5 極寒の都 V
『雪原の番人』
空っぽのこの氷河を護る謎の護衛兵。彼は、両手に構えた斧を振り、武装したネズミ一匹の侵入すら許さない。
「はあぁぁっ!!!」
黄金色の刃が、青い巨人の左脚に斬撃を浴びせる。切断はされないものの、その一撃は、着実に巨人のHPを減らしている。だが、削れるのはほんの僅かで、このままではこちらが先にやられてしまうだろう。
「今だ!!」
左脚にダメージを負った巨人はバランスを崩し、氷の大地の上に尻もちをついた。その隙を狙って、ライトは次の攻撃を狙う。
だが、巨人はライトに攻撃を許さなかった。ライトの接近に気付いた巨人は、ライトに顔を向けると、口から青白い氷属性のレーザーを繰り出したのだ。
「くっ……」
ライトはそれを避けるために横に大きく跳ぶ。その間に、巨人は体制を立て直す。
「強がってソロで来るんじゃなかったか?でも俺、人の事信じれないしな…」
そう、このクエストはソロで挑んで勝てるようなクエストではなかった。3〜4人で安定して勝てるような、そんなクエストだ。それにソロで挑んでいるライトは、もうクエストリタイアしてもおかしくない。
「でも、逃げるってのは性に合わないんだよね」
ライトは『金剛刀』を構えて跳び上がると、巨人の腹を思いきり斬った。患部から、血のような何かが噴き出した。
「ぐおおぉぉぉぉぉぉ」
巨人が呻きながら患部を抑える。これまで少ししか減らせなかったHPが、今回の攻撃では激減した。
「そうか!こいつの弱点は腹か!!」
弱点に気付いたライトは、狙いを腹に絞り、次の攻撃に移るために、着地を急ぐ。だが、今の攻撃で巨人は激昂、滞空しているライトに容赦なく殴りかかる。
「んぐっ……!!」
巨人のパンチをまともに喰らってしまったライトは、氷の地面に落ちて転がる。今の一撃で、ライトの8000あったHPは、残り3500にまで削られてしまった。単純に考えて、あと1回でもあの攻撃を受ければ、間違いなくライトのHPは0になり、ゲームオーバーとなる。
「まずいな…」
ライトはパーカーのポケットから回復アイテム『ヒールカプセル』を取り出そうと左手をポケットに突っ込む。だが、巨人の次なる攻撃が、それを阻む。
「くそっ!相当お怒りだな」
激昂してプンプンの巨人の攻撃は止む気配がなく、回復する猶予はない。
ライトは1000あるスタミナの内、150を消費して、『金剛刀』に赤い光を纏わせる。そして、太刀を逆手に持つと、巨人の左脚を横に斬った。
「うぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
スタミナを使っての斬撃は、巨人の左脚をきれいに斬り落とした。巨人はバランスを崩し、間もなく膝をついた。
「1ダウン…」
弱点ではない部位だが、さすがに切断されれば大ダメージになるだろう。現に巨人の半分くらいだったHPは、それのまた半分にまで減っている。
巨人も負けずに斧を振り回してくるが、片脚だけでは動きは鈍る。先ほどまでとは全く違う動きになっていた。
「やるなら…今か」
ライトは『金剛刀』を両手でしっかりと持ち、巨人に切っ先を向ける。
巨人は片脚でライトに接近し、手に持つ大きな斧をライトに振りかざす。ライトはそれを太刀で受け止め、弾き返した。
ライトは残りのスタミナの850を全て消費した。すると『金剛刀』の黄金の刃は、直視すると眼がいかれてしまうのではないかというほどに輝きを増した。
「うおおおおおおおお!!!」
ライトは跳び上がり、360度回転しながら巨人の腹を斬る。痛烈な一撃は、巨人を腹から真っ二つに斬り裂いた。そして、輝きを増したままの『金剛刀』を背中に納刀する。その時、クエストクリアーのBGMが、この『エルトラム・アイスバーグ』に響き渡った。
HPが0になった巨人はうつ伏せに倒れ、動かなくなる。そしてしばらくすると、体が光に包まれ、そして消滅した。
「終わった…勝った…!!」
ライトの右手の水晶から、クエストクリアーのウィンドウが表示された。
所要時間83分の死闘だった。ライトは雪降る氷の上に倒れこみ、
「疲れた…腹減った…」
と、年寄り臭い声を洩らす。
かくして太刀使いのライトは最初の試練を乗り越え、『賢王』への第一歩を踏み出した。
★
エルトラム中心街・クエストカウンター前。多くのハンターが集うこの場所は、パーティーを組むやらクエストを受けて準備するやらで、いつも騒がしい場所となっている。
クエスト出発口の向かい側にあるクエスト帰還口から、黄色のパーカーの太刀使い・ライトが戻ってきた。それに気付いたハンター達が、ライトのもとに駆け寄っていく。ライトがクエストに出る前に集まって来たハンター達だ。
「随分遅かったけど、どうだった?粘ったけど、ダメだったか?」
クエスト出発前も話しかけてきた中年ハンターが、また話しかけてくる。
なんでリタイアした前提なんだよ、と心の中で不服を訴えるが、顔には出さずに、
「いや」
と、メニューウィンドウを開き、『RECORD』をタッチする。そこには、【クエスト『雪原の番人』クリアー】と書かれている。
「な…クリアーしたのかよ!?ソロで?!」
「あ、ああ。ギリギリだったけどな」
集まっていたハンター達が驚きの歓声を挙げる。そして、
「なぁ!俺のパーティーに入んねぇか?」
「次行くクエスト手伝うぜ!」
「フレンドになろう!」
というハンター達の声がライトに一斉に飛んできた。
「お前充分強えけど、この先ずっとソロ攻略は大変だろ?どうだ、俺たちと組まねぇか?」
中年ハンターも言ってくる。だが、ライトも痛感していた。この先、ソロでの攻略は極めて困難だろうと。パーティーを組まないと、近い内にゲームオーバーとなるだろう。
「あ、ああ…考えとくよ」
ライトが答えると、その場はどよめいた。
「じゃあ、俺疲れちまったから、帰るわ」
ライトはそう言ってハンター達と別れた。
「はぁ…なんとかして、この問題克服しないとな…」
「この問題」というのは、ライトが人を信じれない問題のことだ。この先、必ずパーティーを組む事になる。その時、パーティーメンバーの事を信頼しないままでいるのは、自分も仲間も嫌だろう。
「どうすればいいんだか…」
ライトはため息をついた。その時、4人組のパーティーとすれ違う。同期のチームだろうか。やけに仲が良さそうなパーティーだ。
「あの人…」
4人組の1人である剣銃使いの少女が、黄色のパーカーを着た太刀使いの少年の後ろ姿を見つめていた。
4人組パーティーは、クエストカウンターへとやってくる。そして、テキトーに空いているベンチに腰をかけた。
その場にいるハンター達の話していることに興味を持った少女は、聞き耳を立てて周囲の声を聞く。
「さっきのあいつ、ナニモンだ?ブルームソロ討伐とか、まだ下位装備だったよな?」
ブルームをソロで討伐?そんな馬鹿な。この4人組パーティーでも苦戦した青い巨人を、ソロで?
「お前太刀使ってたよな?あの黄色い太刀使いに教われば?」
「いやいや、まだガキだったぜ?」
黄色い太刀使い?その人って…
少女はカウンター入口の方をじっと見つめる。だが、もうあの黄色い少年の姿はない。
「あの人が…ブルームをソロで?」
少女はただ、立ち尽くしていた。