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ブレイヴ・ワールド  作者: 四篠 春斗
女神の丘篇
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2 四季の丘 II

11月27日。


現実世界の日本では、そろそろ寒い寒いと騒ぎ始めている時期だろう。首都圏が少し路面凍結したくらいで、ニュース番組は大袈裟に報道していたり、北日本では初雪も観測された頃だろうか。


だが、この世界『ブレイヴ・ワールド』にある日本に最も近い街・ビュートビーナスは少し違う。


四季はあっても、季節が流れる順番は全くと言っても過言ではないほど…というか全く違う。


日本は、春、夏、秋、冬、と季節が変わっていくが、ビュートビーナスは、夏、冬、秋、春、と季節が流れていくのである。


いくら病気がないこの世界でも、夏から冬という、気温差があまりにも激しくなる時期は、誰でも天候に怒りを示す事になるだろう。


というわけで、11月27日である今日(こんにち)の季節は春、天気は雲一つ無い快晴。街の大通りの桜並木は、クリスマスあたりに満開を迎えると予想されている。


極寒の街・エルトラムでは『雪降るハロウィン』を体験できるように、この街では『桜舞うクリスマス』を体験する事ができる。ビュートビーナス中心街では、既にクリスマス商戦が幕を開けている。


そんな活気溢れるビュートビーナスに、一組のペアがやって来た。


一際目立つ身なりの上、そこそこ名の知れた2人組の来訪は、あっという間に街中に広まった。


「はぁ…疲れた。なんだ、俺らってそんなに有名人か?」


住宅街の公園のベンチに、ドガッと腰を掛けた黄色いロングコートを羽織った少年・ライトは、大きくため息を漏らした。


「ホントだね…てっきりエルトラムだけだと思ってたよ。私達を『舞う銃剣(ダンス・ベイオネット)』なんて呼ぶの」


ピンク色のセミロングコートを脱ぎ、黒のブラウス姿となった少女・サクラも、淑女らしく腰を掛けて、ライトの言葉に同意する。


極寒の街・エルトラムを攻略した『舞う銃剣(ダンス・ベイオネット)』こと、ライトとサクラは、2時間ほど前に2つ目の街、ビュートビーナスへと辿り着いた。


と言っても、転移ポイントから転移して来ただけなのだが、ビュートビーナスの転移ポイントに着くなり、


「おい、あれって『舞う銃剣(ダンス・ベイオネット)』じゃね?」


「マジで?そっくりさんとかじゃなくて?本物?」


「じゃあ、あのピンク色の子がサクラちゃん?結構可愛いじゃん」


「戦ってるところ、見てみたいなぁ〜」


「おい、誰か『乱闘』して来いよ」


なんて声と共に、数多の視線を浴びせられた2人は、その視線の中を、気にしてない風に装って通り抜け、人気(ひとけ)のない、というよりは静かなこの住宅街の公園に来たのであった。


「私…この街、嫌いかも」


サクラがボソリと言う。


「え、なんで?」


ライトが当然の疑問を投げかける。


「ライト君のこと、馬鹿にしてた」


「俺を…馬鹿に?」


少しだけ考えて、ライトはサクラが怒っている原因であるシーンを思い出す。


転移してビュートビーナスの街を歩いている時、立ち止まってライト達を見ていた人々が、それぞれ一言申していた。


「あれが『舞う銃剣(ダンス・ベイオネット)』の剣士なのかよ…俺にはひ弱なガキにしか見えねぇな」


「あいつじゃ、隣のレディに釣り合わん」


「なんであんな男と……」


明らかにライトを中傷している発言も聴こえていたが、ほとんどはライトとサクラが付き合っていると誤解しての嫉妬だろうと、ライトは聞かなかった事にしていた。だが、サクラはそれがご不満のご様子で、


