佐久間家の人々
隼人は13時に来ると言っていた。
今は12時半、ワクワクと緊張の両方の感情が高まりながら待っていたら
インターホンが鳴った。
「え、もう?」
30分も早いと思って玄関に行くと、そこには予想外の人物がいた。
「お姉ちゃん…それに孝之さんも」
「やほ」
「こんにちは、愛花ちゃん」
「ど、どうしたの?」
「お母さんに電話したら、日曜に愛花が彼氏連れてくるっていうから遊びにきたの」
「ちょ、ちょっと待ってよ!おかしいでしょ」
「おかしくないよ、妹がどんな彼氏連れてくるのか姉も心配だからね」
希美は笑っている。
絶対に心配なんてしていない、それどころか楽しんでいるのが表情で伝わってくる。
「だからって孝之さんまで」
「僕も愛花ちゃんの兄だからね」
孝之がそんなタイプの人だと思わなかった。
この2人は…最悪だ。
2人は靴を脱いでリビングへ進んでいった。
隼人…マジでごめん
隼人は13時ちょうどにやってきた。
玄関まで美智子と迎えに行くと、ちょっと緊張した面持ちをしている。
「はじめまして、こんにちは!」
「いらっしゃい、どうぞ上がって」
「はい、お邪魔します!」
隼人の口調がいつになくハキハキしている。
印象は悪くなさそうだ。
そんな隼人に小声で言っておいた。
「ごめん、余計なのが2人増えた…」
「え?」
歩きながら話していたので、詳しく説明する前にリビングへ着いてしまった。
「こんにち…は」
さいごの「は」は明らかに戸惑っている感じだ。
彰を見て父とわかった。
そこまではいい、あの女性はお姉さんかな?
姉がいること知っているが結婚して家を出て行ったと聞いている。。。
更に隣にいる男性は誰??
隼人は軽いパニックになっていた。
その3人は笑顔で「こんにちは」と言ってくれた。
「ごめんね、わけわかんないでしょ。とりあえず紹介させて。彼氏の田辺隼人です」
愛花が紹介したので、隼人は慌てて「田辺隼人です、よろしくお願いします!」と挨拶した。
「どうも、愛花の父です」
「愛花の姉です」
「愛花ちゃんの義理の兄です」
それぞれ自己紹介し、やっと謎の男性の正体に納得。
「ごめんね、さっきお姉ちゃんたちが突然きたの」
「そ、そうなんだね!別にいいんじゃないか、賑やかで」
やばい、俺…顔が引きつっているかも。
こんな展開だったが、佐久間家は隼人を歓迎していた。
「隼人くんだっけ?背が大きいしガタイもいいね、運動部かい?」
「はい、野球部に入っています」
「そうか、それはいい!若いうちはスポーツをやらないとな」
どうやら運動部は好感度が上がるみたいだ。
彰が笑顔だったので、隼人はひとまず安心した。
今度は希美が質問をしてきた。
「愛花と同じクラスなの?」
「いえ、違いますよ」
「じゃあどうやって知り合ったの?どっちかが一目ぼれ?」
「お姉ちゃん!どうだっていいでしょ」
「だって気になるじゃん、それにどっかで見たことあるような気がするんだよね」
鋭い…希美はやはり鋭すぎる。
ひょっとしたら薄々感づいているのかもしれない。
「隼人くんさ、私と会ったことない?」
ピンポイントでの質問に隼人も陸もたじろいでしまった。
「なんで希美と会うのよ、中学校違うんでしょ?」
「お母さん、中学は違っても…ねぇ」
やはりわかってる。
わかっていて言っている、完全にこの状況を楽しんでいる。
希美は更に追い打ちをかけてきた。
「愛花さ、確か小学4年のときに」
「お姉ちゃんのバカ!わかってるならいいじゃん、そんなに言わなくたって」
こんな意地悪をする希美は初めてだったので、陸は心底腹が立っていた。
「ごめんごめん、ちょっとからかってみたかったの」
「希美、どういうこと?」
「ちょっといいですか?」
説明しようとする希美のあいだに隼人が割り込んできた。
説明をするなら自分がしなければいけない。
「僕たち、小4のとき同じクラスだったんです。
でも僕は4年の3月に転校して、それで偶然同じ高校で再会したんです」
希美じゃなく、自分自身で話してくれた隼人に感謝。
大事なところではしっかりしている、そんなことろが好きだと思った。
「それって運命だね!いやぁ、すごいよ」
今まで黙っていた孝之が急に加わってきたので、
