鬼教官だお!
すいませんお久しぶりの更新です。
修行とは何か?
人間的欲求を一切排除して自身の精神的鍛錬や生きることの喜びを味わうことだ。これは宗教的な修行だが、一般的には習練などを意味すると認知されているハズである。
まぁ要するに自身を鍛えて強くなるって事でいいだろう。
この世界を生き残るには修行が必要だ。それは弱い生物ほど当てはまる。
そう、これは必要な事・・・必要な事・・・・そうでも思わなければやってられなかった。
「うおぉりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「・・・遅いよ。」
振りかぶったナイフをセラさんは楽々と避ける。
何十振り、何百振りしただろうか。何度も何度も練習した攻撃はセラさんには届かない。それどころか避ける時に欠伸をされる始末だ。
出会った時のあの斬り合い、あの時の偶然当てた斬撃は本当に幸運だったのを再認識する。
「シィッ!」
セラさんの足と足の間・・・すなわち股の下にズザザとスライディングしてナイフを突きく。狙うは足首だ。少しでも動きを鈍らせる事が目的なのだ。決して副産物のセクハラをしようとしてるわけじゃないよ?
しかしセラさんの反応速度は予想以上だった。僕がナイフの先を突いた時には既に地面を蹴って突きを避けていたのだ。空中を一回転するパフォーマンスを見せつけてくる。
あぁ!あと少しっ見えそうで見えない!おのれスカートめゲフンゲフン。
「・・・エッチだね」
頭上から冷たい声が聞こえてきた。すいません。
謝罪の言葉を心の中で唱えながら僕も地面を蹴り飛ばす。小柄な体と鍛えられた脚力のお陰で、一気にセラさんに接近する。
目指すは手首だ。だがセラさんも僕の狙いに気づいたのだろう、刃潰しされた剣で僕を薙ぎ払う様に振るってきた。
人間に近い身体では避けきれない。そう察した僕はナイフを急いで口に咥えるとすぐさま体を変形させる。
体全体からサラサラな毛皮に覆われ、四肢や胴体がドンドン小さくなっていく。骨格も人のものからイヌ科のものへと変わっていく。獣耳と尻尾はそのままだけど。
チワワモードだ。最近自分の姿を色々変身できるのだと気づいた。
僕はチワワモード、獣人モード、人モードの三つ、要は自由自在に今までの自分の姿になることができるのである。
その中でも、チワワモードは一番初期の時の姿だ。ピラニアラビットの一撃でやられてしまうような脆弱さがあるが、利点としては素早く動きまわれることだろうか。それに両手で抱き抱えられるくらい小さくなった小型犬の体は人モード以上に小回りが効く。
これらを活かせば、戦闘は大分有利に進めることができる。標的に接近する時や避ける時など、一瞬だけこのチワワモードに変身するのだ。
そして目的地に到着した時の一瞬で元の人モードになり、攻撃する。相手の意表を突ける独自の戦闘法である。
ちなみにセラさんはこの技が初見の筈だ。現にチワワまで退化した僕を見てセラさんの目は驚いたように一瞬だけ見開いていた。
その一瞬を逃してはならない。僕はチワワモードでセラさんとゼロ距離寸前まで接近して、人モードにへと姿を変える。
「うぉぁぁぁぁぁあっ!!」
自分を奮い立たせるように声を上げ、そしてナイフを振るう。・・・しかし
・・・セラさんは軽く後ろにステップするだけで避けてしまった。
「ふあぁぁ・・・」
セラさんは武器を持たずに素手にしていた片手を口に当てて、欠伸をする。ワザとらしい挑発、つまりそれをするだけセラさんはまだ余裕だと言うことだ。
細められた目が笑っている。「もしかしてこれで全力?」と。
「~~~~~~~っ!!」
僕の中で何とも言えない苛立ちが渦巻いた。"バカにされた"。たったそれだけで頭に血が上って余計な力が体に力む。
人間の魂を持ち、今は人間に近い姿をしている僕だが、それでも所詮魔物だという事なのだろう。交戦的で、気性が荒い。そこが弱点となる。そこは僕自身もしっかり自覚していた。
だからこそ、自制しなければならない。
