別に引き籠もりじゃないお!
よろしくお願いします。
カタカタとキーボートを叩く音が薄暗い部屋の中で響く。
机に置かれたノートパソコンにはMMORPGのゲームが表示されている。そしてそこから「ピコン♪」という何度も聞いたレベルアップ音が鳴った。
「・・・よっしゃー、やっとレベルアップしたぁ」
ノートパソコンの画面に映っている、レベルアップしたステータスを見て、僕・・・佐藤風見は呟いた。
不抜けた声を出しながらも、意識はすぐにステータス画面の操作に移る。
カタカタと音を立て、年季の入ったキーボードやマウスを駆使して遊んでいるのは、4年前にサービスが開始されたMMORPG『アルヘイム』である。
たまたま見かけ、興味が出たのを切っ掛けに始めて約3年、ギルメンとは1年ほどのブランクがあったものの、ゲーム全体から見れば僕はそこそこ古参プレイヤーの分類に入ると思う。
特徴は、職業とスキルお組み合わせ。
その種類は数百以上あると言われ、最高レベルは200まで達することが出来る。
だが既にその最高レベルに到達しているプレイヤーの数は多い。
しかし僕はまだ200のカンストではなかった。
そんな僕がゲーム内で僕が今行っているのはレベルアップ作業。
プレイ歴が長いことを良いことに、ひたすら雑魚を高ランクの武器で狩るという実に地味な作業だ。
なぜ僕がこんな狩りを延々と繰り返しているかというと、所属しているギルドの面々が、僕と後輩プレイヤー以外全員カンストに到達してしまったから。
ちなみに後輩プレイヤーも既にカンスト近いレベル192。このままじゃ抜かされてしまう。そりゃ焦るよ。
しかしこれでも僕は古参、プレイ歴は結構長い。つまりこのゲームを熟知していると言っても過言ではないだろう。
それに僕自体すでに200近いレベルなのである。実際、すぐにこんな作業は終わる。
と、思いたい。
不安になるのも無理はないんだよね、このゲームはメタル●ライム的な経験値ウマウマのモンスターが存在しないし、しかも1レベル上げるだけで1日の半分が終わるような鬼畜ゲーなのである。
あまりに理不尽な作りに、軽めでプレイしていたプレイヤー達が苦情のメッセージを運営に送りつけたそうだ。「レベルアップが遅い」「ハードルを低くしてほしい」「経験値の高い敵を出して欲しい」
だが運営側は「じゃぁやるなよ」とでも言うように苦情をシャットアウト。
儲けるためのゲームなのに、一体全体運営は何がしたいのか全く理解できない。
その結果大して人気もないし、オンラインゲームランキングでも最下層。相当なやりこみ好きかドMにしか好かれないゲームなのである。
だけど僕はそんなアルヘイムが好きだった。理由としては、人との繋がりが良かった。ドMじゃないよ?
このゲームでソロなんて自殺行為。だからみんな助け合うし、新米プレイヤーを見つけてはこのゲームの良さを分かってもらうために皆支援したりしていた。まぁ「初期投資」と表してアイテムテロをして慌てる新人を面白がってた人も居たけど・・・
それを含めても、要は面白い人や良い人が割と多かったりする。そりゃ嫌な人もいるけどさ、そんなの極一握りだ。
ちなみに、他人に迷惑をかけるような性格の悪い連中は速攻パーティやギルドから除名されて、広大なマップに放置プレイ。待っているのは徘徊してるモンスターに囲まれてなぶり殺される運命。敵には容赦ないのである。
その代わりギルド内での絆は厚い。だから僕は、ギルドの皆と同じカンストに到達したいと強く思うのだった。
さて、今の僕のレベルはカンストに近い198。最早1レベあげるだけでもとんでもない量の経験値が必要なってしまう。
そんな僕が数時間、費やしてフィールドの雑魚モンスターをひたすら狩りまくり、ようやくアップしたレベル。
嬉しくないと言えば嘘になる。
僕はそうやって休日の日曜日の時間をダラダラと消費しながら過ごしていた。
高校の友達とは遊ばない、というか遊べない。
理由は簡単、友達のいないクラスのぼっちだから。変なこと言うなよ泣きたくなるだろ?
・・・悲しいが現実に友達なんて呼べる人間は一人もいない。だからこそ、ネットの友達に思い入れをしてるのかもしれないけど・・・。
自分で言うのもなんだけど、顔の外見は悪くないと思う。どっちかっていうと童顔。睡眠をゲームに費やして全くしてないというのに肌はツルツルのぷにぷにだ。何度女子に嫉妬されたことか。
だけど口下手というかコミュ症に近いので上手く話せず、結果クラスから孤立してしまったのだ。
oh・・・アリキタリ。
きっと僕と同じような経験をしている人なんて世の中に沢山いるだろう。
だから気にしない。僕には沢山の同志がいるのだ。
画面の向こうに。
「あれ?目から海水が・・・。」
思わず目からこぼれた謎の液体を手で拭って、ゲームを再開する。
さぁてと!早速レベル上げをしようかな!ゲームの中なら僕友達沢山いるもんね!
