リンナだお!
更新再開なのです。
ゴブリン。鬼科ゴブリン属。それはモンスターの中でも最弱と言われる繁殖力だけが取り柄の種族。リンナの種族はそれだった。
ゴブリンは元々オーガと呼ばれる大型の鬼モンスターから派生した種族である。オーガとは、最大10メートルにも達することがある大型のモンスターで、単独で行動する事も多いほど強力な種族である。
ならゴブリンが強いかと問われれば、答えは否だ。
ゴブリンの誕生はオーガの中でも小柄で力の弱い個体が群れた事から始まり、それから繁殖力のみ進化したのが今のゴブリンだ。
力が弱まったのも、体が縮小化したのも、一度で大量に産む事のできる繁殖力の進化のための代償であった。
より多くの数の子供を出産するため、結果弱体化したのである。
しかし、中にはオーガとしての遺伝子を強く受け継いだ個体が希に現れることもあり、そうした個体は《天能種》と呼ばれ、群れをまとめる長となる。
見分け方は、出産時に複数産まれるハズのメスから一匹しか産まれない時である。
リンナは幸運だったと言えるだろう。《天能種》でなければここまで強くなることはできなかったのだから。
セラ曰く「《天能種》でもここまで成長は早くない・・・レベリング効率おどろき」と言うらしい。一ヶ月と少しで才能を開花させるこのリンナの異常ともいえるスピードは、リンナの家計が通常のゴブリンとは異なり、上質な遺伝子のみを受け継いだのもあるだろう。
リンナの両親は両方ともゴブリンの《天能種》で、母親が中鬼で、父親が下位大鬼である。極限まで高められた原種の遺伝子によって、リンナは一歳であるにも関わらずホブゴブリンに匹敵する能力を身につけていたのである。
リンナは努力をせずとも、いずれはエンペラーモニターに匹敵する実力を身に付けることだろう。
そんなリンナは、この日もいつも通りにナイフを振っていた。
そのナイフに切られた岩石は一瞬のうちに真っ二つになる。
大岩を切り刻んだ、しかし衝撃が伝わったリンナの腕の疲労は少なく、まだまだ余裕である。
疲れを感じない。体力が有り余っている。だから訓練を続ける。リンナの思考は実に単純であった。
幼い外見とは裏腹に、長時間酷使した肉体はかなりのものとなっていた。セラ直々に伝授された剣術に《天能種》の才能が組み合わさって、今のリンナはワイヴァーンダイル一頭を単独でも狩れる。
「・・・届かない」
しかし、師であるセラには勝つことは出来ない。これほどの力をもってしても、セラはリンナの全力をよそ見しながら片手で対応出来るのだ。もっとも、わざとセラがそんなに挑発しながら戦っているのは、リンナをイラつかせて魔物特有の戦闘本能を引き出すためなのだが。
ちなみにカザミはそうすると自身の得物を投げつけたりして自爆するので逆効果なのであるが、セラは勿論知っている。
ひたすらセラを考えながら切りつけていたと、その時。
パキィンッ
金属が壊れた鋭い音が鼓膜を揺らした。
「っ!!」
何時間切りつけていたのだろうか。気づけば辺りの岩石は石ころへと変わり、酷使しすぎたナイフは根元からへし折れてしまった。
ちなみにカザミがやると折れたナイフがなぜか額に刺さり「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」となるのだが、勿論リンナは知っている。
「あう・・・」
へし折れたナイフを見て、リンナは悲しそうな声を出すとすぐにナイフの刃を拾う。そしてそれを大事そうに握ると、涙腺を潤めてうずくまってしまった。
折れてしまった刃が輝いて、自身の顔が反射して写っている。
反射した自分の顔。その瞳に浮かんでいるのは一匹のチワワの顔。つまるところカザミだ。リンナの場合、人間モードではなく犬モードの方が一緒にいた時間が長いためだろう。
「・・・カザミに、貰ったのに。」
今折れてしまったナイフは、初めてカザミから貰った武器であった。提供元はゴブリンから奪ったものであるのだが・・・こういうのは気持ちが大事であるのだ。
「どう、しよう。」
捨てたくはない。だが、壊れてしまったのは替えないといけないと、セラから教えてもらっていた。流石に折れた武器で戦えというほどセラは鬼畜ではない。