怒りの言葉をセラさんに投げかけようとするも、寸前で思いとどまり、喉まで出かけた言葉を飲み込んで我慢する。
この判断ができるということは、まだ理性は残ってる。このまま安々と挑発に乗ってしまえば、セラさんから不合格判定の判子を容赦なく押される事は間違いないのだ。
なんとか頭を冷やさなければならない。内心で深呼吸して気分を落ち着かせてから、僕は暴言の代わりにナイフをセラさんに向かって力一杯投げつける。
しかし、セラさんは投げつけたナイフすらも子供が紙風船を避けるように回避してしまう。
わかっていた事だが、納得できない敗北感が僕の中に貯まっていく。この感覚が消えるまで、僕は未熟なままだろう。
そしてセラさんが視界から突如消滅した。
「・・・アウト。」
気づけば真後ろでセラさんが僕の尻尾を掴んで、仕留めた獲物のようにプランプランと僕を持ち上げていた。
僕は「はぁ・・・」と溜め息を吐いてから力無くうなだれ、セラさんにされるがままのまま空中浮遊を感じるのであった。
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「・・・カザミ弱すぎ。」
「元愛玩動物にしては頑張った方だと思うよ?」
渡された干し肉をクチャクチャ食いながら僕はセラさんに反論する。
セラさんの思いつきで始まった訓練が始まってから一ヶ月ほどの月日が経過した。
セラさんの訓練はまぁ・・・「実践」。この一言に尽きる。とりあえずやってみなきゃわからないという考え方らしく、ほぼゴリ押しという形で体を鍛えられた。普通の人の身体だと壊れてしまいそうだが、ここは魔物というタフな身体構造が疲労をカバーしてくれた。
本当は訓練を受ける気なんて一切なかったんだが・・・セラさんが
『・・・女の子に戦わせてヒモになる気?』
と言われた時が運の尽きである。僕はちっぽけなプライドを守るために地獄の訓練を開始したのだった。
元より、セラさんに出会う前からそこそこ鍛えておいたお陰もあってか、セラさんの訓練はわりかしスムーズに進んめることができたのだ。
だが、それでもこの荒野に生息するワイヴァーンダイルやその上位種、オオトカゲ・・・正式名称はエンペラーモニターというらしいが、それらに勝てるほどではない。
確実に強くはなっているが、この荒野じゃ僕は最下層に近いだろう。ピラニアラビットでギリギリだ。元々の種族差というアドバンテージも痛い。
え?あの後オオトカゲはどうなったって?再びセラさんが麻痺状態に陥れてポイ捨てされてたよ。
「・・・リンナたんは結構イイ線行ってるのに・・・ねぇ?」
「ねぇ?じゃねぇよ。」
そう、リンナはこの一ヶ月の間、著しい成長を遂げている。どれくらいすごい成果を上げているかというと、ワイヴァーンダイルを一人で討伐できるぐらいだ。
いや、ぐらいというかもう討伐しちゃってるんだけどね。嘘みたいだろ?でも本当なのさ。リンナは素早い動きで敵を翻弄し、的確に急所を潰す・・・いわゆる《アサシン》と呼ばれる職業に似た戦闘に特化しているらしい。ちなみに「僕は?」って聞いたら「室内犬」とピシャリと言われた。ぐすん。
セラさん曰く、リンナは贔屓なしで天才だという。魔物の中には短期間の間で急速に戦闘能力が上昇する事が希にあるとのこと。例えば、種族的な身体能力向上であったり、優秀な魔物の血を引き継いでいる場合などが該当するらしい。そのひと握りの魔物のことを「天才」と「天災」の意味を持つ「天能種」と言う。リンナはゴブリンの「天能種」だった。
言われてみれば、リンナは中々優秀であると前々から感じていた。言葉の物覚えも良いし、ピラニアラビットすら一人で狩れることもあった。それに、手加減してたとは言え、あのセラさんにも数秒持ちこたえた実績もある。
セラさんにそれを聞かされたリンナは純粋に喜んでたけど、僕はそりゃぁ愕然としたよ。劣等感とかも感じた。
・・・だけどリンナの笑顔見てたらどうでもよくなったけどさ。
そんなリンナだが、今は僕らと別行動を取っている。ここから数キロ離れた岩山でハードな訓練をしているからである。セラさんに聞いてみれば、なんでも僕がついて行ける程度の訓練では既にリンナの経験値にはならないらしい。