これはリアルからの逃げではない。
僕はモンスター狩りに集中する。
さっきも言ったが、僕の所属しているギルドでは僕以上の古参が多いので、カンストしてないプレイヤーは後輩を除いて僕一人しか残っていない。
だから早くみんなに追いつきたい。その一心を抱きながら、僕はマウスとキーボードを押し、キャラクターを操作する。
断じて現実逃避をしているわけではないのだ。決してリアルの事情に自棄になったわけではない。そういう事ではないのだ。
今の僕のレベルはさっき上がったから199。カンストまであと1レベである。
急ごうと早速システムによってリポップして沸いて出てきたモンスターを狩り続ける。
1匹・・・10匹・・・50匹・・・100匹。
経験値のポイントにドンドン数字が振り込められていく。そして約4時間後、窓の外が暗くなったと感じた頃、ようやくレベルアップするために必要なポイントが貯まった。
「や、やったー・・・おわったぁ」
ようやく終わった作業を前に僕は脱力した。それでも自分の声が満足感溢れるのだとわかった。ようやくここまで来た。
すると何十回も聞いたお馴染みのレベルアップ音が鳴り、レベルアップボーナスなどが配布される。
これこれこれ!これを待ってたんだ!カンストを完了させる事ができれば大幅にステータスを上昇させることができるボーナスが運営から送られる。このゲーム唯一のプレイヤーの味方といっていい。
僕は早速ステータスにポイントを振り分ける。
素早さと防御力に特化し、プレイヤー同士のギルド対戦などで敵陣に真っ先に突っ込んで遊撃担当をしている僕は、それに習って慎重に、バランス良くポイントを振り分けていく。
そして数分後、悩みに悩み抜いたステータス画面を見て、僕は満足気に頷く。
これでようやくカンスト・・・長かった。本当に長かった。
う、うーむ。少し防御にガン振りし過ぎたか?まぁいいや。
ステータス画面を見ながら、3年前に始めたレベル1だった頃の武勇伝を思い出していると、ふとチャットのメッセージ覧の部分に一つ着信が届いている事に気がつく。
後輩プレイヤーのアヤさんからだ。
《アヤ・カザミさんこんにちは。
今日ギルドで大人数戦闘があるみたいです。これたら来てくださいとギルマスから。
・・・あれ?ていうか今いますか?》
マジかよ、今日大規模戦闘あるのか。
大規模戦闘、大人数戦闘とは文字通り数十人のプレイヤーで行う特別なイベントの事だ。例えば大量のモンスターが襲撃してきたり、ギルド対戦がそれに該当する。
しかも参加するだけでプレゼントが貰えるので、これに参加しない手はない。
僕はおもむろにキーボードを叩く。
《カザミ・アヤさん、メッセージありがと!
今日無事カンストしたからその力みせちゃる!
アヤ・・・・えー、カンストしたんですか?ズルいですよ。私まだレベル196なのにぃ。
カザミ・今日の大規模戦闘でレベル上げればいいじゃんか。
アヤ・そうですけど。・・・なんかズルい。
カザミ・やだやだ理不尽。まぁいいや!PC壊れない限り参加するよ!
アヤ・フラグじゃないですか?・・・それ。
カザミ・え?・・・マジ?》
「PC壊れたら真面目に死ぬんだけど?」
それって、僕の今までの努力の結晶がおじゃんになるということだよね?
そんな不吉な事を言う後輩プレイヤーと少し会話してから、僕はチャットを閉じた。
なんかさ、コミュ症ってネットだと喋れるよね。
そう思いながらカンスト経由でドロップしたゴミアイテムを処分していると、今度はメッセージ覧にプレゼントが一件届いているのを見つけた。
なんだろ?アヤさんがプレゼントでもしてくれたんかな?と思いながらクリックし、中身を見てみる。
しかし、メッセージの主は運営からだった。我らがプレイヤー達の宿敵。
カンスト記念にステータスボーナスの他にも、何かアイテムが届くものなのか?
・・・いや、あの鬼畜運営がそんなことするとは思えん。レベル1のギルドにイベントだとかほざいて、100体以上の魔物の群れをトレインしてくるような連中だぞ?