しかしリンナはセラの言葉を変な方向で捉えてしまい、破損した武器は必ず捨てないとならないと理解してしまったのだ。
「やだ、よぉ・・・」
捨てたくない。このナイフはそれほどまでに大事だったのである。
カザミと生活していた時間はそこまで長くはない。期間は一週間と少し。リンナとカザミが出会ったから合計すると既に一ヶ月以上が経過しているが、その一ヶ月はほぼ会わずに過ごしていた。
ゆえにこのナイフはカザミの顔を思い出す唯一の道具であるのだ。それほどなまでに、リンナはカザミを強く思って、意識していたのである。
元々このデウス荒野には、二種類のゴブリン族が存在している。リンナはその片方の部族出身のゴブリンだ。
元々ゴブリンの二大勢力は敵対しているのだが、近年にワイヴァーンダイルからエンペラーモニターが誕生し、第三者からの天敵が出現したことから、争いは過激化せず、お互いにちょっかいするという程度で済んでいた。
しかし、リンナと言う将来有望なゴブリンが誕生したことを理由に、産まれて間もない赤子だったリンナは敵対ゴブリンに誘拐された。
幸い、リンナは赤子であっても身長はすぐに成長したため、誘拐され雑に扱われても死ぬことはなかった。ゴブリンという元々成長速度が早い種族特性に、《天能種》も組み合わさった結果であったのだろう。
しかしそれでもリンナは生まれたてで、なおかつ言葉も知らない子供であった。だが、《天能種》であるがゆえに物事を理解する洞察力が災いしてしまった。
誘拐犯であるゴブリン達が、自分を処刑しようとしているのは本能的に察してしまっていたのである。
死への恐怖。リンナはゴブリン達に運ばれている間、常に感じていた感情だ。
全身の四肢を拘束され、目隠しもした挙句耳栓までさせられた。
いつ自分の心臓に刃が刺さるのか、気が気でならない状態。それを救い出してくれたのが、たまたま偶然そこに居たカザミであった。
リンナにとって実質、初めて出会い、会話をした人物。知識も世界もほとんど知らないリンナにとって、カザミが世界であり、すべてだったのだ。
リンナがカザミを慕っているのは、恋心ではない。親や兄弟に向ける家族愛に近いだろう。それが将来どんな感情に変化するかは、わからないが。
リンナにとって『カザミ』が全部である。だからこそ、例えぼろぼろで薄汚いナイフであっても、大切な宝物であったのだ。
「あう、・・・うえぇ・・」
ポロポロと目から涙が流れ落ちる。塩辛い水は、どこまでもリンナの心をかき乱す。ナイフを壊してしまった罪悪感と喪失感。
カザミにどう謝ろうか、怒られるだろうかという思いもあるが、一番辛いのはこのナイフを失う事だった。後悔しても時間は戻らない。遂に大泣きしてしまいそうになった、その時であった。
「・・・どしたのリンナたん?」
透き通るような、しかし少しハスキーが掛かった女性の声だ。
「・・・師匠ぉ・・・」
青みがかった白髪に、マリンブルーの瞳を持つ少女、セラがいつの間にかリンナの真後ろに居たのであった。
彼女の愛称を口に出しながらリンナは振り向く。するとそのリンナの泣きはらした顔を見たセラに電撃が走った。比喩ではなく本当に後ろに雷が落ちたのである。雷の魔法だろうとリンナは察した。、カザミなら「無駄に凝った演出だね」と呆れながら言っただろう。
「誰が泣かした。ワンコ連れてきて捜査しちゃる」
セラはリンナが大好きであるため泣かせた輩には容赦しない。ワンコとは言わずもがな、カザミである。カザミもリンナが大好きであるため喜んで地面に鼻を付けて警察犬まがいなことをする筈である。リンナはかなり愛されているのであった。
そうしてセラが脳内で犯人処刑計画を企ていると、ふとリンナが手の中に何かを隠しているのを発見する。
セラはなんだろ?と首を傾げると、リンナの近くまで移動する。と、リンナがビクッと肩を揺らした。
(あるぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?私嫌われちゃった?怖がられちゃった?マジすかちょっと勘弁。カザミ助けて)
