44 氷山の帯 VIII
ディオルガが放ったアイスボールを、愛用の刀【祭囃子】の峰で受け止めているライト。
オレンジ色に輝く脚は、ディオルガの突風のような息に援護されたアイスボールから受ける圧力に押されぬように踏ん張っているが、徐々に、少しずつ、ライトの身体は後退していく。
今は耐えることができているが、ライトの脚が地から離れた時、彼の身体は凄まじいダメージと共に空を舞うことだろう。
レオもシーフもウェルゴも、そんなケースは避けなければならないと、この状況の打開策を練り続ける。だが、一向に浮かばない。
こうしている今も、ライトは押され続けている。ライトが限界に至るのも、時間の問題だった。
「見えた!!!」
その時、サクラが大きく声を上げると、ディオルガに向けて、【マグニレボルズ・ライフル】を構えた。
狙うは、顎。
ドン!と放たれた銃弾は、サクラの狙い通り、ディオルガの顎に命中し、赤いダメージエフェクトと共に、ディオルガのHPゲージを減らした。さして大きなダメージではなかったが、たった一撃でなら、ライト達が剣で与えていたダメージよりは大きい。やはり、今回のディオルガの弱点は、顎というわけだ。
弱点を攻められ、苦悶の表情を浮かべて喘ぐディオルガから、ライトはようやく解放された。
「フゥ……」
油断できるクエストではないが、とりあえず死の危機から逃れることができたため、ライトは軽く息を吐く。
「ライト…今のは…?」
ウェルゴがライトに訊ねる。
「今のって?」
「先ほどのオレンジ色の光だ」
「ああ……」
ライトは困った顔でウェルゴを見つめていたが、ディオルガが態勢を立て直したのを見て、再び【祭囃子】を構える。
「『超人』ってスキルだ」
ディオルガが迫っているため、手短にそう言ってライトは走りだした。
「ライト君!顎狙って!」
サクラも特に驚く様子もなく、平喘とディオルガの弱点をライトに告げる。
発動条件なし、発動・解除の操作も容易。そんなスキルの名は『超人』。それは、数多く存在するスキルの中でも、それが付属されている防具を作る事も、防具に付属させる事も困難とされる、チートとまで言われている数少ないレアスキル。
使用者のスタミナを1.5倍に増幅し、本来なら同時には1つの用途にしか扱えなかったスタミナを、同時に複数の用途に扱えるようになるという、簡単に手に入れられるならば、誰もが欲しがるスキルだ。
例えば、本来ならスタミナを使う時、「一撃必殺」ために刃にスタミナを込めると、その状態で「高く飛びたい」と思って脚にスタミナを纏わせようとしても、それはできない。刃に込められたスタミナを解放しない限り、脚にスタミナを纏わせる事は不可能なのだ。
その不可能を可能にしたのが、『超人』スキルだ。
このスキルを使用すれば、「一撃必殺」と「高く飛ぶ」を同時に行う事ができるのだ。
チート級の強さを持つ『超人』スキルだが、防具入手も付属も困難なレアスキルなため、使用者は稀に見る程度しかいない。使用しているのは、『ユグドラシル・シティ』にいるハンターがほとんどだと聞く。
そんなスキルを、まだ街1つ目攻略中のハンターが使えるなど、あり得ない…はずだ……。
「なんで、ライトが『超人』使えるのよ…!?」
弓を番えたまま、目を点にして驚嘆するユヅル。
「えっ…知らないの?この前の『聖霊の扉』ってイベントクエスト、ボス討伐のドロップは『超人』スキルだったんだよ」
隣から、フツーにそう話すサクラの声がユヅルの鼓膜を震わせる。