でも何かしらアイテムが届いているのは事実だ。
少しだけワクワクした気持ちを抑えながら、僕は届いたメッセージを読むことにする。
《最大レベル200達成おめでとうございます!》
書かれていたメッセージはこれだ。やっぱり運営による記念品配布なのかもしれん。
でも、そんなものがあるなんてギルドメンバーからなんて聞いたことない。ギルメンが情報を隠していたということは無いハズだ。何でもかんでもくっちゃべるギルメンに機密なんて高度な技が出来るわけがない。
なんで教えてくれなかったんだろう?と、そう疑問に思いながらまだ続いている文章を読む。
《あなたは無事このゲーム最大レベルまで達することが出来ましたね。そんなあなたにプレゼントが有ります!》
おお!やっぱり記念品か。てか馴れ馴れしいなこの文章。
まぁ良いか。と、更に先を読む。
《カンスト記念に転生アイテムをあなたに送らせてもらいました!これからも頑張ってください!
◎このメールは返信する事ができません。》
「て、転生アイテムとかマジか・・・」
僕は驚きのあまり絶句しようになるのを抑えて、そのアイテムを確認する。
転生アイテム。それはこのゲームの激レアアイテムの一つとして知られている。
過去一回きりの大規模戦闘イベントの上位入賞者の報酬として配布され、この《アルヘイム》内で知らぬ人はいないとまで有名になったほどに。
本来このゲームはカンストを達成して成長は終わりになるハズだが、転生を行うと更なる成長が望める。
効果はまず、転生アイテムを使うとレベルが1まで下がってしまう。これが転生という由来だ。言葉通りにアバターが転生するのである。
これだけなら、レベルアップのしにくい《アルヘイム》内では自爆アイテムなのだが、なんとそのレベル1は新たなボーナス付きで始める事ができるのである。
つまり簡単に説明すると、攻撃力1だったステータスが攻撃力10まで底上げされている状態で再スタートする事ができるということだ。
するとどうだろう。レベルが上がって皆は攻撃力100でも、転生した奴は同レベルで攻撃力1000になるということだ。
無双、チート、バランスブレイカー。様々な呼び名で転生プレイヤーはゲーム内を蹂躙した。ちなみに攻略サイトに対転生プレイヤー対策とかあったときは笑った。
転生プレイヤーは、レベル1ならそうありがたみは無いけど、レベルが上がるに連れそのボーナスの有能性が良く理解できるようになる。
課金しても手に入らないアイテムの登場に、沢山のプレイヤーがそれを求めた。
だがこのアイテムはゲームバランスを著しく壊すのでゲーム内で、アイテムの出現と配布は運営が管理している。何故かここだけ運営が本気なのだ。
その結果、転生アイテムは全部で3つしか存在が確認されていないらしい。
さっきの呼び名も、まんまそのプレイヤー達の異名だし。
そんな超絶レアアイテムをカンスト記念に"僕が"貰ってしまったのだ。今の心境を上手く説明できないが、そこは僕の驚き具合を察して欲しい。
思わず現実かどうか疑わしくなってきたので、僕は何気なくアイテム欄をクリックしてみる。
・転生のオーブ×1
《使用すると転生を行います。条件レベルは200です。クリアしています。
使用する? はい・いいえ》
紛れもない本物であり、事実である。
うん。なんと、ゲーム内で3つしか発見されてない伝説のアイテムを、僕は手に入れてしまったのだ!
僕のテンションは最高潮まで上昇する。もしかしたら発狂してたかもしれない。
「ど、どーしよう。早速使っちゃおうかな?」
僕は迷いながらマウスを操作する。
実際、早く使ってみたいと思ってしまうのはゲーマーとしての本能だと僕は思う。
ここはギルドメンバーに相談してみるか?
しかしこのアイテムをギルドメンバーに見せたらどうなるのだろうか?
変なクレクレとか起きないだろうか?
そんなことになったら僕は断れるだろうか?無理だ。僕のメンタルで言い返せるなんて事ができるわけがない!
そんな事する人なんていないと分かっているが、念には念を入れといた方が良いしね。うんうん。
ごめんなさい早く使いたいだけです。
そうして、僕はいつの間にか操作していていた。
《はい》を押してアイテムを使ってしまっていたのである。
あー何してくれちゃってんの僕の手よ。全く仕方ないなぁ。
アイテムを使うと画面が白く光りながら塗りつぶされて操作不可能になった。どうやら転生を行うらしい。エフェクトがマジリアルだ。だからなんでこういう時にしか本気出さないんだよ運営。
「はは、使っちゃった。まぁ大丈夫だよね。」
まぁ使ってしまったものはしょうがない。
さっさと転生を完了させてレベルアップをしてしまおう。今日大規模戦闘もあるし、すぐにレベルは上がるだろう、と。
そう思いながらマウスをカチカチイジっていると、突然先ほどのメッセージのような文が浮かび上がった。
《これより転生を行います。よい異世界ライフを!》
なんだこれ、いきなり?
異世界ライフって、無駄に凝ってるなぁ、と思っていると、いきなり画面の光が強くなりだした。
え?何これ?こんなに光量強かったっけ?いやそんなことはない!!
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
僕はそう叫びながら部屋を積め尽くすほどの光に飲み込まれ、意識は暗い影の中に沈んでいった。
ありがとうございます。