48 氷山の帯 XII
「あ、やっと来た!!!」
イタリアンレストラン【イタリアン・エルトラム】の店内に入るなり、ライトとサクラに手を振るユヅル。イタリアンレストランははしゃぐような場所ではないというのに、無邪気なものだ。
手を振るユヅルの横には、いつも通り兄のレオが座ってこちらを見ている。
レオの隣には赤髪のウェルゴが、その向かいには蒼髪の笑っているシーフがいる。
「おっす」
「こんにちは、みんな」
予約したテーブルに着いたライトとサクラは、皆に向けて軽く挨拶をし、席につく。
その後、皆が食べたいものを注文して、ワインの注がれたグラスを持ち、乾杯の音頭を待つ。(この世界に未成年とかはない)。
先ほどの反省を踏まえ、ユヅルが控えめに音頭を取った。
「乾杯」
「かんぱーい」
一同は一斉にワインを飲むと、それぞれ感想を口にした。
「へぇー、ワインってこんな味なんだな」
「私も飲んだ事ないからびっくりだよ!」
「そうか、皆はこの前この世界に来たばかりだったな。飲んだことなかったか」
「美味しいですよね?私も最初はびっくりしましたよ」
現実世界ではまだ未成年でワインを飲んだ事がなかったライトとサクラが、お酒の感想を語った。
既に飲んだことがあったシーフとウェルゴも、ライトとサクラの感想に同調する。
「ああ、大人達はこんな良いものを飲んでいたんだな。なんて贅沢な」
「あれ、お父さんとお母さん、ワイン飲まないわよね?」
「え、あ、あぁ、そうだよ。テレビとかで飲んでる所とか見るだろう?」
「お兄ちゃんテレビほとんど見ないじゃない」
「ほとんど、だろ?たまには…」
「あれれ?いつだか『テレビはニュースがみれればそれでいい』ってカッコつけて言ってなかったっけ?」
「そんなこと…い、言ったかな?」
これがキッカケとなり、ユヅルの暴露話が止まらなくなった。レオは、料理が運ばれてくるまでずっと顔を伏せていた。その様子を、皆はユヅルの話を聞きながら眺めていた。
ユヅルの暴露話も、料理が運ばれてくると同時に終わりを告げ、皆はイタリアンの味にひと言感想を口にしていた。
大いに盛り上がった祝宴でいちばん盛り上がったのは、ユヅルが軽々しく訊いた「サクラはライトが好きなの?」という質問に、サクラが「うん」と即答した時だろう。
だが、そう言われてもライトは皆と一緒に笑うだけで、サクラとイチャつこうとはせず、サクラも顔は紅くしながらも、ライトとラブラブしようとはしなかった。これでは、2人が付き合っているのか、それともまだパーティー仲間という関係に留まっているのか解らない。
ともあれ、エルトラム中心街・最終クエスト『氷山の帯』祝宴では、絶品料理に舌が唸り、様々な話題で会話が弾み、別れが近いという事も忘れながら、楽しいひと時となった。
★
『氷山の帯』クリアーから一週間後。時刻は12時頃だろうか。
氷都・エルトラムの入り口に、小さな人集り、ができていた。
「もう行くのかい?そんなに急がなくてもよくないか?」
黒ずくめの少年・レオが、黄色のロングコートを羽織った少年・ライトと、ピンクのセミロングコートを着た少女・サクラに、別れが惜しいという顔をして訊ねた。
「ああ。早く次の街に慣れないとな」
ライトも少し寂しそうに答えた。
「次は、どの街に行くんですか?」
そう訊ねる蒼髪のシーフが、既に半泣きの目になっている。
「『ビュートビーナス』、"四季の丘,,っていう丘にある街だよ」
「へぇ〜、じゃあその街は日本みたいな街なんですね!」
「そうだね、季節はズレてるみたいだけど」
「わぁ〜それイイですね!もしかしたら、桜舞うクリスマスとか体験できそうですね!!」
