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五話目です
月明かりも届かない真っ暗な森の中を、私はゆっくりと歩いていた。森に逃げ込んだのは失敗だったなぁ、どんな獣が出てくるか分からないし、それが狼だったら目も当てられない。
とにかく、ここで夜を明かすことになりそうだ。ああ、ふかふかのベッドで寝たい。王国に居た時には、天幕付きの豪華なベッドで寝ていたのに、この落差には笑いが込み上げてくる。どれもこれも、クリスティーヌのせいだ。私は気に靠れかかり、すっかり筋肉痛になった足を揉んだ。この体では考えられないほどの運動量である。もう一歩も動けない。
しばらく座り込んでいると、遠くにオレンジ色の光が見えた。それも一つや二つじゃない、十数個の光の玉が浮かんでいる。何事かと目を凝らしてみると、その光に照らされて、人影が浮かび上がってきた。
バルトリーニ侯爵の手先? いや、それにしては服装が汚い。誰なんだろう、あの人たち……あっ。
一つの恐ろしい結論にたどり着いたとき、私は思わず立ちあがった。逃げなきゃ。逃げなきゃ殺される。
走り出した私に気づいたのか、その複数の人影は徐々にスピードを上げながら近づいてきた。足音がだんだんと大きくなってくる。足元が悪く、しかも一寸先も見えない闇の中を、私はひたすらに走った。
「あっ!」
木の根に躓いたらしく、私は前のめりに転んだ。すぐに体勢を戻そうとしたけど、さっきので足を挫いたらしく、上手く立ち上がれない。松明を持った人影が、私を取り囲んだ。
やっぱり、山賊だ。
「逃げるこたぁねぇだろ、お嬢ちゃん」
リーダー格らしき男が、下卑た笑みを浮かべながらそう言った。
これは本当にやばいかもしれない。
山賊とはその名のとおり、山で強盗をはたらく連中のことだ。普通は金品を奪うだけだが、酷いものだと殺人を犯したりする山賊もいる。ましてやここは醜い色欲に塗れたスクラ公国。女の私が捕まったら、どういう扱いをされるかは目に見えている。
「おっほほ! 結構上物じゃねぇか! 当たりだぜこりゃ!」
「なあなあ、早くヤッちまおうぜ。我慢できねぇよ」
「そう焦るな、まずは交渉、だろ?」
私を取り囲んでいた男達は、じりじりと近寄ってきた。私の中にこれまで味わったことのない恐怖が込みあがる。
「なあお嬢ちゃん?」
「な、なんですか?」
「へっへっへ、いやなぁに、一つ取引をしようと思ってね」
汚らしいその男の体から発せられる異臭に、私は思わず顔を顰めた。人間ってここまで気持ち悪くなれるものなの?
男は腰から山刀を取り出し、その切っ先を私に向けた。オレンジ色の光に照らされる山賊の顔は、何とも言えない不気味さを醸し出していた。
「今ここで死ぬのと、俺らと愉しい時間を過ごすの、どっちがいい?」
「ヒャヒャヒャ!」
「ゲヘヘヘ!」
「グフッ、グフフフフ……」
笑い声と共に、山賊達は私に気か付いてきた。リーダー格が私の二の腕を掴む。其の不快感からか、全身が粟立つ感覚が湧き起こった。
「放して!」
「おほほっ、活きの良いお嬢ちゃんだことっ!」
「キャアァ!」
男は二の腕を引っ張り、私を引き寄せた。目の前にできものだらけの顔が出現し、私は顔を引き攣らせた。怖い。というかキモい。
「夜はまだ長いんだ。ゆっくりと楽しもうぜぇ」
「ヒッ、誰か! 助けて!」
「こんな山奥に誰もいねぇよぉ」
山賊は私の首筋に山刀を突き付け、唇を奪おうと顔を近づけた。この世のものとは思えない悪臭が鼻につく。
山賊の厚ぼったくガサガサな唇が近づき、顔に触れようと――
いやっ!
ではまた10分後に