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ブレイヴ・ワールド  作者: 四篠 春斗
氷の都篇
30/60

29 覚悟の証明 II

軽く見積もって30頭くらいだろうか。


ユヅルの周りに群がるのはガル、猪型の雑魚モンスターだ。


まさに猪突猛進、獲物を発見し次第突っ込んでくるというシンプルなガルの頭突きは、ユヅルではなく、その下の岩壁に炸裂し、逆にガルがダメージを受ける。


ユヅル目がけて突っ込んできたガルだったが、ユヅルがいるのは岩の段をひとつ登った場所で、短足の猪風情には越えられない壁だ。


フラフラ〜と頭上に星マークを回転させながらよろめくガルに、ユヅルは容赦なく弓を射る。


これで71頭、残り29頭となる。


ガル100頭討伐クエスト。逃げ場のない大闘技場が舞台のクエストだ。難易度自体はそこまで高くないが、獲得EXPが結構おいしいので、このクエストでレベル上げをするハンターも少なくない。


ユヅルも、このEXPのおいしさには満足しているが、彼女がこのクエストを反復攻略するのには別の目的がある。


「もっと…‼もっと速く…!!」


彼女の目的は高速命中率の向上と低下防止だ。


前衛のレオやライトのサポートである後衛の遠距離射撃のユヅルやサクラは、撃ったもしくは放った攻撃は決して狙ったモノに命中させなければならない。


そう、外してはいけないのだ。ましてや、レオやライトに流れ弾が当たるなど、以ての外。


故に、後衛であるユヅルには高度な狙撃技術が必要となるのだ。兄・レオをしっかりとサポートできる、足手まといにならない力が。


ユヅルは愛用の弓【黒威(こくい)氷弓(ひょうきゅう)】に5本の矢を(つが)える。少しずつズラされて装填された矢は時間差で【氷弓】から飛び立ち、すべてがガルの鼻先を捕えて止まる。矢を受けたガルは鼻に前足を当てようとしながら反転して仰向けになり、そのまま光の塵となって消えた。


これがユヅルが有するスキル『連射』だ。数本の矢を同時に装填する事ができるという、手数とスピードに困る弓使いにとっては待ってましたと言わんばかりのスキルだ。弓を装備していればいつでも発動できるお手軽なスキルだが、扱いはお手軽とはいかない。これは既に『連射』が可能なライフルでも言える事だが、動いている物体に、複数の矢や弾丸を命中させるのは極めて困難だ。同様に、複数の標的に間をほぼ入れずに命中させる事も難しい。初弾は当たるかもしれないが、それ以降の矢や弾丸は外れる可能性が高い。だから『連射』スキルを好んで使う弓使いは少ない。皆、外してはいけない場面での失敗を恐れているのだ。


だがユヅルは違う。困難を極める『連射』スキルを、いとも簡単に使いこなす。さきほどの射撃が何よりの証拠だ。


85、86、87……


ユヅルは全く満足しない顔で弓を射続け、着々とガルを討伐していく。最初はうじゃうじゃいた猪が、今や指で数えられるほどにまで減っている。


間もなくして大闘技場にいたガルは全滅、同時に高らかなファンファーレが辺りにこだます。


【氷弓】を腰に掛け、右手の水晶玉に触れてメインウィンドウを出現させたユヅルは、クエスト詳細画面を開き、このクエストのクリアータイムを確認する。


3分06秒。ソロでガル100頭を

このタイムでのクリアーは、とても驚異的なスピードだ。しかも近距離武器ではなく遠距離武器の弓でだ。


だがユヅルはこの結果に笑みひとつ見せずに、


「まだまだ……1人で、お兄ちゃんなしでもボスモンスター狩れるくらいに……」


と洩らす。そして続けて、


「もう…あんな思いは……」


ユヅルは歯を食いしばって、両拳を強く握りしめていた。復元された記憶が、ユヅルの右脳左脳を駆け巡っていく。


ユヅルが思い出した記憶、それは3年前、当然まだこの世界(ブレイヴ・ワールド)に来ていなかった頃だ。


当時レオは中学3年生、ユヅルは3つ歳下の小学6年生で、その頃から2人は仲が良く、兄・レオも勉強や剣道部の練習のない日に妹・ユヅルと遊んだりしていた。


その年の12月、もうすぐクリスマスという事もあって、街が賑やかになっている頃、ユヅルはレオと共に最寄りのデパートに出かけた。最寄りと言っても、電車で15分のところにあるデパートのため、近いとは言えないのかもしれないが。


剣道で全国大会に2回出場経験がある上、そのうち1回はベスト16入りという成績を残したレオは、剣道の名門校が特待で迎え入れてくれる事になり、他のほとんどの中学3年生が本腰を入れて頑張る受験勉強を完全にスルーしている。


