最初で最後の希美とデート
翌日、寝ていたら希美に起こされた。
「ほら愛花、起きて!」
「なに…朝から」
「出かけるよ!支度して」
「ど、どこに…?」
「いいからほら」
そう言って希美は勝手にタンスから服を引っ張り出した。
「はい、着替えて」
渡した服はワンピースだった。
陸は今までズボンしか履いていないので着るには抵抗があった。
「これはさすがに…」
「私の妹なんでしょ、妹ならお姉ちゃんの言うこと聞きなさい」
昨日までの希美とは別人のようだ。
どうやら吹っ切れたらしい。
それを考えればワンピースを着るくらい何てことないかな。
と思って着たが、やはり恥ずかしかった。
「うん、似合ってる」
喜んでいいのか考えていると、恥ずかしがっている暇もなく、
あっさり外へ連れ出された。
「どこ行くの?」
「いいから」
そういって着いた場所は美容院だった。
「予約していた佐久間です」
「お待ちしてました、今日はどんな感じに?」
「あ、私じゃなくて妹です」
「へ?髪切るの?」
「そうだよ、明後日から学校でしょ、ちゃんとしていかないと」
腰まである長い髪が鬱陶しくて仕方なかったのでラッキーだと思った。
どうせならバッサリ切ってベリーショートくらいにしてもらおう。
なんて考えは甘かった。
「背中よりちょっと短いくらいで、可愛くしてください」
勝手に希美が要望を言い、自分が望んでいたのとは違う髪型にされてしまった。
「セットとかどうします?」
「そうですね…ツインテールにしてもらおうかな」
「ツインテール?帰ってきたウ○トラマンで出てきた怪獣?」
「何それ?いいからやってください」
左右を縛られ、ツインテールの髪型にされてしまった。
正面の鏡を見ると、誰がどう見ても小学生の女の子だ。
「うわー…」
恥ずかしい、陸の感情はそれだけだった。
しかし希美は満足そうにニコニコしていた。
美容院を出ると、「どうせだからどっか行こう」と、
今度は街中へ連れ出されてしまった。
「愛花は行きたいところある?」
「うーん…本屋」
「そんなのでいいの?」
「うん」
事故に遭う前に読みたい小説があった。
受験が終わったら読もうと思っていたが、
11年越しにその小説を読みたくなったのだ。
本屋に着くと、陸は真っ先に文庫本のコーナーへ行く。
「漫画じゃないの?」
「違う、小説だよ」
「そうなんだ、でも愛花くらいの年の子はみんな漫画に夢中だよ」
「お姉ちゃん、見た目は子供でも中身は18歳なんだから」
「それはそうだけど…」
希美は少し不満そうだったが、こればかりは仕方ない。
漫画よりも小説のほうが楽しいということを知ってしまっているのだ。
「あった!」
手に取った文庫本は、社会派の話のものだった。
希美は怪訝そうな表情をしている。
「こんなの小学生は読まないよ」
そんなこと言っても読みたいものは読みたいのだ。
「いいでしょ、事故に遭う前からずっと読みたかったんだから」
それを言われると希美は何も言えない。
「わかった、じゃあ買ってあげる。その代わり私が選んだのも読んでね」
そういって希美は子供向けの少女漫画を何冊か一緒に買った。
もし読むとしても後回しだな、読みたいとも思わない。
このあと、2人で食事をしながら午後のプランを考えた。
「おもちゃ売り場でも行く?」
「行かない」
「せっかくぬいぐるみでも買ってあげようと思ったのに」
「あのさ、お姉ちゃん…さっきも言ったけど中身は18歳なんだよ。
確かにお姉ちゃんの妹になるって決めたけど、そこまで子供扱いしないでほしい」
「じゃあずっと18歳の気持ちでいるの?学校行って友達作らないの?
同級生をずっと年下としてみるの?」
「それは…」
おそらくそうなると思った。
正直、友達など作る気もないし、仲良くするつもりもない。
いくらなんでも18歳の気持ちのまま10歳の子と仲良くなどなれるはずないし
なりたくもない。
「そんなのダメだよ、学校は友達を作りにいくところなんだから!
愛花がちゃんとそうなってくれないと私、安心できないよ…」
希美は今までのように少し悲しそうな表情になった。
妹になると決めたが、それとこれは話が違う。
無理なものは無理だ。
しかし、これ以上希美を悲しませるわけにはいかない。
「いずれ…もっと愛花としての生活に慣れてきたら…
友達も作るだろうし、ぬいぐるみとかもほしくなる…かもしれない。
だから、それまでは強制しないでほしい。
強制されても無理なものは無理だし」
希美は黙ってしまった。
気まずい空気が流れたが、少しして希美が口を開いた。
「そうだよね、中身が陸お兄ちゃんのままだもん…
自然にそう思えるまで待つことにする」
「ありがとう、お姉ちゃん」
希美がわかってくれたので安心したら、今度は予想外のことを言ってきた。
「じゃあさ、今日家に帰るまで…帰るまででいいから陸お兄ちゃんでいてよ」
「へ?」
「もちろん愛花って呼ぶしお姉ちゃんって呼んでもらうんだけど、
基本は陸お兄ちゃんで」
言っている意味がわからなかった。
希美は陸が愛花になるのを望んでいたはず…。
「行こう!」
希美は陸の手を取りお店を出た。
そして向かった先は映画館だった。
「どれ見ようか?決めていいよ」
いきなり映画館にきて選んでと言われても困る。
「お姉ちゃんが決めていいよ」
「えー、愛花が決めてよ」
「そんなこと言われても…」
そう言いながら選んだのはサスペンス映画だった。
「いいよ、観よう!」
とても子供が観るような映画じゃないので、周りの人は不思議がっている。
それもそうだろう、自分が逆の立場ならそう思うはずだ。
だが、始まってしまえば関係なかった。
久々に見た映画はとても楽しく、個人的には大満足だった。
そのあと、ウィンドウショッピングをしたり、ゲームセンターに行ったり、
心境的にはまるでデートのようだった。
夕方になり、そろそろ帰らないと美智子たちが心配すると思ったので
帰ることにした。
「今日はありがとうね、短い時間だったけど最高の思い出になったよ」
「ん?」
「いいの、なんでもない。これで私の中から陸お兄ちゃんは消えたから」
ここまで言われて陸は悟った。
きっと希美は陸のことがずっと好きだったんだ。
いや、正確には憧れと言ったほうがいいだろう。
陸が愛花になるのを望んでいた反面、陸としての陸を待っていたのだ。
おそらく相当複雑な心境だったと思う。
陸の心が18歳のままだということを理解したから
最後に陸としてデートがしたかったのだ。
しかし、それは今日が最初で最後だ。
これで本当に希美は踏ん切りがついて次の道に進めるだろう。
そのためには、陸が一日も早く10歳の女の子、愛花になることだ。
「帰ろう、お姉ちゃん」
陸は陸としてではなく、妹として希美と手をつないで家に帰った。