30 覚悟の証明 III
「おかえり、ユヅル」
ガル100頭討伐クエスト、いや、狙撃練習から帰還したユヅルを、レオが立ち上がり両手を広げて迎える。
「うん、ただいま」
「今日も速かったね」
「ううん、まだまだよ」
「何を言ってるんだい、ユヅルがクエストに出発してから、まだ10分も経っていないんだよ?」
ユヅルはレオの胸に手を据え、兄の顔を見上げながら、レオは見下ろしながら話している。
「…おいおい」
「やっぱりあの2人……」
そんなレオとユヅルを傍らで見ていたライトとサクラは、それぞれが「あ〜」といった顔をしている。
おそらく、いや絶対、ライトとサクラは同じ事を思っているのだろう。
あの2人はシスコン&ブラコンなんだな……
「ん?なんだい君達、その目は」
「なに見惚れてんのよ、これは違うからね?」
ユヅルが「すべてお見通しだドヤァ!!」という顔でライト達を見やる。もちろん、ユヅルの手はレオの胸に据えられたままだ。
「サクラ達、今私達の事、シスコンだのブラコンだの思ってるでしょ?でも違うよ、これは兄妹愛だからね。わかった?」
ユヅルが片手だけレオの胸から離し、一語話すたびにビシッビシッとライト達を指す。
ライトとサクラは「はい…」と小さく小さく返事をした。
冷静を装って必死にブラコンを隠そうとするユヅルが面白くて、ライトは思わず笑いそうになっている…そんな内心がバレたら、ユヅルは何をしてくるかわからないので、ここは無理やりにでも堪える。
「君達もやっていたじゃないか。ほら、僕達との『決闘』の後…」
『なっ…ッ!!』
ライトとサクラは素っ頓狂な声を出す。
「おぉーそういえばそうだったわね。あの時は確か、他のハンターもいたわよね?」
思わぬ指摘を受けたライトとサクラは、身体を完全に停止して立ち尽くしている。
レオとユヅルが言っているのは、十数日前、いろいろあって行われた『舞う銃剣』vs『音速の破壊者』という対戦カードの『決闘』の後の事である。
あの時は確か、サクラが堂々とライトに飛び込んで来て、「かっこよかった」とまで言っていたような気がする。
ライトの隣で、何かが爆発した。ライトはその方向を見ると、そこには頭から蒸気をボーボー、シューシューと上げるサクラがいた。どうやら、例の行為を思い出したようだ。
なんだか如何わしい話が展開されているようにも見えるが、今はまだ早朝、クエストカウンターにハンターはライト達4人と、客に頼まれない限り何も他言しないであろうカウンターの看板娘だけだ。おそらく、このおかしな会話を聞いていた者はいないだろう。
「んで、今日はどうする?このままクエストに行くか?」
ライトが今日の日程について、他の3人に問うた。
ライト達4人は、昨日の夕暮れ時に出発したクエストで手間取り、結局帰還したのは朝方になっていた。
この世界の身体は、街にいるだけでスタミナも回復するため、徹夜というのをしても狩りになんら影響は出ない。
だが、精神面というものは別だ。もし、【あと一撃受けていたら、その人は死んでいた】という状況を、毎回のクエストで繰り返した場合、誰かが死んでしまう、もしくは自分が死んでしまうという恐怖を、ずっと味わいながらクエストに挑む事になる。それを続けてしまうと、やがてそのハンターの精神は壊れてしまうだろう。
故に、この世界での休息は、精神を休めるためのものだ。精神的な疲れを解消するために、ほとんどのパーティーでは、クエストを1つ攻略する毎に、少しでも休憩を入れている。
「そうだね…結構ハラハラしたクエストだったし、今日は一日オフにしよっか?」
サクラの提案に皆が賛同し、今日は一日休息を取る事になった。
「それじゃあ、帰ろうか」
「うん」
『音速の破壊者』の2人が歩き出す。
「そうだ、サクラ」
ライトが歩きだしたサクラを呼び止める。
「あのさ、午後からでいいから、フォルスの討伐、手伝ってくれな…い…か…?」
「…………」
しばし沈黙の時が流れてしまう。『フォルス』という名詞が、2人の脳内に眠る苦く辛い記憶を復元してしまったからだ。
かつての仲間が3人死んだ、7頭もの狐型ボスモンスター・フォルスが出現した、狂乱のクエストの記憶を。
「いや、悪い…思い出させちまったか……忘れてくれ」
暗い顔をしたサクラに謝り、「帰ろうか」とライトは歩きだした。
「大丈夫だよ?ライト君だって、そんなつもりで言ったわけじゃないでしょ?」
すれ違いざまにライトの腕を掴み、ライトの歩みを止めたサクラが口を開く。
「え…ああ……」
「どうしてフォルス討伐に行くの?」
「ああ、【宴】を強化するのに必要な素材が、フォルス討伐クエストのクリアー報酬で稀に出るんだけど…いいか?」
【宴】。正式名称は【氷刀・宴】、ライトが今使用している太刀の名前だ。