大丈夫なのか不安になったが、ワイヴァーンダイルを討伐できるまで成長したリンナに心配は無縁とのこと。
エンペラーモニター相手には流石に危険だが、あのエンペラーモニターは僕に執着しているからそこまで気にしなくてもいいだろう。
それより、リンナが最初にゴブリン共に拉致されてた理由がなんとなくわかった気がする。
「天能種」とは魔物にとって、良くも悪くも特別な存在なのだろう。あのゴブリン達は「天能種」を生贄とし、儀式を行おうとしていたのかもしれないし、はたまた別の勢力のゴブリンで、リンナが元々一緒に暮らしていたゴブリン達の戦力を削ごうとしてのかもしれないし。
・・・もしかしたら僕みたいに食って強くなろうとしてたのかもしれない。
いずれにせよ、それを知る術はない。リンナも自分がなぜ捕まったかがわかってないみたいだったから。
「セラさん。魔物って食べ物を食べるたびに強くなったりする?」
ブンブンと剣を振り回し、空気を斬る音で遊んでいるセラさんに尋ねてみる。危ないからやめてください。
「・・・?なにそれ?」
「・・・え?」
一瞬の間。しかし、その刹那の間にセラさんの眠そうな目がギラリと光った気がする。
・・・まずい。非常にマズイ。セラさんの好奇心を刺激してしまったかもしれない。
「何何何何何何何何何何!?・・・なんか面白いこと隠してるよね!?」
セラさんが数日脱食した猛獣の如く速度で僕の目の前に現れる。ちなみに僕が餌だ。
「ちょっ!近いから!鼻と鼻がぶつかる勢いなんだけど!?」
「そんなの関係ないからはよう言いんシャイ」
関係あるわ!僕の性能の良い鼻に女性特有の甘い匂いががががが。
「話すよ!!話すから離れてっ!!」
「・・・おk。」
セラさんは納得したように頷くと、なんでもなかったかのように興奮で紅潮した顔から一瞬でジト目の無表情の顔に戻る。なにこのクールダウン。ギャップ萌か?違うなただの恐怖だ。正直引くよ?
「・・・なるほど。魔物を食べるとなにかしら変化が起こると?」
「うん。これって他の魔物にも該当する?」
「・・・少なくとも私は知らないかな。」
セラさんに一通り説明したが、どうやらこんな能力は他にはないとのこと。
ゲームのようにステータス画面などがあるわけではない。魔法はあっても、それは魔素と呼ばれる特殊な物質による化学変化のプロセスを利用したものであり、れっきとした技術の元で成り立つ方法であるらしい。魔法も万能ではないのだ。
つまり、僕の頭の中で「声」が鳴り、体が変化するような事は例外を除いてまず有り得ないという。
「その例外ってのは?」
「・・・スライムとか、体を自由に変形できる魔物。」
つまり、僕のようにちゃんと骨格と筋肉を持つ魔物には不可能だというのか・・・?いや、そもそも頭に声が響くのも謎すぎる。今の僕の体は一体どうなってるんだ?
得体のしれない不気味さを感じる。
「・・・その声って、何回聞こえた?」
しばらくお互いが黙っていると、唐突にセラさんが聞いてきた。
何か考えがあるのだろうか?何回かぁ・・・最初はピラニアラビットの肉体の成長で、次がゴブリンの二足歩行・・・最後がセラさんの血を飲んで擬人化できたから・・・三回?ちなみにリンナが仕留めたワイヴァーンダイルを食っても何も聞こえなかった。
それを言うが、セラさんにもよくわからないらしく「うぅーん」と唸るだけだ。
まぁセラさんもわからないとなるとこの体の正体に近づくのは難しいかもしれない。自分の体なのにね・・・。
・・・あれ?もしかしてこのままセラさんを悩ませていれば・・・今日の訓練を中止にできるんじゃね?そんな邪な考えが頭に思い浮かぶが・・・・
「・・・とりあえず、訓練が終わったら考えてみよう?」
僕の小さな野望が一撃で壊された。
ガックリと肩を落とす僕の様子を見て、セラさんは不思議そうに小首をコテンと傾げるのであった
今年で受験生なので更新は難しくなってきました。できる限り続けていきたいですのでよろしくお願いします。