冒険者に遭遇したお!
よろしくお願いします
僕はこの世界に来て、一週間か少しの間に、沢山の生物の死を見てきた。
戦って喰い殺された命も、餓えて悲しく散らす命も、崖に落ちたり岩に潰されたり事故で死んだ命も、この厳しい環境で全て見てきた。
だけど・・・僕はオオトカゲの死骸を見た事がない。
その理由はすぐに察することができた。この荒野にオオトカゲを捕食できる生物が他に存在しないからだ。つまり、生態系の頂点であるのだ。
オオトカゲ同士が戦っている事は見たことがある
。けど、大抵はそのまま決着が着かずにいたり、片方が戦意損失で逃げ出すという事ばっかりだった。どちらかというと、オオトカゲの喧嘩に巻き込まれて死んだ獣の方が多い方だ。
だが逆にオオトカゲが他の魔物に襲われて苦戦しているところなんて見たことがない。
そりゃそうだ。暴れるだけで被害が出るのだから。
ここの荒野に生息しているオオトカゲは、僕が名付けるとしたら、壊し屋とでも言うだろう。
オオトカゲは巨体は暴れるだけで命だけではく、岩だろうが地形だろうが何だろうが全てを破壊する。
その凶暴さと危険性は、お世辞じゃないが日本の自衛隊とかの戦車を使ってでも勝てる気がしない。
それほどまでに・・・強くて恐ろしい存在だ。
そう確信できたのは、今から4日ほど前の出来事の時だった。
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その日は僕とリンナのコンビネーションが上手くいき、初めてピラニアラビットの討伐に成功した記念すべき日だった。
貴重なタンパク源と美味い肉塊の確保と狩りのコンボの完成に、僕達はホクホク顔で帰路に着いていた。
そんなときだった。兵器の轟音のような鳴き声が聞いたのは。
「グゴォガァァァァァァァア!!」
地響きでもするかのように野太い野獣の雄叫びが少し離れた所から聞こえてきた。
空気が揺れ、鼓膜が振動してビリビリする。
捕食者が獲物を食い散らかす合図・・・その声の主は自分達のいる場所からそう遠くない所にいるだろうと察することができた。
予め言っておくけど、この時初めての狩りに成功した僕とリンナは少々興奮していた、言ってみれば少々浮かれてたといって良いかもしれない。
だから、ちょっとした野次馬気分で声の聞こえた方まで行ってしまったのだ。
帰路から離れて5分ほど少し歩くと、少し空気が揺る程度だった鳴き声もますます近くなっていく。
聞こえる声も段々大きくなっていき、地面が僅かに揺れているのを感じ取れた。大型の獣が近くで暴れる兆候である。
おそらくもうすぐ近くに声の主がいるのだろう。ここまで地響きを起こせるのは相当な実力を持つ魔物だ。そんなのに見つかったら一溜まりもない。
僕達は見つからないように岩影に隠れながら移動してそこなら顔をヒョコッと出す。
そして、その光景を見てしまった。
そこにいたのは20匹ほどの石槍を持ったゴブリンと、それに対峙する一頭の4メートル弱の大きさを誇るオオトカゲだった。
ゴブリン達はオオトカゲを狩って餌にしようとしているのだろうか?ならかなり洗礼した戦術やら訓練が必要になってくるだろう。
僕とリンナは、お互いを声で呼びながら連携をとる。
しかし、ゴブリン達はリンナのように喋れないのか、奇声を上げたりジェスチャーなどで連携を組んでいるだけだった。穴だらけの作戦を数で埋めてるように見えた。
ゴブリン達は大きな槍でオオトカゲを360度に取り囲んでいる。
顔は・・・無論不細工である。
「ギヒィ!」
「ピギー!ピギー!」
ゴブリン達は奇声を発すると、手持ちの槍をオオトカゲに投擲し始めた。
鋭利に尖った石槍がオオトカゲの巨体に殺到する。
いくらオオトカゲでも20本近い長槍を投げられては怪我は免れないだろう。当たり所が悪ければ最悪致命傷を受けてしまうかもしれない。頭の悪いゴブリンでも、それくらいは考えていただろう。