少し落ち込んだ雰囲気を、シーフの元気さが明るくしてくれた。
「そうだね、お兄ちゃん、私達も次はその街にしましょ?」
レオの隣に立っているユヅルが、兄の腕をグイグイと引っ張る。
「別にいいけど、もうライト達とパーティーは組まないよ?また最終クエスト攻略とかにならない限りはね」
「チェー」
ユヅルが頬をプクゥーと膨らませて、レオを細目で睨む。そんなユヅルに、レオは苦笑いで対応する。
「そうだよ、皆も『ビュートビーナス』に来たらいいさ。パーティーは組まなくても、街であうくらいなら問題ないだろ?」
ひと足先に『ビュートビーナス』へと旅立つライトが、「ウェルカム!!!」と両手を広げた。
「ライト…君、変わったね」
ライトを見て笑顔を浮かべたレオが、ウンウンと頷きながら言った。
「そうか?」
「うん」
隣のサクラも同意する。いつも一緒のサクラに言われると、ライトも認めざるを得ない。別に、認めなくないワケでないのだが。
確かにライト自身、この世界に来てサクラと出会ってから、他人に対する心情の持ち様に変化が起きた気がする。
「全く信用しない」から、「信じてみよう」という心の持ち方に変わったのだ。
裏切られ、ライトを裏切ったはずの仲間に助けられ、常識はずれの兄妹愛で結ばれた兄妹と出会い、犯罪者と手を組んで、色々な事が起きたからこそ、ライトの心の構え方にも変化を齎したのかもしれない。
「変われたとしたら、それは皆のお陰だよ。ありがとう」
皆はニッコリと笑っている。本当はもっと話をしていたいのだが、昼間はこの街の入り口を利用する人も多い。これ以上の長話は通行の妨げになるかもしれなかった。
「ライト、俺達も『ビュートビーナス』に行く。すぐ行くもりだが、『舞う銃剣』は死にました、なんて笑い話の主人公にはなるなよ?」
ウェルゴの問いに、ライトとサクラは「愚問だ!!!」と返す。ライトとウェルゴは、目を合わせて笑い声を上げる。
「僕達も行こう。手を組むなら、また最終クエストだね」
「ああ。それまでに死ぬなよ?」
「それこそ愚問だよ」
2人は笑いながら、ガッチリと握手を交わした。
サクラも、ユヅルやシーフと握手を交わしている。少しだけの別れになるはずなのに、なぜか涙を流している。
「じゃ、そろそろ行こうか、サクラ」
「そうだね」
ライトとサクラは、エルトラム入り口の門の前に立つ。そして、レオ達の方に振り向き、大きく手を振った。
「待ってるからねー!!絶対来てねーー!!!!」
「はい!必ず!!」
「待ってなさいよ!!勝手に死ぬんじゃないわよ!!」
「解ってまぁーす!!」
先ほどまで涙が流れていたはずだが、今は愛らしい女の子達の笑顔で溢れている。
ライトも、レオとウェルゴと目を合わせた。
ライトは2人不敵の笑みを浮かべると、高々と宣言した。
「俺達は死なないから安心しろ。サクラは俺と一緒にいる限り、絶対に死なないし、俺も死なない。サクラを生かし続ける事こそ、俺のこの世界での存在理由だからな」
「ライト君……」
サクラは満面の笑みを顔に咲かせて、ライトを輝く双眸で見つめた。
「そっか…なら安心だね」
レオ達4人を代表して、ユヅルが安心して肩を解した。
「じゃあ、またな」
「またね♪」
ライトとサクラは、レオ達に短い間の別れの挨拶をすると、レオ達に背を向けた。
ライトとサクラは、お互いに手を握ると、同時に目的地をコールする。
『転移!ビュートビーナス!!』
レオ、ユヅル、シーフ、ウェルゴが見守る中、ライトとサクラの身体は白く明るい光に包まれ、やがて虚空へと消えて行った。
(氷の都篇 完)