春樹の過去、そして…
当日、駅で待ち合わせをすると、珍しく3人がきていて陸が一番最後だった。
久々に会った隼人は今まで以上に日に焼けて真っ黒になっていた。
「隼人、すごい焼けたね」
「あれだけ外で部活やれば黒くもなるさ」
「頑張ってる証拠、偉い偉い」
背伸びして頭を撫でようとしたが届かなかった。
それを見て仁菜と春樹が笑っていた。
「それじゃあ行きますか」
春樹が張り切って先陣を切り、電車に乗ってレジャーランドのプールへ向かった。
「じゃあ中で待ち合わせね」
「ああ、行くぞ春樹」
男女で別れて、それぞれ更衣室へ行き早速水着に着替えだした。
「仁菜、そろそろいいんじゃない?」
「なにが?」
「春樹くんだよ、多分わたしの予想だと春樹くんは仁菜と2人で
行きたかったんじゃないかな。
でも付き合ってないのに2人でプールって躊躇ってわたしたちを誘ったんだと思う」
「愛花!今日は4人で楽しむために来たんだよ、余計なこと考えなくていいの」
こういう態度になると仁菜は何を言っても無駄だ。
これ以上は触れないようにしよう。
仁菜も春樹も両想いなのがわかっているのに、
なぜ付き合おうとしないのか陸には理解できなかった。
着替え終わり、中に向かうと隼人と春樹がいた。
陸は隼人の身体を見てドキッとした。
さすが野球部だけあって、引き締まった身体をしていて、筋肉もしっかりある。
隼人の身体ってこんなすごかったんだ…
そんなことを考えていたら「お、やっと来たな」と言ってきた。
すでに隼人も春樹も汗ばんでいる。
結構待たせたかもしれない、しかしそれは仕方ないことだ。
男と女では着替えにかかる時間が違う。
それは元々男だった陸が一番知っていた。
仁菜がからかうように春樹に聞いた。
「どう、私たちの水着姿は?」
「お、おお…いいんじゃないか」
いつもと反応が違う、春樹が照れていた。
こんな春樹は初めてだったので、陸は何か起きそうな予感がしていた。
「愛花、水着似合ってるぞ」
隼人もちょっと照れ臭そうだったが、大好きな隼人に言われると素直に嬉しくなる。
「ありがとう、隼人」
笑顔でお礼を言って4人で流れるプールに入った。
途中で隼人に抱きついてみたり、仁菜とふざけあったり、
陸は楽しくてずっとはしゃいでいた。
「浮き輪借りるか」
「あ、いいね!」
「じゃあ俺たち借りてくるから2人は適当に流れててよ」
そう言って隼人と春樹は浮き輪を借りるためにプールから上がり、
貸し出している列へ向かっていった。
結構な列なので時間がかかりそうだ。
「愛花楽しそうだね」
「うん!仁菜は楽しくないの?」
「楽しいに決まってるじゃん、ただ愛花がすごくはしゃいでたから
よっぽど楽しいんだろうなって思って」
「そんなにはしゃいでないよ!」
「またまたぁ、さっきまで隼人くんの背中に抱きついてたくせに。
大胆な愛花珍しかったもん」
「あ、あれは隼人の背中が広そうだったから…」
「はいはい、そういうことにしておく」
楽しすぎて無意識に取った行動がバッチリ見られていて恥ずかしくなった。
そこへ若い2人の男が近づいてきた。
陸たちと同じか少し上くらいの年齢だ。
「ねえ、2人で来ているの?」
陸も仁菜もすぐにナンパだとわかった。
仁菜が男たちをあしらう。
「残念だけど相手がちゃんといるから」
「だっていないじゃん」
「浮き輪借りにいってるの、すぐに戻ってくるよ」
大抵は相手がいるといえば引き下がる。
ところがこの2人はしつこかった。
「戻ってこない相手なんて放っておいて俺たちと遊ぼうよ、高校生でしょ、何年?」
あまりにもしつこいので陸がハッキリと言った。
「迷惑です、やめてください」
「俺たちも迷惑だよ、一緒に遊ばないのが迷惑」
こんなしつこいナンパは初めてだ。
何を言っても屁理屈で返してくる。
「他の人を探したら?」
「ダメだよ、俺たちは君たちと遊びたいんだもん」
「そうそう、こんなかわいい子たちとプールで遊べるなんて俺たちついてるよな」
「遊びません!彼氏と来てるんです!!」
もう嫌だ…早く戻ってきてよ、隼人!
