過去を重ねながら
一週間後、愛花はついに授業をやる日になった。
緊張などしていられない。
愛花は決心して教壇に立った。
「はい、ではこないだの続きをやります。教科書の30ページを開いてください」
いざ始めると、思った以上にスムーズに授業ができたのでホッとした。
漢字の書く練習になったので、みんながちゃんと書けているか歩きながら見てまわる。
そういえば…転入初日もこんな授業だったな。
今さら漢字?なんて思いながら書いてたっけ。
懐かしいな…
そんなことを考えていたらチャイムが鳴っていた。
「あっ…こ、これで授業は終わりです」
職員室に戻ると、授業を見ていた佐川が評価を出してくれた。
「まあ、いいんじゃないかな。けど佐久間先生、後半ボーっとしてたでしょ」
「あ…す、すいません」
「昔のことを思い出してたかな?」
「はい…わたし転入生だったんです。
その初日に漢字書いたっけって…以後気をつけます…」
怒られると思ったら、佐川はニコニコしていた。
「成績優秀だったんだってね。過去の資料を見させてもらったよ。
4年から6年まで学年でトップ、すごいじゃないか」
「い、いえ…そんなことないです」
だって、習ってたからで…
とは口が裂けても言えない。
「じゃあ、引き続き頑張って!」
とりあえず大丈夫みたいだったので、安心した。
こんな感じで、愛花は徐々に他の科目も教えるようになり、
クラスの生徒たちとも馴染んでくるようになった。
給食の時間、一緒に食べていると女の子たちが話しかけてきた。
「先生って、この学校だったんでしょ?」
「そうだよ、しかもこのクラス」
「ホントに?すごーい!先生ってどんな小学生だったの?」
「んー…大事な友達とよく遊んでたかな」
愛花は真っ先に莉奈のことを思い浮かべていた。
バカらしいと思っていた小学校が楽しく思えたのは莉奈がいたからだ。
「その人は今も友達?」
「もちろん、今も大事な親友だよ。わたしの一番の友達だもん。
友達ってね、生きてくうえで絶対に必要なものだから、
みんなも親友って思える大事な友達をちゃんと作ってね」
すると、「はーい」と返事が返ってきた。
子供は素直でいいな。
ところが、子供は嫌だと思うような質問を次にされた。
「好きな男の子はいたの?」
それを聞くの?
思い出したくないのに…
はぐらかそうと思ったが、ふと早苗のことが思い浮かんだ。
早苗は、自分たち小学生が相手でも恋バナをしてくれた。
小学生でもちゃんと女と見てくれていた。
そんな早苗に憧れて教師になろうと思ったんじゃなかったのか。
ちゃんと答えてあげよう。
「いたよ、背が小さくて野球をやっていた男の子」
「えー!両想い??」
「多分ね!」
今は気持ちが離れて、もう何年も会っていないけど、
あのときは間違いなく両想いだった。
「みんなは好きな男子いるの?」
「わたしはねー…」
女の子たちは嬉しそうに好きな男子の話を始めていた。
そっか、話したかったんだ!
愛花は笑顔で話を聞き、小学4年の女の子たちと恋バナで盛り上がった。
実習最終日、愛花はこの日すべての授業とホームルームを担当した。
それも無事に終わり、最後の挨拶になった。
「短い間でしたが、みんなのおかげで、無事に実習を終えることができました。
先生って呼ばれるのがすごく嬉しかったし、授業以外にもいろんな話が出来て
わたし自身が楽しんでました。ありがとうございました」
愛花がお辞儀をすると、クラスの学級委員長が寄せ書きを渡してくれた。
一生の宝物になる、愛花は涙を浮かべながらお礼を言った。
職員室でも、校長をはじめ、各教師に挨拶をすると、
愛花が一番お世話になった佐川がニコニコしながら握手をしてくれた。
「次に会うときは同僚だね」
「そうなれるように試験頑張ります」
「佐久間先生なら大丈夫、自信持って頑張って」
佐川は最後まで笑顔が絶えない、素敵な教師だった。
愛花が目標としている早苗とは違うタイプだが、佐川のことも尊敬していた。




