帰ってきたお
「クソ弱くて悪かったなぁ!!」
夜の荒野に明かりを灯す焚き火の光と、パチパチという焼ける音を背景に語るセラさんに向かって僕は大声で怒鳴った。
セラさんの今までにあったことを詳しく聞いてみたら最後にこれだよ!なんでシリアスキラーみたいに僕が投入されるわけ!?僕ってそんな属性かい?
納得いくか!やるなら最後までしっかりやれよ!?
しかし僕の突っ込みを正面から受けても、セラさんはキョトンとした顔で大して気にした様子は見せない。それどころか追撃するようにこんな事も言ってきた。
「・・・だって実際弱かったし。」
殴りてぇ。
「うるさいよっ!もうちょっとオブラートに包んでくれないかな!?」
「私正直者」
「ねぇ、社交辞令って知ってる?」
僕の言葉にセラさんは「しらなーい」と言ってツーンと横を向いてしまう。知らんぷりですかそうですか。最早清々しい勢いだね。
まぁ、実際僕が弱かったのは事実だしなぁ、今は大分マシになっているだろうけど・・・。あぁもうやめだ!僕の最弱さは一番僕が理解してるから蒸し返すだけで嫌な気分になっちゃうし。
「・・・ニヤニヤ」
おいセラさん。何ニヤニヤしてんだこら、さっきまで僕が慰めてたのを忘れてないだろうな?あぁすいませんすいません!謝るから魔法の発動準備を進めないで!?手が凍ってますけど?ナイフ付きのメリケンサックみたいなのは気のせいですか?それで僕を殴るんですねわかります。ごめんなさい。
「リンナにはバラしませんすんませんっ!!」
僕は立ち上がって軽く小走りをして体を屈めるとそのまま身を滑らせる。いわゆる「スライディング土下座」というやつをセラさんに繰り出した。
ε≡ ヽ__〇ノ⇒ _| ̄|○
「・・・流石ヘタレ。」
セラさんがなんだか哀れな獣に同情するかのような目で見てそう言う。
ヘタレじゃないし。強い人には逆らわない方が身の為だと思ってるだけだし。
確かに僕のスライディング土下座の完成度は高いけど、そこまでかな?まぁここまで綺麗な体制を作る事が出来るほど沢山の経験をしてきたけどさ。
・・・ヘタレですね、はい。
「でもさ、これ、セラさんにしか見せてないよ?」
どや。
「・・・カザミ。流石の私でも今カザミがなんでドヤ顔しながら尻尾を振ってそんな台詞を吐けるのか、わからない。」
「えー、わかんない?」
つまりだね、セラさんが今まで僕を死ぬ勢いで鍛えてくれたから、ちゃんと身に付いてるよと伝えたいのである。
このスライディングだって、僕の小回りできる体を活かすためにセラさんから教わった技術だ。
まぁ、総合として言いたいことは・・・
「セラさんに鍛えられた身体能力のおかげで、以前よりも運動神経が向上してるからできたんだよ!」
そう、雑魚だったあの頃とは違う。
僕は土下座を解いて立ち上がると「むふんっ」と胸を張りながら自信満々に言ってのけた。服を脱げばすこしは筋肉が付いてきたのが見えたし、以前より遥かにマシとなっているだろう。
しかし、そんな僕の反応を見て今度はセラさんが頭を抱えだした。
「・・・違う、こんな事の為に私は鍛えてやったわけじゃない。・・・まさか戦うための訓練が土下座に使われるとは思ってもなかった」
「それを伝えたいわけじゃないから!」
あの「クソ弱い」の言葉を撤回して欲しいだけだよ!!
その意図を伝えると、セラさんは「ふん」と鼻で笑ってこう言った。
「私に触れもできないくせによく言う。」
「ちくしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
僕は悔しさのあまりに「うがぁぁぁ」と奇声を上げながら地面をのたうち回る。
ちくしょうっちくしょうっ!確かにかすりもしないから何も言えないよ。悔しいよぉぉぉぉ!
でもだってセラさんが強すぎるのが悪いんだもん!片手でワイヴァーンダイルと連れてきて練習相手にさせるとか次元が違うんですけど!僕なんてまだピラニアラビット一匹だけで手いっぱいなんですけど!?
第一、そんな相手に立ち向かう事自体、評価されることだと僕は思う。ちなみにリンナはセラさんに手加減してもらってるとは言え、触ることができたらしい。だから女性陣が強すぎるんだっての。僕がヒロインになる勢いだよ、もう。
ああああああああああああ!情けねぇ!男のくせして情けないし悔しいよ!僕は地面をローリングするスピードをさらに加速させる。
傍から見たら僕の今の姿は駄々っ子か、それとも気でも狂ったか?と思われてもおかしくない動きをして地面を転がりまくるのだろう。だがここで今の僕の姿を見る人なんていやしない。
硬い地面がゴツゴツ当たって痛い。けど無視だ!さらに転がる、転がる、転がる!やばいちょっと楽しくなってきた。犬の本能には抗えん!!
「・・・ふふっ」
そんな僕の状態を見て、セラさんは無表情な顔を解くとほんの一瞬だけ、クスッと・・・でもおかしそうに笑った。
セラさんの笑みを見た僕は、転がる体を一度止めて静止させる。
その笑みはなんだか母性というか、保護者のような優しい笑みだった。
突然動きをやめた僕にセラさんが無表情で首を傾げる。
「・・・どうしたの?」
「・・・なんでもない。」
誤魔化すかのようにセラさんが笑みを閉じる。
・・・そういや、僕がセラさんの妹さんに似てるって、あのアベルって騎士から聞いたな。
でも今はいない。結晶となって永眠についたから。
セラさんの話を聞く限り、妹さんをとっても大事にしてたんだろう。現に妹さんが亡くなってから精神的にかなり自分を追い込んでたみたいだし。
セラさんは、今の僕の姿を妹さんと重ねてるのだろうか?
