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ブレイヴ・ワールド  作者: 四篠 春斗
氷の都篇
29/60

28 覚悟の証明 I

凍えるような零下の明朝。


降り注ぐお淑やかな雪は、至る所に残る靴裏の跡を、ゆっくりと埋めていく。


午前5時。月が沈みかけ、太陽が薄い雲を纏いながら浮上する頃、誰もいない、否、看板娘しかいない総督府3階のクエストカウンター前に、4人のハンターがクエストから帰還してきた。


もう夜通しカウンターに座り続けているはずの看板娘だが、一切疲れた表情を見せずにただ、


「おかえりなさい」


とニッコリ笑っている。


そんな看板娘に手を振り返した4人の内の3人はそこらのベンチに腰をかける。1人の少女は、1人カウンターに向かうと、何かのクエストを受注する。


「ユヅル、気をつけるんだよ」


「うん、行ってくるね、お兄ちゃん」


ユヅルはクエスト出発口で止まると、蒼い光に包まれながら転送されて行った。


「これから射撃練習か。クエスト長引いたから夜明けからでも良かっただろうに」


黄色のロングコートの少年・ライトが敵わないというように苦笑する。


「これはユヅルの日課だからね。タイムスケジュールがズレたからと言って、それを抜かしたりはしないよ」


「すごいね、日課なんだ」


「サクラ、お前もやれば?」


「ああ、イイと思うよ、やってみたらどうだい?」


「え…えぇぇ……」


「なんだ、その声」


「タイムスケジュールとか…嫌い…」


「いや、タイムスケジュールじゃなくて射撃練習の方な」


「え?あ、ああ、そうだね」


ユヅルを抜いた3人の会話。


本来は2組のペアのはずなのだが、パーティーを組んで20日ほど経ち、すっかりメンバー同士仲が良くなった。もともと仲(たが)いしていた訳ではないのだが。


「……ハァ…」


「どうしたサクラ?さっきから顔赤いぞ」


頬を赤くして溜息をつくサクラに、ライトが半ば心配そうに問いかける。


サクラはなんともないとブンブン頭を振り、


「ちょっと疲れただけだから、大丈夫っ!」


ワタワタと顔を赤らめながら言う。夜中のクエストカウンターに、張り上げられた声が響く。


「もしかしてまだ精神的に優れてないのか?ならあんま無理すんなよ」


「…ふぇ?」


自分が今考えている事と関連深い話を持ち出され、思わずサクラは肩を震わせる。


先日、サクラとユヅルは雑草たち(ウィーズ)の連中に騙され、女性として屈辱的な思いをした。


ライトとレオが助けに入り、2人を救出したものの、サクラはその恐怖症らしきものになってしまい、たとえ街の中でも1人で行動できなくなってしまったのだ。


「うん…まぁ…そんな感じなんだけど……違うかな、ちょっと」


サクラはすっかり身心共に快復している。あの事件後の数日は、ライトとレオが気を遣って休養を取っていいと言ってくれたので、遠慮する事もなく休養を取った。


なので体調は万全だ。


だが、サクラが気にしているのは、サクラがトラウマになってしまったとわかった後のライトの対応だった。


自宅に帰るだけで怯えていたサクラを見かねたライトが、しばらくライトの自宅で住めと提案してきたのだ。


サクラが一瞬で赤面したのを見て、ライトはハッ!として、「やっぱやめるか」と頭をポリポリ掻いていた。そこでサクラはますます赤面した。


いきなり大胆だなと思ったが、サクラの事を考えて言ってくれたライトだったのに、サクラはあらぬ妄想を繰り広げてしまったと、そんな自分が恥ずかしくなったのだ。


結局、ライトの家でお世話になる事にしたサクラだったが、どうも心が落ち着かなくなっていた。普段は2人でクエストを攻略したりしているのに。


今日は徹夜のクエストだったので、休養を取るのは絶対だ。スタミナは1回復するのに10分かかるし、精神の疲れも取らなければならない。


そのいずれ取る休養の際、またライトと2人きりになる事を考えると、本当に落ち着かないサクラなのであった。


「疲れたのか?ならちゃんと休めよ」


「ふぃっ!?!?」


『ふぃっ!?!?』


休む、という動詞に過敏なサクラは、どんな状況でもほぼ出なそうな悲鳴のような何かを上げる。


おそらく初耳であろう悲鳴(?)を聞いたライトとレオは、サクラの声を復唱した。レオはその後、ライトを横目でチラチラ見て、ライトは頭上にハテナマークを3つも4つも浮かべて首を(かし)げている。


---鈍感過ぎるよ…ライト君


頬をぷくーっと膨らませて唸るサクラだが、これ以上この話も膨らむのも嫌だったので、何とか話を逸らす。


「そういえば、雑草たち(ウィーズ)に私達が誘拐されたとき、ライト君とレオ君はどうやって助けに来たの?」


それはサクラがずっと疑問に思っていた事だった。おそらくユヅルもだろう。


他人のクエストに乱入できる『自由狩猟(フリーハント)』だが、必ず狙ったフィールドに転送されるわけではない。現在進行中のクエストが多ければ多いほど、狙ったフィールドに辿り着ける確率は下がる。


そんな中、ライトとレオは見事サクラ達のいるフィールドに転送されて来た。時間的に考えて、他にも10はクエストが行われていたはずなのに。


「ああ…あれはね……あまり他言するなよ」


周囲を気にしながら、小声で話すライト。あまり聞かれたくない内容なのだろう。まあ、今は人はいないのだが。


「あれは『虚空の鍵』ってやつらしくてな、世界樹の麓の街『ユグドラシル・シティ』でしか手に入らない超激レアアイテムらしい。モンスター討伐の時のドロップで入手できるのか、それとも他に方法があるのかすら不明。あの街でも知ってる奴はごく少数。まさに未知(アンノウン)、レア度も∞(無限)表示だったし」


「そんなアイテムを…どうして?」


「謎の男が僕らのところに来てね、これを渡していったんだ。名前を聞くどころか、礼すら言わせてもらえなかったよ」


レオが答える。


「そうなんだ…いつか会えたらいいね」


「ああ、その時はちゃんと礼しないとな」


3人は頷く。


ライトとレオに『虚空の鍵』をくれた謎の黒ローブの男。


『虚空の鍵』を持っていたという事は、彼は『ユグドラシル・シティ』への訪問を許された、かなりベテランのハンター。


なぜ、そんなハンターがライト達に手を貸す?


『君達にはまだ終わってもらっては困るのだよ』


ずっと気がかりだったあの台詞(セリフ)


なぜ、あの男はライト達が死んだら困るのだろうか?まだ1つ目の街の攻略中である新米ハンターであるライト達に、何を期待しているのだろうか?


フル回転していたライトの思考は、サクラの優しい手に止められる。


「ライト君、真剣になりすぎ。いずれ会えるんだから、ね?今は目先の事に集中しよ?」


そう言うサクラの隣では、レオが「そうだよ」と笑みを浮かべながらライトを見ている。


「そうだな」


ライトの思考を止めたサクラの手を、ライトは優しく握る。そして目を瞑る。



そうだ、そんなに考える事はないのだ。


いずれまた、会う時が来るのだから。


今は、大切な相棒(パートナー)が無事だった、それだけでいいんだ。



窓から射し込む朝日が、3人を明るく照らす。


時刻は午前5時05分。



そんな総督府3階のクエストカウンターを覗く1人の少女。


壁の陰に隠れてながら、少女は楽しげに話すライト達を見つめる。


その瞳が放つ眼光は鋭く、憎悪のようなモノが(こも)っていた。


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