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一気に投稿するのもあれなので、10分ごとに投稿していきます。全部で七話……の、予定です。
「クリスティーヌ。お前には隣国の貴族に嫁いでもらう」
「……え?」
私は驚いて目を見開いた。目の前には立派な口髭を生やした壮年の男が、私を見下ろしている。その周りには、世にも美しい顔立ちのした金髪碧眼の青年や、眼鏡を掛けたクールな美男子や、その顔にあどけなさを残す可愛らしい美少年が、総じて私を睨んでいた。そしてもう一人、素朴な可愛らしさがある少女が、困った顔で私を見ている。
私はクリスティーヌ・ブランシャーネ。王国有数のブランシャーネ公爵の一人娘で、小さい頃から蝶よ花よと育てられ、それはそれは傲慢な娘に育った。生まれた時から、望んだものは全部与えられる。そしてそれを当然だと思っていた。私は特別な存在なんだと増長し、父親に無理を言って王国の第二王子と婚約した。学園を卒業したその次の日に、婚姻の儀を結ぶことになっていた……のだが。
私の前に突如現れた田舎貴族の娘に全てを奪われた。婚約者であるフェリクス王子がその娘、アリスに恋をした。それに激怒した私は、アリスにえげつない嫌がらせをし、良くない噂を吹聴して回った。しかし、その数々の嫌がらせとブランシャーネ家の不正が次々と発覚し、皆が私を糾弾したのだ。
父は家を守るために私を売った。その結果、私は今謁見の間で王様に自分の処遇を言い渡されている。それは隣国に嫁ぐというものだ。それが何の罰になるのかというと、その国はとんでもなく色欲にまみれた国だということにある。隣国の貴族は、妻を十人単位で娶り、聞くだけで吐き気を催すような情事をしいるのだ。女性にとってこれほどの恐怖は無いだろう。
前述したとおり、王の声を聞いて私は驚愕した。しかしそれは、その処分に絶望したわけではない。この展開が、前世でやっていた「学園ロマンス~僕の物になりなさい~」という何とも自分勝手な題名の乙女ゲームのクライマックスシーンに酷似していたのである。
いやー、今の今まで忘れてたわ。前世の記憶が今ここで蘇るなんて、ついてないにもほどがある。もう少し前に思い出していたら、こんな真っ暗人生を変えられていたのに。
「アリスを傷つけた罰だ。貴女のような女性には、お似合いの場所でしょう」
普段は優しい王子様が、私を鋭く睨みつけ、吐き捨てるようにそう言った。このゲームのメイン攻略キャラであるフェリクス王子は、誰にでも温厚で優しい性格をしているが、その反面主人公の独占欲が強く、嫉妬深いところがあるヤンデレ王子である。王位継承権は第三位だが、王位はすでに諦めており、色恋にうつつを抜かしているのだ。今では兄のパトリック王子と叔父のフランソワ王弟殿下が継承権争いをしている。
「よもや、許されるとは思っていませんね?」
この中世ヨーロッパ風の世界観には似合わないフレームの眼鏡を掛けた、銀髪の美男子が、私に冷徹な目を向けている。ヴェリクス・オリオールというその男は、フェリクス王子の幼馴染で、ツンデレ俺様系のキャラだ。プレイヤーの中でフェリクスに次いで人気があったキャラクターである。フェリクス攻略ルートでは、アリスに思いを寄せながらも、王子のためにその身を引くという潔い一面を持つが、ヴェリクスのルートでは一転、俺様系へと変貌する。
「罪は償ってもらうからね」
ふわっふわの茶髪をした天使と見紛うばかりの美貌を持った少年。近衛騎士団団長の一人息子、ステファン・ベルリオール。所謂ショタキャラだ。比較的高い年齢層のプレイヤーに人気があるキャラクターである。ゆるふわなその外見と裏腹に、ヴェリクスよりもSっ気のある発言が目立つ。ちなみに、私が初めに攻略したキャラクターでもある。あー、可愛いなぁ。いつ見ても可愛いわ。今はすごい睨まれてるんですけどね。
前世でブラック企業に勤めるOLだった私にとって、この乙女ゲームは唯一の生きがいだったと言っていい。そんな私は、労働基準を大きく超えたサービス残業を終え、ふらふらな足で駅のホームで電車を待っていた。……はずなのだが、今のこんな状況にいたる。おおかた、あのあとに線路に落ちて電車に轢かれたんだろうけど、まさかゲームの世界に転生してるなんて思ってもみなかった。
「何か申し開きはあるか?」
王様の言葉で、私はハッと我に戻った。このあと、私ことクリスティーヌは、私は悪くないと喚き立てるのだ。これは原作通りに話を進めた方がいいのだろうか、それとも今からでも違うルートに変更できるのだろうか。三秒ほど固まったあと、私は原作通りに進めることにした。何かあったら怖いしね。
「わ、私は悪くない! あの女が悪いのよ、皆騙されているわ! 田舎くさいそんな娘がフェリクス様の恋人だなんて、私は認めない! それに私は公爵家の令嬢よ、そんな処分できるわけない!」
おお、我ながら上手い演技だっただろう。セリフはうろ覚えだけどね。
「それが出来るのだよ、クリスティーヌ。私の、王の権限でね」
「見苦しいぞ、クリスティーヌ。お前の罪はもう確定しているんだ」
「そんな!」
ヒストリックな声で悲鳴を上げながら、私は内心苦笑していた。クリスティーナが主人公にやった嫌がらせの数々は、人間として最低のものだった。母親の形見であるドレスを引き裂くだの、彼女の寝ている寝室に侵入して髪を切るだの、男子生徒をけしかけて強姦させようとするだの、我ながらそんなに非情になれるのだろうかと疑問に思うほどだ。そう、こんなやつ死刑になってもおかしくないのだ。
しかし、泣き崩れる私の前に、一人の少女がやってきた。暗い茶髪をした、可愛らしい少女、アリスである。
「王様、それはあんまりです。確かに、私が彼女から受けた嫌がらせは許されることではありません。でも、彼女の気持ちは分かります。私も、同じ立場だったら、好きな人に言いよる人に嫉妬すると思います」
流石主人公、可愛すぎる。こんな奴を弁護しなくてもいいのに。というか絶対アリスがクリスティーヌと同じ立場でも、同じことはしなかったと思うんですけど。
このゲームの主人公アリスは、田舎の小さな領地を統治する男爵家の長女で、自然に囲まれた中で活発に育った少女だ。それゆえ、貴族の社交界に馴染めず、学園でも浮いた存在になっていた。そんな中、第二王子であるフェリクスに恋をする。そしてフェリクスも、殺伐とした貴族社会の中で生きてきたため、彼女の天然な優しさに惹かれていくのだ。それで婚約者である私は、醜い嫉妬心にかられ、主人公を苛めに苛めぬくのだ。何てテンプレなシンデレラストーリーだと思うでしょ? そこが荒んだ私の心に響いたのよ。
「優しいのはアリスのいいところだけど、これは譲れない。この女のしたことは、決して許されることじゃないんだ。きっちりとけじめをつけなくてはならない」
フェリクスにそう言われ、アリスは息を詰まらせ俯いた。
「とにかく、クリスティーヌは隣国に嫁ぐことになっている。これはもう決定事項だ。分かったな」
私は一応原作通りに項垂れておいた。
ではまた10分後にお会いしましょう。