わったら「素敵なパラダイス」を読むよ!」
「ホント?じゃあ感想聞かせてね」
「う、うん」
莉奈の表情が戻ったので一安心。
ある程度の年になると、人の顔色を窺ってしまうんだということを
理解してしまった。
少しすると、美智子がノックして部屋に入ってきた。
「はい、ジュースどうぞ」
「わー、ありがとうございます」
莉奈はおいしそうにオレンジジュースを飲んでいた。
気づいたのは、莉奈が美智子に対してちゃんと敬語で話していることだ。
中学生くらいになれば、自然と目上の人に対して敬語で話すようになるが、
小学生だと結構タメ口で話す子が多い。
それを考えると莉奈はしっかりした子なのかもしれない。
「ねえ、うちのクラスでカッコいいのいた?」
「へ?」
「愛花ちゃんどんなのがタイプなのかなって」
まさかそんなことを聞かれると思わなかったので驚いてしまった。
女性は恋愛話が好きというが、小学生もそうだとは思わなかったのだ。
だが、陸からすればタイプなどいるはずがない。
まず男を好きなはずがないし、対象は小学生、答えるには無理がある。
「い、いないよ」
「そっかぁ、愛花ちゃんならモテるだろうから、
すぐに両想いになれそうなのにな」
「そんなことないから。山崎さんはいるの?」
「莉奈でいいよ、なんか苗字だと他人行儀じゃん」
もう莉奈の中では友達というくくりになっているらしい。
「う、うん…莉奈ちゃんは?」
「私ねー、小沢くんが好きなの」
言って照れている姿がなんとも可愛らしい。
だが、残念なことに陸には小沢くんがわからない。
同じクラスということだが、
今日転校してきたばかりで名前や顔を覚えられるはずがない。
ましてや基本的に友達など作るつもりがないので、興味がなかったのだ。
といっても莉奈は友達のような感じになってしまったが。
「ちょっとわかんないかな」
「だよね、明日教えてあげるよ」
莉奈がどんな子を好きなのか多少は興味があったので「うん」と返事しておいた。
そんな話をしていると、いい時間になり、莉奈は家に帰った。
「明日一緒に学校行こうね」
「うん、じゃあね」
帰る莉奈を見送ってから家に戻ると、早速美智子が話しかけてきた。
「なんだかんだ言ってもう友達じゃないの」
「だから違うって、そもそも小学生と友達になんて」
「はいはい、愛花も今は小学生でしょ」
「まったく…」
今日のことはすぐに希美の耳にも入り、散々いじられてしまった。
「誰だっけ、友達なんて作るつもりないって言ったの」
「うるさい!成り行きでそうなったんだから仕方ないじゃん。
しかも、まさかこんな近所だなんて思わなかったし」
「まあ、いいじゃない。どうせ勉強なんてする必要ないんだし、
小学生ライフを楽しみなよ」
「楽しまない!」
「さてと、次は好きな男の子かな」
「お姉ちゃん!」
「あははは」
希美は冷かして部屋に戻って行った。
しかし、これで希美も一段と安心できただろう。
次の日、莉奈と一緒に学校へ行き教室へ行くと小声で
「あれが小沢くん」と教えてくれた。
小沢祐樹はなかなかハンサムで真面目そうな子というのが陸の第一印象だった。
莉奈は面食いなんだな。
この日の帰りは莉奈の家に誘われた。
断るわけにもいかないので行くことになったのだが、綾も一緒だった。
美咲も誘ったが、ピアノ教室があるので断られてしまい、
3人で遊ぶことになった。
莉奈の母親に挨拶をすると、すでに美智子が挨拶をしていたらしく、
「これからよろしくね」と笑顔で言われた。
部屋で漫画を読んだり、テレビを見たり、話をしたり、
特に何をするというわけではないが、
子供の遊びなんてこんなものなのかなと思った。
陸が小学生の男の子だったころは、みんなでゲームをしたりしていたが、
やはり女の子とは遊び方が違うということを知った。
数日もすると、いつの間にか、莉奈、美咲、綾を呼び捨てで呼ぶようになり、
3人も愛花と呼び捨てで呼ぶようになっていた。
学校でも普通とは言いがたいが、それなりの生活を送れていた。
まわりの環境に適応するかのように、
陸は無意識に小学生の女の子に順応していたのだ。
そして冬休みに入る。