かの子犬転生者の名を思い浮かべ暗い夜空顔を向けるが、空高くに思い描かれた獣人は「無理☆」とサムズアップしていた。
無論、侮辱を含んだ意味であろう。
あとで訓練にトカゲぶち込もうと理不尽な事を心に誓い、動揺しながらリンナに話を聞いてみるセラであった。
☆★☆
「・・・ふぇっくしょぉいっ!!・・・なんでだろう、悪寒が。」
☆★☆
「・・・これはこれは・・・」
「うぅ・・・」
セラの手の平には、リンナが壊してしまったナイフが置かれていた。詳しくリンナから話を聞き、なんとか直せないかと考えている最中である。
最初は新しい新品の武器を与えるのも手だと考えたが、セラがそれを言うと胸が締め付けられるくらいの悲しい顔をリンナにされたため却下した。
(どんだけ好かれてんだあの駄犬マジ裏山)
表情はできるだけ変えず・・・多少眉を歪めてセラが内心で呟く。必ず全力で八つ当たりしてやると決心してから、セラは壊れたリンナのナイフの状態を改めて観察してみる。
刃はボロボロ、細かく見ると所々微量な亀裂も見当たる。何より根本からへし折れているのが痛い。破損している部分は前から錆びていたようで、壊れてたった数分で原型を留めてすらいなかった。修復は絶望的だろう。
元々手入れもしないゴブリンから奪ったものに加え、岩を切りつけるという無茶な使い方をしたのだ。むしろ一か月もよく持った方といえよう。
(・・・国の鍛冶師なら直せるかもだけど・・・デウス荒野にいるわけないし。)
同然である。
(・・・私が一度国に戻って直してもらう?でもそしたらカザミたちがバレるかも・・・)
セラは希少種を討伐するためにここへやってきたのだ。国に戻ったらなにかしら報告を要求されたりして面倒なことになるに違いない。
国に戻るなら、その時はカザミたちも連れて行く時だ。リンナならともかく、最弱の愛玩犬はエンペラーモニターに狙われているのだから放りだせる訳がない。
(カザミに新しいナイフをプレゼントさせる・・・?・・・無理・・・か)
カザミの所有物は皆無に等しい。そんな状態でリンナにプレゼントができるはずもないし、そもそもそんな事をしてもリンナが納得しないだろう。
だからこそ、この壊れたナイフを直すのがベストなハズだ。
なんとかできないかと前世も含めた知識を総動員する。すると、カザミとの中二会談の時話し合ってたある武器について思い出した。
『エンチャントとか、魔法の属性を付与した魔剣とかってないの?』
『ないこともない・・・でも、それは古代器っていう、古代文明の武器でしかない。』
『じゃぁ、マジックアイテムみたいな魔剣はないってこと?』
『・・・考えてみーよ。剣から炎とか氷とか出たら、一気に切れ味下がるよ?』
『それな。』
ファンタジーでお馴染みの魔剣に浪漫を語り合っただけの会話。そこにセラはヒントを見つけた。
「あ、そっか。」
無いなら作ればいいじゃない。と、セラはシンプルに考えてみた。
そもそも魔剣のように魔法が付加した道具は別に日常的に存在しないわけではない。単に剣などでは切れ味が悪くなるだけで、例えば矢などの使い捨てや、打撃系のメイスやハンマーなどには付与されることが多い。
できないわけじゃない。しかし、リンナにとってはナイフが『存在』していることが重要なのだ。ならば魔法師であるセラにできないハズがない。
「リンナたん・・・ちょいとそれ貸して」
セラの伸ばされた手にビクッとリンナが怯えるが、「捨てないから」と付け加えるとあっさりとナイフをセラに渡した。まだ幼いせいもあるが、相変わらずのチョロさであった。
「・・・む」
セラは根本からヘシ折れたナイフに片手をかざす。思い描くのは氷の魔法。
セラの主属性は氷だ。それだけに性能は高い。
まずはサブ魔法の「光」で汚れを除去する。簡単に言えば電流を流しているに近い。セラの「光」は雷に近い性質だからである。
次に同じくサブ魔法の「土」で折れたナイフを補強する。これで見た目は以前のものと同じになった。だが、これだけではまたすぐに壊れてしまう。
リンナが嬉しそうに頬を紅潮めるが、不運ながら集中していたセラは気付かなかった。作業を続ける。
セラが体内で魔力を練り、上質な魔力を作り出した。