祈りが通じたのか、その場に戻ってきた。
しかしそれは隼人ではなく、春樹だった。
「おい、俺の女になにしてんだよ」
春樹は仁菜を見て「俺の女」とハッキリ言った。
しかし、それ以上に驚いたのは春樹の雰囲気だ。
いつもの明るい春樹ではない、口調がまったく違う。
ハッキリ言えば怖いと感じた。
「あ?お前が彼…氏って、、、は、春樹!?」
「なんだ、お前らかよ。俺の女にちょっかい出すっていうことは
どうなるかわかってるってことだよな」
春樹とナンパしてきた男たちは知り合いだったらしい。
だが友達とは違う、あきらかに春樹が男たちを威圧している。
「は、春樹の彼女ってわかってればナンパなんてしなかったよ!な、なあ」
「あ、当たり前だろ…」
「なら今すぐ消えろ」
「う、うん!消えるよ、じゃあ…」
男2人は春樹から逃げるように急いでプールを上がり、走り去っていった。
こんな春樹は初めてだ。
陸も仁菜も「俺の女」という言葉を忘れてしまうくらいの衝撃だった。
「ごめんね、嫌な思いさせちゃって。けどナンパされるくらい可愛い
愛花ちゃんと仁菜ちゃんと遊べてる俺ってラッキーだなぁ」
そう言った春樹はいつも通りの春樹だった。
そこへ浮き輪を持った隼人がやっと戻ってきた。
「悪りぃ、遅くなって…ん?どうかしたのか?」
隼人は訳が分からずポカーンとしている。
「なんでもない、さあ浮き輪で遊ぼう!」
春樹は何事もなかったかのように行動していたが、陸と仁菜の頭の中は
「春樹って何者?」という疑問がずっとこびりついていた。
少し遊んでから陸は仁菜とトイレに行き、春樹について話をした。
「さっきの春樹くんって…」
「わたしも知らないよ!考えてみたら春樹の過去をまったく知らないの」
それは陸も同じだった。
春樹は過去の話をしたことがない。
隼人からも聞いたことがない。
しかし気になりだしたら止まらなくなる。
「聞くチャンスがあったら聞いてみよう」
仁菜の案に陸は「うん」と答えた。
とは言ったものの、このあとの春樹はバカなことばかりを言っている
いつもの春樹だったため、聞く機会が訪れない。
それにまわりに人がいっぱいいるのも聞きづらい環境だ。
結局夕方になり、帰る時間になってしまった。
着替えながら陸と仁菜は作戦を練った。
「このまま帰ったら聞けなくなるよ、どうする?」
「そんなこと言っても…」
このとき陸に名案が浮かんだ。
「そうだ、いいこと考えた!」
着替え終わって合流すると、陸と仁菜がこのあとについて提案した。
「花火?」
「うん、公園でやろうよ」
「俺は構わないけど…春樹は?」
「いいよ、やろうよ!」
スーパーで手持ち花火を買って公園に着くと、もう暗くなっていた。
聞くきっかけのための花火だったのに、いざやると楽しい。
特に陸と仁菜はキャーキャー言いながら花火を楽しんでいた。
その花火も終わり、しんみりしたところで仁菜が春樹にようやく質問をした。
「春樹…さっきのって」
「ん、ああ…あいつら同中なんだよ」
隼人が何のことと聞くので、
しつこくナンパされてたところを春樹が助けてくれたと説明した。
「そうなの?俺全然知らなかった、言ってくれよ!そしたらすっ飛んで助けに行ったのに」
隼人は自分で助けたかった、そう思っていることが陸にはしっかりと伝わっていた。
その気持ちが陸にはとても嬉しかった。
しかし今は春樹の話だ。
「あの2人、怯えてたよ」
「そう?ずっとプールに入ってたから寒かったんだよ」
「バカじゃないの、夏にプールに入って寒いはずないでしょ。
それにあの口調、いつもの春樹じゃなかった」
「考えすぎだって」
春樹ははぐらかして答えようとしない。
ここで仁菜は切り札を使った。
「わたしは春樹の女なんでしょ、だったら教えて」
仁菜は春樹が言ったことをちゃんと覚えていた。
そしてそれを逆手に取る。
予想以上に仁菜はやり手だと思った。
「なんだ、春樹の女って?」