そう僕も思っていた。
「ゴアァァァァァァア!!」
オオトカゲは威嚇をするように咆哮を叫ぶと、突然その場でグルグルとコマのように回転しだしたのだ。
その姿はさながら、台風の目のようにも思えた。
すると驚く事に、オオトカゲに襲いかかっていた無数の槍を、オオトカゲは硬い尻尾を遠心力で利用して、全て叩き落としてしまったのだ。
あまりのごり押しに、ゴブリン達はおろか、隠れていた僕とリンナですら絶句してしまった。
そこから先に待っていたのは、圧倒的な蹂躙だけ。
オオトカゲは回転をやめると前足で引っ掻くように爪を横薙ぎをする。その爪の軌道にいた数匹のゴブリンは何の抵抗も出来ずに頭が消失した。即死である。
呆気なく仲間が殺され、ゴブリン達に動揺が走ってる間にオオトカゲは暴れに暴れた。
トラックみたいに体当たりをして吹き飛ばしたり、尻尾を振って岩ごとゴブリンを粉砕したり、咆哮だけでゴブリンを吹き飛ばしたりとやりたい放題。
気付いた時には全てが終わっていた。
ゴブリンとはいえ、あれだけの数の敵を相手に余裕の表情を浮かべるオオトカゲに、僕は恐怖した。
オオトカゲは20匹の虐殺したゴブリンを、ワニのような大きな口で貪りだした。骨も内蔵も皮も肉も、全てをその凶悪な口でかみ砕きながら。
オオトカゲだけは敵に回さない、遭遇しても逃げるだけ・・・僕は怯えるリンナの頭を撫でながら、心の中でそう誓ったのだった。
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「カザミ、あれ。」
「う、うん。」
4メートルはある巨体のオオトカゲの死骸を引きずっているのは割と小柄な少女。
青っぽい白髪にマリンブルーの眠たそうな瞳を持つ麗しい少女。見た目は大した驚異ではないと見えるけど、あのオオトカゲを引きずって、変に不気味だった。
出来るだけ関わりたくない。
おそらくあの少女は相当強い、マンガや小説で見るチート並に強いハズだ。
そう断言できるのは、オオトカゲの死骸には綺麗に剣で斬られたような綺麗な切り口、そしてあの少女の腰にはロングソードが装備されてるのが見えたからだ。
まさかだとは思うけど、あのロングソードでオオトカゲを真っ二つにしたのだろうか。
あの全身凶器の化け物を?たったあの剣だけで倒したというのか?ありえない、そんなの不可能だ。
槍を持った20匹のゴブリンでも手も足も出なかったんだぞ!しかも体に傷を付けることもなく!
たった一人の女の子がどうこう出来るレベルの相手じゃないんだ!ファンタジーだから仕方ないよねとかそう言う次元じゃねぇよ!!
「・・・リンナ、拠点は遠回りに迂回して帰ろう。」
「でも、右と後ろ、オオトカゲ、左、ピラニアラビット、巣。真ん中、あれ。」
「・・・畜生っ」
リンナの言うとおり、右に迂回しようとすれば角度的にさっきのオオトカゲに出会す。かと言って左に迂回すればピラニアラビットの巣が沢山あるエリアに衝突する。どっちに回避しても戦闘は免れないだろう。
人喰兎、オオトカゲ、そしてそれを殺す未知の驚異。この中で最もリスクが少ないとしたら・・・
「なら、左にしよう。上手く行けば巣の群生地を素通りできるし、戦闘になっても数匹相手ならどうにかなるよ。」
僕の出した決断にリンナはコクンと頷く。
僕達は今までにピラニアラビットを全部で6匹ほど討伐している。それは一匹一匹ずつの戦闘だったけど、それでも全力でやれば僕ら二匹だけでもピラニアラビットを複数相手することも可能だろう。
基本ピラニアラビットは巣穴から出て来ることはあまりないから、群生地にいっても2、3匹くらいしか出ていないハズ。
回避を中心的に相手をすれば多少の怪我だけで済むだろう。
オオトカゲとそれを殺す謎の人間?だったら人喰兎の怪我の方が断然マシだわ!!
