莉奈
陸は帰り道に何度も莉奈に電話をしたが出てくれない。
LINEで「お願いだから出て」と送ってからもう一度かけたらやっと出てくれた。
「…なに」
「今から神社にきてくれない?」
「なんのために?」
「いいから!」
「行かないよ」
「莉奈なら来てくれる、来てくれるまで待ってるから」
陸は寒さに耐えながら神社で莉奈がくるのをずっと待った。
待ち始めて2時間、時間は夜の7時になっていた。
「莉奈…本当にきてくれないの?」
不安で潰されそうになったとき、人影が見えた。
莉奈だった。
「莉奈…」
「本当に…待ってたんだ」
莉奈は、ばつが悪そうな顔をしている。
待たせたことに罪悪感にかられていた。
やはり莉奈は陸を心の底から嫌いにはなっていないのだ。
「私…莉奈に本当のことを話す。
その代わり、この話は誰にも絶対にしないって約束して」
「う、うん…」
「今から話すことは…お父さん、お母さん、お姉ちゃん、病院の関係者、
それと…佐竹先生しか知らないから」
「病院の関係者?それに佐竹って…」
「莉奈が私にとって一番大事な友達だから…莉奈にだけ話すってことを忘れないで」
あまりに陸が真面目に言うので、
莉奈は触れてはいけない部分に触れてしまったのではと後悔し始めていた。
しかしもう後戻りはできない。
「佳祐がさ、いつも事故の話するでしょ」
陸はすべてを話すつもりだったので、あえて佳祐と呼んだ。
いつも「先生」もしくは「バカ」と呼んでいたのに
陸が「佳祐」と呼んだことに莉奈は驚いた。
「親友が事故で死んでって言っている親友が…私なの」
「どういう…こと?」
「私は2004年の夏まで田中陸という18歳の男だったの」
「意味が…わかんないよ…」
莉奈はパニックになっている。
当然だ、誰でもこんな話を真面目にされれば訳がわからないが
今さらやめるわけにはいかない。
陸は話を続けた。
「陸は夏休み、大学の受験勉強をするために図書館に向かった。
その途中、隣に住んでる小学5年生の女の子、佐久間希美ちゃんに出会い、
希美ちゃんは小学校のプールへ行くので途中まで一緒に歩いていった」
「希美ちゃんってまさか…」
「莉奈、最後までとりあえず聞いて。
そして信号を渡っていたら点滅したから急いで歩いた。
そのとき猛スピードでトラックが左折してきて、
陸は自分がよければ助かったかもしれなかったのに…
気がついたら希美ちゃんを突き飛ばしていた。
全身がバラバラになったような衝撃だったよ。
あ、死ぬんだって理解した。
ところが目が覚めたら病院のベッドの上だった。
最初は何で病院?って思ったけど、徐々に事故の記憶が戻ってきて
あ、死ななかったんだって思った。
ところが身体が違っていた、10歳の女の子だった。
病院の先生が言うには、
その頃細胞から人を作り出すクローンの研究を政府認定でしていて、
私がそれに選ばれたの。
どうやら脳だけは生きていて、
そのクローンに脳を移植すれば生き返ることになるってことだった。
私の細胞は無事胎児になった。
けど、その胎児は男にはならなかった。
私の両親は男じゃなくてもいいから生き返らせてと頼み、研究は続けられた。
胎児は1年かけて無事赤ちゃんになって、私の脳は移植された。
ところが脳と身体がうまくシンクロしなくて目が覚めるまでに10年が経っていた。
それが私、佐久間愛花なの」
「そんな…うそ…」
「嘘じゃないよ、正直戸惑ったし。
いきなり10歳の女の子だよ、
希美ちゃんなんか22歳で、陸の年よりも上になっていたからね。
しかもね10年のあいだに本当の両親は事故でなくなっていたの。
それで私は佐久間家に引き取られ、養女になった。
希美ちゃんを庇ったためにこうなったっていう、せめてもの罪滅ぼしだったんだと思う。
希美ちゃんの両親は私の両親になり、希美ちゃんは姉になった。
10歳の私は小学校に通わなければいけなくなり、最悪だと思った。
18歳の男が10歳の女の子として小学校になんて笑えなかったし。
お母さんやお姉ちゃんは友達作れって言ったけど、友達なんて作る気はなかった。
18歳が10歳と友達なんてなれるはずないでしょ。
そんなテンションで行った小学校初日、憂鬱な中、
私に一番最初に話しかけてくれた子がいた…莉奈だよ」
「うん…そのことはよく覚えている」
