カオスだお!
「ドゥルジュブッ!!」
訳のわからない言語を吐き出しながら、セラさんの飛び蹴りを顔面に喰らったアベルが顔面で地面を削って行く。
吹き飛ばされたアベルは引きずったような後を地面に残して倒れていた。
顔は土にめり込んでいて、尻を僕らに向けている。例えるなら糸を失った操り人形に無理やり土下座をさせたような体制になって死んでいるのだ。
さらばだアベル。1時間くらいは覚えといてやろう。
さて、正当防衛でストーカーを葬ったセラさんは無表情顔を苦々しく眉を歪めて死体に向かって言葉を投げる。
「いきなりなんなんだこの野郎」
「こっちのセリフだ馬鹿野郎!!」
アベルが蹴り飛ばされたほっぺたを抑えながら、バッ!と擬音語が付きそうな勢いで起き上がってきた。
うわっ生きてるよあれ・・・。
「おいチビ!露骨に嫌そうな顔すんじゃねぇ!」
「ひぃっ!」
「マジでビビんなよ!?」
だって怖いんだもの。僕は尻尾を始め全毛皮を逆立てながらセラさんの後ろに隠れる。ノリでリンナが僕の後ろに隠れる。
するとアベルが青筋を立てながらこっちを指差して喚いてきた。
「なんなの!?お前らほんとになんなの!?俺なんかしたか!?」
「・・・子供の頃私の下着を盗んだやつが何を」
「いやっ・・・あれは・・その」
セラさんに指摘されたアベルがどもりながら口を閉ざす。その姿はどう見たって実行犯だ。うぉいうぉいマジかよ!
僕は肉球をアベルに向ける。
「変態じゃねぇかっ!」
「う、うるせぇ!そういう年頃だったんだよ!」
だからって下着を盗むとか気持ち悪すぎるわ!とんだ野獣だ!犬よりも野獣だ!
するとセラさんがなぜか僕の方を冷たい目で見ながら言ってきた。
「・・・カザミ。君が私のブラジャーの匂いを嗅いでることは知ってるぞい。」
バカななぜそれを・・・。
「オメェだってやってんじゃねぇかよ!!」
アベルが僕に向かって指を差してツッコミ怒鳴りをしてくる。
く、セラさんめこんな所でバラさなくてもいいじゃないかっ!
「う、うるさい!僕の場合は飼い主の匂いを嗅ぎたい年頃なんだよ!」
「変態には違いないだろう!」
お前と一緒にすんな!
「うっさいやい!大体、セラさんとお前の年齢差を考えたら幼少期たってどんなロリコンだよ!」
「ふざけんなセラは16で俺はまだ19だ!大して変わんねぇよ!」
「え?」
「え?」
「え?」
アベルの年齢を耳にした僕とセラさん、会話に参加していなかったリンナですら、そのセリフに驚愕を受け、動きを止めた。
そんな・・・バカな・・・だって、どう見たって・・・20代後半じゃないか・・・。30歳と見てもおかしくないぞ? 老けすぎでしょ。
「・・・え?」
僕たちの反応が予想外だったのか、勢いよく怒鳴り散らしていたアベルもピタッと動きを止めた。
今、この瞬間だけ・・・時間の流れが止まったような気がした。
その瞬間、僕の沸騰していた頭が氷に満たされたかのように冷静になる。そして見つける、彼の老けているように見える原因は、少し痩せてしまった頬や、薄く浮いて見えるシワの所為だと。
『えぇ。ただの同僚ですよ同僚。』
思い出すのは、何故か精神的にゴリゴリ削ってきそうな黒髪のショタ。そして
『ひゃっはー!』
と言いながら暴走するロリセラさんの図が思い浮かぶ。
もしかしたら・・・彼は・・・アベルは・・・奴らに振り回されていたのかもしない。
彼の苦労は、そのふさふさと生え揃っている金髪の中に一本だけ混じっている白髪が物語っていた。
「アベル・・・お前、苦労したのな。」
「おぃぃぃぃ!?何だいきなり優しくなりやがって!?」
「良いんだよ。あんたもうちょっと休んだ方が良いって」
「やめろぉ!そんな目で俺を見るなぁぁぁあ!!」
うがぁぁぁぁあ!と断末魔を叫びながら、アベルが膝から崩れ落ちる。
僕は彼を誤解してた。あいつはいつも一生懸命だったんだ。化け物共に囲まれて生活していれば当然なんだ。
生きようとしてたんだ。
