パニックパニック
結局ストックなんてむりですた。どうそ。
喉がはちきれんばかりに断末魔の悲鳴を上げた僕は驚いた拍子に固い地面に向かって尻餅をついてしまった。
固い地面に僕のぷりちーなお尻に痛みが走るが無視をする。今重要なのは目の前にいるこの人物だ!
なんでこの人僕に膝枕してたんだよ!しかも表情を変えずに!相変わらず読めない人だなおいっ!
はっ!まさか女子にセクハラした罪として、また僕を殺害しようというのかっ!?免罪符に自らの体を使うとは、おそろしい少女っ!!
僕はそんな風に解釈をしてから、目の前にいる少女から逃げ出すために立ち上がろうとする。
しかし、何故か腰が上がらない。理由は一つ。
・・・うそん。
やばいやばいっ!!腰抜かしたぁぁあ!!
寝てるリンナを回収してとっとと退散しようと考えていたのに、これじゃ歩くことすら出来ないじゃないか。
くそぅっいかん!考えろ!考えるんだカザミっ!
「いやマジすぃせんでしたぁぁぁぁあっ!?」
結局再度土下座の体勢に戻って謝ることしか出来ないのである。
チワワの矮小な脳味噌じゃこれが限界です。ゆるちてくだちい。
「?・・・別に良いって言ったのに。」
「カザミ・・・ヘタレ。」
女性陣から非難の視線が襲ってくるが無視する。僕はまだ死にたくないのだ。なんなら靴の裏でもなんでも舐めますぜ?
僕は死にたいほどドMではないのである。そもそもドMじゃないし。
だが生き残るためなら何でもしよう。恥や外聞なんざクソ喰らえなのである。
まぁ僕に守るプライドなんて最初から無いけどね。
自分で言うもの何だが・・・・僕の誇りはただの埃なのだ。
脳内でプライド類を燃えるゴミ入れ箱ポイポイ投げて処分しながらも、現実の僕は頭を下げて地面におデコを擦りつけながら土下座を続ける。
顔はポーカーフェイスで表情を隠し、真面目顔を気取る。
実を言うと転生する前は土下座なんてそれこそ週一回くらいの頻度でしていた。DOGEZAマスターと呼ばれたりもしていたのだ。何があったかは聞かないで欲しい。悲しくなるから。
まぁそのお陰で表情を隠したりと技術が身に付いたから無駄ではないのだけど・・・ポーカーフェイスをしてても、土下座して頭下げてるんじゃ意味なくね?と思い始めたのは最近である。
「なんかブツブツ言いおる。」
「カザミ・・・」
また独り言か、この独り言の癖をどうにかしたい。
唇を噛んで人形みたいにバッテン型にして口を閉じてそう念じる。
羞恥心のあまりに頬がかぁっと赤くなってるのが感じられた。
ここ最近、リンナが言葉を覚えられるように僕はとにかく思った事を口にしたり、いわゆる独り言を意識的に、そして積極的に行った。
その結果、無意識の内にでも思ったことを口に出したりする癖が付いてしまったのだ。
決して転生する前から独り言が多かった訳ではない。そこまで寂しい奴ではないのだ。
そう思い、前世の独り言の数を計算していると、急に頭を触られる感触が神経を刺激した。
何事かと思い顔を上げてみれば、僕の視界の目の前で冒険者の少女が腰を折ってしゃがみ込み、僕の頭を撫でていたのが見えた。
「よ〜しよ〜し」
「・・・・・」
えっと・・・どういう状況でござるか?
急な出来事に頭が着いて行けず、ぽかーんと考える能力を放棄してしまう。
あれ?僕殺されないの?初めて会った時は真っ先に殺しにかかってきたクセに?・・・え?なんで?
なんでペットみたいに扱われてるわけ?
