エスカレートするいじめ
次の日、教室へ行くと机にチョークで悪口が書いてあった。
バカ、ブス、ちょうしにのるな、などと書いてある。
麻衣と裕美はそれをみてニヤニヤしていた。
「はあ…」
陸はため息をついてから雑巾で机の上を拭いた。
この日を境に2人のいじめはエスカレートしていき、体育着を隠されたり
ノートに落書きをされたりした。
机の落書きは毎日行われている。
ある日、陸が莉奈たちに帰ろうと声をかけると「ごめん、今日はちょっと」と
言われてしまった。
どうやら陸と仲良くしていることでいじめのターゲットになるのを
恐れているのだ。
「そっか、じゃあね」
この日から陸は一人で登下校するようになり、学校内でも孤立していった。
陰険ないじめは留まることを知らない。
いつの間にか、陸が触れた物は汚いという扱いになっていた。
「ちょっと、佐久間さんが触ったやつじゃん」
「わー、手洗わないと」
これは麻衣と裕美じゃない別の子の会話だった。
いじめはクラス全体に蔓延していたのだ。
莉奈たちはそこまでしないが、気づかないふりをしている。
陸は自分自身に大丈夫、と言い聞かせ学校に通い続けた。
子供のいじめなんて堪えるはずがない、
そう思っていたが、ここまでになると陸の精神も限界にきていた。
家に帰ると、いつも通り美智子が「お帰り」と言ってくれる。
「ただいま…」といって部屋に戻ると、そこに美智子がやってきた。
「愛花、最近元気ないよ。やっぱりいじめが…」
美智子に「いじめ」と言われ陸の目に涙が溜まっていた。
それに気づいた美智子は陸をぎゅっと抱きしめた。
「やっぱり辛かったのね、ごめんね気づいてあげられなくて」
「お…かあさん、お母さん」
陸は美智子にすがりつき、大声で泣いてしまった。
いじめに年齢は関係ない、誰でもいじめられれば辛い。
それを陸は18歳というのを理由に耐えてきたが限界に達してしまったのだ。
散々泣いて、涙が枯れてから今後のことを美智子と話し合った。
「先生に相談しようか」
「それはダメ!」
先生に言えばいじめは更にエスカレートする、
子供は大人が見ていないところでいじめるのが得意というのを
陸は今までのいじめで理解していた。
「そう…莉奈ちゃんたちは?」
「私と仲良くしてるといじめられちゃうから…」
「そうなのね、子供の世界って残酷…」
本当に残酷だ、大人と違って人の気持ちを理解しないので
いじめられる人の気持ちなど考えない。
「愛花はいじめられっぱなし?言い返したりしないの?」
「うん、だって小学生に言い返すなんて…」
「愛花!それがダメなのよ。確かに愛花は18歳の男の子だった、でも今は違うでしょ。
無意識にクラスの子たちを見下したりしてたんじゃない?」
「それは…」
否定できなかった。
くだらないと思うし、莉奈たち以外とは仲良くもしなかった。
それはつまり、同級生たちを見下していたということになる。
「愛花、本気でぶつかりなさい。相手は年下じゃないの、愛花と同じ年の子なの。
きっと愛花がクラスの子たちを自分と同じ同級生って見れば大丈夫なはずよ」
美智子の言っていることは正論だと思った。
心のどこかで本当は莉奈たち以外とも仲良くなりたいという気持ちがあるのを
知っていたからだ。
最初は友達なんて作らないと思っていたが、実際に小学校へ行き、
小学生をやっていると、無意識に同級生の友達を求めていたのだ。
環境がそういう心理にしたのかもしれないが、
陸はもう精神的に小学4年生の女の子になっていた。
18歳という感情はプライドだけしかないのだ。
「うん、やってみる…」
翌日、学校へ行き、いつも通り落書きを消してから席に座った。
いざ、言い返そうと決心しても実際は簡単にいかないものだ。
まわりが聞こえるように悪口を言っているのに言い返せない自分がいた。
あっという間に昼休みになり、また悪口を言われていた。
「これだけ嫌われてよく学校にくるよね」
「Mなんじゃない?」
キャハハハと麻衣たちが笑っている。
陸は意を決して言い返すために立ち上がった。
すると、隣の席の淳史が「いきなり立ち上がんなよ、きたねえ」
といって陸を突き飛ばした。
突き飛ばされた陸は机にぶつかり倒れてしまった。
目に涙を溜めて淳史を睨んだ。
こうなったらまずは、淳史に文句を言おうと決め、「何す」と言ったときだった。
「何やってんだよ!」
奥から大きな怒鳴り声が聞こえたので、その方向を見るとそれは田辺隼人だった。
「なんだよ隼人、文句あるのか」
隼人は一直線に淳史に向かい殴りかかった。
「いってーな!」
「うるせー」
2人のケンカが始まり、誰も止めることができなかった。
陸は何が何だかわからず、それを見ているしかなかった。
さわぎに気づいた担任の木場がすっ飛んできてケンカを止めた。
「やめろ、お前たち!何やってるんだ!!」
「隼人がいきなり殴ってきたんだよ」
「お前が佐久間を突き飛ばしたからだろ!」
「どういうことだ?」
これを見て麻衣と裕美がまずいという顔になった。
いじめがバレると思ったのだ。
「みんなが佐久間をいじめてたんだよ!」
隼人が木場にそう言い、木場は陸に驚いたように聞いてきた。
「本当か?いじめられてたのか?」
こうなってしまうと陸は頷くしかなかった。
更に隼人はいじめの中心が麻衣と裕美ということを伝えると、
木場は一度離れてから別のクラスの教師を呼んできた。
来たのは隣のクラスの担任、柳下早苗だった。
早苗は20代後半で、可愛く人気がある。
「柳下先生、お願いします」
「はい」
「田辺、藤原、お前たちは俺と来い」
木場は隼人と淳史を連れて行った。
「佐久間さん、須田さん、加藤さんは私と来て」
3人は早苗に応接室へ連れていかれた。