セラさんは微妙そうな顔で「・・・なにこの空気」と呟いて居辛そうにキョロキョロ視線を漂わせる。
その時だった。災厄が1人追加デリバリーされたのは。
「アベルさーん。出発の準備はできましたかー?」
変声期に入っていない、ソプラノの混ざった少年の声。その声が、僕らの真後ろから接近してきたのに気づいた。
僕はセラさんの服を握りながら、ゆっくりと後ろを振り向く。
黒髪、細線のように閉じた目と笑みの浮かんだニコニコ顔。それに重ねるように黒い外套に身を包んだ未成熟な体。
そんな少年はぷよぷよとしたボールのような謎の物体に騎乗していた。
謎の物体はどうやら、ポヨンポヨンと地面をバウンドして移動するようである。
「あれ?カザミさん?」
悪魔は僕に気がつくと、ニコニコ顔をさらに嬉しそうにし、手を振って挨拶をしてきた。
「おとといぶりですね〜」
悪魔だ。
「シモン・・・」
「あ、セラディさんお久しぶりですね〜」
セラさんの淡々とした呟きに、シモンは笑いながら挨拶をしてくる。
ここで意外なのは、別に2人はタッグを組んでアベルを追い詰めているワケではないということだ。
寧ろセラさんは警戒を強めてシモンを睨んでいるようにも見える。
そんな視線の込められた意味に気がつかない筈もなく、シモンは残念そうに肩をすくめた。
「あららっ。だいぶボク嫌われてるみたいですね。」
「・・・今は敵同士・・・でしょ。」
「さて、どうでしょうね?」
なぜこの2人はシリアスをしているんだ。しかもなんかセラさんいつも以上に無表情だし。
2人の間に、比喩ではなく本当に火花が飛び散った。おそらくいつでも魔法を使えるように魔力を循環させているのかもしれない。循環させると、魔法陣の発動展開が早いのだ。
つまり、戦闘態勢。
あ、これはやばい。と、咄嗟に止めようとすると、アベルが立ち上がった。
セラさんを子供の頃から一緒にいるからか、それともただ慣れているのか、ショック状態からすばやく回復すると2人の間に立つ。
「おいおいシモン。ハッキリと害意は無いと伝えろ。あとセラ、お前もここで騒ぎを起こすのは好ましく無いだろう?」
アベルが落ち着いた声で両者に聞かせる。
するとセラさんはチラッと僕とリンナを見下ろすと黙って魔力の気配をかき消した。
シモンもふぅ、と息を吐いて魔力を引っ込める。
一応、開戦は止められた模様だ。流石、訓練された騎士はレベルが違うな。
僕多分初めてアベルを尊敬した。
しかしホッとしたのもつかの間、この2人のバトルがこれで終息するハズがなかったのだ。
「・・・王国の七聖騎士と第ニ師団長様が、こんな貿易都市になんの御用で?」
「休暇を取りましてね。ボク達は日頃の疲れを癒すための、そうですね。バカンスに来たというわけですよ。」
「わざわざ、デウス荒野を超えてまでバカンスに?」
「ボク達があの小物程度に遅れをとると?」
「誤解を与えたなら謝罪する。ただそこまでしてアバタールに滞在したいとは思えないだけ。」
「ここは国と国を繋ぐ中間地点、貿易都市ですからね。様々な物が流通しています。ボクはある珍しいものを探しにきたんですよ。バカンスも兼ねて・・・ね。」
「ほぉ?で、見つかった?」
「えぇ。とても素晴らしいものが」
今度ら「フフフ」「あははっ」という2体の悪魔より交わされる言葉責め大会が勃発しやがった。
もーやめてよアンタらが大人しくしないとこの国滅びるからやめて。
仕方がない。最終兵器だ。僕はコソコソとバレないようにアベルの元へ移動し、彼の靴を軽く蹴る。
僕の存在に気がつき、こちらに視線を当ててくるアベルに、僕が小声で話しかけた。
「止めてきてよあの2人」
「ふっざけんな殺す気かぁ!?」
唾が飛ぶ勢いで大口を開き怒鳴り返してきたアベル。
僕はキーンとする耳を押さえ、アベルに向かって言い返す。
「一国と1人の命、どっちが重いと思ってんだ!」
「だったらお前が止めてこいよ!」
「ふざけんな殺す気か!!」
「オメェも同じじゃねぇか!」
はっ!しまったつい本音が!
