卒業に向けて
12月、あと数か月で卒業を迎える6年生は、
卒業アルバムとは別に各クラスで卒業文集を作ることになっている。
基本的には学校の思い出や将来の夢を書くのだが、
それ以外にちょっとしたミニコーナーみたいなものを作り、
それらを一つにして卒業文集になる。
そのミニコーナーを作る係は男子4人、女子4人の計8人。
陸はそれに選ばれていた。
推薦したのは早苗だ。
メンバーには仲がいいみな実もいる。
そして今日は、その第1回目の会議が放課後に行われた。
初回というので早苗も立ち会っているが、
基本的には児童たちに任せるつもりでいる。
「どうするか、何か案がある人?」
男子の佐藤健太がみんなに意見を聞くが、誰も答えない。
特にこれというのが思い浮かばないのだ。
ポツポツ案はでるが、どれも微妙なものばかり。
まったく進まないので在り来たりだが、陸はある提案をしてみた。
「アンケートはどう?例えば学校で一番楽しかったこととか、好きな歌手、
アニメ、そういうのをクラスみんなに書いてもらってまとめるの。
で、それを大人になったときに見たら、当時はこんなの流行っていたな
とか昔は好きだったなとか懐かしくなるんじゃないかな」
「それいいね、それにしようよ!」
7人全員が賛同したので、それに決定した。
こうなると次はアンケートの内容だ。
みんな好き勝手言って、まったくまとまらない。
好きな食べ物、好きな歌手、学校の思い出、そんな言葉が飛び交う中、
男子の伊藤侑司がとんでもないことを言い出した。
「クラスでカッコいい人、可愛い人は?」
「そんなの書けるはずないじゃん、何言ってるの?」
「そうだよー」
女子は猛反対、それでも男子はノリノリだ。
「いや、絶対に面白いって」
「なあ、誰がモテるか知りたいじゃん」
更に健太がとんでもないことを言った。
「俺、女子はたぶん佐久間だと思うぜ」
「え?」
俺もそう思うと、他の男子も続いた。
「ちょっと、本人の前でそういうこと言う?最低」
「だって結構多いんだぜ、佐久間がいいって奴。
可愛くて女らしくて、それでいて大人っぽいっていう」
男子と女子で言い合いになっている。
当本人の陸は戸惑うばかりだった。
そんなこと感じたことがなかったからだ。
○○くんが愛花のこと好きなんだって、という噂も聞いたことがないし、
陸自身も最近は恋愛に興味を示していなかった。
この話になったとき、隼人のことを思い出した。
それまですっかり隼人のことを忘れていたくらいだ。
人は会わなければ忘れる、これは紛れもない事実だった。
「私は仮にそれで一番になっても嬉しいと思わない」
「佐久間…なんで?」
「別に私はモテたいとか人気者になりたいなんて思ってないし、
このアンケートはみんなの楽しい思い出として残したいの。
一人でも嫌な思いをしたら、それは楽しい思い出じゃなくなる」
「私も愛花の意見に賛成」
みな実が言うと、他2人の女子も続いた。
男子は気まずくなり、「わかったよ」と諦めてくれたが、
そのあと無言になってしまった。
誰かが次に進めないとこのままになると悟った陸は、
自らが先頭に立つことにした。
「とりあえずさ、今まで出たアンケートをまとめようよ。私、黒板に書くから」
陸は黒板の前に行き、チョークを持った。
「えーと、好きな食べ物でしょ、歌手でしょ、あと何だっけ?」
黒板に書いていくと、ポツポツと他の子が言葉を発していき、
やっと元の状態に戻った。
気がつけば陸がリーダーのような立場になっていた。
陸が出た案を整理しようとしたら、ここで早苗が割り込んできた。
「今日はここまでにしよう、時間も遅くなってきたしね」
時計は夕方の5時を指していた。
続きは後日ということで、この日は解散になった。
次の会議でアンケートの内容が固まり、今後は取ったアンケートの集計、
デザインといった作業に繋がっていく。
最終的に完成したのは年をまたいだ1月中旬だった。
みんなでぶつかり合いながらも協力して、一つのものを作り上げる、
成長する過程でとても大切なことだ。
このときばかりは男女問わず手を取り合って喜んだ。
数日後の夜、陸はココアを飲みながら卒業文集に載せる作文を書いていた。
何をテーマに書くか、そこで行き詰ってしまい、まったく進まない。
「あー…どうしよう」
伸びをしてから肩の力を抜くと、どことなく胸が苦しく感じた。
まだ生理の時期じゃないし…また大きくなったかな。
この頃になると陸の胸はBカップになっていた。
小学生では明らかに大きいほうだ。
ブラも今ではワイヤー付きのものになっている。
「なんか成長するのも毎日が過ぎるのも早い、
なんかあっという間に本来の年齢になっちゃいそうだ」
独り言をつぶやいていたらピンときた。
10年後の自分へメッセージを書こう!
