EX ep1 雪降るハロウィン II
悪戯されるかお持て成しをするか!!
街の至る所に貼られたポスターに書かれ、カボチャのオバケやらに仮装た者達が口を揃えて発する言葉だ。
街へ出たライトとサクラは、明るく振る舞うオバケ達にカボチャの帽子を被せられたり、魔法の杖のような物を渡されたりで、ライトは「私服、全身一着ずつくらい買っとくべきだったな」と、今更ながら後悔している。なんせ今の格好は、いつものハンタースタイルにカボチャの帽子、魔法使いの杖にマントを羽織っている。無理矢理この格好にされたとはいえ、合わなすぎだった。
「ライト君、ナニソレ」
ライトの格好を見たサクラも同じ事を思ったのか、口元を隠しながら笑っている。
そういうサクラもライトと同じような格好だが、サクラが同じ格好をすると、合う合わない以前に可愛らしく見えた。セミロングコートの上からマントというのは少し変ではあるが、ピンクと黒の相性が良く、あまり気にならない。
ライトの黄色も黒と相性が良いにも関わらず、ロングコートと、同じ丈のマントという組み合わせは、ものすごく違和感を感じさせている。
それを自覚しているのか、サクラに笑われたライトは無言のまま苦笑する。
「だから私服はあった方がいいって言ったでしょ?私が似合うの選んであげるから」
「あ、あぁ…よろしく頼むよ」
カボチャの帽子を被った2人は、中心街に向かって再び歩き出した。
そういえば、こうしてゆっくりとエルトラムの街を歩いたことは無かったなと思いながら、サクラは雪の上を歩いていた。
活気ある商店街を抜けると、そこはエルトラム裏町のメイン広場だ。今日はハロウィンということもあって、広場は人で溢れかえっていた。
サクラはこの広場の象徴である噴水を少し見ていたかったが、あまりにも人が多いので、仕方なく諦めてライトと一緒にメイン広場を通り抜けた。
裏町のメイン広場を抜ければ、中心街の入り口である大きな門が見えてくる。
裏町のメイン広場から門にかけての通りは『ゲート前大通り』と呼ばれ、インテリア雑貨を取り扱う店が並んでいる。その中に混じって、小さな喫茶店なんかもあったりする。
普段この『ゲート前大通り』にある店に世話になることのないサクラは、この通りにどんな店があるのかという事にすら関心が無かったので、初めてくる場所のようで新鮮な感じを味わっていた。
しばらくして、サクラの心臓がまたバクバクと鼓動を荒げ始めた。
---今…ライト君と2人で歩いてる…!!!
もう10分以上こうして歩いているというのに、今更そこに気づいたサクラは、また落ち着かないという発作(?)を起こし始める。
周りからは恋人同士に見えてるのかなぁ…なんて思っていたサクラだったが、恋人同士なら今しているであろう事をしていない事に、サクラは気づく。
サクラは隣を歩くライトの手を見つめて、頬をトマトのような赤に染めていく。
行為としては大したものではない。むしろ簡単に行える行為だ。だが、相手が好意を抱いている人間だと、それを行うには心の準備が必要だ。(少なくともサクラには)
「サクラ」
「はいぃいッッ!!!⁇」
「ど…どうした?」
挙動不審状態のサクラは、ライトの呼び掛けに驚き、思わず大声を上げてしまう。そんなサクラを通行人が見て行くので、ますます恥ずかしくなったサクラは俯いてしまう。
「……な、なに…?」
「その…ここの店見たいんだけど…いいか?」
ライトは男ものの服を専門に扱う店を、親指で指した。
気付いたら中心街に入っていたらしく、ライトは裏町と中心街の境界から最も近いこの店に目をつけたようだ。
「う、うん…いいよ」
「大丈夫か…?熱でもある…いや、この世界で熱は出ねぇか。とにかく、大丈夫か?」
サクラが不治の病にかかっていることなど知る由もないライトが、本気で心配してくる。
この不治の病の唯一の治療方法の鍵は、この鈍感少年ライトなのであるが………。
「じゃ、じゃあ、入ろっか」
「あ、あぁ」
サクラは誤魔化すように店内に入った。
「あっ…!!」
本当に無意識だった。無意識だったのだ。サクラはライトの手を掴んで、店の中へと引っ張っていたのだ。
サクラは顔を真っ赤にして、慌ててライトの手を離すと、必死に手をブンブンと振った。
「ごめんごめんごめん!!!!」
「へ…?なんで!?!?」
なぜ謝られているのか解らないライトは、必死に謝るサクラを見て困り果ててしまっている。
それもそうだろう。サクラはライトの手を取っただけで、それ以外のことはしていないし、それが悪いことでもないからだ。
「ご、ごめん!!気にしないで!!さ!入ろ!!」
必死に笑顔を作り、サクラはライトを店内へと誘う。
だが、ライトは入り口の前に立ったまま動かない。
「ライト君……?」
今度はサクラが心配する番となった。
ライトは少し考え込んだ様子だったが、少しするとサクラを見つめて口を開いた。
「その…ごめん」
「…え?」
困惑する番もサクラに回ってきた。謝られた理由がサッパリ解らないサクラは、ライトを見つめてキョトンと口を開けている。
「俺がサクラを家に泊め始めた頃からだったよな…サクラの様子がおかしくなったの」
サクラの顔はキョトンとした顔から赤面した顔に変わる。その変化に、ライトはしっかりと気づいている。
「俺も最初は思ったんだ…安易に泊まらないかって誘ったけど、相手は女の子で俺は男、躊躇いがあってもおかしくないなって」
「………うん」
語るライトに、サクラは小さく相づちを打ちながら、ライトの言葉に耳を傾ける。
「でも…ここまでしなきゃいけないと思うくらい、お前の事が心配だったんだ」
「ライト君………」
サクラの頬の赤らみはどんどん和らいで、やがてほんわかとしたピンク色になった。
「サクラ、お前は俺にとって大切な相棒であると同時に、恩人でもあるんだ」
「恩…人…?」
ライトに恩人と言われる事をした覚えのないサクラは、首を傾げて少し唸った。
「お前は俺の心に、また人を信じる事ができる余裕を作ってくれた。お前は俺に、この世界で生きる理由をくれた」
それを聞いたサクラは、おもわず小さく噴いてしまった。そんな小さな事を恩に感じているライトが、なんだか微笑ましかったのだ。
「やっぱり…笑われると思ってたんだよ…」
「フフフッ、ごめんごめん」
謝ったものの、まだ笑いは収まりそうにない。自分なら直ぐに忘れてしまいそうな事に恩を感じるライトが面白くて、つい笑いが零れてしまう。
でもそういうところが、ライトの良いところでもあり………。
気づくとサクラの心は落ち着いていた。今度は、また症状が再発するのでなく、もう同じ症状は現れないと思えるほどに落ち着いている。
ライトはサクラの事を『大切な相棒で恩人』だと言ってくれた。その言葉が、今のサクラの心の支えになっているのだろう。
「こんな所にずっといたら他の人の邪魔になるし、中に入ろっか?」
「あ、あぁ…そうだな。俺、どんな服似合うのかな?」
「う〜ん…ライト君って黄色のイメージしかないからなぁ……」
「イメージっていうか、それ第一印象だろ、絶対」
「あ、そうかもね。初めて会った時からライト君、この防具だもんね」
2人は笑って話しながら、男ものの洋服店に入っていく。
雪降るハロウィン。
今日はサクラにとって、忘れられない1日になりそうだ。