天国と地獄
6月上旬の土曜日、この日は陸にとって特別な日だった。
隼人が部活だったので、終わるまで家で大人しく待つ。
そして終わる時間の夕方に待ち合わせの公園へ向かうと、隼人がすでに待っていた。
「終わったの早かったの?」
「ああ、でも今さっき着いたばかりだよ」
「この公園懐かしいね」
そこは、小学生の頃、隼人が陸にホワイトデーを渡した公園。
高校に入って再会した日に寄った2人にとって思い出の場所だ。
あの日と同じようにブランコに座って会話を続けた。
「はい質問、今日はなんの日でしょう?」
「俺と愛花が付き合った日」
「正解!よく覚えていたね」
「そりゃなぁ、しかもこの公園で待ち合わせってなればバカでもわかるし」
「それでも覚えていてくれてありがとう。隼人に渡したいものがあるんだ」
「俺もあるんだ、同時に出すか」
「ホントに?わかった」
せーので2人が出したものは手紙だった。
「隼人…手紙書いてくれたの??」
「きっと愛花が書くだろうと思ったから、俺も書いてみたんだ」
手紙というのは一番気持ちがこもっている贈り物だ。
特に女の子は手紙をもらうとすごく嬉しい。
陸にとって最高の贈り物だった。
「こんな嬉しいのって初めて!ありがとう、隼人」
「そんな大げさな…けど読むのは家に帰ってからな、恥ずかしいから」
「うん!隼人も帰ってから読んでね」
早く読みたい、しかし隼人ともっと一緒にいたい、嬉しい悩みだ。
このあと1時間ほど雑談をし、キスをしてから家に帰った。
隼人は部屋に入ってから愛花の手紙を開けた。
かわいい封筒に便箋、愛花らしいと思った。
「隼人へ 付き合って一周年です、おめでとー!パチパチパチ。
まさか隼人と付き合うなんて入学する前までは考えたことなかった、
だって転校してから一度も連絡とってなかったんだよ!
もう一生会えないのかと思ってた…それがまさかの高校で再会、
ホントにビックリしたよ!!
しかもわたしより背が低かったのに今は30センチも隼人のほうが大きいし笑
5年間で隼人は大分変わったんだね。
そんな隼人は5年経ってもわたしのことを好きでいてくれた、
そのことがすごく嬉しかったよ。
そして付き合ってくれてありがとう!
まだ1年しか経ってないけど、これからも、この先も、ずっとずっと隼人と一緒にいたい、
わがまま言ったり、すぐに怒ったりすることもあるけど、そんなときは笑って許してね笑
こらからもずっと好きだよ、隼人」
愛花らしいな、隼人はそう思った。
しかし顔は無意識に微笑んでいた。
隼人は手紙をちゃんと封筒に入れて、引き出しに大事にしまった。
「ただいま!」
陸は勢いよく玄関のドアを開け、階段を駆け上がった。
「愛花、そんな慌ててどうしたの?」
「なんでもない、気にしないで」
そう言って部屋に入った。
ドキドキしながら隼人の手紙を読んだ。
「愛花へ なんだかんだで付き合って1年経ったね。
愛花は俺と付き合って楽しい?俺はすごく楽しいよ!