10年後というと、22歳。
つまり実年齢の18歳より4つ上、
愛花として生活を始めた希美と同じ年齢になる。
あのときの希美は18歳の陸の精神より年上のしっかりしたお姉さんだった。
私も…あんな風にしっかりなってるかな?
陸はイメージを膨らませながら一晩で書き上げた。
それを早苗に提出すると、後日呼び出された。
「作文読んだよ、表彰したいくらいよかった」
「ホントですか?」
「うん、ちょっと他の子と差がついちゃうくらいね。
たまにね、愛花ちゃんが小学生に見えないときがあるの。
ませてるとか大人っぽいっていうんじゃなくて、この子は大人だなって」
「そんなことないですよ…」
「最初は言葉遣いとかしっかりしてる、って思うくらいだったんだけどね。
クラスのみんなへの接し方とか態度みてると、
もう一人先生がいるんじゃないかと思ったこともあったよ。
たとえば、最近だと文集に載せるアンケートの話し合いをしていたときかな。
誰が一番モテるかってなったときに女子のみんなが反対したでしょ。
あれって反対した理由が自分の名前がなかったら嫌だっていうのが
一番の理由だと思うんだ。
でも愛花ちゃんは、それを具体的にわかりやすく反対意見を述べたでしょ。
これを見たことで誰かが嫌な気持ちになるかもしれないって。
つまりそれが名前の載らなかった子たち、
誰だって本当はカッコいいとか可愛いって思われたいからね。
それでも愛花ちゃんは自分のことは二の次にして、
そういう子たちの気持ちを考えたもんね。
もし賛成ってなったら先生が同じ理由で止めようと思ったんだけど、
愛花ちゃんが止めてくれたから何も言わなかった。
もっとさかのぼると、4年生のいじめのときかな。
普通はいじめてた子と仲良くなるなんてできることじゃないよ、
それを実践しちゃうんだもん、すごい子だなって思った。
寛大というより大人だなって」
「あれは本当に裕美たちとも仲良くなりたかったからで…」
「仮にそうだとしても、そう思えることが立派だよ」
早苗はしっかりと陸のことを見ていた。
本当は小学生じゃないことに気づいているのではないかと不安になってきた。
「それ以外にも人がされたら嫌なこととか絶対にしなかったよね。
言葉ではわかっていても子供はやってしまう、けど愛花ちゃんは絶対にしなかった」
「先生…何が言いたいんですか?」
「お礼…かな」
「へ?」
「愛花ちゃんがいてくれたから、クラスはまとまっていたし、
私もずいぶん助けられたから。
正直に言うとね、結構頼ってた。
文集まとめるのも、愛花ちゃんがいれば大丈夫って思ったから推薦しちゃったの」
「そんなことないです、先生がいたからクラスはまとまっていたんですよ!」
「ありがとう、でも間違いなく愛花ちゃんの力もあってだよ。
だからね、本当に愛花ちゃんが先生になるのを待ってる、そうすれば心強いもん」
「私、頑張ります!」
バレたわけではなかったが、早苗は陸をかなり大人として見ていた。
やはり陸の精神は身体の成長とともに自然と18歳に戻っていたのかもしれない。




