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侯爵は奔走する

侯爵のバトルがメインとなっており、残酷な描写があります。ご容赦ください。

 クリスティーヌが逃げた。そんな予期せぬ事態に、屋敷の中は人が忙しく動き回っていた。失念した。完全に僕の落ち度だ。スクラ公国の噂は他国にも知れ渡っている。それを見落とすなんて、悔いても悔やみきれない。

「おい、進展はあったか?」

 半ば八つ当たり的にアルバーノに聞いた。

「いえ、今のところは……というか、それ三分前に聞きましたよね?」

「三分で状況が変わっているかもしれないだろう」

 目撃者の情報によれば、クリスティーヌは市の服屋にて平民の服を一式買ったらしい。彼女が進んだのは、ここから南の方角だった。公国が名前だけ管理している森がある方向だ。首都の中にあるにもかかわらず、そこはまるで無法地帯だった。間違っても森には行ってくれるなよ。

 そう必死に祈るが、その声が神に届くことは無いらしかった。

「クリスティーヌ様と特徴が一致した娘を、南の森付近の宿で見掛けたと言う者がいるようです」

 僕は天を仰いだ。アルバーノの言うとおり、僕なんかに神がほほ笑みかけてくれるなんてことは無かったようだ。

「至急馬車を用意しろ。その森周辺に居る侯爵家の私兵を集めてその宿に向かわせるんだ」

「畏まりました」

 懸念事項は二つある。一つは小さい首都の中にあるとはいえ、その森は人間が迷うには十分な広さだということ。そしてもう一つは山賊の存在だ。国立の自然公園と銘打っているのだが、やはりそこは無法地帯、良からぬ輩が闊歩するような場所なのだ。公国でも十数年前から問題として扱ってきたようだが、根本的な解決には未だ至っていない。

「もし山賊に襲われていたとして、クリスティーヌは自分の身を守る術をもっているだろうか」

「さあ……元々あの王国は争いとは無縁な歴史を歩んできましたからね。貴族といえど、戦えるかどうか」

 ああ、やっぱりか。これは早く見つけないと面倒なことになる。

 クリスティーヌが居たという宿に着くと、侯爵家が雇っている傭兵が、まるでチンピラのように宿の主人を睨みつけていた。侯爵家のイメージダウンに繋がるからやめてほしいんだけどな。

「君たちはクリスティーヌ嬢を探せ。この男からは私が話を聞こう」

 僕がそう言うと、傭兵達はぞろぞろと宿を出ていった。

 宿屋の店主は、ヒョロッとして背が高いという点以外は、どこにでもいる普通の男だった。その店主が言うには、そのクリスティーヌ嬢らしき娘は、宿代をを払ってさっさと部屋で寝てしまったらしい。そこに傭兵達が現れ、彼女は窓から逃げた。まったく、貴族の令嬢が二階から飛び降りるか、普通? 結局そこでは新しい供述は聞けず、僕は森に行くことにした。

「アルバーノ、この村の住人に聞き込みをしておけ。私は森に入る」

「分かりました。お気をつけて」

 直々に探す方が目撃証言を集めるより確かだ。

 辺りは薄暗くなり、森の中は完全な暗闇だった。松明を持つと、彼女に見つかって逃げられるかもしれない。僕は暗い中でもある程度見渡すことはできるので、よく目を凝らしながら森の中を進んだ。

 しばらく歩いていると、オレンジ色の光り見えてきた。松明の光りだ。それも十数個の。傭兵かと思ったが、格好からして違うらしい。恐らく彼らが噂の山賊だろう。

 その男達の中心に、一人の女がいた。ごく普通の村娘の格好をした、ブロンドの……。

「誰か! 助けて!」

「こんな山奥に誰もいねぇよぉ」

 リーダーらしき男が、その少女の顔を乱暴に掴んだ。

「っ……!」

 思わず叫びそうになった自分の口を、手を噛ませて塞いだ。一瞬の混乱、そして湧きあがる今まで感じたことのない墳怒。汚い手でクリスティーヌに触るな。あいつら、僕の剣の錆にしてやる。

 僕は走りながら、腰に差していた細身の剣を抜いた。殺す。全員残らず――

「殺してやる」

 手前に居た男の背中を躊躇わず斬り付ける。耳障りな悲鳴が聞こえ、山賊の注意がこちらへ向く。でも、君たちに見つけられるほど僕は遅くないんだよね。

 一人は胸を一文字に、一人は肩口から袈裟斬りに、一人は心臓を一突き。自分でもびっくりするほど、何の抵抗もなく僕は人を殺していった。人を殺したのは初めてじゃないが、こんな気持ちは初めてだった。こんな、怒りを持って相手を殺すのは。

 剣を戻してクリスティーヌの背後に駆け寄ると、彼女が後ずさりしてぶつかってきた。振り返って何かを言おうとした彼女の口を塞ぐ。

「静かに。大丈夫、私が守ります」

 僕がそう言うと、彼女はふっと力を抜いた。振り返った彼女の顔は、とても美しかった。

「てめぇか! 仲間をやったのは!」

「だったら?」

「ぶっ殺す! そんでその女も嬲り殺しにしてやる!」

 下賤な輩はこれだから困る。まだ腕の中の温もりが消えぬうちに、こいつらを殺そう。僕は剣を抜き、両手でかまえる。山賊達は山刀を僕につきつけてくるが、剣先が下がっているし、腰が上半身より後ろだ。これは前傾姿勢と言うわけではなく、ただ単に腰が引けているだけのこと。この程度のレベルなら、恐れるに足らないな。

 僕はわざと口元に笑みを浮かべて言い放った。

「かかってこいよ。まとめて相手にしてやる」

 こんな挑発に乗っかって、馬鹿正直に突進してくるとは、つくづく愚かで憐れだね。

次で侯爵の話は終わりです。

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