バレンタインデー
翌日、リビングに行くと彰がいたのでチョコを渡した。
「はい、お父さん。バレンタイン」
「おお、くれるのか。ありがとう」
彰が袋を開けてチョコを取り出した。
「手作りか?」
「うん、昨日お姉ちゃんと作ったんだ」
「そうか」
彰は嬉しそうにチョコを口に入れた。
「うん、うまい!」
「よかったねぇ、お父さん」
奥で美智子が微笑んでいた。
ほのぼのした幸せな家庭の雰囲気だ。
それが陸は心地よかった。
「遊んでくるね」
「気をつけてね」
「はーい」
陸は、いつも通りラフな格好で元気に家を出て自転車に乗り、みんなと合流した。
集まったのは、莉奈・美咲・綾、そして陸の4人だ。
みんなでバレンタインを交換してから雑談をして別れた。
今度は麻衣と裕美、それと最近仲良くなった水野真理と合流して
同じように交換して話をして帰った。
家に戻り、今度は隼人に渡しに行く番だ。
前に一緒に帰ったとき、隼人は服や髪型をほめてくれたので
どうせならオシャレをしていこうと考えていた。
タンスからミニスカートと黒のニーソックスを取り出し、着替えた。
髪の毛も…やったほうがいいかな。
陸は髪をうまく結べない、こうなると頼る人物はまた一人しかいない。
「お姉ちゃん…」
すると希美は出かける支度をしていた。
「あれ、そんな格好してどうしたの?自分からスカート履くなんて初めてじゃん」
「う、うん…それより出かけるの?」
「まあね」
今日の希美はいつも以上にオシャレをしていた。
よく嗅ぐと香水の匂いもする。
「ひょっとしてデート?」
「そんなこところかな、バレンタインだしね」
希美がやっと自分の人生を楽しみだしたことが陸にはとても嬉しく、
心の底からニコッとしていた。
「それよりどうしたの?」
「あ、髪…やってほしかったんだけど…忙しそうだからいいや」
「ははーん、男の子にチョコ渡しに行くんだ。やっぱり本命がちゃんとあるんじゃない」
「うん…」
「仕方ない、ちょっと待って」
希美はスマホを取り出して電話をかけ始めた。
「もしもし、ごめんね、30分遅らせてくれる?うん、ちょっとね…あとで説明するから。
うん、じゃあ後でね」
希美が電話を切ったので陸は慌てて言った。
「そんな、いいよ!早く行って」
「大丈夫だよ、わかってくれたから。
それよりも妹が好きな男の子にチョコ渡すほうが大事なの。
ほら、座って。今日はいつも以上に特別な風にしてあげるから」
鏡の前に座らされ、希美が髪をセットしていく。
もう陸にとって希美は頼れる大事な姉でしかなかった。
いつもより高い位置でツインテールを作り、今までにない雰囲気になった。
「まだ終わりじゃないよ」
そういって取り出したのはコテだった。
コンセントに差し込み、電源を入れる。
「暖まるまでちょっと待ってね」
「それで何するの?」
「テールの部分を緩く巻くの、絶対に愛花なら似合うよ。
ちょっとおませさんになるけどね。もういいかな」
コテを使って陸のツインテールは緩く巻かれた。
「うん、かなりいい感じ♪」
鏡の自分はとても可愛く映っている。
髪型一つでこんなにも変わるものだということを実感していた。
「すごい…」
「コテは使わなくても、自分でいろいろ出来るようにならないとね。
今度教えてあげるから」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「さ、行って頑張ってきな」
「うん、お姉ちゃんもね」
陸はお気に入りの赤いダッフルコートを着て玄関に向かった。
「愛花、また出かけるの?あれ、その恰好どうしたの?」
「ちょっとね」
少し顔が赤くなったので美智子はすぐに理解した。
「ははぁ、頑張ってね」
「う、うん…」
「ただし早く帰ってくるのよ」
「わかってる、いってきます」
自転車で10分ほど漕いで、隼人のマンションに着いた。
時計を見ると4時55分、いいタイミングだ。
問題はいきなり隼人の家を訪ねていいのか、ということだ。
いざ好きな男の子の家に行くとなると緊張する。
「愛花…?やっぱり愛花か」
声がしたので振り向くと裕美がいた。
「裕美!」
「心配で見にきたんだ。それより…今の愛花、すごく可愛い」
「あ、ありがとう」
「気合入れすぎなんじゃない?」
「やっぱり…?」
「まあいいけどね、学校でもそういう風にすればいいのに。
そんなことよりどうするつもり?」
「家に行こうか迷ってた…」
「愛花のことだからそんなことだろうと思った。仕方ないなぁ」
裕美は携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。
「お母さんに電話借りてきたの。もしもし、裕美です。おばさん久しぶり…
あの、隼人くんいます?」
裕美は隼人と幼馴染みたいなものと言っていたので、
隼人の親とも知り合いらしい。
「もしもし、ちょっと下まで来て。いいから!は?違うよバーカ!いいからすぐ来て」
そう言って裕美は電話を切った。
「俺にチョコくれるの?だって。バカじゃない、私じゃないっつーの。
じゃあ後は頑張ってね」
「うん…裕美、ありがとう!」
裕美は手を振って帰って行き、少しすると、隼人がマンションから降りてきた。
わー…すごく緊張する。
ドキドキしながら陸は隼人に近づいた。
「田辺くん…」
「佐久間?」
隼人は陸の姿に見とれていた。
「あ…そ、それより裕美知らない?」
「裕美に田辺くんを呼んでもらったの、用があるのは私…」
たかがバレンタインのチョコを渡すだけなのに、
こんなに緊張すると思わなかった。
今の陸は恋する乙女だった。
「これ…バレンタイン…」
陸はドキドキしながらチョコを隼人に手渡した。
「俺に…」
「うん…」
「ありがとう!」
このときの嬉しそうな隼人の顔は一生忘れないだろう。
その顔を見て陸も自然と笑顔になった。
「佐久間…その髪型、すごくか、かわいいよ」
「本当?ありがと!じゃあまた明日ね」
「うん、わざわざありがとう」
陸は隼人に手を振って自転車に乗った。
小学生だから告白などはしない。
それでも両想いというのは、とても幸せだ。
「渡せたー!」
陸は自転車を漕ぎながら叫んでいた。