EX ep1 雪降るハロウィン V
「混んでるね〜……」
カフェのテラスの席に着き、人が犇くメイン広場を眺め、サクラが残念そうに息を吐く。
「まあ、そうガッカリするなよ。さっきこの店の店員に訊いたら、18時からパレードをやるらしいんだ。メイン広場をスタートして、中心街を一周してまたメイン広場に戻ってくるっていう」
「中心街を一周?結構長くない?」
「ああ、だからパレードへの途中参加もあり。そんなワケだから、パレードの30分前くらいになったら、仮装スペースは空くと思う」
「そっか。じゃあ、それまではここでゆっくりしよっか」
湯気の立つコーヒーを啜りながら、ハロウィン限定のお菓子を頬張るサクラは目の前に座るライトを見た。
サクラの視線に気づくこと無くコーヒーを啜るライトは、メイン広場を一瞥して「混んでんなー」と一言洩らす。
日はもうすっかりと沈み、今は月光が街を照らしている。
いつもとは違う街灯でライトアップされた通りや広場では、明るいBGMに乗って、仮装した住人達がお祭り気分で盛り上がっている。
そんな光景を眺めながら会話をしていると、あっという間に時は流れた。
そろそろパレードが始まる時刻だ。
「そろそろ行こっ!パレード始まっちゃうよ」
急いで残ったコーヒーを飲み干し、お菓子も平らげたサクラが、まだコーヒーがカップに残っているライトを急かす。
「わかったから、慌てるなって」
サクラはハイテンションで店を飛び出してしまったので、ライトは苦笑いを浮かべながら2人分のコーヒー代を支払おうと、テラスから店内に入り、レジへと向かう。
一方、代金を払っていない事に気づいたサクラは、店内に戻ろうと足を動かす。その時、
「あのー、少し宜しいでしょうか?」
この世界では初めて見るスーツ姿の青年3人が、サクラを囲む形で立っている。
「…なんでしょうか?」
少し嫌な予感を覚えながら、サクラは青年達に問う。
「我々はこういう者です」
スーツ姿の青年3人が同時に自身のプロフィールウィンドウを開いてサクラに見せる。
「アイドル事務所?」
「はい」
突然のスカウトマン登場に、サクラは驚きながら青年達を見つめる。
「我々、あなたのその麗しい姿に感動を覚えまして、是非!我が事務所に来ていただけたらと思いまして、参上した次第です」
胡散臭い商売口上(?)を披露した青年の1人が、サクラの前に現れた理由を話す。
「私が、アイドル…ですか」
「はい!あなたほどの可憐さと美しさがあれば、エルトラムのみならず、ブレイヴ・ワールドナンバーワンは間違いありません!!!」
臭すぎるお世辞を並べ、満足げに笑みを浮かべるスカウトマンは、早くも手続きやらの話を始めた。
「ちょっと待ってください。私はアイドルにはなりません。芸能人にもなりません」
サクラはきっぱりと誘いを蹴る。だが、直ぐに引き下がってくれるはずもなく、
「ですが、あなたなら芸能活動で充分暮らしていける素質があります!!」
「結構です!!少し私を見ただけで素質があるとか無いとか判断されるのも不愉快です!!」
「申し訳ありません。少し急ぎすぎましたね。今ここで決めなくても大丈夫です。結論が出ましたら連絡をください。フレンド申請を送っておきますね」
「結論は出てます。私はあなた達の事務所のお世話になるつもりはありません!お引き取りください」
届いたフレンド申請を拒否し、サクラはスカウトマンらに立ち退きを要求する。
「わかりました、あなたが納得するだけの待遇を求めているのですね。では、中心街の一等地に新築の家を用意します。もちろんあなたがお金を払う心配はありません。どうでしょう?」
「お引き取りください」
あまりのしつこさに、サクラはもう素っ気なくスカウトマンの話に相づちを打っていた。
そのやり取りが何回か続き、まだ続くのかと思っていると、何故かスカウトマンがキレた。
「お前は黙って俺らについてくれば良いんだよ、調子こいてんじゃねぇぞ」
スカウトマンの1人がサクラの腕を強く引き、無理矢理何処かへ連れて行こうとする。残りの2人も、サクラが逃げないようにしっかりと見張っている。
「ちょ、ちょっと!!どこへ連れて行くの?!?!?」
「言ったろ、お前は黙って俺らに使われれば良いんだよ。そうしたら直ぐに解放してやる」
「使われれば良いんだよ」という言葉により、サクラの脳裏に嫌な記憶がフラッシュバックする。
数日前、雑草たちに誘拐・監禁され、あらぬ行為の道具にされかけたという、思い出したくもない記憶が。
サクラの全身の力が抜けた。抗う事もできないまま、サクラはスカウトマンに連れられ、何処かへと向かって行く。その時、
「ぐぼぉぉッ!!!!?」
サクラの手を引いていた男が、腹を押さえながら、地面にうずくまる。
直後、解放されたサクラを背中で庇う1つの人影が目に入る。
「なんだ、テメェは!?」
2人のスカウトマンが、空手か何かの構えを取り、雑魚の臭いがする台詞を吐く。
「あんたらこそ何なんだ。勝手に人の相棒を連れてこうとしやがって」
その声が耳の鼓膜を震わせた瞬間、サクラは目の前の背中に抱きついた。
サクラは、その背中に顔をうずめ、ヒーローの名を呼んだ。
「ライト君……!!」
「おう!悪い、遅くなった」
サクラを庇うライトを睨みながら、ライトに蹴られたスカウトマンが立ち上がる。
「オイオイお兄ちゃん、何すんだよ?俺らがその子に何したってんだ?」
先ほどまでのスカウトマンっぽかった口調を捨て、スーツ姿の青年は口を開く。
「この子の誘拐未遂だが?」
「人聞きの悪い事を言わないでくれるかな?これでも彼女の了承を得ているんだよ?」
「は!?!??ウソつかないで!!!」
平然とホラを吹いた青年に、取り乱したサクラは声を荒げる。
「ハッ…もしかしてカレシ?この世界まで来てリア充かよ…マジ無いわ」
「ナンパ野郎共に言われたかねぇ」
「ナンパじゃねぇ、正式なスカウトだ」
「そんな芸能事務所、聞いたことねぇぞ」
「お前が無知なだけだ」
「無知も何も、そんな事務所、存在しねぇだろ」
「…テメェ……」
「おいおい…スカウトマンがそんな口の利き方で良いのか?そんなんじゃ入ってくれる人もみんな逃げてくぜ?」
ライトはスカウトマン擬きを言い負かし、サクラを完全に背中に隠す。
騒ぎを聴きつけた人々が集まり始める中、青年達はウィンドウを操作して、太刀を具現化する。そしてその刃の先をライトに向ける。
「ここではHPが減らないから残念だが、どうだ?先に攻撃を受けた方が負け、ってゲームは?」
「そんなの、3人いるあんたらが有利だろう。ゲームにならん」
「知るか。んなこと」
そう吐き捨て、青年達は達を一斉に構える。
だがライトは構えるどころか、まだ太刀すら具現化していない。
「じゃあ…行……」
「お疲れ様でした」
その瞬間、青年達は一気に捕縛された。騒ぎを聴きつけたパレードの警備員が、青年達を確保したのだ。
「大丈夫か?サクラ」
連行されて行く青年達には目もくれず、ライトは背中にくっついているサクラに問いかける。
「…うん」
しかし、サクラは小さな声でそう答えるだけで、中々顔を見せようとはしなかった。




