6
六話目です
山賊の唇が触れようとしたその瞬間――
「ギャアアァ!」
どこからともなく男の悲鳴が聞こえた。リーダーの背後を見ると、山賊の一人が赤い鮮血をまき散らしながら倒れていた。
「おいどうした!」
「分からない! いきなり倒れ……グアァ!」
「ど、どうしたっていうんダァァアアア!!」
え、何、どうなってるの? ただ分かるのは、何かが山賊を襲っているということ。
「チィッ! 嘗めやがって!」
リーダーの山賊はイラついたように……いや、怖がるように山刀をめちゃくちゃに振り回した。今なら、逃げれるかな? 私は山賊と距離をとろうと、ゆっくりと後ずさった。すると、背中に何かが当たる。
「キャ……」
「静かに」
背中に当たったのが人間だと分かり、思わず声を上げそうになった私の口を、その人は大きく筋張った手で覆った。口を塞がれたまま振り向くと、山賊とは違い上品な服に身を包み、焦げ茶色の髪を風に靡かせる男性の姿があった。
「大丈夫、私が守ります」
私は心底安堵した。山賊の数は未だ十人前後居て、こちらは恐らく彼一人。普通に考えれば勝ち目は無い。しかし、彼の言葉には言い知れぬ安心感があった。
山賊も彼の姿に気づいたようで、とたんにいきり立つ。
「てめぇか! 仲間をやったのは!」
「だったら?」
「ぶっ殺す! そんでその女も嬲り殺しにしてやる!」
山賊達は山刀を抜き、彼に向けた。彼はいたって冷静に腰に携えていたブロードソードを抜き取った。そしてこう言う。
「かかってこい。まとめて相手してやる」
その言葉に、山賊達の堪忍袋の緒が切れたのか、一斉に飛びかかってきた。彼はまず、一人の山賊の山刀を力任せに弾き飛ばし、その胸に蹴りを入れた。吹き飛んでいくその山賊には一瞥もせず、次の獲物を探すように周りを見渡す。そして次は一人を横薙ぎに斬り、その勢いを利用してもう一人の側頭部を回転しながら踵で蹴り飛ばした。
そこからは、圧倒的なワンサイドゲームだった。十余人いた山賊を一瞬にして、しかも一人で打倒したのだ。まるで映画か、アニメを見ているような、鮮やかな殺陣だった。
剣を鞘にしまった彼は、腰を抜かしていた私に近づき、手を差し伸べてくる。
「大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとう……きゃっ」
彼の手を取ると、いきなり引っ張られ、その大きい胸に抱きしめられた。え? 何、この状況? というか助けてもらってなんだけど、この人誰?
「ちょ、ちょっと?」
彼からの返事は無く、ただただ私は抱きしめられていた。いや、悪い気はしない。命の恩人だし、まあイケメンだし。でも、ちょっと急すぎない?
「……何もされていないね?」
「は、はい」
「良かったぁ」
彼は抱きしめて満足したのか、今度は肩を掴みながら私の顔をじっと見つめた。彼の瞳は、髪の色よりは少し薄い、綺麗な茶色だった。
「あ、あの」
「ん?」
私は意を決して言った。
「助けていただいてありがとうございます。よろしければ、お名前をお聞かせ願いますか?」
「……ぁ」
命の恩人に対して当然のように名前を聞いたのだが、彼の反応に私はたじろいだ。私の顔を見ながら石像のように固まってしまったのだ。
やっと口を開いたかと思うと、彼はこう言った。
「ほ、本気で、言ってるの?」
「あの、どこかでお会いしました?」
いや、そんなはずはない。こんなにカッコいい人にどこかで会ったのだとしたら、忘れる訳ない。
彼は目に涙を浮かべ、力なく地面に膝をついた。
「大丈夫ですか?」
どうしちゃったの?
「……やっぱりあの噂のせいだよなぁ。あれがなけりゃ、あれがなかったらなぁ」
ぶつぶつと虚空を見つめながら何やら呟いている。何か変なこと言った、あたし?
「……まあいい」
「え?」
彼は片膝を立て、私の手を取って手の甲にキスを落とした。突然のことに驚いていると、次の言葉で私はそれを超える驚きを味わった。
「やっと見つけましたよ、クリスティーヌ嬢。私はマウリツィオ・バルトリーニ侯爵。貴女に正式に結婚を申し込む」
驚愕の告白に私が固まっていると、マウリツィオは悪戯っ子のように口元に笑みを浮かた。
「もう逃がしませんよ?」
十分後に投稿できないかもしれません。もう少しお待ちください。