47 氷山の帯 XI
ライト達の『氷山の帯』攻略から数時間後の夜。エルトラム中心街に構える総督府のエントランスホールに、2人の男がソファに腰を掛けていた。
1人は堂々たる物腰で足を組み、ついでに腕も組んでいる斧使いの男。
もう1人は、黒のローブで全身を隠した双剣使いの男だ。腹や胸の辺りが凸になっているところから見て、彼もローブの下で腕組みをしているのだろう。
いかにも屈強な雰囲気を漂わせて、通りかかる人々の視線を集めているが、2人は気にせずに会話を始めた。
「とうとうディオルガを討ったか…あいつら、なかなかやるじゃないか」
斧使いの男が上から目線で『誰か』を褒め称える。
「ああ…それに、まさか『虚空の鍵』で本当に相棒を助けに行くとはな」
「この世界で出会った相棒なんざ、道具に過ぎないのにな」
「それに、あの『偽りの被害者』も鎮めるとは、よくもまぁ予想以上の所業を成し遂げてくれる」
「俺達の目に狂いは無かったな」
斧使いの男が、下手なウインクをしながらニッタリと笑う。
「ああ。だが最初に目を付けたのはお前だぞルチャード・カムイ」
「おいおい、フルネームで呼ぶな。カムイと呼べ、カムイと」
「フルネームではないだろう、お前がそう設定したプレイヤーネームだ」
「く〜っ、なんで『ルチャード』なんていらねぇモン付けたかなぁ…」
「いらないモンか?俺は結構いいと思うが?ルチャード・カムイ」
「おい…からかってんのか?」
「別に……」
ルチャード・カムイはパシッと左の掌に右の拳をぶつけて見せるが、ローブの男は見向きもせず目を瞑った。
「ま、こんなとこでやり合っても決着はつかねぇしな…それはそうと、あの2人があのペアに似てるって言い出したのはお前だぜ?ソラ」
「やり合うつもりだったのか?人目を引くのは御法度だぞ」
「なんでぇ、つれねぇなぁ」
「これまでの周囲の反応を忘れたのか?俺達を見た途端、別に攻撃されても死にはしない街中で逃げて行ったんだぞ。だからこうして防具を変えて滞在しているんだ」
ソラは黒のローブを摘みながら、呆れた顔で言った。
「ビビってたもんなぁ…みんな、俺らのこと。で?あの2人についてはどうすんだ、これから」
カムイは自分の斧を摩りながら、向かいに座るカムイに訊ねる。
「あの兄妹とあの2人は、我々にとって必要不可欠だ。特にあの2人は、1年前までギルド本部で指揮官とその補佐をしていたあの夫婦に、戦闘スタイルが酷似している」
「だな…別称まで似すぎだしな」
尚も2人の会話は続く。
「…あの会社のした事は大罪だ。そのせいで、今まで何人の人間が犠牲になったと思ってる。家族に何も言えないまま、こちらの世界で命を落とした者が」
ソラはローブから出した両拳をグッと握りしめる。
「それは俺も同感だが、俺にそうキレられても困るぜ?」
カムイは苦笑いして応対すると、ソラの拳も少し緩んだ。
「そうだな…すまない。とにかく、あの2人を失う事は、何が何でも避けなければならない」
「その夫婦も出てきてくれりゃ、もっと楽なんだろうけどよ…どこに姿を隠してんだか」
カムイはソファに思い切り寄りかかると、溜息をついて頭上を見上げた。
「なぁ…出て来いよ、『踊る銃剣』」
★
「ふぁ〜〜〜……よく寝た…」
「ホント、よく寝るね。軽く30時間は超えてたよ」
「仕方ねぇだろ…疲れちまったんだから。できればもうひと眠りしたいところなんだけどな」
「ダメ。今日は祝宴なんだからね」
サクラに色々言われ、渋々起き上がるライト。大きく背伸びをした後、眠い目を擦りながら立ち上がり、右手首にある水晶に触れる。
ウィンドウで部屋着のスタイルから、いつもの黄色いスタイルに着替えたライトは、背中の太刀【氷刀・祭囃子】に触れ、ふと一昨日のことを思い出した。とは言っても、サクラが祝宴と言った時点で、記憶は鮮明に棚から引き出されていたのだが。
2日前、ライト達はエルトラム中心街・最終クエスト『氷山の帯』に挑んだ。
巨大な蛇型のドラゴンモンスター・ディオルガと熱戦(ライト達としては苦戦)を繰り広げ、ライト達は見事ディオルガを討ち取ったのであった。
あれだけ苦戦したのに、レア素材がドロップしなかった事に不服を申していた兄妹もいたが、ライトは特に気にしていなかった。ディオルガのレア素材を手に入れたところで、使い道がないからだ。ディオルガの防具や武器を作るにしろ強化するにしろ、またあの地獄のような氷山フィールドに出向かなければならないのだ。正直、ライトはもう懲り懲りだ。
着替えを済ませたライトは、居間で待つサクラの所へ向かう。ソファに腰掛ける彼女の真迎えにライトも腰を下ろす。
「それで…何か解ったか?」
特にカップが置いてあるわけでもないテーブルを挟んで、ライトがサクラに訊ねた。
「ううん、ライトが寝てる間に色々調べてみたけど、あそこまで『堅くなる』スキルの事を知っている人はいなかったよ」
「そっか…まさか夢でした、なんて事はねぇよな……」
「そんな事はないよ。私だって見てたし、ユヅルちゃん達だって不思議がってたし」
「じゃあ、あの時のあれは……」
「一体なんだったんだ?」という台詞はライトの口からは出てこなかった。ライトは言葉の途中で考え事に集中し始めたからだ。
