花火大会で
「お母さん、行ってくるね」
「気をつけてね、あまり遅くならないように」
「はーい」
玄関で母親と会話をしていたら彰が顔を出してきた。
「浴衣なんか着て、花火か?」
「うん、どう?お父さん」
「すごく似合ってるぞ、隼人くんとか?」
「えへへ、じゃあ行ってきます」
陸はウキウキしながら家を出て待ち合わせの駅に向かった。
淡い水色にピンクの浴衣、髪は編み込んで後ろにまとめている。
バッチリ決めてきたので隼人の反応が楽しみだ。
駅に着くと浴衣を着た女の子が何人もいる、友達同士やカップルなど様々だ。
隼人を探すと、駅の時計台の下にいた。
隼人も浴衣を着ていて、黒地の浴衣が男らしさを醸し出している。
「隼人、お待たせ」
「おお…ずいぶん雰囲気違うな、一瞬わからなかったよ」
「ちょっとぉ、浴衣と髪型違うくらいで彼女がわからないなんてひどくない?」
頬を膨らまして軽く拗ねてみた。
「真に受けるなよ、わからないはずないだろ」
「冗談だよ、行こう」
一緒に電車に乗り、花火会場へ向かう。
車内にいるほとんどの人も花火大会に向かっているらしい。
かなり混みそうだ。
しかし陸たちは問題ない。
最近の花火会場は場所を有料で予約することができる。
陸と隼人は事前にお金を払って予約をしておいたので会場がどんなに混んでようが
ゆっくりと花火を楽しめるのだ。
駅を降りて会場へ着くと、やはりすごい混雑だった。
「なんか食う?」
「かき氷!だって暑いんだもん」
「そうだな、じゃ買うか」
隼人はメロン味、陸はイチゴ味のかき氷を買い、
食べながら予約した席に向かうと正面からカップルが歩いて、陸は思わず声をかけた。
「麻衣!」
「愛花!久しぶり~」
卒業以来会っていなかった麻衣に偶然遭遇した陸は大はしゃぎだった。
「ホント、全然会ってなかったもんね。彼氏?」
「うん、愛花もでしょ」
「まあね」
麻衣も彼氏も浴衣を着ている。
麻衣の彼氏は多分年上だ。
ちょっとチャラそうな感じもするが、麻衣も派手な感じなのでお似合いだった。
そこへ隼人が話しかけてくる。
「なあ、麻衣って…須田麻衣か?」
「え、なんでわたしのこと知ってるの?」
「麻衣、誰だかわからない?」
麻衣は隼人の顔をジッと見て考えていた。
「どこかで見たことあるような…」
「覚えてないか?俺、田辺隼人。小4のときに転校した」
「田辺…?ああ!」
麻衣はやっと思い出して懐かしがっていた。
「それにしても、あのチビでちんちくりんだった田辺がこんな風になるんだ」
「ちょっと麻衣、人の彼氏にむかってちんちくりんはひどくない?」
「ゴメンゴメン、けどその田辺がどうして愛花と?」
「偶然同じ高校だったの、すごくない?」
「マジで?それはすごい、そういえばあの頃も愛花って田辺のこと好きだったもんね」
「もう…それは恥ずかしいから言わないでよ」
「愛花顔が赤くなってるし、じゃあ行くね」
「うん、今度遊ぼうね」
「もちろん、連絡するよ」
麻衣たちと別れ、陸は隼人と再び歩き出した。
「まさか麻衣と会うと思わなかった」
「なんかすげー懐かしい感じがしたよ」
隼人は愛花がいじめられていたことを思い出した。
いじめていたのは麻衣と裕美、その張本人と友達になったんだから
今考えるとすごいことだなと思っていた。
予約していた席に座り、かき氷を食べていたら時間になって花火が上がった。
ドーンという音とともに夜空に花火が描かれる。
次々と上がる花火に陸は夢中になった。
特にスターマインは大迫力で、陸だけでなく、隼人や会場にいる人たちを魅了した。
「すごーい…すごい綺麗…」
そう呟く愛花の花火の明かりに照らされた顔をふと見たとき、隼人はドキッとした。
あまりにもかわいくて、花火ではなく愛花の顔を見つめている。
その視線に気づいた陸は隼人を見た。
「隼人…?」
「愛花…」
陸はこの次に何が起こるか悟った。
初めてではない、人生で2人目だ。
それでもドキドキしている。
初めてのときは突然だったので驚いただけだったが、今は違う。
陸もしたいと思っている。
まわりに人がいるけど関係ない、今隼人としたい。
隼人の顔が近づいてきたので、そっと目をつぶった。
そして唇と唇が重なり合った。
3秒ほどで唇が離れたので目を開けると、隼人はジッと見つめていた。
嬉しさと恥ずかしさで顔がカーッとなる。
それでも嬉しさのほうが勝り、陸は身体を預けるように隼人にもたれ掛った。
お互い何も言わない、言葉など必要なかった。
幸せに浸りながら最後の花火を楽しんだ。
「10時過ぎちゃったな」
「駅まで混んでたから仕方ないよ」
地元の駅を降りてから、隼人はいつも通り家まで送ってくれた。
もう少し一緒にいたい…そう思っていたが、気がつくともう家の前だった。
「じゃあまた」
帰ろうとする隼人を陸は引き留めた。
「もう一回…して」
まさか自分からこんなこと言うと思わなかった。
それでももう一度キスをしたかった。
隼人は微笑んでからキスをしながら抱きしめてくれたので、
陸も手をまわし、抱きつきながらキスを続けた。
「あーあ、見ちゃいけないものを見ちゃった」
2人が慌てて振り向くと莉奈がいた。
「莉奈!」
「や、山崎…」
莉奈は浴衣を着ていたので、莉奈も花火大会の帰りだった。
「気にしなくていいよ、わたしもう帰るし」
莉奈はニヤニヤしている。
いくら近所とはいえ、なぜこう何度も莉奈に目撃されてしまうんだろう。
「わ、わたしたちも帰るよ、ねえ隼人」
「あ、ああ!じゃあまたな」
隼人は慌てて帰って行った。
それを見て莉奈はクスクス笑っていた。
「り、莉奈も花火大会行ってたんだね」
「せっかくだからね、わたしは高校の女友達とだけど。
それよりさっきの感じだと…初めてじゃないな」
「さあ…どうでしょう」
「こら、はぐらかすな」
莉奈が頭をグリグリしてくる。
「痛い、痛いって」
「じゃあ話せ」
「2回目だよぉ、最初は花火会場…」
白状すると、やっと莉奈が放してくれた。
「そっかそっか、これは詳しく聞く必要があるな。
ということで今日は愛花のところに泊まります」
「ホント?おいでおいで」
莉奈が泊りに来ることで陸のテンションは上がった。
そして明け方まで恋愛トークで盛り上がっていた。