隼人の気持ち
地元に戻ってきた祥吾だったが、実家ではなく一人暮らしをする。
両親がいると気を使ってしまう部分がある。
このほうが気軽に会えるので、愛花は内心喜んでいた。
ちなみに、愛花も祥吾もお互いの両親には紹介済みなので、
そういった心配もなくなっている。
このまま数年後には結婚するような雰囲気にもなっていた。
そんな愛花は、新婚気分で祥吾の物件探しを一緒にしていた。
「あまりいい物件なかったね」
「そうだね、次の不動産屋に行ってみるか」
そういって歩いていると、正面からひと組の家族が歩いていた。
愛花は、それをみて固まってしまった。
なんで…今出くわすの?
それは隼人と沙織、そしてその子供だった。
隼人は年齢以上に老けていて、片手に買い物の荷物を抱えている。
もう片方の腕で子供を抱っこしていて、子供は男の子で隼人にしがみついていた。
沙織はというと、自分のバッグだけを持ち、バッチリおしゃれを決め込んでいる。
なんとなく想像はついていたが、ここまでひどいとは思わなかった。
間違いなく沙織に母親の自覚はない。
子守もきっと、隼人がすべてやっているのだろう。
その2人が愛花に気づいた。
愛花は無視をしようと思ったが、沙織が勝ち誇ったかのように声をかけてきた。
「愛花さん、久しぶり」
「そうだね」
愛花が素っ気なく返事をして隼人を見た。
すると、目を逸らして何も答えなかった。
「知り合い?」
祥吾が聞いてきたので「一応」と答えた。
「一応じゃないでしょ、元彼って言えばいいのに」
沙織の性格の悪さは、以前よりもひどくなっていた。
「そう…なんだ…」
少しショックを受けていた祥吾が、隼人を見て「あれ?」と考えだした。
「お前…田辺か?」
ここで初めて隼人も口を開いた。
「俺のこと知ってるの?」
「やっぱり!小学1、2年の時に同じクラスだった小林祥吾だよ」
隼人は少し考えて「ああ!」となった。
2人が知り合いだったことに愛花は驚いたが、
考えてみれば隼人は途中まで同じ小学校だったので、知っていてもおかしくはなかった。
だが、これ以上の会話はなく、沙織だけが嫌味を言っていた。
「愛花さんは別れたくなかったみたいだけど、結局わたしたちはこうなる運命だったの。
まぁ、愛花さんもパッとしないけど彼氏できてよかったじゃない」
カチンときた。
自分のことは我慢できる。
でも祥吾の悪口だけは許せなかった。
「謝って…」
「は?何を?事実を言ってるだけじゃない」
「祥吾に謝ってよ!あんたみたいな薄っぺらい女に祥吾の何がわかるの?
隼人の何がわかるの?わたしは隼人と別れたことは後悔していない。
でも、こんなみっともない…情けない隼人は見たくなかった!
隼人をこんな風にしたのはアンタだよ!」
祥吾のことだけを言うつもりが、勢いで隼人のことまで言ってしまった。
それでも隼人は何も答えなかった。
「負け犬の遠吠えね」
これでも沙織は勝ち誇っている。
昔からそうだが、沙織には何を言っても無駄なのだ。
愛花が言い返そうとすると、祥吾が手を出して止めてきた。
「もういいよ、愛花」
「でも…」
祥吾は隼人を見て言った。
「田辺、俺はお前に感謝してるよ。愛花と別れて、こんなバカ女を選んでくれたんだ。
そのおかげで、俺は愛花とこうやって付き合うことができた」
「祥吾…」
「誰がバカ女よ!」
「お前だ」
祥吾は沙織を思いっきり指さししていた。
基本的に穏やかで、たまに子供っぽい祥吾が、
こんなに感情的になって怒る姿ははじめてだった。
祥吾も愛花と同じで、自分をけなされたからではなく、
愛花をけなされたから怒っているのだ。
これだけ言われても、隼人は何も答えない。
「田辺、愛花をけなされて、今の奥さんもけなされて、お前は何も言わないんだな。
情けない、最低だよ」
激しい言い合いで、隼人の子供が泣き出していた。
祥吾も愛花も、これ以上は何も言うつもりがなかったので、
隼人たちを置いて先へ進んだ。
すると、後ろから声が聞こえてきた。
「後悔してるよ…ずっと後悔してるよ!」
それは隼人の声だった。
愛花たちはそれを聞いて思わず足を止めたが、振り向くことはしなかった。
「愛花と別れた日からずっと後悔してるんだよ…この女と付き合っているときも、
結婚しても、一日も愛花の存在を忘れた日はなかったよ!今でもずっと!!」
隼人の心の叫びだった。
しかも、沙織のことを「この女」と言っている。
溜まっていたものが爆発した瞬間だった。
「別れる前に戻ることができたら…何度そう思ったか…
出来ることなら、今すぐこの女と別れて愛花を抱きしめたいんだよ!」
隼人…今さら遅いんだよ…
もうわたしの心は完全に離れちゃってるんだから…
「ちょっと隼人、何言ってるの?わたしと別れたいだなんて…」
「うるさい!お前とはもううんざりだ!」
沙織と付き合わなければ、こんな早く結婚することはなかっただろう。
ちゃんと大学に行き、就職して、
愛花と同じように来月から新社会人になっているはずだった。
沙織を選んだ隼人が一番いけないが、沙織と付き合ったことで
人生すべてが狂ってしまった。
隼人は、5年近くかかって、やっと本音を沙織にぶつけた。
「うんざりって嘘でしょ…?別れるつもり?子供はどうするの??」
「俺が育てる。お前は母親らしいことを何一つしてないからな。
ご飯作るのも俺、食べさせるのも俺、オムツ替えるのも俺、お風呂に入れるのも俺、
お前は何一つしていない、それどころか自分の服ばかりに金かけやがって…
お前は最低の女だ!」
後ろから沙織の泣く声が聞こえる。
完全に夫婦の話に切り替わっていたので、愛花たちは歩き出そうとした。
すると、隼人が祥吾を呼んだ。
「小林!俺は今すぐにでもお前から愛花を奪いたい!」
隼人…本気なの?
一瞬、愛花の気持ちが揺らいだ。
わたしはまだ…隼人のことが好きなの?