愛花が側にいてくれるだけで頑張ろうとも思えるし、なんだって出来そうな気持ちになる。
もっと愛花といろんなところに行ったり、2人で楽しい思い出をいっぱい作っていきたい。
だからこれからもよろしく!」
決して長くない文章だったが、陸にとっては心のこもった素敵な手紙だった。
「ありがとう隼人、この手紙はわたしにとって宝物だよ」
陸は手紙を大事にしまい、余韻に浸った。
その翌日、陸は隼人、仁菜、春樹の4人で久々のダブルデートだった。
目的地は遊園地、電車での移動なのでいつもと同じ時計台の下で待ち合わせていた。
隼人は少し照れ臭そうにしている、おそらく手紙のせいだ。
陸は気にしない素振りで「行こう」と笑顔で言って手を繋いだ。
仁菜も春樹と手を繋いでいる。
楽しそうに4人で駅の中へ入るときだった。
「愛花!」
突然呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、そこには会いたくない予想外の男がいた。
「やっぱり愛花だ、ずっと愛花に会いたかったんだよ」
春樹はキョトンとしている。
隼人と仁菜は誰だか想像がついていた。
約1年3か月ぶりに会ったこの男は、あの頃とまったく変わっていなかった。
オシャレに無頓着で、空気を読めないで、相手の気持ちを理解しない、
成長していないままだった。
「わたしは…会いたくなかったよ、豪」
これから楽しいデートなのに、なぜ話しかけてくる。
なぜ新しい彼氏と一緒にいるのに声をかけてくる。
「俺…ずっとあの日から愛花と別れたことを後悔してたんだ。
俺がもっと積極的になっていれば別れなかったのにって。
俺、もっと積極的になるからやり直そうよ!愛花!!」
陸はあまりの豪の情けなさにため息をついた。
「あのね、豪…わからない?わたしは今彼氏と一緒なの」
手を繋いでいるところを敢えて見せつけた。
「せっかくの楽しいデートを邪魔しないでよ」
「そんな奴より俺のほうが愛花のことを大事にするよ!だって俺は」
「隼人のこと知らないくせに勝手なこと言わないで!」
陸は怒鳴っていた。
それは豪が隼人を「そんな奴」呼ばわりしたからだ。
見かねた隼人が豪に文句を言った。
「なあ、愛花は俺の彼女なんだよ、過去のことは知らないけど
もう終わったんだろ、これ以上愛花を困らせるなら俺も怒るぞ」
それでも豪は食い下がらなかった。
「うるさい!そもそも俺は愛花と別れたつもりはないんだ、
つまりまだ愛花は俺の彼女なんだ!」
あまりにも豪の身勝手な理論に陸、隼人だけでなく、仁菜と春樹も腹が立っていた。
「お前よ、あんまりふざけたことばっか言ってるとぶっ飛ばすぞ」
春樹が豪に向かって凄んでいた。
春樹は愛花や仁菜が困っているときは素を出すときがある。
豪は残念なことにビビッてしまった。
「な、殴るのかよ…俺は悪いことしてないのに」
「お前な!」
春樹が豪の胸ぐらを掴んだところで隼人が止めた。
「やめろよ春樹、お前ケンカはやめたんだろ」
「けどよ、コイツ見てるとムカついて我慢できないんだよ」
「そうだよ春樹、わたしは暴力振るう春樹は見たくない」
隼人と仁菜に止められたので春樹は仕方なく掴んでいた胸ぐらを離した。
まだビクビクしている豪に向かって仁菜が言った。
「豪って言ったっけ?男なら状況見て察しなよ。
どう見ても愛花は隼人くんと付き合ってるのわかるでしょ」
「そ、それでも俺は愛花が」
「もういいよ…隼人も春樹くんも仁菜も…わたしのためにありがとう」
陸はうんざりしながら3人を制した。
「ってことは愛花、やっぱり俺と」
「どこまでもおめでたい人なんだね、豪って。豪がここまでダメな人間だと思わなかった。
この際だからハッキリ言うよ、豪は優しかった、わたしにすごく優しかった。
だから付き合った、でも付き合ってから豪は彼氏らしいことしてくれた?
豪がしたことってデートに誘っただけだったよね。
わたしが怒ってるときも放っておいて、いいよって思っていても何もしてこなくて、
わたしが喜ぶことを何一つしてくれなかった、まったく女心がわかってないんだよ。
ただ優しいだけじゃ心を繋ぎ留めておくことはできないんだよ。
でもね、その優しさもわたしの勘違いだった…
今の豪は最低で最悪だよ!