「ぬああああああああああああああああああああああああっ!カザミ、ナデナデ、わたしもするぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
僕の一時ショートした頭は、リンナの不満たっぷりな叫び声で正気に戻るのだった。
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とりあえず直ぐには殺さないと約束したあとは、なんというか異様な空間がここに出来上がっていた。
パチパチと火が弾ける音と一緒に小さな火花が飛び散る。その火から発せられる熱と光が体を照らす。
薪代わりに燃やされているのは乾燥されたサボテンらしい。煙と共にリンゴのような甘い香りがアルマオイルみたいに焚き火の周りに充満した。
心を癒してくれそうな優しい空気に張り詰めていた緊張感を和らげてくれる。
静かだ・・・いつもは「グースカピー」に荒い寝息を立てているリンナも、リラックスできているのか、今ではすぅすぅと大分大人しく寝ている。
僕は僕の真隣で丸くなって寝ているゴブリンの少女の頭をそっと撫でてみた。リンナは寝ているにも関わらず感触がわかったのか「・・・んぅ」と気持ちよさそうに言うと寝返りを打った。
そんな様子を見て、僕はクスッと笑ってしまう。
どうやら麻痺毒による痺れはとっくに治っていたらしい。
「・・・仲が良いことで何より。」
少女は僕を一瞥してからそう言うと火に新しい乾燥サボテンを放り込み、それを火かき棒を使って燃える火の勢いを操って火を調節しだす。
その手際は初めて見る僕にとって見ても手馴れているように見えた。焚き火とか良くするのだろうか?まぁそんな事は今はどうでもいい。
重要なのは、これから僕はどうなってしまうのかを聞き出すことである。
幸い、リンナは寝ているので細かい話ができそうだ。
ちなみに得物が入っていた風呂敷はちゃんと返してもらった。
だが、確認すると中に入っていたナイフは全て壊れてしまっていた。出会い頭にやらかしたあの戦いで全部無駄になってしまったようである。
少女が気絶した僕とリンナをここまで運んだ際に残ってたのも壊されたのかと軽く疑ってみたのだが、リンナは少女が風呂敷に触ってないと言ってたのでそれを信じる事にした。リンナとはそれくらいの信頼関係は結んでいる。
だが、結局武器が無くなってしまったという事実は変わらない。
僕は少女に対する対抗手段を失ったのだ。
つまり、今僕の命は少女に握られてると言っても過言ではないということなのだ。
僕を生かすも殺すも彼女次第というわけ。甘い香りで心身ともにリラックスできなかったらガチガチに緊張して失神してたかもしれない。
割と本気でそう思えるのは、この世界に転生させられてから精神的にかなり追い詰められていた事を自覚してしまったからだろう。
そんな状態だけど、僕が冷静でいられるのはやはり目の前にいる少女のお陰でもある。
この人の独自な雰囲気というか・・・独立してるような。
このぽわ〜んとした空気を生産してるようなぽよぽよした少女の前ではどう気を引き締めてもテンションが下がる。
「あ、えっと・・・」
「・・・何?」
僕が話しかけると少女は目だけ動かして視線を僕に向けた。
わざとなのかどうなのか分からないが、こっちを責めてるようなジト目で見てくるのはやめてほしい。睨まれてると思っちゃうんだからさ。
「服・・・ありがとう。」
僕は貰った服を見せるように軽く両袖を上げて言った。
現在の僕は姿はチワワではなくなった。しかし獣人という感じでもない。
人間の姿をしている。これは今目の前にいる少女の血を飲んだ事によって、僕が人間に変化できるようになった結果である。
無論、今でも意識的に思えば、「チワワモード」や「獣人モード」を使うことが出来るのだが・・・そこはやはり前世が人間だったせいだろう。今の「人間モード」が一番しっくりくるのだ。まぁ耳とか尻尾とか、あと足はそのまま獣人だったけどさ。
まぁそこは良しとしてだ、問題は着る服がなかったという点である。
僕も男だ。上半身ならまだしも下半身の男の『なに』を隠しもせずにプランプラン揺らして生活するのは耐えられないのだ。僕は露出狂ではない。
獣の姿の時はまだ良かった。毛皮で全身隠してるし、そもそも本能的に気にならなかった。
だが人間となれば話は別である。なにしろ変化した瞬間全裸になるからね、少年漫画のように擬人化しても服が付属するなんて便利なステキ機能なんてないのだ。なんと不便な。
思えば、膝枕から土下座までのくだりの間に僕は全て全裸で行っていたのだ。どこの最強忍者だRPGじゃねぇよ。
まぁそんなこんなでモジモジしてたら少女が動物の毛皮で作ってるのであろうコートを(ズボン付き)をくれたのだ。
ありがたやありがたや。
思えばリンナだって服着てたんだよな。
「ん。」