「春樹くんが…そう言ったの」
「ええ!?春樹、お前そんなこと仁菜ちゃんに言ったの?」
「ごめん隼人くん、ちょっと黙ってて」
いちいち反応する隼人が邪魔だったのか、珍しく仁菜が隼人にクレームをつけた。
その隼人は素直に従い、陸と一緒に黙って会話を聞いていた。
「わたし、春樹のこと好きだよ。でもね、考えてみたら春樹のこと何にも知らないの、
だから…もっと春樹のこと知りたいの!」
仁菜がここでこんなことを言うと思わなかったので陸も隼人もビックリした。
そして当事者の春樹は何も答えずに目を逸らしている。
これでも答えないということはよほどの事情があると思った。
そのとき、陸はあることを思い出した。
「親友だったら何でも話さなきゃいけないの?」
これは陸が莉奈に向かって言った言葉だ。
そうだ、人には話したくない過去がある。
それを痛いほど知っているのに、こんなこと間違っている。
陸が追及を止めようとしたら「ここまで言っても話してくれないんだ、もういい」
といって仁菜は春樹に背を向けて歩き出した。
そこでやっと春樹が口を開いた。
「俺さ…自分の過去が嫌いなんだよね、どうしようもないバカだったから」
仁菜は振り向いて春樹を見ていた。
隼人も春樹を見ている。
そこへ陸が春樹に言った。
「話したくないことだったら無理に話さなくていいよ…
誰にだって人には言えない過去があったりするんだから」
「ありがとう、愛花ちゃん…
でも俺のは言えない過去というより自分自身に腹が立つ過去なんだ。
俺んちさ、母子家庭なんだよ。親父は俺が小さいときに死んで、
おふくろが女手一つで俺を育ててくれてるんだけどさ、
結構大変なんだよね、母子家庭って…
けど俺はそんなこと一切気にしないで好き勝手やってた。
特に中学に入ってから不良みたいなことをして
毎日のようにケンカばっかりの問題児でさ、
中学で俺は怖がられる存在だったんだよ。
だからあいつらは俺を見てビビってたんだ、同級生で俺に敵う奴はいなかったから。
そして俺が問題を起こすたびに、おふくろが呼び出される。
それでも俺は親なんて関係ねぇって余計に暴れまくったんだ。
そしたら授業中におふくろが救急車で運ばれたって連絡が来た…中2の冬のときだ。
原因は過労だって医者は言ったよ。
そのとき俺は初めて気づいたんだ…俺が好き勝手に暴れてるあいだ、
おふくろは俺のためにずっと働いていたんだって…
俺のせいで学校に呼び出されたあとも職場に戻って仕事してたんだって…
俺はやっと自分がバカだったことに気づいた。
そこから、問題を起こすのをやめた。
そしておふくろを安心させるためにどうすればいいか考えた。
思いついたのは、まじめに勉強して進学校に行くことだった。
3年になってから死に物狂いで勉強して、それで奇跡的に北高に入ることができたんだ。
今でも思うよ、あの時の俺は最低だったって…
だから過去の話はしたくなかったんだ。
こんな過去があるから仁菜と付き合うなんておこがましいと思って、
だったらバカなことして盛り上げるほうがいいかなって」
今の春樹からは想像もできない話だった。
ただ、無理やり話させてしまったという罪悪感だけが残った。
「ごめん春樹…嫌な話をさせちゃって…でも、おこがましいなんて、そんなことない!」
仁菜は涙を浮かべながら謝っていた。
そんな仁菜に向かって春樹は笑顔で話した。
「俺、真面目になってよかったよ。
そのおかげで隼人に出会えて、愛花ちゃんに出会えて…仁菜に出会うことができたんだ」
そういって春樹は仁菜をそっと抱き寄せるよ、仁菜はもたれ掛るように春樹に寄り添った。
「もう隠す必要なくなったな…こんな俺でよかったら付き合ってほしい、仁菜」
「うん…よろしくお願いします」
春樹は過去を打ち明けたことでやっと素直になれた。
そして仁菜はそれを受け止めた。
その様子を見て陸と隼人は微笑んでいた。