『・・・代わりなんていないんだからな。』
僕がセラさんに似ているのは多分、僕がセラさんの血を飲んだからだろう。人化・・・人モードになるのに人間のセラさんの遺伝子を元にした可能性がある。それがたまたま妹さんに似たのかも、姉妹だし。
セラさんが僕を大切にしてくれてるのは、なんとなくわかってる。厳しいし、理不尽だし、アホで厨二病なセラさんだけど、それは僕が強くなるのに必要な過程として割り切ってるだけだ。まぁ10割中3割がネタだとは思うけれど。
それは、僕がセラさんと同じ貴重な転生者だから?
あるいは僕が弟子になったから?
・・・違う。断言できる。セラさんの優しさはそんなものじゃない。セラさんの僕に対する愛情は、言ってみれば身内に対する情に近い気がする。
僕は表立ってセラさんに構ってもらうことは少ない。僕よりリンナをすごく可愛がってるし、口を開けばいつもリンナの事ばかりだ。そこは僕も同じだけど。
けれども、何かわからない安心感をセラさんは僕に与えてくれてる。まるで母親・・・よりは距離が近い。姉が弟か妹にでも接するかのような・・・そんな感じ。
僕の容姿が妹さんに似てるから?
「・・・セラさんが僕を保護してるのって・・・妹さんに似てるから?」
僕はいつのまにか無意識の内に、セラさんに聞いていた。
言った直後なのに、なんでだろう。聞くのが怖い。このまま頷かれると、心の中で何かが耐えられない気がしてならない。
捨てられる寸前の子犬のように僕はただセラさんの目を見る。けれど、彼女の氷のような目はなんの変化も起こさない。
あぁ、やっぱりそうだったのかな?どんどん不安が積もって恐れていた事態を察する。セラさんの目を見てられなくなった僕は、ついにセラさんから視線を外した。
聞かなければよかった。後から思っても、もう遅い。僕は後悔しながら俯いて地面を見つめた。
「違うよ。」
けれど、セラさんの答えは僕の予想を裏切って、逆に求めていた返事をした。
「・・・え?」
「カザミ・・・うぅん、『風見』がリサの姿をしててもしなくても、私は多分、同じように接してたよ。たとえ、あのチワワの姿のままでも。」
「・・・なんで」
「カザミが・・・私の探してた人だから。」
セラさんは眠そうな、でも強い意思を宿した目で、僕を見つめて言った。嘘なんて付いてない・・・本気で言っているのが、僕でもわかった。
「前世の頃から・・・私はカザミを知ってる。」
「し、知ってるって・・・」
とんでもない事実に、僕は驚いて息を飲んだ。
知ってるって、どこで会ったんだ?ハッキリ言ってセラさんの様な人に会った記憶はない。
あ、でもさっき話してたのにあったけど、たしか僕とリンナがセラさんに初めて会った時には転生者かもって感づいてたんだよな?だから手加減してたようなもんだし。
じゃあ、初めからセラさんは気づいてた?いや、確認できたのは戦い終わった後だし、そもそも見た目が変わってるのに個人を特定するなんて無理だ。
わからない。僕がひとしきりに首を傾げる。それが僕の見せた隙だった。
一瞬視界が閉じた。
あれ?急に真っ暗になった?でもなんか顔に柔らかい肉みたいな感触が・・・まるで胸のような、・・・。
・・・。
・・・。
まさか・・・
僕の行き着いた答えは見事に的中していた。セラさんが僕を抱き上げてぎゅーっとハグしてきたのである。本日二度目、女性の甘い香りが鼻を突いてくる。
僕の頭の中からシリアスな空気が抜け落ちてゆく。脳がショートした。
あばばばばばばばばばばばばばばば。
「・・・今は教えない」
「っ!?」
妙に色っぽい声が、僕の常人より聴覚が遥かに強化された獣耳を刺激する。昼間の茶番的なハグとは全然違う蠱惑的にも感じる声に、ゾクゾクと背中が震えた。
やばい、いろんな意味でやばい。
知りたいけど知ることができない。謎の空気に僕の意識は膠着状態に陥る。誰か、誰か助けてっ!!
その時、僕の願いを天が聞き届けてくれたのか、それとも偶然なのか、聴き慣れた女の子の声が聞こえてきた。
「・・・何、してるの」
だがしかし、その声は絶対零度でも放っているのかと思うくらい、冷たく怒気に満ち溢れた声であった。
僕はセラさんに押さえられている頭をギギギと無理やり動かして声の主を確認する。そこには、予想通り久しぶりに会うゴブリンの少女・・・リンナが立っていた。
なぜだ。この無言の重圧が凄まじくのし掛ってくるんだけど。
「えっと、リンナさん?おかえり?」
「ただいま、カザミ。」
僕の取り敢えず出てきた挨拶に、リンナは暗い笑みを浮かべながら返答してきてくれた。もう一度言う、暗い笑みだ。
カタコトに近かったリンナの喋り方もだいぶ改善させれているのがわかった。きっと訓練の合間に喋る練習もしていたんだと思う。
だが一番変わったと思うのが、リンナの纏うオーラだ。ゆらゆら揺れるカゲロウ、または蜃気楼のように周りの空気が歪んでいるようにも見える。おそらくあれがセラさんの言ってた魔力というやつなのだろう。
なんだ、この変化は。