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ブレイヴ・ワールド  作者: 四篠 春斗
氷の都篇
31/60

30 覚悟の証明 III

「おかえり、ユヅル」


ガル100頭討伐クエスト、いや、狙撃練習から帰還したユヅルを、レオが立ち上がり両手を広げて迎える。


「うん、ただいま」


「今日も速かったね」


「ううん、まだまだよ」


「何を言ってるんだい、ユヅルがクエストに出発してから、まだ10分も経っていないんだよ?」


ユヅルはレオの胸に手を据え、兄の顔を見上げながら、レオは見下ろしながら話している。


「…おいおい」


「やっぱりあの2人(きょうだい)……」


そんなレオとユヅルを傍らで見ていたライトとサクラは、それぞれが「あ〜」といった顔をしている。


おそらく、いや絶対、ライトとサクラは同じ事を思っているのだろう。


あの2人はシスコン&ブラコンなんだな……


「ん?なんだい君達、その目は」


「なに見惚れてんのよ、これは違うからね?」


ユヅルが「すべてお見通しだドヤァ!!」という顔でライト達を見やる。もちろん、ユヅルの手はレオの胸に据えられたままだ。


「サクラ達、今私達の事、シスコンだのブラコンだの思ってるでしょ?でも違うよ、これは兄妹愛だからね。わかった?」


ユヅルが片手だけレオの胸から離し、一語話すたびにビシッビシッとライト達を指す。


ライトとサクラは「はい…」と小さく小さく返事をした。


冷静を装って必死にブラコンを隠そうとするユヅルが面白くて、ライトは思わず笑いそうになっている…そんな内心がバレたら、ユヅルは何をしてくるかわからないので、ここは無理やりにでも堪える。


「君達もやっていたじゃないか。ほら、僕達との『決闘』の後…」


『なっ…ッ!!』


ライトとサクラは素っ頓狂な声を出す。


「おぉーそういえばそうだったわね。あの時は確か、他のハンターもいたわよね?」


思わぬ指摘を受けたライトとサクラは、身体を完全に停止して立ち尽くしている。


レオとユヅルが言っているのは、十数日前、いろいろあって行われた『舞う銃剣(ダンス・ベイオネット)』vs『音速の破壊者(ソニック・ブレイカー)』という対戦カードの『決闘』の後の事である。


あの時は確か、サクラが堂々とライトに飛び込んで来て、「かっこよかった」とまで言っていたような気がする。


ライトの隣で、何かが爆発した。ライトはその方向を見ると、そこには頭から蒸気をボーボー、シューシューと上げるサクラがいた。どうやら、例の行為を思い出したようだ。


なんだか如何(いかが)わしい話が展開されているようにも見えるが、今はまだ早朝、クエストカウンターにハンターはライト達4人と、客に頼まれない限り何も他言しないであろうカウンターの看板娘だけだ。おそらく、このおかしな会話を聞いていた者はいないだろう。


「んで、今日はどうする?このままクエストに行くか?」


ライトが今日の日程について、他の3人に問うた。


ライト達4人は、昨日の夕暮れ時に出発したクエストで手間取り、結局帰還したのは朝方になっていた。


この世界の身体は、街にいるだけでスタミナも回復するため、徹夜というのをしても狩りになんら影響は出ない。


だが、精神面というものは別だ。もし、【あと一撃受けていたら、その人は死んでいた】という状況を、毎回のクエストで繰り返した場合、誰かが死んでしまう、もしくは自分が死んでしまうという恐怖を、ずっと味わいながらクエストに挑む事になる。それを続けてしまうと、やがてそのハンターの精神は壊れてしまうだろう。


故に、この世界での休息は、精神を休めるためのものだ。精神的な疲れを解消するために、ほとんどのパーティーでは、クエストを1つ攻略する(ごと)に、少しでも休憩を入れている。


「そうだね…結構ハラハラしたクエストだったし、今日は一日オフにしよっか?」


サクラの提案に皆が賛同し、今日は一日休息を取る事になった。


「それじゃあ、帰ろうか」


「うん」


音速の破壊者(ソニック・ブレイカー)』の2人が歩き出す。


「そうだ、サクラ」


ライトが歩きだしたサクラを呼び止める。


「あのさ、午後からでいいから、フォルスの討伐、手伝ってくれな…い…か…?」


「…………」


しばし沈黙の時が流れてしまう。『フォルス』という名詞が、2人の脳内に眠る苦く辛い記憶を復元してしまったからだ。


かつての仲間が3人死んだ、7頭もの狐型ボスモンスター・フォルスが出現した、狂乱のクエストの記憶を。


「いや、悪い…思い出させちまったか……忘れてくれ」


暗い顔をしたサクラに謝り、「帰ろうか」とライトは歩きだした。


「大丈夫だよ?ライト君だって、そんなつもりで言ったわけじゃないでしょ?」


すれ違いざまにライトの腕を掴み、ライトの歩みを止めたサクラが口を開く。


「え…ああ……」


「どうしてフォルス討伐に行くの?」


「ああ、【(うたげ)】を強化するのに必要な素材が、フォルス討伐クエストのクリアー報酬で稀に出るんだけど…いいか?」


【宴】。正式名称は【氷刀(ひょうとう)(うたげ)】、ライトが今使用している太刀の名前だ。


武器や防具の生産は、さほど苦労しなくても行う事ができるが、面倒なのは強化。そこまでレア度の高くないアイテムでも、数十個単位で使用したり、レア度の高いアイテムを2個や3個使用したり、結構な金額になったりなど、太刀を1回強化するのに、同じ太刀を何本作れるかと考えると、武器防具の強化の大変さがわかるだろう。