それに比べて隼人は優しいだけじゃなくて、わたしが喜ぶことを考えてくれて、
だからわたしも隼人が喜ぶことを考えて、ドキドキさせてくれて、
残念だけど豪とは比較にならないの、言われないとわからない豪とはまったく違うの。
それでも豪と付き合ったのは事実…
だから豪とのことは思い出としてきちんと心に残しておくつもりだったのに…
その思い出まで汚さないでよ、お願いだから…」
陸は涙を流していた。
ここまで情けない男だと思っていなかったので、それが悲しかった。
それに加え、当時の自分の男の見る目のなさが情けなくてしょうがなかった。
そんな陸を隼人は抱き寄せた。
「もう一度だけ言う、これ以上愛花を困らせるな」
ここまで言われて豪はやっと諦めた。
無言で背を向け、トボトボと歩いて行った。
「みんなゴメン、わたし帰るね…楽しい遊園地のはずだったのに」
「愛花!あんなの気にしないでいいよ」
仁菜が引き留めたが、どうしてもそういう気分になれない。
再度謝り、一人で家へ帰った。
部屋に戻りうずくまって泣いた。
なんでわたしの前に現れたの?二度と会いたくなかったのに…
しかも隼人やみんながいる前で…あんなみっともないことして…
恥ずかしくて情けなくて…本当に最悪だよ…
一人で落ちていたら美智子が下から「お客さんよ」と言ってきた。
「誰にも会いたくない」
そう返事をしたのに階段を上がってくる音がした。
軽い音ではない、もっとずっしりした音だ。
その音だけで陸は誰かわかってしまった。
ドアが開き、その人物はそっと隣に寄り添った。
「失望したでしょ…あんなのが元彼で」
「ひとつだけ教えてほしい、あいつが愛花の初めての相手?」
陸は横に首を振った。
もっと前にエッチをしていて、遊び人と思われたら嫌だと思ったが、
豪が最初の相手と勘違いされているほうがもっと嫌だった。
「豪は…エッチどころかキスも…手も繋いでこなかったよ」
「そっか…」
「そんなに初めての人が気になる?」
「気にならないといえば嘘になる…けど、無理に聞こうとも思わない。
俺は愛花を悲しませてまで知りたくはないから」
それでもやっぱり隼人は気になっていた。
自分の軽率さが招いたことで失ったバージン、3年近く前に失ったバージン、
陸にとって嫌な過去が次々と蘇ってくる。
そしてそれが今になって隼人を悩ませている。
陸は隼人にあの忌々しい過去を話すことにした。
あの事件以来、誰も口にしなかったあの事件を…。
「中学に入学して2か月くらい経ったとき、
一つ上のカッコいいって有名な先輩に告白されたの…
でもどんな人かもわからないし、態度も好きじゃなかったから断ったらしつこつされて…
それを助けてくれた先輩がいたの、
その先輩とわたしに告白した先輩は友達同士で2人ともかっこいいって有名な人たち。
そんな人に助けられたわたしはドキッとして…」
隼人は黙って話を聞いていので陸は続けた。
「そのあと、その先輩に告白されて…OKしちゃったの。
そしたら、その日の帰りにキスされた…ファーストキスだったのにサラッと奪われたの。
その話をお姉ちゃんにしたら怪訝な顔をして、気をつけなって言ってくれたんだけど
わたしは舞い上がっちゃって…
そして付き合って一週間でバージンじゃなくなっちゃったの…
中1になって2か月でだよ、早すぎるよね…
それでもわたしはその人しか見えてなくて…
それから1か月くらいして、その人とわたしに告白した先輩がグルだったって知って…
ただわたしとエッチしたかっただけだったって…
バカだよねわたし…お姉ちゃんが気をつけろって言ってくれたのに…
それを知った莉奈は号泣しちゃったし…
ずっとずっと後悔したよ、わたしの初めての相手は隼人がよかったって…
ゴメンね隼人…初めてじゃなくて…わたしは最低なの…」
「もういい!何も言うな!!」
隼人は力強く抱きしめてきた。
「悪かった…俺が変なこと気にしたせいで愛花に嫌な話させちゃって…
俺のほうが最低だよ、ゴメン!許してくれ!」
「隼人は…こんな女嫌じゃないの?」
「愛花は俺にとって最高の彼女だ、だから自分を悪く言うなよ…」
「ありがとう…隼人…」
絶対に言えなかった真実を隼人に話してしまった。
けど後悔はなかった。
むしろ、今まで以上に愛情が深まった、陸はそんな気がしていた。