信じる
家に帰ると、とても賑やかだった。
久しぶりに希美が来ているらしい。
男の子の声もする。
どうやら海斗も一緒だ。
「ただいま!」
「おかえりー」
最低限のメイク、ラフな格好、久々に見る希美は、すっかりお母さんになっていた。
「愛花ちゃん、久しぶり」
「海斗!大きくなったね」
海斗は今年で6歳になる。
来年からは小学生だ。
こないだまで、あんなに小さかったのに、子供の成長は早いなと思った。
「海斗、愛花は来年から小学校の先生になるんだよ。
海斗もいっぱい勉強おしえてもらえるね」
「勉強やだー」
海斗が逃げ出すと、みんなで笑っていた。
「まだ試験受かってないから、先生になれるかわかんないよ」
「何言ってるの、愛花なら大丈夫だって」
さっき佐川に言われた言葉を希美にも言われた。
そうだね、頑張るよ!
「海斗、一緒に遊ぼうか」
実習は無事に終わった。
今日くらいは海斗と遊んで楽しく過ごそうと思った。
試験まであと一週間、もうやれるだけのことはやった。
あとはリラックスして過ごすことにした。
愛花が一番リラックスできること、それは祥吾と一緒にいることだった。
なんとなく良さそう、それが付き合い始めたキッカケだったのに、
今では愛花にとって大事な存在になっていた。
この日も、祥吾のところに泊まりに来ている。
「愛花が来てくれるのは嬉しいけどさ、本当に試験大丈夫なの?」
「うん、もうやることはやったしね。それにさ、明日が何の日かわかってるでしょ?」
「もちろん!俺が超大物を釣った日だ」
「そうだよ、わたしが釣られた日なんだから一緒にいたいの」
2人は相変わらず、釣りによく行く。
なので、やり取りを釣りに例えることも多かった。
部屋でまったりしていると、テレビでニュースが流れていた。
「次のニュースです。新宿区の路上で覚せい剤取締法違反の容疑で男が逮捕されました」
特に興味があるわけではないが、なんとなく2人はニュースを見ていた。
「今日午後、新宿区の路上で、覚せい剤を密売していたとして、
鈴木信也容疑者を現行犯逮捕しました。鈴木容疑者は、大量の覚せい剤を所持しており…」
名前を聞いたとき、まさかと思ったが、顔写真を見て確信してしまった。
9年も前のことなのに、あの頃の嫌な思い出が蘇ってくる。
「あいつ…逮捕されたんだ…」
ただでさえ最低だったのに、逮捕までされるような男に処女を奪われたのは、
ショック以外なにもない。
すると、すぐに豪、隼人、蒼佑のことを次々と思いだしてしまった。
どれもいい思い出はない。
すごく楽しかったはずの隼人との思い出も、今では嫌な過去でしかない。
自己嫌悪に陥りそうになった。
そのとき、祥吾がテレビを消した。
祥吾も同じ中学校なので、伸也のことは知っている。
このニュースを見て、愛花が動揺していることに気づいたのだ。
そして、祥吾が力強く抱きしめた。
「過去なんて関係ない!俺はずっと愛花を大事にするから…
約束したろ?絶対に逃がさないって」
そうだ…わたしには祥吾がいる…
愛花は祥吾の腰に手をまわした。
「だったら…逃げないようにちゃんと押さえててよ」
「だからこうやって押さえているだろ」
「うん…祥吾のこと信じてるからね」
「当然だ、俺も愛花のことを信じているから」
祥吾の愛花を想う気持ちが再確認できた。
それだけで十分だった。
祥吾は今までの男と違う、そう思いながら愛花は祥吾の温もりを噛みしめていた。