しかし少女の方は少々ぶっきらぼう気味に返答してくる。
やべぇ、殺されかけた事もあってガチで話しかけ辛い。すぐには始末されないとわかっていてもだ。
うーん、人形みたいな人だな。学校にいたらぼっちになってそうだ。僕もぼっちだけどさ。
「・・・」
「・・・」
加えてこの人かなり無口である。こっちから話しかけなけなければ永遠に黙ってるかもしれない。
なにはともあれ今は情報が必要だ。何しろ自分の命が掛かってるからね。
心の中で深呼吸をして、僕は意を決して口を開いた。
「あ、あの〜」
「んぅ?」
少女は火を弄っていた火かき棒の手を止め、小首を傾げながら返事をしてくる。ぐぬぅ・・・緊張感が抜けるなぁ。あの時の戦いの殺意はなんだったんだよ。
「・・・僕を殺したりしないの?」
「やめた」
やめたっておいこら。こっちは死にかけたんだぞこの小娘。そう文句が出そうになるが寸前で留まる。
落ち着け落ち着け、相手は僕より年齢が下なたかが小娘だ、ここでキレたら大人げない。僕は年下にはキレないってネットの掲示板で誓ったんだ。
かなり軽い誓いだけどなー。
「というかぶっちゃけると最初から捕獲する気満々だった。殺しはしないよ。」
少女が焚き火を弄りながら口に出す。そういや、そう言ってたね。言葉よりも雰囲気で感じ取っちゃったから。
「それじゃぁもう一つ。僕を殺そうとした改め、捕獲しようとした理由は?」
これは僕が一番知りたかった事だ。誰でも死ぬのは嫌だが、死ぬ理由を知らないままなんてもっと嫌だろう。この質問はおふざけは許さない。それは捕獲でも同じだ。あんな危険な思いをしたのだから。
そう思い僕が睨みながらそう言ってみるものの、少女は表情を崩さず唇に人差し指を当て「むぅ〜」と考える仕草をするのみだ。
マイペースすぎる。この場だけ焚き火で明るいが、既に時間帯が夜な分もあって辺は真っ暗闇だ。
まるでここだけ空間が隔離されて時間がゆっくりになってしまったのかと錯覚しそうになる。
あ、今度は体を振り子みたいに左右に擦れだした。やばい見てて眠くなって来た・・・。
「・・・えーっとねぇ。」
「え?あぁうん。」
そして急に喋りだしてきた声にウトウトしてた僕の意識がハッとさせられる。
だめだ、完璧にこの人のペースに飲み込まれてしまう。むぅぅ・・。
「・・・私は王様から依頼を受けた冒険者です~」
「・・・はい。」
怠そうで適当な説明になんとかあいづちを打つ。
てか王様から依頼を受けたんだ~?へえ~すごいなぁ。
僕の受け答えも大分適当になってきたかもしれない。このテンションだ、作り話だろどうせ。
「そんで~、私は君を倒すせと命令されてここまでやってきたのです。」
「マジかよ僕王様に狙われちゃってんの?」
「そだよ?」
うぇい即答とかマジですかい。この世界にリンナ以外僕の味方なんていないかもしれぬ。つらたん。
まぁこの少女の冒険者の説明が本当だとしても、なんで僕が狙われてるか訳わかんないよね。よって疑います。
しかしもし事実ならこの人かなりすごい人なんじゃ・・・?
と、思わなくもないが、このマイペース人間を見るとやはり信じられない。強いのは認めるけどさ。
とりあえず今は話を合わせておくことにするか。
僕は更に質問を重ねる。
「王様に頼まれてるのに良いの?やめちゃって。」
「私の進む道は誰にも邪魔させない。私のする事は誰にも指図されない。自由人とは私のこと。いえす。」
「アンタほど自由な人はいないだろうな。うん。」
よぉくわかった。この少女は厨二病だ。しかも厨二病と自覚しながらも遠慮なくさらけ出してくる質の悪い方だ。
「それじゃ、今度はこっちが質問。」
僕が半目で少女をジーっと見ながら黙って分析してると逆にそう言われた。
うん?この人に答えられるような情報なんて僕は持っているだろうか?まぁ好きなだけこっちが聞いたのにその相手の質問を無視するのも悪いだろう。
僕は何を質問されるか軽く想像しながら少女に頷く。
「その1。あなたは自分の種族を把握してる?」
「知らないよ。」
僕は少女の質問に肩を竦めて答えた。
僕はまだ転生してからまだ日が浅い、まだ一週間かそこらの期間だ。この世界の常識すらまだ身に付けていないのに見たこともない動物の種類なんぞ解るわけがない。
一応「チワワ」と呼ばせてもらっているが、それはあくまで前世の世界・・・地球の知識だ。アテになるわけがないのだ。
ていうか、食べ物を食べて姿が変化する動物なんて前世にもいない。全く検討もつかないのだ。
少女はコボルトとか言ってたからそういう認識をしたけど、今それを聞いて来るってことはこの人も今の僕の正体がわからないのか?
僕自身自分の体を不気味に思ってたから期待してたこど・・・現地の人もわからないんじゃ意味ないな。
振り出しに戻ってしまったような気分を抱えながら、僕は次の質問を待った。
ありがとうごさいます。