『氷山の帯』攻略中、『超人』と『火事場』のスキルを使ってディオルガと対峙していたライトは、突然ディオルガの攻撃が効かなくなったのだ。
効かなくなったというより、ライト自身の防御力が上がった、と言うべきか。跳ねあげられたライトの防御力を上回る攻撃力を、ディオルガは持っていなかった。
その謎の強化のお陰で、ライト達は勝利できたのだが、その謎の強化の正体を、使い手であるライトすら知らなかったのだ。
本来なら昨日調べるつもりだったのだが、ライトは知っての通り寝ていたので、サクラがユヅル達と一緒に調べていてくれたようだ(手がかり無しという結果に、勿論文句など言ってはいけない)。
「参ったな…あんなチート級スキル、逃すのは惜しい」
「やっぱり、使い方とか発動条件とかも解んない?」
「ああ…いちばん驚いてんのは俺だからな」
「それは言えてるね、フフッ」
「とにかく、何か解るまであの時のことはオフレコで頼むよ」
「うん、オッケー」
ライトとサクラは、この真面目な会議中のような雰囲気を、新たな明るい会話で転換する。
「ところで、祝宴は何時からだっけ?」
「17時30分から、メイン広場の通りの【イタリアン・エルトラム】っていうイタリアンの店で。この店、カルボナーラが美味しいって評判らしいよ」
「へぇ、そんなに」
「うん、私も行った事ないから楽しみだな」
「ここ最近はクエストばっかだったからな。外食なんていつ振りだろう」
「そうだね〜、って私、この世界で外食、今日が初めてかも」
「え?マジ?!」
この世界に転送されてから約3ヶ月、自宅での『調理』スキルもまともに使えない頃はしょっちゅう外食をしていたライトは、まだ外食経験無しのサクラに、少しだけ驚いてしまった。
この世界において食事は、スタミナ回復速度の上昇という目に見えた効力がある。
不味い料理では、スタミナ回復速度は上昇どころか下降、最悪の場合いつも(1回復に10分)の1.5倍遅くなってしまう。
逆に絶品料理では、スタミナ回復速度は2倍に跳ね上がる。食事によるスタミナ回復速度の変化は、最後のひと口を食べてから12時間有効で、効力が切れるまでにまた新たな食事を取っても、スタミナ回復速度は上昇するどころか、現スタミナから回復しない場合もある。
だが寝まくったライトは、スタミナ回復と、舌が食べ物の味を忘れかけているので、祝宴を断るわけにはいかない。今日の祝宴をいちばん楽しみしていたのは、ライトなのかもしれない。
今の時刻は16時30分。のんびりと歩いて行けば、店には丁度いい時間に着くだろう。
「じゃ、行くか。そろそろ」
「うん、そうだね」
ライトとサクラは、ライトの自宅から出ると、珍しく雪の降っていないエルトラムの街を歩き始めた。
エルトラム中心街にある【イタリアン・エルトラム】は、ネーミングが簡単過ぎるという声も上がる中、それよりも美味しいと噂のレストランだ。いつも行列ができていて簡単に食べられる店ではないのだが、今日はシーフが予約してくれてたので(いつも予約がいっぱいだが、たまたまキャンセルした人がいたから予約できた)、行列をスルーしながら店に入る事ができる。
絶品イタリアンが楽しみでウキウキしているライトの横を、サクラは何か躊躇っている様子で歩いている。
いくら楽しみだからと言って、相棒の異変に気づかないほど幼くないライトは、サクラに心配そうに訊ねた。
「どうした?サクラ」
「…………」
「サクラ?」
「エッ!あ!はいっ!!なんでしょう!!!?」
「…えっと……」
てっきり気分が悪いのかなと思っていたライトは、サクラの反応に驚かされた。
「大丈夫か…?なんか悩みとかあんの?」
「え、い、いや!そういうワケではなくて…その……」
ほんわかと顔を桃色に染めるサクラ。両手をお腹の前で組んで、人差し指と人差し指でなにかしている。(つまりモジモジしている)
「ど、どうしたんだ?」
そんなサクラを見ているライトも、なんか焦り始める。気づいたら2人は足を止めていた。
「その…て、手を…握っても…いい、かな…って」
言い終えた瞬間、顔が朱色に染まったのを、サクラは自分でも解った。そして頭がグチャグチャになって、眩暈を起こし、倒れそうになってしまう。
「おいおい、大丈夫か?」
そんなサクラをライトは受けとめる。
目と目が合った。
サクラは思わず目を背ける。
「大丈夫か?立てる?」
ライトがサクラを支えながら、立つのを補助する。そして自分で立てる事を確認すると、サクラの右手を、ライトは左手で取った。
「えっ…えぇ!!?」
「え…手繋ぎたいんじゃないのか?」
ライトは困った顔でサクラを見ている。こんな反応まで見ても、まだ彼は気づかないようだ。
「あ…ありがと、ライト君」
サクラは助けてもらったお礼をすると、ライトの左手を両手で握った。
「サクラ…?」
「あのね…ライト君」
さっきまでの緊張はどこに行ったのか、言葉がスラスラと出てくる。顔が朱色なのは、変わらないのだが。
サクラはマジマジとライトの双眸を見つめ、小さく、口を開いた。
「好きだよ」
陽が沈みかけた夕方の空、エルトラムの街に、雪が降り始めた。