とりあえず陸と隼人は苦笑いをして対応した。
このあと、たわいもない話で盛り上がり、
どうやら隼人は佐久間家に気に入られたということはわかったので一安心だった。
とはいえ、ずっとここに隼人がいるのは可哀想だったので
陸の部屋に連れて行くことにした。
「さすがに隼人も疲れたと思うから私の部屋に行くね」
「いいのか?」
「もちろん、いいよね?」
「そうだな、初めて来たんだし2人にしてあげよう」
彰が許可をしたので、他の3人も賛同してくれたのでホッとした。
「行こう」と言って陸は歩き出すと「失礼します」と隼人がお辞儀をしてから
陸のあとを歩いて行った。
部屋に入ると陸は倒れ込むようにベッドに身体を預けた。
「なんか自分の家なのに疲れちゃった」
「あはは、でもいい家族じゃん」
「そうなんだけどね…なんかゴメンね、お姉ちゃんたちまで来ちゃって」
「俺、昔会ってるんだよね?」
「うん、覚えてたの?」
隼人は横に首を振った。
「いや、俺が覚えてるのは、あのときの愛花が可愛かったことだけだな」
「バ、バカ!急に変なこと言わないでよ!!」
予想もしなかった言葉に恥ずかしくて顔が火照っていた。
そんな愛花が隼人は可愛くてしかたなかった。
「そういえば、あのときみたいな髪型しないの?ほら、2つに結んでる」
ツインテールのことだ。あれは希美が勝手にしたことで本意ではない。
それに高校生でツインテールはいかがなものかと思っているので、キッパリと否定した。
「もうしないよ、それに今はショートだし」
「なんだ…ちょっと見てみたかったな」
「ひょっとして隼人って、ツインテールフェチ?」
「違う!あのときの愛花が印象的だったから…
今したらどうなるのかなって思っただけだよ」
「そんなに見たいの?」
「い、いや…愛花が嫌ならいいよ。それにどんな髪型でも愛花は愛花だし」
ちょっと照れながらいう隼人が愛おしく感じた。
「しょうがないな、髪…伸びたら1回だけしてあげる」
「無理…しなくていいぞ」
「何、見たくないの?せっかくするって言ったのに」
ちょっと怒り口調で言ってみた。
隼人がどんな反応をするのか楽しみだ。
「見たい、見たいよ!楽しみだなぁ…ははは」
慌てて笑顔で言う隼人がおかしくて仕方なかった。
たまにはからかってみるのもいいな、なんとなく希美の気持ちがわかった。
血は繋がっていなくても、やはり陸と希美は姉妹だった。
「それにしても…女の子の部屋なんて小学生以来だな」
「けど入ったことあるんだ?」
「ああ、裕美のな。小3のときに夏休みの宿題を写させてもらった」
「ああ、裕美!」
裕美の名前を聞いて、隼人と付き合ったら3人で会う約束をしていたことを思い出した。
隼人に事情を説明して、急いで裕美に電話をかけると、
3回ほど鳴ってから裕美が電話に出た。
「もしもし」
「裕美!報告があるの!」
「そんな慌てなくていいよ、で?」
「あ、うん…裕美に紹介したい人がいるんだ」
「いいよ、どうすればいい?今からでも構わないけど」
「今から?ちょっと待って」
受話器の部分を指でふさいでから小声で隼人に相談した。
「どうする?」
「俺は別に構わないけど」
「じゃあOKするね」
再び電話を耳に当てて裕美に伝えた。
「いいよ、どうしよっか?」
「駅前のファーストフードでいいんじゃない?」
「わかった、じゃあ30分後でいい?」
「うん、じゃああとでね」
隼人を家に連れてきたと思ったら、今度は裕美に会いに行く、
なんて慌ただしい日だ。
支度をして隼人とリビングに降り「出かけてくる」と伝えた。
「せっかく隼人くんが来たんだから、ゆっくりしていけばいいのに」
「用ができたの、7時くらいまでには帰るから!行ってきます」
「お邪魔しました」
隼人が挨拶すると「またいらっしゃいね」と笑顔で美智子が返してくれ、
それに続くように彰も希美も孝之も笑顔で2人を送り出してくれた。
駅前のファーストフードへ行くと、裕美がラフな服装で待っていた。
会うのは卒業式以来だったが、
3か月しか経っていないのでさほど変わった様子はなかった。
「裕美、お待たせ」
「あれ、愛花髪切ったんだ」
「うん、3月末にね。これでも伸びてきたんだよ」