武器や防具の生産は、さほど苦労しなくても行う事ができるが、面倒なのは強化。そこまでレア度の高くないアイテムでも、数十個単位で使用したり、レア度の高いアイテムを2個や3個使用したり、結構な金額になったりなど、太刀を1回強化するのに、同じ太刀を何本作れるかと考えると、武器防具の強化の大変さがわかるだろう。
ライトは、その武器強化を行いたいが、まだ素材が揃っていないので、その素材が手に入るフォルス討伐クエストを手伝ってほしい、との事だ。
サクラは「仕方ないなぁ」と息を吐くと、
「いいよ。その代わり、私の【マグニレボルズ・ライフル】を強化する時も、手伝ってもらうからね?」
「おう、ありがとう!喜んで手伝わせてもらうよ、その時は」
「オッケー、じゃあまず帰って休憩しよっか」
「ああ、そうだな」
ライトとユヅルも歩き出した。レオとユヅルはもう下の階へ降りてしまったのだろう、姿は見えなかった。
ライトとサクラは、早朝でまだ人のいない総督府を後にし、裏町の自宅へと向かった。
★
「ホントに仲良いわよね、恋人同士なの?」
エルトラム裏町の商店街を歩き、自宅へと向かっていたレオとユヅルは、雑貨屋を営むおばさんに声を掛けられた。
「いえ、兄妹です」
レオが即答すると、雑貨屋のおばさんは「え」と声を漏らし、
「そうなの…」
と、困った顔を無理やり笑みで誤魔化していた。
「言っておきますが、おばさん?私達はシスコンブラコンではありません。これは兄妹愛ですよ」
ユヅルが、先ほど総督府でライトとサクラにも言った台詞を言う。
思考を読まれたおばさんは、自分の思考とは真逆の事を慌てて言った。
「そんなこと思ってないわよ…」
つい出てしまった、肯定を意味する否定に、おばさんは口に手をやりたい気分だった。
「それより、この『落とし穴』、アイテムポーチの上限いっぱいを2人分、お願いします」
レオは、自分達に上がった疑惑(?)を他所に、目的のアイテムの購入の話を持ち出した。
『落とし穴』は、掛かったモンスターの動きを数秒間止めていられる罠だ。自宅にあるアイテムBOXには無限大に保管できるが、クエストに持ち込むアイテムを入れるポーチには、4つが限度とされている。
それに、レオ達はまだ『落とし穴』を所持した経験すらなかった。アイテムに頼らずして、クエストを攻略しているという面では、とてもすごい事なのだが。
レオとユヅルは、1つ2000Crの『落とし穴』を、アイテムポーチ上限いっぱい、つまり4つ8000Crを2人分、16000Crの買い物を済ませ、自宅へと向かった。
ライトやサクラとパーティーを組んだばかりの頃は、レオは裏町、ユヅルは中心街に自宅があった。
中心街クエストに挑戦できるようになったその日から、ユヅルは1人中心街に引っ越してしまったので、レオは少なからず寂しい思いをした。
だが、先日の雑草たちによってユヅルとサクラが誘拐された事件の後、離れて暮らしていると不安しかなかったレオは、ユヅルにアパートに住むレオの部屋の隣に引っ越す事を勧めた(さすがにライトのように2人きりの同居の話は持ち出せなかった)。ユヅルもその件で不安な気持ちがあったようで、快く引っ越しを決めた。
だが、レオの両隣の部屋は空いておらず、仕方なく2階の一室に引っ越した。位置は、レオの部屋の真上がユヅルの部屋。
2人の部屋があるアパートに着いたレオとユヅルは、レオの部屋の前で立ち止まり、レオは扉に触れてパスワード入力、侵入防止のロックを解除する。
「じゃあ、また明日。何かあったら連絡してくれ」
「うん、またね、お兄ちゃん」
なんだか兄妹なのに恋人同士みたいだな……
ユヅルはふとそう思った。無理も無いだろう、まだ学生の兄妹とは普通同じ家で暮らすもので、離れて暮らすようになるのは、もう少し成長してからだ。
この世界に来たときも、レオとユヅルは赤の他人として認識され、用意された自宅も結構離れていた。
なんとか出会うことはできたものの、引っ越すにも部屋に空きがなく、それは叶わなかった。
同居するという手もあったが、【同じ部屋に男女が2人きり】というシチュエーションに過剰に反応したユヅルが、それを拒否してしまった。
恋人同士みたい、という、心の中で発した言葉に自分で反応したユヅルは、頬を赤くしながらアパートの階段を登っていく。
そして、左90度に方向転換して、並ぶ扉の前を歩こうとした時、
「あれ?」
頬の赤らみは消えて、ユヅルは首を傾げた。
「あの子は……」
ユヅルが見つめる先、そこには、扉にもたれかかり、体育座りをして家主を待つ、1人の少女の姿が。
しかも少女が寄りかかるその扉は、ユヅルの部屋の扉だ。
ユヅルは、ゆっくりとその少女に近づき、優しい声で、でもすこし困りながら質問をした。
「えーっと……あなたは?」