で、でも事実だし。
しかしここでこの2人を止めないと色々と不味いんじゃないか?なにせ2人ともレドを軽く捻れるくらい強い実ちゅ、実力者だ。
アベルはビビって使い物にならない。さっき一回止めた際に既に体力を使い切ってしまったようである。
止められるのは僕とリンナしかいない。でもリンナにそんな危険な事はさせられない・・ならっ!
「仕方ない、こうなったら僕が止める!」
「お前マジで言ってんの!?」
勇気を振り絞った僕の宣言に、アベルは尊敬と驚愕を含めた表情になる。それはまるで、自爆ボタンを誰が押すかという選択に迫られている映画のワンシーンのようで。
僕はボケを一切含まない真顔でアベルに振り替えると、安心させる軽い笑みを浮かべた。
チワワだけど。
「・・・誰かがやらなくちゃ・・・そうだろ?」
「お前・・・」
アベルはそれ以上を何か言おうとするも、喉に言葉が詰まったかのように息を止める。それでも何かを言おうとしているが、恐怖心が縛りつけてうまく口を操れないようだ。
恐らくアベルは「俺も一緒に」と言おうとしているのだろう。それだけで十分だ。僕は「ふっ」と息を漏らして微笑み、セラさんとシモンの方に向かって、歩き始める。
「僕は戦うぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「チビ助ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「最後くらい名前で呼べよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
アベルお前一っっっっ回も僕のこと名前で呼んでねぇぞ!?忘れたのか!覚えてないのか!だったら途中で名前を尋ねろよ聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ってことわざ知らないのか!?
と、僕が振り向いて続けて突っ込みを入れようとした瞬間。
ゴォッ!!
何か巨大な、重々しい岩のような物体が、猛スピードで僕の真横を横切った。
発せられた強力な風圧に耐えるために、僕は前足を前に出して交差させ目をつむる。それと同時、背後から「ぐおぉ!?」と耐え抜くような悲鳴が聞こえてきた。
何が起きたかわからない。混乱したまま僕はほとんど反射的に後ろに振り返った。
するとそこには7メートルはある巨大な体を持つレドがアベルに向かって攻撃し、アベルはレイピアでなんとかその攻撃を捌いている姿が目に映った。
「レド、喰い殺せ。」
セラさんが冷徹に指示をすると、レドはそれに応えるかのように大きく唸り声をあげて攻撃速度を上げていく。
前足を振り上げ、まき割をするかのように爪を振り下ろす。アベルはレイピアでガードするのは不可能と判断したのか、真横に地面を蹴って何とか避け切る。さらに避ける寸前にアベルはレイピアで突き刺すように、レドの前足の鱗と鱗の隙間に刃を差し込んだ。
あまりダメージがなかったのか、レドは蚊にでも刺されたかのように立て細の瞳をアベルに向けると今度は尻尾を鞭のように振るい、避けてまだ隙の見えるアベルの足にたたきつけようとした。
アベルは尻尾が近づいてきた瞬間に軽くジャンプするとわずかに尻尾に飛び乗り、それを足場にさらに高くジャンプする。
レドはそれを見てにやりと笑い、アベルは一瞬で考えが読めたのかしまったという顔をして顔を青く染めた。
そう、これはレドの罠。空中では避け切れないであろうというレドの考えは的中していた。
狡猾なハンターは牛を丸々飲み込める巨大な口を開くと、宙で足場を失ったアベルに噛みつこうと首を持ち上げる。
アベルは「やべっ」とつぶやくと、なんとレイピアをレドの大きなサーベル牙にスライドさせるように押し付け、そのまま滑り台を滑るように地面に降り立った。
レドは青筋を一気に広げて、怒りを隠さずに雄たけびを上げる。それと同時に、ビビったアベルが委縮した。
おぉ、ストーカーVSストーカーの戦いだ。
「グゥルゥルルルルルッ!!!」
「ぎゃぁっ!!ちょ、マジでやめろってぇ!!」
自分の作戦がうまくいかないとキレて暴れるのはレドの悪い癖だ。そのせいでセラさんに負けたんだろうに・・・。
ただ巨大というのはそれだけで脅威で、さっきまでは厩舎を壊さないように慎重な攻撃だったのがもう全てを壊す勢いで暴れる。それだけでアベルは追い詰められていく。
逃げ場のない厩舎じゃ、アベルが不利だろうからなぁ・・・。
「あははははっ最高ですね!ねぇ、カザミさん?」
するといつの間に真横に移動していたのか、シモンが僕の隣でニコニコ笑いながら話しかけてきた。
僕はひくひくと痙攣する頬をなんとか抑えながら、乾いた笑みで返答する。
「ソーダネーサイコウダネー。」
誰か助けてください。