「バレない内にいくよ、リンナ。面倒事は出来るだけ回避しよう。」
「でも、あの人、わたし達、見てる、よ?」
「・・・マジで?」
出発しようと後ろを向いていた視線を遠く離れた少女の方に移し直す。
眠そうな蒼い瞳は、確かに僕らの事を見ていた。
まるで瞳に飲み込まれるような錯覚が僕を襲う。すると急に体に変化が起こった。逃げ出したいけど、体が金縛りに遭ったみたいに動かないのだ。
金縛りというか、これは恐怖みたいで━━
「カザミー、動けないー」
リンナは恐怖というか、金縛りを理解してないのか、はたまた体が動かなくなって面白いのか、脳天気に現状を楽しんでいた。
何故嬉しそうな顔をする!?チクショウ絶対不思議な感覚を面白がってんな!?
と、内心でリンナにツッコミを入れていると、いつの間に人間はかかなり距離を縮めてきていた。
体が自由に動かない僕らに、ゆっくり、ゆっくりと近付いてくる人間。僕は自然とその腰に下げられている剣が目に入り、足がガタガタ震えだした。
おかしいっ!だって、なんで睨まれただけで金縛りに遭うんだよ、なんでこんなに恐怖が湧き出てくるんだ?
綺麗に斬殺されたあのオオトカゲのように、僕もあの剣で斬り殺されるのだろうか?そしてあのように死体を引きずられてしまうのか?
拙い拙い拙い拙い拙い拙い拙い拙い拙い拙い!!このままだと殺されるっ!!
相手はまだ何もしてきてないのに、自分が剣でオオトカゲと同じように真っ二つに斬り殺されているビジョンが頭の中で浮かび上がる。パニック症状でも起こしているみたいで、ショック死でもしてしまいそうになる。
そして、人間は僕達と5メートルくらいの場所で立ち止まった。
目には・・・僕が映っている。
「・・・犬頭族?」
彼女は小首を傾げて僕に問うように言葉を吐いてきた。
犬頭族って事は、僕の今の獣人(二足歩行)モードの事を言っているのだろうか。
僕は無意識の内に首を縦に振って頷いてしまう。それはどう見ても肯定を表していた。
「・・・コボルトはこの荒野には生息して無いハズだけど・・・」
人間は口元に手を当てて何か考えるような仕草をする。どうやら彼女はこの荒野の生物の生態などを知っているらしい。
状況は最悪だが、これは情報を引き出せるチャンスかもしれない。
「あの・・・すいません。ここがどういう所か教えて貰えませんか?」
僕が恐怖で動かない口を無理矢理動かしてそう言ってみた。さっきは口すら動かなかったからヤバかった。
でも今は彼女が僕らを見たからか、すこし恐怖感が軟化したからか、少しだけならなんとか動かせるようになったのだ。隙を見て逃げ出そう。
これを逃すつもりはない。
「っ!?・・・コボルトが喋った?」
すると彼女はその無表情な顔に少し驚いたような変化を見せるが、すぐに無表情に戻る。だが少し目に困惑した色が混ざっている。
どうやら僕みたいなコボルトは喋ることがないらしい。だとすると急に喋った僕に警戒心とか抱かないだろうか?考えもなく喋った事に多少後悔した。
「あの僕みたいなコボルトって喋らないんですか?」
念のためもう一声かけてみると、少女はまた驚くように目を見開いてから、腰の剣に手を当てて僕を見つめる。
「・・・あぁ、お前みたいなコボルトが喋ることなんて、まず無い。」
男っぽい喋り方である。
「そ、そうですか・・・驚かせてすいません。」
「・・・ん。」
彼女は僕の謝罪の返答が意外だったのか、物珍しそうに僕の目を見てから頷いてくれた。
さっきまで怖くて発狂しそうだったけど、声は穏やかだし、性格も悪くはなさそうである。僕の中でこの人間の評価が少し変わった。このまま逃がしてくれるかもしれない。
しかし、彼女は何故か申し訳なさそうに、僕に向かって眉を下げていた。
そして重そうな口を開いて僕に質問をしてくる。
「・・・聞く。生まれてから何日たった?」
「え?僕ですか?・・・一週間とちょっとですかね。」
「そうか・・・」
僕がそう答えると、彼女は今度こそ本当に悲しそうな顔をする。僕はその様子を不審に思った。
そして少女は剣の柄を握って、こう呟いた。
━━━ごめんね。
「カザミッ!」
「・・・え?」
リンナの叫び声が聞こえた瞬間、僕の目の前に鉄の刃が迫ってきていた。
来週三連休あるのでストックを貯めます。