初戦敗退
球場というのは独特の雰囲気がある。
学校関係者以外に、一般の高校野球ファンの人たちが大勢見に来ている。
そしてスタンドは異常な熱気を帯びている。
陸はこれからここで応援をするのだ。
隼人たち野球部はグラウンド整備をしてからスタンドに入ってきた。
陸は部員と同じチアのユニフォームを着てスタンドで準備をしている。
そこへふらっと春樹がやってきた。
「愛花ちゃんも仁菜ちゃんも似合ってるね」
「何しに来たの?」
いつも通り仁菜と春樹のやり取りが始まる。
「もちろん野球部の応援だよ」
「だったら生徒は向こうで応援なんだから早く行って」
「いや、その前に2人のチアの姿を見たくて」
「春樹、それ以上言ったらセクハラだからね」
「セクハラなんかじゃないよ、俺は素直な心の言葉を言っただけさ」
「ありがとう、だから早く消えて」
春樹は「ちぇっ」と言いながら一般の生徒たちがいる応援のほうへ向かっていった。
「褒めてくれたんだからそこまで言わなくてもいいのに」
「だって愛花のことも褒めるんだもん、
わたしだけ褒めてくれれば素直に喜んであげたのに」
仁菜は少し頬を膨らませていた。
きっと自分のことだけを見てもらいたかったんだ。
仁菜は初めて春樹に対して本音を見せたので、ちょっと微笑ましい気分になった。
そんな話をしていたら試合が始まり、陸は慌てて自分のポジションへ移動した。
野球部、吹奏楽部、チアリーディング部、それに生徒、保護者、
これらが一体になって応援する。
陸だったときの高校生活は帰宅部、野球部など他の部活に興味もない、
佳祐とゲームばかりしていた日々、今思えばくだらない毎日だった。
だが今は違う、今の陸は青春真っ只中だ。
こうやってみんなと一つのことをやる、それがどんなに楽しいことかを実感していた。
しかし試合は7-0、7回コールドで敗れてしまった。
相手が強豪校だったが、なんとか9回まで頑張ってもらいたかった。
それはスタンドで応援している誰もが思っていることだった。
特に隼人たち野球部はすごく悔しそうにしている。
陸たちは静かに後片付けをしてスタンドを後にした。
下へ降りると試合をしていた3年生たちが泣いていた。
「先輩たち…みんな頑張ってたのにかわいそう」
それを見ていた小陽がボソッとつぶやいていた。
それは陸も同じ気持ちだった。
みんな精いっぱいやったんだから勝ってほしかった、勝たせてあげたかった。
しかしそれだけでは埋まらない実力差が相手にはあった、それが高校野球だ。
陸たちチアリーディング部は制服に着替えて学校へ戻った。
実はチアリーディング部の3年生たちも今日が引退になる。
野球部の応援が最後の部活動だったのだ。
「これでわたしたち3年生は引退するけど、みんなはこれからも頑張ってね」
キャプテンの真菜が挨拶をしたが、3年生がいなくなるのは寂しかった。
陸が真菜たちと一緒に演技をしたのはこれが最初で最後、
この思い出をしっかり胸に刻み込んだ。
その日の夜、隼人から電話がかかってきた。
「今日は応援サンキューな」
「ううん…それよりも負けちゃって残念だった」
「しかたないよ、相手が悪すぎた」
「でも3年の先輩たち泣いてた…」
「まあ…な、でも帰るころには笑ってたよ。あれってそのときだけの感情だから。
それより愛花、来年は絶対にレギュラー取るから、そしたら今日以上に応援してくれよ!」
「うん!約束だよ、絶対にレギュラー取ってね」
陸はグラウンドで試合をする隼人の姿を想像し、一人でにやけていた。
そして夏休みになった。