「正直、うざいと思った。
友達なんて作る気なかったもん。
適当にあしらうつもりだった、それなのに莉奈は超近所という偶然、
しかも遊びたくなかったのに遊ぶことになった」
「愛花…」
「勘違いしないで、それはあのときの気持ちだから。
これでわかったでしょ、私があのとき難しい小説を読んでいたことや
少女漫画に興味がなかったこと」
「うん…」
「勉強が得意だったのも頭がいいからじゃない、習っていたからなの。
さすがに中3くらいからは真面目に勉強しないと厳しかったけどね。
でも不思議だよね、友達なんかいらないしなれるはずないって思ってたのに…
莉奈と毎日いるうちに莉奈は友達になっていた。
それだけじゃない、自然と同学年のみんなが興味持つものに興味が湧いてきて、
みんなとも仲良くなりたいと思うようになっていった。
そこで気づいたんだ、私はもう田中陸っていう18歳の男じゃなくて
佐久間愛花っていう10歳の女の子なんだって。
そしたら毎日が楽しくなった。
その隣には莉奈が必ずいた、莉奈は私にとってかけがえのない親友になってたんだよ。
そこから先は莉奈が知っている通り、
みんなと同じように私も成長して中学3年生になった。
嫌な思い出もあるけど、私は順風満帆だった。
ところが、3年生初日、思いがけない人物が目の前に現れた。
そう、佐竹佳祐…佳祐は陸の親友だったの。
真剣に悩んだよ、話すべきか黙っておくべきか…
でもね、佳祐がさよならも言えなかったって言ったのを思い出して
ちゃんとさよならを言うためにすべてを話した。
それ以降は先生と生徒に戻ったつもりだったんだけどね…
莉奈に見抜かれたってことは戻れてなかったんだね。もう陸じゃないのに…
これが私の真実、もし莉奈が私と友達を続けられないっていうならいいよ。
だって私、本当は18歳の…」
「愛花、ごめん!ごめんなさい!!」
「莉奈…」
莉奈はボロボロ涙をこぼしていた。
こんなに泣いている莉奈はあの事件以来…いや、それ以上だ。
「愛花がこんなつらい過去を持っていたなんて知らなかった、
話せなくて当然なのに…私…本当にごめんなさい!」
「莉奈、わかってくれてありがとう。
そして今までありがとう、卒業まで顔を合わせるけど我慢して、
それ以降はほとんど会うことないから」
「何言ってるの…なんで我慢するの、なんで会わなくなるの」
「だって私は陸っていう18歳の男…」
「愛花は愛花でしょ!今までもこれからも愛花は私の一番大事な親友なの」
「莉奈…本気?」
「当たり前じゃん!そんなこと聞かないでよ…愛花のバカ」
「ありがとう…莉奈、ありがとう!」
陸は嬉しくて涙が溢れていた。
そして2人は抱き合って泣きじゃくった。
「こんなに身体冷えちゃって…ごめんね」
「ううん、いいの…それよりもう謝るのやめよう。だって怒ってないんだから」
「ありがとう…でも今回のことで私分かった。
親友でも言えないことがあるってことを…それなのに」
「もういいってば、私、正直に言うと莉奈に話せてスッキリしたし」
「うん…帰ろう愛花」
「うん」
涙を拭いて、仲良く家に向かった。
今までのケンカが嘘のようにいつも通りだった。
「愛花、今日帰ったら勉強するの?」
「うん、そのつもりだったんだけど…嬉しくて勉強にならないかな。
だから明日から本気で頑張る!」
「私も同じ、嬉しくて勉強できそうにない…だから泊りにこない?」
「行く!」
「じゃあ一緒にお風呂入って暖まろ。私が待たせたせいでこんなに冷えちゃったから…」
「いいの?だって私…」
「今さら何言ってるの?今まで何度も一緒にお風呂入ったり着替えたりしてるくせに」
「だよね!寒いから早くお風呂入りたーい」
久々に莉奈と一緒に入るお風呂は楽しかった。
まったく恥ずかしくもなく、莉奈も恥ずかしいと思っていない。
真実を知ってもお互い同性の女の子という認識しかしていなかった。
一緒にベッドに入って眠りについた。
こんなに心地よく、ぐっすり眠れたのは久しぶりだった。
翌日、莉奈と仲良く学校へ行くと、みな実や麻理恵が「仲直りしたの?」と
嬉しそうに聞いてきた。
「なに言ってるの?私たちずっと仲いいよ。親友だもんね」
「うん、一番大事な親友だよ!」
今まで以上に仲良くなった、陸はそう確信していた。
あとは残り6日間、死ぬほど猛勉強するだけだ。