確かに数日前、ウェルゴやシーフ達『偽りの被害者』が引き起こした事件の2日前、エルトラム限定で『聖霊の扉』というイベントクエストが期間限定で催された。だが、極悪難度と言われるほどのクエスト故に、挑戦するハンターはほとんどいなかった。
そのクエストのボス討伐によるドロップが、喉から手が出るほど欲しい『超人』スキルの文字列が刻まれた銅板だったのだが、死を恐れて、それを得られた者はいなかったと聞くが。
ここに、フツーにクリアーした宣言をした者が、約2名。
「それは知ってるわよ…でも、あのクエストは期間内に誰もクリアーできなかったんじゃないの?…ていうか、サクラ達も離脱したって言ってたじゃない!?」
ディオルガの弱点の顎を狙い矢を射ながら、ユヅルはサクラに問う。話してないで射撃に集中しろと指摘されそうな感じだが、それでも狙った顎にしっかりと矢が刺さっているのは、流石ですと言うべきか。
ユヅル達は、少なくともユヅルは、その『聖霊の扉』は、クエストが発生している期間中にクリアーした者はいないと聞いていた。そんなクエスト、生きて帰って来れるわけないと直ぐに悟り、レオとユヅルは挑戦を断念したのだった。
『舞う銃剣』の名で有名なライトとサクラも、この『聖霊の扉』に挑んだが、勝てないと判断して離脱したと話していたはずだ。
「あぁ…あれ、ウソ」
「は?」
ユヅル同様、ディオルガの顎に弾丸をぶち込んでいるサクラが、少し言いにくそうにウソを認めた。無論、狙撃は外していない。
「みんな離脱したって言うから、クリアーしたって言えなくて…ウソついちゃった。テヘッ」
「そ、そう……」
「ていうか、あれそんなに難しかったかな?まぁ〜難易度は高かったとは思うけど…中心街の上級者向けと同じくらいじゃない?」
『………………』
沈黙したのは、言うまでもなく『舞う銃剣』を除いたハンター4人。
誰もが「極悪難度」と口を揃える『聖霊の扉』を、「難しいね」程度に捉えていたライトとサクラに、4人は視線でこう訊ねていた。
君達は、何者だ?
そんな4人の視線に気づくはずなどないライトとサクラは、ディオルガの顎にダメージを与え続けていた。
サクラは破裂弾や貫通弾を駆使して、弱点に正確に弾を撃ち放つ。
ライトは、『超人』スキルで脚力を強化し、そのままディオルガの後頭部にドロップキックをお見舞いする。そして、地面に顎を叩きつけられたディオルガの顎を、同じく『超人』で強化した【祭囃子】で斬り裂いていく。
だが、ディオルガのHPはまだ半分を切ってきない。あれだけの猛攻を弱点に受けていたのにも関わらず、まだ5分の2程度しかHPを削りとれていないというのは、あまりにもタフ過ぎるのではないかと、ライトは思う。
ライト達が優勢に見えるが、ライトは1.5倍に増えたスタミナでも間に合わなくなっており、既にスタミナカプセルを3つ、スタミナドリンクを2つ使ってしまっている。
サクラも、避けきれずにダメージを負うライトに回復弾を撃ち、5発ほど消費している。
「私達も行きましょう!!!」
『舞う銃剣』のチート級の強さに唖然としていたレオ達だったが、シーフの号令で我に返った。
ライトがやってみせたように、『跳躍』スキルをもつ『音速の破壊者』の兄・レオが、かなり高くに飛躍、スタミナを消費して盾に纏わせ、ディオルガの後頭部目掛けて落下する。
その先は、先ほどと同じ光景が広がった。
地面に顎を打ちつけられたディオルガに、刃の嵐が襲いかかる。何度も何度も、堅甲なわけでもない顎を斬られ、ディオルガの頭にも血が昇っていく。
そして………
「ハアァァァァアッ!!!」
ウェルゴの斧【氷斧・祝宴】の大きな刃が、ディオルガの顎に深く刺さった時、ディオルガの瞳は、身体は、血で煮えたぎった真赤な姿に様変わりしていた。