38 氷山の帯 II
「『氷山の帯』攻略に加わりたい?」
「ああ。駄目だろうか」
なぜか、皆の視線はライトに集まっている。おそらく皆の答えはYesなのだろう。あとはライトの答えを待つかのように、サクラ達はライトになんとなく熱い視線を送る。
ウェルゴも、無理を承知で頼み込んでいるようだ。つい昨日仲間を事件に巻き込んだ張本人を、エルトラム最終クエストという大事なクエストの攻略パーティーに、普通なら参加させない。
だがレオやユヅルは、もう和解したんだからいいじゃん、的な感じで、ライトに強制的にYesと言わせるのだろう。もし、ライトがNoと言えば、だが。
というか、もう既に3人はYesと言っているのだ。まだ未回答のライトが何を言ったところで、結果は3対1か4対0だ。別に自分の答えを待つ必要は無いのではないかと、ライトは思った。
「信用できるかどうかは、信用してみないと解らないからな」
5人の視線を受けたライトは、目のやり場に困りながら、そう発した。
その言葉を聞いたサクラ達5人は、否、サクラを除く4人が、それがYesかNoのどちらを指すのか解らずにキョトンとしている。
ライトは、そんな4人の困惑を解くべく、言葉を続ける。
「信用してみないと解らないから、信用してみると言ったんだよ」
刹那、場の重々しい空気が一気に軽くなった。困惑の表情を浮かべていたレオ達4人は顔を明るくする。
「それに、あんたらは来てくれたら助かるかなと思ってたとこだしな」
「え?そうなんですか?」
蒼髪にイメチェンしたシーフが、そう話すライトに訊く。
「ああ、だってあんたら、『氷山の帯』に挑んだことがあるんだろ?経験者に同行してもらうと心強いし」
「そっか!そうだね!!」
サクラは小さく手を叩いて納得する。レオやユヅルも、ふむふむ、と頷いている。
「ま、クリアー経験者に来てもらえるともっと助かるんだけどな」
「…すみません……」
「え、あ…謝らんでも……ごめん」
ほぼジョークで言ったつもりだったのだが、シーフが結構真面目な音量で謝ってくるので、なぜかライトも謝ってしまう。
「じゃ!!ウェルゴとシーフも参加って事でいいね?」
ユヅルが結論をまとめる。ウェルゴとシーフを呼び捨てで呼んでいるところを見ると、ライトとサクラがクエストで狐狩りをしている間に、だいぶ仲が深まったようだ。
「ああ、いいとも」
「うん‼よろしくね♪」
「………(コクッ)」
最後の無言の頷きはライトだ。
「感謝」
「ありがとうございます!!」
ウェルゴとシーフが、それぞれ謝礼する。
そんなわけで、6人となった『氷山の帯』攻略チームは、早速作戦会議を始めるのであった。
★
「今から【宴】強化するの?明日でもいいじゃない?」
作戦会議が終わり、もう外は暗い。てっきり帰れると思っていたサクラは、愛用の太刀【氷刀・宴】をこれから強化すると言うライトに少し鋭い視線を向けた。
無理もない。サクラはこの日ずーっとライトのためにスコープを覗いていたのだから。
「本当は俺も帰りたいだけどな…クエスト出発は明日の午後だろ?午前中は準備があるから今の内にやっとかないと…」
ライトが申し訳なさそうにワケを話す。そして、これ以上付き合わせるわけにはいかないと思ったのか、
「先に帰っててもいいぞ、パスワードは知ってるだろ?」
なんて言ってきた。
ライトには精いっぱいの心遣いだったのだろうが、サクラは少し不服と感じた。
確かに、サクラはライトの自宅のパスワードを知っている。ライトに無理矢理覚えさせられたからだ。
今、2人で同棲…いや、ルームシェアをしているため、パスワードは2人とも知っていた方が勝手が良い。だが、元はライトの自宅のため、本人なしで部屋に入るのには、やはり抵抗がある。
「わかったよ…付き合ってあげる」
「そ、そうか…悪いな…」