「ライト君はあんな人達よりも凄いのに…何も知らないくせに…!」


と、ご立腹だ。


「まぁ…サクラみたいな可愛い子と一緒にいる俺が気に入らないんだろ……嫉妬深いヤツもいるからな」


無論、サクラのご機嫌を取るためではなく、紛れもなく本音である。


実際、ライトはサクラを可愛いと思っている。


整った顔立ち、スラッとした容姿、さらに巨乳と来たものだ。文句の付けようがないだろう。


「可愛い…?そ、そうかな……ヘヘヘ」


両手で触れたサクラの頬は、(くれない)に染まっている。


どうやらこれで機嫌が良くなったようで、サクラの顔はスッカリ明るく輝かしい表情に変貌していた。


「とりあえず、寝食する部屋を確保しないとね。できれば隣同士の部屋がいいな」


「そうだな。また雑草たち(ウィーズ)がお前を襲わないとも限らないしな」


2人は立ち上がると、右手の水晶に軽く触れて、メインウィンドウを展開、服装を防具から私服へと替える。


ライトは、黒のトレーナーに紺のダメージジーンズ、サクラは白のセーターにピンク色のスカートという服装だ。


2人とも、10月31日のハロウィンでお互いコーディネートし合って購入した物である。


この服装に着替えたのは、防具姿だと目立ってしまうから、という理由だけで、他には特に無い。


サクラのピンク色のスカートは目立つかもしれないが、ライトが黄色の服装ではないので、気づかれる事はほぼないだろう。


着替えを一瞬で終えた2人は、春風が吹く公園から出て、高い女神像の方角へと歩いて行く。


向かっているのは女神像、ではなく、その真ん前にある総督府だ。


総督府は、中心街クエストカウンターがあるだけでなく、現実世界(リアル)で言う市役所や区役所の役割も果たしている。


入居や引っ越し、結婚などの手続きは、全てこの総督府で行う事になっている。


新築から賃貸住宅まで、たくさんの物件を紹介するのも総督府の仕事であり、相談から引っ越し完了まで、総督府はサポートをしてくれるのだ。まったく、有難い限りである。


ライトとサクラは、総督府のエントランスホールに入ると、すぐに受付に向かい、不動産的な事務所の場所を訊く。そして、エレベーターを使ってその階へと登る。


不動産的な会社(?)の事務所に入ると、2人は来客用のソファに腰を掛け、その後向かいに座った担当の男と、その補佐の女性と相談を始める。


「まずは、どのような物件をお求めですか?」


手始めの質問を、担当者の男はぶつける。


「えーっと……とりあえず最低限の暮らしができればどこでもいいんですけど……でも、私達2人はあまり離れないような物件がいい…です」


答えたのはサクラだ。ライトは目の前の物件のパンフレットに夢中で、担当者の質問を聞いていなかったからだ。


「あまり離れない、と言いますと…同居が良い、ということでしょうか?」


言い方を間違えただろうか。隣同士の部屋を求めたはずが、同居という誤解を招いてしまった。


サクラは慌てて訂正しようとするのだが、テンパり過ぎて言葉が出ない。


「いえ、できればアパートの隣同士といった感じがいいんですが」


しっかりとやり取りは聴いていたライトが、グッドタイミングでフォローを入れる。


担当者は補佐とアイコンタクトを取ると、少し残念そうに息を吐き(同居を求めていたのではなかった事に対するものではない)、こう告げた。


「申し訳ありません。ビュートビーナスにはアパートメント物件を含めた賃貸住宅は1件もないんです」


「え、ない?」


「はい。ビュートビーナスではクエスト攻略のためではなく、あくまで生活のために狩りをしている方も多く、そんな方々は同じ街に留まるわけですから、賃貸住宅よりも、普通に購入されるお客様の方が多いのです。この街は暮らしやすいですし。それに中心街へ近づけば宿泊施設が建ち並んでおり、賃貸など有りはしません」


まさかの宣告であった。


このままでは、一軒家を購入するか、ホテルに泊まる事になってしまう。ホテルなど、宿泊費がどれだけかかるのか……


その時、物件リストをめくっていた補佐が、「おっ」と声を漏らした。


「ありますよ。賃貸住宅、1軒だけ。でもアパート2部屋分の大きさはありますね。部屋も区分されているようですし、お客様のご要望に沿ったお部屋だと思いますが」


2人の目が輝いた。正確に言えば、サクラの輝きはどんよりとしていたが、目当ての物件が見つかったのは素直に嬉しかったし、なにより野宿回避に成功したのは、サクラにとっては大きいだろう。


「じゃあ、そこでお願いします」


「わかりました。入居できるよう、準備をさせていただきます」


担当者と補佐は悪戯っぽく、悪そうな笑みを浮かべて立ち去ったが、ライトとサクラは気づかなかった。





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