陸の髪は思ったよりも伸びるのが早く、もうすぐ肩にかかるくらいまで伸びていた。
隼人は陸の後ろに立ち、笑顔で裕美に話しかけた。
「よう、久しぶり」
「ずいぶん背が伸びたね、まるで別人みたい」
陸はあえて隼人と会わせると言わなかったが、裕美は一目見て、それが隼人とわかっていた。
「よくわかったね、隼人って」
「だって愛花が会わせたい人物なんて一人しかいないでしょ。
それに付き合ったら会うって約束したしね」
「あはは、だよね」
「それよりも中に入ろうよ」
裕美に促され、陸は隼人と3人で店内に入った。
夕方に近い時間だが、それなりに混んでいて席が空いていないと思っていたら
ちょうど4人で来ていた女の子たちが席を立ったので確保することができた。
「俺が席座っておくから買って来なよ」
「なら隼人のも買ってくる、いつもの?」
「ああ、よろしく」
隼人はお店だと大人ぶってブラックコーヒーを頼む。
陸はそれを知っているので、裕美と一緒にレジへ行き、
ブラックのアイスコーヒーとオレンジジュースを注文した。
「裕美は?」
「私はアイスティー」
一緒に3人分を頼んで、トレイにドリンクを載せて席へ戻った。
陸と隼人が横に並んで座り、その正面に裕美が座っている。
「で、いつから付き合ってたの?」
率直に聞いてくるのは裕美らしい。
「まだ最近だよ、10日前くらいかな」
「ふーん、まあ今の隼人ならいいかな」
「どういう意味だよ」
「昔のちんちくりんな隼人のままだったら愛花に合わないと思ってたけど、
今の隼人なら愛花の彼氏でもOKかなって思っただけ」
「ちょっと裕美、昔の隼人もカッコよかったよ!」
「はいはい、愛花にとってはね」
そう言って裕美は笑っていた。
陸は思わずムキになってしまい恥ずかしかったので、誤魔化すようにジュースを飲んだ。
裕美は隼人と会うのは5年ぶりだというのに、何事もなかったかのように会話をいている。
やはり幼馴染というのはすごいなと思いながら陸は話をしていた。
楽しい時間は過ぎるのが早い、
あっという間に夜になったのでお店を出て帰ることになった。
「隼人、愛花を大事にしなかったら許さないからね」
「な、なんだよ急に」
「別に、思ったことを言っただけ。じゃあね愛花」
「あ、うん。バイバイ裕美」
裕美は笑顔で手を振って自転車に乗って帰って行った。
「隼人、私のこと大事にしてね」
「な、なんだよ愛花まで」
「裕美が言ってくれたから確認」
「バカ、帰るぞ」
隼人は陸の手を掴むと、照れ臭そうに歩き出した。
陸はその大きな手をギュッと握り、一緒に歩いて家まで歩いた。
言わなくてもちゃんと送ってくれる隼人は頼もしい。
大事にしていることを態度でちゃんと示してくれた。
家の前まで着き、名残惜しそうに手を離そうとしたら自転車のブレーキの音がした。
「よく会うね」
「莉奈!」
陸と隼人は慌てて手を離すと
「別に離さなくていいのに、2人がラブラブなの知ってるんだから」
莉奈はニヤッとしながら言ってきた。
前の抱き合っているのを見られるよりはマシだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「じゃ、じゃあ俺は帰るから!じゃあな愛花、山崎」
「う、うん、ありがとう隼人」
隼人は一度振り向いて手を振ってから帰って行った。
「ごめん、邪魔しちゃったね」
「そんなことないよ、もう帰るところだったし。それに莉奈が邪魔なはずないじゃん」
「ありがとう、愛花」
陸にとって、莉奈は高校に行っても一番の親友だ。
隼人も大事だが、莉奈も同じくらい大事な存在だった。
少し立ち話をしてから帰り、家に入ると彰と美智子だけで、
希美と孝之は帰ったらしい。
「ただいま」
「おかえり、彼はいい青年だな」
「うん、お父さんやお母さんが心配するような人とは付き合わないもん」
そう、過去のような過ちは二度と繰り返さない。
「お母さんも隼人くんなら大歓迎だから、いつでも家に連れてきなさい」
「うん、ありがと」
相手の親に気に入られるのは大事なことだ。
隼人なら大丈夫と自信を持っていたので、そう言ってもらえて嬉しかった。
両親、希美夫婦、裕美、そして莉奈、みんなが祝福してくれて
陸にとって最高の1日になった。