ライトは、その武器強化を行いたいが、まだ素材が揃っていないので、その素材が手に入るフォルス討伐クエストを手伝ってほしい、との事だ。


サクラは「仕方ないなぁ」と息を吐くと、


「いいよ。その代わり、私の【マグニレボルズ・ライフル】を強化する時も、手伝ってもらうからね?」


「おう、ありがとう!喜んで手伝わせてもらうよ、その時は」


「オッケー、じゃあまず帰って休憩しよっか」


「ああ、そうだな」


ライトとユヅルも歩き出した。レオとユヅルはもう下の階へ降りてしまったのだろう、姿は見えなかった。


ライトとサクラは、早朝でまだ人のいない総督府を後にし、裏町の自宅へと向かった。



「ホントに仲良いわよね、恋人同士なの?」


エルトラム裏町の商店街を歩き、自宅へと向かっていたレオとユヅルは、雑貨屋を営むおばさんに声を掛けられた。


「いえ、兄妹です」


レオが即答すると、雑貨屋のおばさんは「え」と声を漏らし、


「そうなの…」


と、困った顔を無理やり笑みで誤魔化していた。


「言っておきますが、おばさん?私達はシスコンブラコンではありません。これは兄妹愛ですよ」


ユヅルが、先ほど総督府でライトとサクラにも言った台詞を言う。


思考を読まれたおばさんは、自分の思考とは真逆の事を慌てて言った。


「そんなこと思ってないわよ…」


つい出てしまった、肯定を意味する否定に、おばさんは口に手をやりたい気分だった。


「それより、この『落とし穴』、アイテムポーチの上限いっぱいを2人分、お願いします」


レオは、自分達に上がった疑惑(?)を他所に、目的のアイテムの購入の話を持ち出した。


『落とし穴』は、掛かったモンスターの動きを数秒間止めていられる(トラップ)だ。自宅にあるアイテムBOXには無限大に保管できるが、クエストに持ち込むアイテムを入れるポーチには、4つが限度とされている。


それに、レオ達はまだ『落とし穴』を所持した経験すらなかった。アイテムに頼らずして、クエストを攻略しているという面では、とてもすごい事なのだが。


レオとユヅルは、1つ2000Cr(クレジット)の『落とし穴』を、アイテムポーチ上限いっぱい、つまり4つ8000Crを2人分、16000Crの買い物を済ませ、自宅へと向かった。


ライトやサクラとパーティーを組んだばかりの頃は、レオは裏町、ユヅルは中心街に自宅があった。


中心街クエストに挑戦できるようになったその日から、ユヅルは1人中心街に引っ越してしまったので、レオは少なからず寂しい思いをした。


だが、先日の雑草たち(ウィーズ)によってユヅルとサクラが誘拐された事件の後、離れて暮らしていると不安しかなかったレオは、ユヅルにアパートに住むレオの部屋の隣に引っ越す事を勧めた(さすがにライトのように2人きりの同居の話は持ち出せなかった)。ユヅルもその件で不安な気持ちがあったようで、快く引っ越しを決めた。


だが、レオの両隣の部屋は空いておらず、仕方なく2階の一室に引っ越した。位置は、レオの部屋の真上がユヅルの部屋。


2人の部屋があるアパートに着いたレオとユヅルは、レオの部屋の前で立ち止まり、レオは扉に触れてパスワード入力、侵入防止のロックを解除する。


「じゃあ、また明日。何かあったら連絡してくれ」


「うん、またね、お兄ちゃん」


なんだか兄妹なのに恋人同士みたいだな……


ユヅルはふとそう思った。無理も無いだろう、まだ学生の兄妹とは普通同じ家で暮らすもので、離れて暮らすようになるのは、もう少し成長してからだ。


この世界(ブレイヴ・ワールド)に来たときも、レオとユヅルは赤の他人として認識され、用意された自宅も結構離れていた。


なんとか出会うことはできたものの、引っ越すにも部屋に空きがなく、それは叶わなかった。


同居するという手もあったが、【同じ部屋に男女が2人きり】というシチュエーションに過剰に反応したユヅルが、それを拒否してしまった。


恋人同士みたい、という、心の中で発した言葉に自分で反応したユヅルは、頬を赤くしながらアパートの階段を登っていく。


そして、左90度に方向転換して、並ぶ扉の前を歩こうとした時、


「あれ?」


頬の赤らみは消えて、ユヅルは首を(かし)げた。


「あの子は……」


ユヅルが見つめる先、そこには、扉にもたれかかり、体育座りをして家主を待つ、1人の少女の姿が。


しかも少女が寄りかかるその扉は、ユヅルの部屋の扉だ。


ユヅルは、ゆっくりとその少女に近づき、優しい声で、でもすこし困りながら質問をした。


「えーっと……あなたは?」


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