ユヅルはまだ小学生で、中学受験を受けるつもりもなかったので、勉強とはほぼ無縁だ。無縁と言ったら、小学校の先生達は起こるかもしれないが。


そういう事でデパートに来たユヅルとレオはたくさんの物を見て、いろんな事をした。


話題の映画を見たり、これまた話題のラーメン屋に行ったり、ユヅルの服を一緒に選んだり、レオの新しいスニーカーを選んだり、まるでカップルのデートのような事をした。


ユヅルは本当に楽しかった。今まで彼氏とかに興味がなかったユヅルだが、彼氏とデートをした女の子はこんな気持ちなんだろうなというのが、わかった気がした。


今日は最高の一日だった。レオからの一足早いクリスマスプレゼントを胸の前で抱きしめるユヅルの笑顔が、それが誠だと語っていた。


だがその最高の一日は、最悪の一日へと反転する。


陽が沈み始めた16時頃、レオはトイレに行くと行ってユヅルから離れていった。ユヅルはレオからのクリスマスプレゼントを大事そうに抱きしめて、白い壁に寄りかかってレオを待っていた。


だがその時、


「きゃあぁっっ!!!」


ユヅルの悲鳴がショッピングモールに響き渡った。抱きしめていたクリスマスプレゼントは、地面に落ちて誰かに蹴飛ばされる。突然誰かに首を腕で固定され、(ほど)こうとしても、小学生の女の子の腕力では歯も立たなかった。


そして首筋に軽く触れさせれる冷たい何か。


「…………ッ!!!」


その『何か』の正体がわかった時、ユヅルは全身脱力、恐怖のあまり動けなくなってしまった。


「その子を離せ!」


目の前では、見た事のある銀行のバッヂを付けた1人の若い男がユヅルの解放を要求する。


ユヅルに刃物を突きつけているこの男は、包丁を持たない手に黒い鞄を持っている。この状況にはどういった経緯でなってしまったのか、人質にされたユヅルでも安易にわかった。


このデパート内にある銀行の窓口で強盗を行おうとした男が刃物で銀行員を脅したが、刃物に怯えずに強盗を捕まえようとした勇敢な銀行員に怯えた強盗が逃げ、結果たまたま逃げた先にいたユヅルが人質にされてしまった、といったところだろう。


強盗の男が黒い鞄を床に落とし、それを銀行員の方へと蹴飛ばす。


「この娘を解放してほしければ、その鞄に入るだけ金入れて来い」


と、強盗はぎこちない笑みを浮かべて言い放つ。


緊迫の時が流れる。騒ぎに遭遇した買い物客達が、不安そうに現場を見つめている。警備員も駆けつけているが、ユヅルが人質に取られているため、下手に動けずに立ち尽くしている。


その緊迫の時間は、強盗の背後から忍び寄った1人の手によって終わりを告げる。


「きゃっ!!!?」


背後から誰かに押されたユヅルは、それによってバランスを崩した強盗の腕から解放され、3メートルほど先で転ぶ。


「逃げろ!!早く!!!」


聞き覚えのある、いや、毎日聞いている声が聴こえたと、振り返るユヅル。


そこには、まだ手に刃物を握ったままの強盗を取り押さえている兄・レオの姿があった。


まだ必死に足掻く強盗を黙らせようと、銀行員の男もレオに駆け寄る。ユヅルは近くにいたおばあさんに「大丈夫?」と介抱され、現場から数歩ばかり離れる。


しかしユヅルは見てしまった。


一瞬だけレオの拘束から逃れた刃物を握る強盗の右手が、レオの背中に突き刺さる瞬間を。


「ぐっ………!!」


刃物を背に刺したまま、地面に倒れ込むレオ。


「お兄ちゃん!!!!!」


ユヅルが我を忘れてレオに駆け寄っていく。


強盗は銀行員や買い物客の男性数人によって完全に取り押さえられていたが、そんな光景はユヅルの目には映っていない。


今の彼女の目には、背中に刃物をが刺さった兄の姿のみ。


「お兄ちゃん!!!!!お兄ちゃん!!!!!!」


なんとか自力で背中から刃物を抜き、うつ伏せで倒れるレオに、ユヅルが何度もその名前を呼んだ。


「大丈夫…聴こえてるよ…ユヅル…」


レオが苦悶に顔を歪めながら、でも笑顔でユヅルに言った。


「ダメだね…背中に傷を付けられるなんて…弱いな…僕」


ハハハ…と小さく笑うレオ。涙をドバドバ流すユヅルを、レオは申し訳なさそうに見つめた。


「そんな、こと…ない……!!」


涙声でユヅルが、レオの傷を見て、再び涙声で話す。


「だっで……わだ、しのごと、まもっでぐれたもん…ッ!!たずげてくれだもんッ…!!!!」


泣きじゃくるユヅルを見たレオは、背中の痛みを堪えながら起き上がると、そのままユヅルを抱きしめた。


「ユヅルの事は僕が守る。これからもずっと。妹を守るのは、兄として当たり前だろう?」


レオは優しくそう言った。ユヅルは優しいお兄ちゃんの事を、傷には触れないように抱きしめる。


そして決意する。


私はお兄ちゃんの力になる…!!


強くなって、ずっとお兄ちゃんのそばにいるんだ、だってそばにいないと、守ってもらう事も、お兄ちゃんの力になる事もできないのだから……



私はお兄ちゃんの、片腕になる!!!



ユヅルは胸の中で、強くそう誓った。

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