ボリボリと頭を掻き、苦笑いを浮かべるライト。それを見たサクラは、思わず頬を緩ませてしまう。女の子との付き合いに慣れていない彼のオドオドさが、サクラをそんな風にしているのだ。
人間不信であるライトは、人を信じる事ができない。それが犯罪者の類いから改心した人であれば尚更だ。先日の『偽りの被害者』の事件の主犯格であるシーフとウェルゴの事も、今はまだ観察中といった感じだ。
レオやユヅルの時も、時が経つに連れて、ライトの兄妹に対する態度も変わっていったので、今回も大丈夫だとは思うが。
そんなライトが、行方不明の肉親を覗いて唯一信頼しているのは、大切な相棒であるサクラだ。
もしかしたら背後から撃たれるかもしれないという思考を起こさず、完全なる信頼をサクラに置いている。それには、サクラは嬉しく思っている。
そんなライトも、変わってきた。
時折、相手を挑発するような発言をするようになったり、サクラを家に泊めたり、つい昨日は「信じてみないとわからない」的な内容の発言まで飛び出させていた。これは、ライトの人に対する心が変化を始めた、何よりの証なのだ。
そして、変わってきたのはライトだけではない………。
「おーい、おーーい、サクラー」
考え事をしていたサクラは、自分の名を呼ぶライトの声に気付くのが遅れた。サクラはドキッとして思いがけず大きな声を出す。
「ハイッッ!!!??」
「………………」
ほっぺたを桃色に染めたサクラの顔を、ライトが見つめる。
「お前…まだ疲れ……」
「とれてます!!!そこまで弱い精神じゃありません!!!!」
ライトの言葉を途中で遮り、サクラはライトの腕を掴んで顔を見上げる。
あ…また………
サクラの心もまた、変化を起こしていた。
おそらく、ライトとペアを組み始めた頃からだろう、ライトを見ると、サクラの心拍数は急激に跳ね上がるのだ。継続的に一緒にいれば、ある程度収まるのだが、目が合ったりした時の心のジャンプは半端ではない。軽く30メートルは跳べるだろう。
そして最近では、ライトにしがみついたり、今のように突然腕を掴んだりなど、自分でも奇行と呼べる行動が増えてきたのだ。
高鳴る心臓と速まる鼓動、赤や桃色に変化する頬、これが、『恋』というものなのだろうか、しかもそれが『恋』なら、サクラにとっては『初恋』になるのだ。
キャー!!!と、心で叫んでいるサクラと、サクラに腕を掴まれたままエルトラム裏町を歩いていたライトは、目的地である武具屋に到着した。
「いらっしゃい」
武具屋のおじさんが、接客の定型文を音声にして紡ぐ。そして「ご用件は?」と訊くが、ライトは何も答えないので、首を横に傾けた。
ライトの右腕を掴んだままボーッとサクラは、ライトに左肩をトントンされ、ハッと我に返る。
「悪い、少し腕離してもらってもいいか?」
ライトは、自分の右腕を掴むサクラの手を指差し、そう訊いた。
「えっ…あ、ごめん」
サクラは慌てて手を離した。するとライトは、右手の水晶に軽く触れて、メインウィンドウを開き、慣れた手つきでそれを操作する。
ライトはデータ化していた【氷刀・宴】をオブジェクト化して、武具屋のおじさんに手渡した。
「これを強化してくれ」
ライトは手短かにそれだけ言うと、強化に必要な素材も渡した。武具屋のおじさんは、中の工房へと入って行く。
2人のやり取りを黙って聞いていたサクラは、気づいたら雪が止んでいたエルトラムの街の夜空を見上げる。
「あ…!!ちょっとライト君!空!見て見て!!!」
「ん?空?」
言われるがままに、ライトは夜空を見上げた。
「おぉ………」
「綺麗…………」
見上げた雲ひとつない夜空を、疎らに散らばる星々よりも一層強い光を持った星々が、直線か、それか弧のようなものを描いて通り過ぎていく。
輝かしい流星群が、その姿を見せていた。